子犬のワルツ







 ――我が家では、雛祭りは3月3日当日よりも翌日以降が派手に盛り上がる。





「最後通告だ。そこをどけ、シュテルよ」

「分かって頂けないとは残念です、父上」

「父の命に背く価値があるとでも言うのか」

「父上の命は至上、何に代えても優先せねばなりません。例え、親を殺すことになろうとも」

「例え方が明らかにおかしいが――そこまで分かっていながら、何ゆえに命を背くのだ」

「我が父上との未来の為に!」


「よく言った、そこへなおれ」

「父上、お覚悟を」


 お互いに懐から出したのは、折り紙。日本の和の心を象徴する折り紙を丁寧に、それでいて完璧に折り畳む。分ではなく秒、殺し合いでは刹那ともいうべき時間の差が勝敗を分ける。

シュテルが白い綺麗な指でシュピっと織り上げたのは、お雛様。見事な出来栄えに内心感嘆するが、我が娘はむしろ驚愕を露わに俺の指先を見つめる。

お内裏様に織り上げられた、折り紙の完成形。完成度が互角であれば、勝敗を分けるのは時間の差。俺の方が早く、シュテルが遅かった。それだけだ。


両手を地面について、シュテルが崩れ落ちた。


「お見事です、父上」

「父を超えるには十年早かったな、シュテルよ」

「はい。是非とも十年、百年に至るまで、この不出来な娘をお導き下さい」

「折り紙教室へ行け。次」



「フッフッフ、ボクの出番だね」



 レヴィ・ザ・スラッシャー、宮本家の雷刃が襲撃してくる。いち早く敗北したシュテルを踏んづけているあたり、姉妹の非情さを物語っていた。

敗者に情は要らぬという姿勢は評価できるが、多分後で報復されるんだろうな。父を溺愛する殲滅者も、姉妹にはクールに仕返しをする。

レヴィは可愛らしく、鼻息を鳴らした。


「パパ、今年は阻止させてもらうよ」

「愚かなり、我が娘。この父を倒してから、強弁するがいい」

「パパを想う気持ちは世界一、今日こそボクはパパを超えて一番の娘になる!」


「よくぞ言った、こい!」

「おうともさ!」


 お互いに懐から出したのは、雛あられ。雛祭りに供えられる節句菓子を袋からつまみ出さず、そのまま天より逆さに向けて豪快に放り込む。

宮本家に、だらしないの文字はない。勝負とあれば、品性など顧みない。砂糖がけして甘味をつけている甘露を舌で愛でず、胃で受け止めて堪能する。

菓子に付けられる白色は雪、緑色は木々の芽、桃色は生命。命の起源を飲み干してこそ、雛。レヴィはケホっと、可愛らしく咳き込んでしまう。


口から零れたお菓子は、虚しく地面に散らばった。レヴィの表情が絶望に染まる。


「お前の負けだ、レヴィ。この愚か者、バシッ!」

「あうっ!? ご、ごめんなさい!」

「許さぬ。食べ物を粗末にした罰として、そのまま口で拾い上げるのだ」

「うう、悔しい……でも美味しい、もぐもぐ」


「いかに我が寛容であろうと、そろそろ叱りつけるぞ」


 平手打ちや食べる音をわざわざ擬音で表現する親娘に、我が家の王様がコメカミを痙攣させて登場する。ちなみに本当に殴ってはいない。我が家は褒めて伸ばす教育方針である。

エプロン姿の割烹着は、この家の母役を意味する。つまり俺の妻は我であるという、意思表示に他ならない。こやつもまた敵であった。

落胆と失望を剥き出しに、俺は静かに首を振った。


「馬鹿なことを考える。お前なら分かってくれると思っていた」

「愚かなり、父よ。我が愛は永遠なれど、愛ゆえにまた戦わなければならぬのだ」

「戦いの果てに掴める愛などないというのに」


「我が前例となろう。王者に相応しきは、王道なり!」

「ならば、俺もまた愛の為に戦おう!」


 お互いに懐から出したのは、菱餅。桃の節句の行事食を模造したこの品こそ、我らの武器。隙なく、暇なく、間なく、それでいて素早く投擲する。

ディアーチェの放った菱餅は俺の口に、そして俺の放った菱餅は――背後の壁に、突き刺さった。一瞬の結果に、俺の可愛い王様は目を剥いた。


「何故だ、父よ!? 我の額を狙うことも出来たはずだ!」

「分かっておらぬな、我が娘よ。可愛い我が子の顔を、どうして父が傷つけられようか」

「な、なんという、深き愛……完敗だ、父よ……」

「良き勝負であった。我が子の成長が見れて嬉しいぞ」

「おお、父よ!」


「はい、イチャイチャは禁止です」


 壁に突き刺さった菱餅を取って、容赦なく王の顔面に命中させる闇さん。敗走する王は声もなく仰け反って、そのまま倒れ伏した。

王の頭上に君臨するのは、天。黒き太陽は正装に身を包んで、俺の前に降り立った。我こそ真の敵だと言わんばかりの、厳かな雰囲気。相対するのは、我が子。

俺は悲しげに、瞼を落とした。


「俺は、我が子まで手にかけねばならぬのか」

「お父さんを止めるのは、娘としての義務です」

「崇高な義務感は時に、愚者の暴力となりかねんというのに」

「他者には悲劇と取られようと、親子の間で喜劇となるのであれば迷いはしません」


「いいだろう。今こそ我が子を敵と認め、全力を尽くそうではないか」

「お父さん、今日こそ私は貴方を超える!」


 懐から取り出したのは、甘酒。日本の伝統的な甘味飲料はどぶろくのように混濁しており、喜びと悲しみが混ざり合っている。

祝いに振る舞われる甘さは親と子の情を示すのか、米や酒粕を原料とした甘い酒が今親子に振る舞われた。


そのままぐいっと飲み干して――ユーリ・エーベルヴァインは、目を回して倒れた。


「反省するがよい、我が娘よ。どれほど育とうと、親にとっては子供同然。大人の酒は毒にしかならぬ」

「ぐるぐる〜、きゅう……」


 シュテル、レヴィ、ディアーチェ、ユーリ。我が子を手にかけてしまったこの痛みは、生涯忘れられないだろう。なんという惨劇か。

まあ、それはそれとして――


「ナハト、ひな人形を片付けるから手伝ってくれ」

「おー!」


「まったく……毎年、他所の家にはお嫁に行かないと、可愛い駄々をこねるんだよな」



 ――お雛様を早く片付けないと、嫁に行き遅れる。一年に一度、父と娘が争う理由である。



「ガブー!!」

「あいたぁぁぁぁ!? って、お前もか!」

































































<終>







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