幼子イエスに注ぐ20の眼差し







依頼番号:65645
依頼内容:密猟者に盗られた天然水晶を取り返して欲しい
依頼人:辺境自然保護隊















 ――彼の者は、騎士であった。





魔法の冷気が空気を凍らせるが、氷床を断ち割って敵を切る。
魔法の劫火が大地を焼き尽くすが、業炎を切り裂いて敵を切る。
魔法の稲妻が天上を迸らせるが、豪雷を両断して敵を切る。
魔法の業風が世界を吹き飛ばすが、竜巻を刎ね飛ばして敵を切る。


太陽すら恥じらう輝きし騎士甲冑、純銀に磨かれた長剣、崇高極まる正兜。悪辣なる魔道に怯みもせずに立ち向かうその姿は、吟遊詩人に謳われし聖騎士であった。

敗北による絶望に喘ぐ悪さえも、その姿を目の当たりにした瞬間に心を奪われる。剣を突きつける騎士の在り方、兜より覗かせる素顔の美しさそのものに。


威厳を示す鎧姿でありながらも、聖騎士の華は戦場に咲き誇っていた。俺が姿を見せた途端その場に跪き、報告を述べる。


「賊を討伐致しました、陛下」

「情報通り、魔導師の密猟者だったのか。騎士を向かわせて正解だったな」

「恐れ入ります」


 戦闘のみならず、戦闘後の手際の良さに舌を巻いた。呼吸があって何よりなのだが、自分なりに仕事をしている感じがしないのは妙に落ち着かない。

念の為に補佐要員を何人か連れて来ていたのだが、全く必要なかった。彼女がいると、常にこの完璧ぶりだ。何事も無くて何よりだったが、用意周到に準備する必要性に疑問を感じる。

さりとて手を抜けば、シスターあたりが煩いので仕方がない。怪我がなくて何よりと気遣うよりも、見事に果たした仕事に対して労うべきだろう。


その補佐要員は、捕らえられた賊を一人一人調べて回っている。こっちもすっかり、こうした荒事に慣れていた。


「御主人様。賊の手荷物を検分し、ご依頼の品を確認致しました」

「この大きさの天然水晶、カリーナ姫あたりに流せば依頼料より稼げるかもしれないな」

「清貧を心がけましょう、御主人様!」


 郊外の仕事であるというのに、白いローブで顔を隠した娼婦姿の女性が拳を握って注意する。俺の言いなりになっていた昔との違いに、騎士も可憐な唇を覗かせて微笑んだ。

聖女の予言と、聖王のゆりかご事件。全てが終わって何もかもが変わり、それでいて何も変わらずにいる。この二人の在り方は例えようほどもなく、静謐であり尊い。

美しく輝いた天然結晶を手に、無邪気に喜ぶ女性は無防備そのもの。修道女が護衛についているとはいえ、俺達が居れば犯罪現場であっても安全だと高を括っているようだ。


信頼というには喜ばしいが、こうまであけすけだと意地悪もしたくなってくる。


「事件が片付いたと言ってもこんな危険な場所に出歩いてもいいのか、お前」

「御主人様がお仕事に出られるのであれば、娼婦である私がお伴するのは当然の事です」

「一応言っておくけど、仮に娼婦であってもおかしいからな」

「カリム・グラシア様は本日、祈祷により聖堂に籠もられております。護衛任務に差支えはないでしょう」

「……俺に急な仕事が入ると、実に都合良くあの人は聖堂に篭もるよな。入れ代わりに、お前が来るけど」

「御主人様の娼婦ですから当然です」


 胸を張っている。もう完全に開き直っているな、こいつ。安全も何もあったものじゃないが、シャッハが固くガードしているので多分大丈夫だろう。甘やかしているとも言えるが。

それにしても早々に仕事が片付いたが、本来ならば一日がかりでは済まない難易度だ。密猟という言葉の定義が動物だけではなく、鉱物にまで適用される荒仕事になってしまっている。

密猟者はプロだ、迂闊に尻尾は出さない。所在を突き止めるだけでも大変なのに、横流しが激しい為に現行犯逮捕しないと罪が軽くなって一網打尽に出来ない。


時空管理局や他の仕事屋が手を焼く任務が、俺達に依頼として頼まれる。仕事の達成度がピカ一で更に格安となれば、こぞってお願いするのも当然だ。


もっとも俺の成果ではない。ヴェロッサが情報収集し、ナハトが嗅ぎ付け、妹さんが"声"を聞き、ユーリ達が追い込んで、騎士が刈り取る。それで終わりだ。

一番危険とされる密猟者の捕獲を騎士に頼むのは、白い旗を任せているだけではない。戦場を見渡して、感嘆の息を吐いた。


「魔法の両断――"非殺傷の極み"か、相変わらず見事な技だな」

「ありがとうございます、陛下」

「我が教会が誇る聖騎士、名を捨てても実を取り続けておりますね」


 通常魔導師はデバイスを通じて、非殺傷設定を行っている。物理破壊を伴わない魔力衝撃で、敵を死傷させずに攻撃する手段としているのだ。それ自体は恥ずかしいことではない。

高町なのはやフェイト・テスタロッサ、ヴィータ達守護騎士も同様の設定を行っている。だからこそ彼女達の強力無比な魔力でも、人を殺さずに済ませられるのだ。


――唯一の例外は、この騎士。この女性は"非殺傷"を設定せず、技量のみで実行している。人を殺さずに斬る、活人の極意を有りの侭に体現しているのだ。


ヴィータ達も最初目の当たりにした時、目を疑っていた。極意に達した技でありながら、敵意や殺意だけを斬っている。概念ともいうべきものを見抜いているとしか思えない。

機械の設定に頼らず、自身の技量にのみ頼って信念を貫く。魔導師の理想で剣士の到達点に達することで、彼女は魔道の両断にまで辿り着いた。

魔法が通じないという点においては、魔導師の天敵と言い切れる。擬似的物理現象を生み出す魔導師が、自然現象さえ斬れる剣士に勝てるはずがない。

AMF等の魔導封じも、この騎士の前には何の効果もなかった。鉄を切り、魔導を切り、現象を斬る――ゆえに、剣士。


「我が剣は陛下に捧げております。全ての誉れはどうぞ、陛下にお願いします」

「我が武勲は全て、聖女様のためにございます。全ての誉れはどうぞ、聖女にお願いします」

「えええっ!? こ、困りますよ!」

「何でお前が困るの?」

「あっ――えとえと、私は娼婦なので、御主人様を喜ばせたいからです!」

「全くの的外れじゃないからすげえよ、お前!?」


 とにかく、仕事は終わりだ。一日が完全に終わる前に片がついて、本当によかった。万が一明日になれば、仕事を任せっきりで戻らなければならなくなる。

何故かと聞かれたので、自分の世界における毎年の習慣を教えた。


「聖バレンタインデー、男女の愛を誓う日。素晴らしい習慣でありますね、陛下」

「おや、騎士も色恋沙汰に興味があるのか」


「この身は全て、陛下に捧げております」


 ――何を言っているのか一瞬分からなかったが、何も飾っていないのだと知って仰天してしまう。なるほど、彼女にとってわざわざ改める必要もないのだ。

剣を捧げたあの日から、俺に誓いを立てている。誓いとは単なる騎士の忠誠だけではなく、その全てを意味している。彼女にとって、愛情さえも誓いの一つに過ぎないのだ。

だからこそ麗しき誓いの日を、彼女は素晴らしいと言ったのだ。彼女にとって誓いは特別そのものであり、正純極まるものであるのだから。


何という、尊い騎士なのだろう――俺にはもったいない、崇高な女性であった。


「御主人様、私チョコレートを作ります」

「娼婦より配られるチョコレートって、義理臭くて仕方ないんだが」

「私が贈るのは御主人様以外ありえません。いっぱい食べてくださいね」

「娼婦にそう言われると、下心しか感じないな」

「ううう……で、ではお帰りの際、是非カリム様にお逢い下さい。きっと素敵なプレゼントが待っていますよ!」


「そこまでの連携プレイをわざわざ――あっ、こら!」


「――健脚でいらっしゃいますね、あの方は。いかがいたしますか?」

「寄るしかないだろう。全く、面倒な」

「御予定は大丈夫なのですか?」

「仕方ない、聖女様のお相手をしよう。お前も一緒に、来てくれるよな」


「私は常に、陛下と共にあります」


 世の中の男女が恋や愛に揺れる中、変わらぬ関係のまま俺達は今日を過ごす。代わり映えがないと、世の者達は笑うだろう。けれど、それでもいい。

愛も恋も何もかも――彼女は既に、誓ってくれている。その変わらぬ心こそが、常に向けられる想いこそが何よりの贈り物だ。


苦くも甘くもなく、とても心地良く俺達は主従で歩み続ける。

































































<終>







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