たとえつれなくとも







 新年、1月2日。


「おはよう」


「……新年早々、いたって普通の挨拶だな」

「新年を祝う気持ちなんてないでしょう、お互いに」

「雰囲気程度には感じているぞ、俺は」


 空条創愛、分類上は俺の幼馴染に当たる女が我が家を訪ねてきた。用件なんて特に無く、俺は身勝手に呼び出されたのだ。

いつも通りなのでいちいち怒っていられないが、それにしても日々の延長という感じで何気なく会いに来たのが嘆かわしい。

正月三が日、新しい一年の始まりを迎えても、この女には人生の途中という意識しかないのだろう。潤んだ唇から、白い息を儚く吐いている。


晴れ着なんぞ当然着ておらず、普段着のままである。地味な服装だが、純和風の黒髪美人なので似合っているのが腹が立つ。


「1月2日に挨拶に来るというお前の風情の無さには呆れる」

「元旦に尋ねると、貴方の家族に正月を強いられるのでしょう」

「いい読みだ、思いっきり強いられた」

「だから、家で仕事をしていたわ」


 元旦から何の抵抗もなく、仕事に励むワーカーホリック。正月を強いられたくないという理由で、家を訪ねない社交性の無さ。

典型的な引き篭もり女だが、物書きという職業に就いているので何の問題もないのがムカつく。俺も俺で、剣を振ったりしていたけれど。

昔はどうだったのか知らないが、俺と再会してからは俺の生活生活に合わせて仕事を行っている。


俺が異世界に行っている間に執筆に専念し、帰国したら会いに来るという分かりやすさ。同年代の美少女なら感涙モノだが、孤児院育ちの幼馴染では感動なんぞない。


「お年玉を用意したわ」

「何で同年代のお前からお年玉なんぞ貰わなければならんのだ」

「あら、お金には飛びつくと思ったのだけれど」

「お前から貰う金なんぞ嬉しくない」


「子供達にお年玉をあげて、貴方の懐は寂しくなっていないのかしら」

「ありがたく頂戴致します」


 平身低頭、丁寧にお礼を述べてお年玉袋を受け取る。額を確かめると子供達にあげた金と同額、俺の心理を読み尽くしていて涙する。

一応それなりの立場にいて金も稼いでいるのだが、財布を握っているのはアリサである。子供達のお年玉は、身銭を切らなければならない。

孤児院時代、親類縁者のお年玉なんぞ無縁だったのに、大人になったら一方的にあげなければならないというのは悲しい。


損した気分だが、子供達が喜んでくれると嘆く気にまではならなかった。



「やはりこちらにいらしたのね――創愛、新年あけましておめでとう」



 二人して正月から陰気な顔をして歩いていると、横断歩道を豪快に通過して一台の高級車が停まる。派手な登場をしてきたのは、派手な格好をした女だった。

代わり映えしない幼馴染と、劇的に変わった幼馴染。大和撫子の少女は洋服を着て、西洋貴族に養子入りした少女は振り袖で美しく着飾っていた。

御堂音遠、格式高き家の養子に迎えられた少女。豪奢な着物に身を包み、新年の祝いを華やかに飾っている。


唯一の友人であるガリには華やかな微笑みを向けて、その隣りにいる俺には一瞥もしない。


「デブの分際で振り袖とは恐れ入る」

「貴方に挨拶に来たのではありません。勘違いなさらないで下さいな」

「女友達に挨拶へ来るのに振り袖で着飾るお前が怖い」

「新年早々、喧嘩を売っているのですか!?」


 売られたら買うと言わんばかりの、シャドウボクシング。往来の場で大暴れしたら振り袖も台無しだというのに、喧嘩っ早い奴である。

ガリとは違って他人の都合なんぞ考えないこいつは、平気な顔をしてよく会いに来る。用件もなく会いに来るのはガリと同じなので、余計に面倒な女である。

美人な幼馴染が一途に会いに来るというのであれば俺もそれなりに心を動かされるが、こいつの場合会いに来るだけで何の用もないので生産性もクソもありはしない。


そのまま喜々として、列に加わった。両手に花であれば誇らしいが、正月から俺を囲っているのはデブとガリだった女共である。


「自慢していた婚約者に会いに行ってやれよ、お前は――確かに、何人目だっけ?」

「67番目の人よ、石油王だと言っていたわね」

「それなりに本当っぽいから怖いんだよな、こいつ」


「ふふふ、もしかしてヤキモチですか――残念でしたね、貴方の高嶺の花はもう手の届かないところへ嫁に行くのですよ」

「早く嫁にいけと言っているんだ」


 フラレているのか振っているのか分からないが、俺に敗北してからもまだ延々と縁談話が持ち上がっている。

昔とは違って見てくれが良くなった淑女には、縁談話が絶えず寄せられているのだ。超一流の容姿と身分、将来を約束された縁談である。

ゴールは目の前だと言うのに、何故かこいつはなかなか飛び込んでいかない。俺に自慢ばかりして、満足しているのだ。


けしかけてみるが、美しく鼻で笑われてしまった。


「創愛、貴方にも良い縁談が幾つも当家に持ちかけてられているのですよ。私も友人として鼻が高いです」

「私は結構よ、この人がいるから」

「この人は婚約者に加えて、子供までいます。健全な関係は結べませんわ」


「かまわないわ。私達は健全な人間ではないもの」


 美しく成長を遂げても、心は痩せ細ったまま生きている。幸せを元より望まず、静かに生きていくことを選んでいた。

そういう意味ではガリとデブは正反対の生き方をしているのだが、平行線のように隣り合って生きている。

眉を顰めそうな人生観を語られても、デブは目を伏せて頷くのみだった。狂おしいほど幸福を望みながら、不幸だった過去を背負って生きている。


「お腹が空いたし、ラーメンでも食べに行こうか」

「ええ」

「仕方ないので、おつきあいいたしますわ」


 世間が明るく新年を祝う中で、俺達は未来を夢見ずに今年も生きている。


































































<終>







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