椿姫







 春には、桃の節句がある。

元々節句には男女の区別はなかったのだが、その昔尚武にかける端午の節句に対し、上巳の節句は優雅な女の子のお祭りとして楽しまれるようになったそうだ。

古代中国の陰陽道では奇数が重なる日にお供えやお祓いをする風習があったらしく、春の3月では女の子のすこやかな成長と健康を願う時期となった。


俗に言うひな祭りである。


「お前のところ、ひな人形とか飾ったりしないのか」

「飾ったりもしていたのですが、その……春先に色々事件とか起こったりしまして」

「なるほど、お前が通り魔に襲われた事件か」

「おにーちゃんも関わってるからぼかしたのに!?」


 高町なのはは子供ではあるが、大人にも気を使える娘である。

そういう心遣いは理解しているが、俺相手には不要ということで遠慮なく言ってやった。

変に気を使うと、こいつも気を使ってしまう性質なので、こういった場合は遠慮なく言ってやった方がいい。


なのはも困った顔をしているが、それでも笑ってくれている。


「おにーちゃんのお家ではどうなんですか。ナハトちゃんとか」

「うちの身内は女の子が多すぎる」

「な、なるほど、まさに雛市なんですね……」


 その昔、この日本では現在のような人口増加は起きておらず、動態調査が始まった年でも生後1年未満の子どもの死亡率は15.38%だったという。

子どもが3歳まで生きられる確率はかなり低かったと推測されており、子どもの健康と成長を祈る行事になったのも自然な流れかもしれない。

うちの子達は出身が様々であり、生まれ育った家庭もそれぞれ異なっている。


健康を祈る必要はないとは言わないが、うちでは健やかな成長を祝っている。


「お前は特に末っ子なんだから、盛大に祝われるだろう」

「なのはその、おとーさんがいない分、おかーさん達が頑張ってお祝いしてくれています。
雛霰(ひなあられ)とか手作りなんですよ!」

「あれって甘い派と辛い派で分かれるんじゃないか……?」

「ふふふ、聞いてくださいおにーちゃん。おかーさんの雛霰はほんのり甘く味付けされていて美味しいんです。
淡い色合いがかわいらしくて、やさしい味わいなんですよ!」


 何故かドヤ顔でお菓子作りを自慢する末っ子。さすがは喫茶店の看板娘だった。

高町桃子の雛霰は白、緑、桃色に色付けされていて、なのはの為に腕を振るってくれるらしい。

白は雪、緑は木の芽、桃は生命を表す色。春の陽気と我が子の明るさを、母親が祈りを込めて作ってあげているのだろう。


いずれは自分自身で作りたいと、なのはは張り切っている。


「今年はおにーちゃんのために、ちらし寿司を作るって言ってましたので来てくださいね!」

「俺が行く意味が無い気がするんだが……」

「なのはも手伝ってカラフルで華やかなお寿司を作りますね」

「俺が好きみたいな言い方はやめろ!?」


 こいつ、俺が子供っぽいとか思っているのだろうか。子供までいる大人だぞ、俺は。

エビやサーモン、イクラなどの華やかな色をうまく使って、ひな祭りにぴったりのちらし寿司を作ると意気込んでいる。

普通に美味そうだから、げんなりする。なのはは順調に桃子のあとを継ぐように、努力しているようだ。


単純に喫茶店の跡というだけではなく、高町桃子の娘として。


「将来の夢はお嫁さんとかか」

「やっぱり女の子は憧れますよー、お嫁さん」

「ほほう、相手はいるのか」

「うーん、おにーちゃんのような男の人ってなかなかいないんですよね」

「俺を基準にしているのか!?」


 俺ほどの男となるとなかなかいないよな、と言ってみると笑っていた。お前が言い出しといてなんだ、この反応。

以前は通り魔によって血に濡れてしまった春の日。


今年は何事もなく、陽気に照らし出されている。















<終>







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