幻の如くなる一期







 我が祖国のホワイトデーにおける文化の多様化には、非常に困っている。バレンタインデーのお返しとしてプレゼントを女性へ贈る日という解釈が、異常なまでに拡大解釈されている。

そもそもバレンタインにしても義理チョコまでならまだ分かるのだが、友チョコなるものや、自分チョコなどと言った本末転倒な風習まで生まれつつある。

挙句の果てに家族へ贈るチョコレート、兄チョコや妹チョコまで出てしまうとあればもう意味不明だ。家族同士なら義理でいいのに、何故兄妹間での特別なチョコが生まれるのか。


特に我が家の場合、見事なまでに血縁関係がないので始末に困る。















「ギンガ、バレンタインのお返しを用意して来たぞ」

「兄さん……私は妹ですけれど、兄さんからであれば謹んでお受け致します!」

「完璧な義理なので安心しろ」

「義理の兄妹であれば、何の問題もありませんよ」


 頬を赤らめて目を輝かせる妹に容赦なく言ってやがるが、機械じかけの心臓を持つ妹には通じない。ギンガも分かっていて言っているので、夢見がちではない分なかなか侮れない。

バレンタインデーに想いの篭ったチョコをプレゼントしてくれたギンガ。想いが圧縮されたチョコは、物理的にも凝縮されていて歯が立たなかった。

食べ切った時は舐めた舌が麻痺しかけたが、一応贈り物なのでお返しはしなければならない。


だからといって、そのままの意味でお返しなんぞするつもりはない。一応は可愛い妹なので、きちんと用意しておいた。


「ほれ、マシュマロだ」

「柔らかいですよ、兄さん。どういう事ですか!?」

「マシュマロの柔らかさに疑問を持つ女なんて、異世界ひっくるめて探してもお前だけだ」


 定番のマシュマロをわざわざ用意してやったのに、何故か不満顔で文句を言われてしまった。女心というのは、全く持って分からない。

箱詰めしたマシュマロを引っくり返してみたり、突っついたりして、いちいち感触まで確かめる始末。


こいつが何を言いたいのか、バレンタインを思い出せばすぐ分かる。


「気持ちの篭ったプレゼントだぞ」

「想いが篭っていません!」

「全く持って皆無なのだから、正しい柔らかさだぞ」

「酷いです、兄さん。私はこれほど兄さんを想っているのに!」

「ふっ、見た目に囚われるとは愚か者め」

「と、言いますと?」


「マシュマロとは想いを込めれば、淡く解けて消えてしまうものだ――心当たりはないか?」

「! 人魚姫!?」

「分かってくれたか」

「安心して下さい、兄さん。私はずっと兄さんの傍に居ますから」


 ――適当に言ったのに何故か理解して、どういう訳か感涙までして何度も頷いているギンガさん。お前の中で何がどう納得できたのか、サッパリ分からない。

大切にしまっておくとまでほざいていたので、食べなさいと苦言する。普段はしっかり者なんだけど、俺の言うことは鵜呑みにするので心配になる。


悪い男に騙されないか心配になる、ナカジマ家の長女だった。


「お前の恋人は慎重に選ぶ必要があるな」

「兄さんの女性関係をまず整理してからにして下さい」

「うぐ……」















「――つまり?」

「一番最初に贈り物を貰った子が、お兄さんから一番愛されている妹になる」


「うわーん、なんでアニキはアタシにくれないんだよ―!」

「リョウ兄はあたしよりギン姉がやっぱりすきなんだね、ぐす」


「謎のルールを勝手に決めておいて泣くな!?」


 ナカジマ家を訪ねてみると、スバルとノーヴェがド派手に泣き叫んでいた。その場で宥めていた同じ妹のディエチに事情を聞いたところ、この有様である。

言い出しっぺはやはりというべきかノーヴェで、ホワイトデー当日自信満々に勝負を持ち掛けてきたらしい。近い歳のスバルは勿論として、ディエチまで巻き込まれる始末であった。

俺から事前に呼び出されていたギンガは最初から事情を知らなかったのだろう、だから言わなかったのだ。


相変わらず、我が家にトラブルを持ち込んでくる妹である。


「姉貴に渡しておいて、アタシにもやるなんて言うのは通じねえからな!」

「ほう、いらないのか」

「ア、アタシはそんなかるいおんなじゃねえ……」


 ――声が震えているぞ、おい。


「なるほど、それでこそ我が妹だ。ホワイトデーというのをよく分かっている」

「な、なんだよ……ごまかそうとしてもむだだぞ!」

「馬鹿者め。お前は誇り高い女、愛とは与えられるものではないという事をよく分かっている。

ノーヴェ、今こそ問おう――愛とは、なんだ!」


「あいとは、うばうもの!」


「そうだ、力ずくで手に入れろ。与えられるものを待つんじゃない。ライバルから勝ち取れ!」

「まかせろよ、アニキ。スバル、しょーぶだ!」

「よーし、まけないぞー!」


 さすがあのギンガの妹、適当に訴えかければ勝手に納得してくれる。血が繋がってなくても、兄至上主義は不動であるらしい。何でだよ。

スバルも臆病者の割に勢い任せな面があるので、これまた同じく力を漲らせてノーヴェと勝負を行う。


殴り合いではない。体力の有り余った女の子の勝負と言えば――かけっこである。


「見事に走り去ったな」

「さすがお兄さんだね、スバルとノーヴェの事をよく分かっている」

「どうせ引き分けになるだろうから、二人にこのチョコをあげてやってくれ」

「うん、分かった。きっと喜ぶ」


「そして、これはお前の分」

「えっ……私の分も用意してくれたの?」

「当たり前だ。お前だって俺の大事な妹だぞ、ディエチ」

「……ありがとう、お兄さん。私もお兄さんがとても大切だよ」


 二人して座り、かけっこに励む二人の光景を目にしてチョコを食べる。特にどうとでもない日常なのに、ディエチはとても嬉しそうに見つめていた。

刺激的な冒険も、情熱的な恋愛も何も求めず、こうした退屈な日常を誰よりも愛しているディエチ。兄と妹がいればそれでいいのだと、柔らかな笑顔が物語っている。



この子の笑顔に惹かれる異性は非常に多いのだが、この子は優しく断って――今年も兄のチョコを食べている。


































































<終>







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