歓喜に寄す
実を言うと、剣に興味を持ってくれる人は意外と多い。
真剣を振り回していると普通に捕まるが、竹刀や木刀だとあまり嫌がられない。まあ自分がまだ成人していないという理由も大きいだろうが。
身なりさえきちんとしていれば、意外と怪しく思われない。剣士という職業は推奨されないが、子供の頃であれば憧れ程度で済ませられる。
それは女子供であっても違いはない。
「剣って振ってて面白い?」
「どうしたんだ、急に」
「毎日一生懸命練習してて、飽きへんのかなって」
「ズバッと言うな、お前」
八神疾風という少女は車椅子の頃内向的だった反動か、たまたま同居していた俺にべったりだった。
依存していると言うほどではなかったが、ようやくできた家族のように大切にされた。その割に年齢差があれど、父や兄ではなく完全に同列扱いだったが。
日々剣を振っていても怖がる様子はなく、興味津々で見学していた。かといってリスペクトはしないという、ぞんざいな扱いだったけど。
当時なのははおにーちゃんと呼んで慕ってくれていたのに、この違いは何なのか。
「剣の道に生きると決めたんだ、飽きる飽きないの話じゃないぞ」
「そうはいうても最初のキッカケとかはあるやろ。やっぱり剣が好きやったからちゃうの?」
「うーん、まあそうはそうかな」
孤児院を出て剣一本で出世すると決めた時、どうして剣を選んだのか考えるとハッキリとはしない。
はやてが言うように好きだったからかもしれないが、人生をかける程なのか聞かれると微妙なところだ。
多分自分に出来ることを追求すれば、これしかないと思っていたからだろう。
学もない人間が社会で生き抜けるほど甘くはない。剣であれば腕っぷしに自信がある。
「ふーん、なんかええね」
「褒めてるのかどうか微妙だな」
「褒めてるよ。わたしがこんな足やし、一人で生きていくのも難しいからね。
援助してくれてる人がいるから何とかなってるけど、この先どうしようか分からんからな」
車椅子の少女が一人で生きていけるはずがなく、彼女を支援してくれている人がいるらしい。
いちいち探ったりはしないけど、こんな小さな子を一人にして支援だけしているというのもおかしな話だ。
少女が車椅子だから持て余しているのか、支援者側に深い事情でもあるのか。
いずれにしてもはやてが自分が原因のように思っている。
「だからほら、わたしも良介のように剣を使えたらええかなと思って」
「剣士で足が不自由って割と致命的だぞ」
「この両手があるやんか。包丁捌きなら良介より上手いと思うよ」
「剣とは腰で振るものであってだな……」
剣を舐めているのかと呆れたが、俺も剣の極意まで浸透しているわけではない。
道場破りした時は不覚を取ってしまったし、剣の使い方がなっていないと指摘されたこともあった。
強くなる自信はあったが、発展途上であると認めざるを得ない。だからこそ日々、少しでも上達するように練習している。
はやてはそんな俺を羨ましく思っていたのかもしれない。自信が持てる何かが欲しかったのだろう。
「ほれ、貸してやるから持ってみろ」
「どれどれ……わっ、竹刀やのになんか重い!?」
「子供用ではないからな」
知らない奴が意外と多いが、竹刀というのは意外と重い。子供用でなければ尚更に。
女子と男子でも竹刀の基準には差があるし、何より刀身があるのだから重心だって異なる。
持ち方一つで変わるし、剣を振り慣れていなければ竹刀に振り回されることだってあるのだ。
俺は山から木の棒を拾って子供の頃から振り回したりしていたので、慣れているだけだ。
「分かったら剣を振ろうなんて考えないことだな」
「むぅ……」
「お前が包丁奮って作る料理はうまいんだから、そっちを頑張れ」
「えっ、それはわたしをお嫁さんにもらってくれるということ!?」
「取り柄を生かせといってるだろうが!」
――これはまだ二人で生きていた頃の話。
俺は剣を頼っていて、はやては俺を頼っていた。
今にして思えばあの時自分に自信がなくて、頼れる何かが欲しかったのかもしれない。
<終>
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