ラッパ吹きの休日







 ――疲れた。



剣士は人を切るのが本分であれど、人間である以上戦い続けるには限界がある。龍族の姫に魔龍、騎士団長に猟兵と傭兵、挙げ句の果てには神様とまで戦ったのだから。

別に聖地に限った話ではない。海鳴町へ流れ着いて通り魔に襲われてから、色んな強敵相手に戦ってきた。栄光の勝利ではなく、泥臭く生き残れただけだ。泥は重く、疲労に蓄積される。

戦いのない時間は、他人との時間に費やされる。人間関係は肉体的より、精神的な疲労が強い。まして相手が女と来れば、気を使って大変だ。気軽なお喋りなんて出来やしない。


別に思い立ったのではない、単純に何もかも疲れて投げ出した――日本人が人生に疲れて逃げ出す先は山か、それとも海である。


「山育ちの俺が海へ逃げ出すなんて、耄碌したもんだ」


 一人旅をしていた時、海岸線を歩いた事は意外と少ない。武者修行と称していたが、観光する程度の自由はある。そんな俺にとって海は暑くて寒いという、鬱陶しい風景であった。

夏場の海は容赦のない日差しで燃えており、冬場の海は全力を注いだ海風で凍てついている。海は雄大だが、深淵にまで興味を示すのは暇な連中だけである。俺にそんなロマンはない。


そんな俺でも人生に疲れていれば、広大な海へ逃避したくなるものである。一人、何も考えずにいられるからだ。走って逃げて――気がつけば、この砂浜にいた。


「剣士さん、飲み物をお持ちしました」

「ありがとう、妹さん――妹さん?」

「はい」


 誰にも言わず一人逃げ出してきたというのに、妹さんは何事もない顔で今日も護衛してくれていた。道中一緒ではなかったはずなのだが、当たり前のように隣に座り出した。

浜辺に座る俺に合わせるかのように、水着を着用している。子供だとはいえ、妹さんほど見目麗しい少女だと身体のラインに少女の柔らかさが魅力的に描かれている。

伸びた手足は鍛えていても美しさを損ねず、鍛えられた身体は可愛い水着で飾られていた。アリサのセンスだとすぐに感じ取れたが、水着を可憐に演出しているのは本人の素材である。


「良い天気に恵まれましたね、陛下。貴方様の栄光ある明日を照らし出しているかのようです」

「何とも照れ臭い事を言ってくれるな、アナスタシヤ――聖騎士!?」

「参上しております」


 呼んだつもりはこれっぽちもないのだが、いつの間にか自分の騎士が傍に控えていた。砂浜のあるこの海外線に障害物は一切ないのだが、どうやって気付かれずに接近したのか。

日頃装備している鎧は脱いでおり、ビーチパラソルを手にした水着姿。装甲車を斬り裂いた剣よりも、戦車を突き刺した旗よりも、他のどんな武器よりも凶悪な装備――白のビキニセット。


クロスデザインを取り入れた三角カップは、胸元を扇情的にボリュームアップ。足がスッと伸びたスタイルの彼女に、黒の紐付きショーツはもう犯罪であった。


「その水着、機能的だと薦められたんだろう」

「陛下と共に海辺を巡るのであればこの衣装だと、貴重なご意見を頂けました。全てを捧げた陛下の御前であれば、肌の露出も気になりません」


 羞恥心のポイントがよく分からない。本人に他意はないのだろうが、少なくとも男にとって目の毒である。お尻なんて半分しか隠れていないので、目のやりどころに困る。

本人は自分のスタイルを恐らく単純に性別でしか捉えていないのだろうが、男から見ればもはや女ではなく雌である。肌の色とのコントラストで、水着にも目線が移る。

俺が男ではなく、剣士なのが救いだ。剣士であれば、彼女を騎士として捉えられる。自分を男と意識していれば、己の騎士である彼女に本能のまま命令していただろう。


ひとまず妹さんより貰った飲み物で、心を落ち着かせる。


「焼きそばはいかがですか、お客様」

「うむ、貰おうか――女将!?」

「違います、今のわたしは店長です!」


 屋根が付いた移動可能な店舗、屋台店。旅館やホテルのイベントで使用される屋台を改造して、マイアが鉄板で焼きそばを焼いていた。いつの間に来たんだ!?

小さな花柄のワンピース型、お腹まで隠している水着はなんとも女の子らしい。だが着痩せする彼女にとって、控えめな水着はむしろスタイルの良さを浮き彫りにする結果となっている。

リバティー柄の小さな花柄カップで隠していても、豊かな双丘を見事に盛り上げるだけにしかなっていない。太いホルターネックが縦に伸びることで、むしろスタイルUPしてしまっている。

同年代ではなくても、男ならまず胸に目が行く。鼻歌で揺れる少女の胸は無防備であり、お腹を隠す水着を薦めた誰かさんの恐るべきセンスに唾を飲んでしまう。


本人は慎み深い水着だと思っている分、とにかく無防備だった。いっそセクハラでもしてやったほうが、救いになるのかもしれない。


「彼女の胸に釘付けになっておりますわ、旦那様」

「アンタの意図した通りだろう、セレナ――メイド!?」

「海辺であれば、マーメイドとお呼び下さってもよろしいですわ――と、カリーナお嬢様が親父ギャクを仰っておられました」

「つまんなさを、主に押し付けた!?」


 紙皿を用意して焼きそばを丁寧に仕上げているのは、カレイドウルフのメイドさん。完璧なメイドであれば、砂浜でメイド服を着る無粋は犯さない。客を楽しませるのも職務だ。

モノトーンの、シックな水着。黒の引き締め効果を存分に利用した、カジュアルな雰囲気が漂うパッチワーク。ホルターネックタイプが、彼女の白い肌を魅せつけている。

スタイルで言えばアナスタシヤ、色気で言えばマイアに一歩劣るが、彼女ほどの美人であれば特筆ではなく特徴で美を洗練している。短いパレオ、斜めカットがセクシーさを演出しているのだ。


美人であることを水着で魅せるとは、恐れ入る。同じ空間で過ごすだけで、優越感が本能的に溢れ出て来る。


「人の上に立つ存在であれば、楽しむ時間を作るべきですの!」

「だからって人のプライベートにまで干渉するなよ、カリーナ――お嬢様!?」

「ふふん、本来であればお前ごとき田舎者に見せる肌ではないのです。せいぜい、感謝するですの」


 何故か屋台の上に立って、堂々と俺を見下ろしているカリーナお嬢様。強い日差しが降り注いでいても、水着姿の彼女は日差しよりも強く輝いて見える。

ショーツの両サイドが華奢なリボン結びのタイプ、綺麗な脚を長く見せる水着。露出を効果的に利用して華奢な肢体を、実にスタイリッシュに見せつけていた。

布面積の小さい水着であっても色気より可憐さに目を奪われるのは、彼女本人の魅力ゆえだろう。ホルターネックの胸元を更にアクセントをつけて、可愛らしいデザインを上手く取り入れている。


彼女ほどの存在感を、見過ごすはずがない。


「ど、どうしてお前らがここにいる!?」

「どうしてもなにも、此処はカリーナのプライベートビーチですの」

「此処って――」



「旦那様が今まで歩いてこられた海外線です。お嬢様の領域に土足で飛び込めるのは、世界でただ一人旦那様のみです」



 一人っきりの世界は全て、支配されていた――俺はその場で突っ伏す。

焼きそばは、美味かった。

































































<終>







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