閉じられた庭
暑い。
その一言に尽きる、今日この頃。いつから日本はこんなにも暑くなったのだろうか。
冬か夏か、どちらかが好きかと聞かれれば夏だった。旅している間、金がない生活では暑さより寒さが堪える。
だが今年の暑さを思うと、趣旨返してもいいかもしれない。
「まさかエアコンじゃなくて、ブレーカーが壊れるなんて」
「この屋敷全体を毎日冷やしていたからな、老朽化もしていたようだぞ」
この屋敷の名目上の主人、月村忍がTシャツ一枚で寝転がっている。
月村忍の3サイズはB91/W56/H89という反則級のボディライン。
汗だくで寝転んでいるその姿は異性であれば悶絶してしまうほどだが、生憎と暑すぎてそれどころではない。
忍は美貌を汗に染めて、顔を上げる。
「侍君、裸になってもいい?」
「男の前で丸裸になっていいのか、お前」
「侍君以外の男に裸体なんて見せる訳がないじゃん」
「じゃあダメ」
「じゃあってなに!?」
月村忍は異世界を唸らせる技術力の持ち主だが、大元が駄目になったブレーカーを修理する気力はないようだ。
本人曰くシンプルな構造らしいが、単純に手間ひまがかかる為、修理中に熱中症で死ぬとかぬかしやがる。
仕方がないので綺堂さくらを通じて業者を手配するが、今日の夕方になるらしいとの連絡があった。
これでも相当融通してくれている。今の時期故障が多いらしく、数日はかかるらしい。
「侍君の居場所はどうせバレているんでしょう。愛人さん達はなにか言ってきたりしないの?」
「世界中の観光バカンスに誘われているぞ。
ロシアンマフィアなんぞ、今のロシアは涼しくていいですよとか言ってきてる」
「偏見を承知に言うと、あの国どちらかといえば涼しいじゃなくて、寒いイメージがある」
「確かにな。それ以前に一度あの国へ行くと、日本へ返してくれるか不安になる」
「蟻地獄みたいな愛人だね」
日本が暑いのであれば他の国と考えるのは悪くはないし、手段もツテもある。
ただそれに慣れてしまうと、逆に日本の夏や冬は自国で過ごせなくなってしまうだろう。
バカンスと言えば聞こえはいいが、辛くなったから逃亡するだけだ。根性のない真似はしたくない。
と、言いつつも、ユーリたちが熱中症で倒れたら掌返す自信はある。
「そうだ、侍君。プールへ行こう」
「お前にしてはいい考えだが、海鳴に住んでいるのに海ではなくてプールか」
「地元民だけではなくて、観光車でごった返しているよ、海鳴の砂浜」
「げっ、この暑さだと特にか」
「ビーチでナンパも多いしね……知ってる、侍君。
毎年ビーチでのナンパの成功率、上がっているらしいよ。
この暑さで正常な判断ができなくて、つい女の子が誘いに乗っちゃうんだって」
「暑すぎて論理感も歪んでしまうのか、恐ろしい時代になったもんだ」
「忍ちゃんもやばいよ。侍君がガードしてくれないと、ふらふらついて行っちゃうかも」
「海へ行くなよ、そもそも」
「だからプールと言ってるでしょ」
なるほど、まあこいつ見た目だけが取り柄の女だからな。
際どくなくても水着姿でビーチを歩こうもんなら、日焼けした男たちが飛んでくるだろう。
基本的に相手にはしないだろうが、それはそれとして鬱陶しいことには違いない。
それ自体は分かるが、
「プールでも同じなんじゃないか、それ」
「近年のプールはその点含めて厳しくなってるからね」
「よく知ってるな」
「女の子なら結構期にするよ、その辺」
男には分からん感覚だが、逆に女には分からん感覚もあるだろうしな。
しかしプールか、考えてみれば俺はガキの時分から全然プールとかには行かなくなったな。
旅をしていて寄る場所ではない。行くとすればむしろ海だろう、金がかからないという点につきる。
忍が寝転がったまま、覗き込んでくる。
「今年の水着見せるからさ、行こうよ」
「かき氷の奢りと悩むレベル」
「小学生並みの比較対象だよ、それ!?」
男と女が暑さの中で馬鹿な会話をしている中――
子供達は屋敷の庭で、子供プールを膨らませてキャッキャ言いながら水遊びをしている。
子供は本当にアイデア豊かで、健全だった。
「カレンが屋敷の庭にプールを作ればいいじゃないか、とか言ってたぞ」
「アメリカの富豪の言うことは違うね」
「全くだ」
「かき氷食べよっか」
「そうしよう」
こんな感じで、こいつと今年の夏を過ごしている。
<終>
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