未来の破片 エピソード1 部下と上司 第4話







「販売ルートは全部押さえたよ。製造元にも注意しておいた。新型デバイス販売は今日で終わりや」

「どうして短期間で流通先まで分かるのだ、こいつ」

「分かったんか! ちゃんと返事!」

「りょ、了解しました!」


今年十五歳となるはやては、俺を鋭い目で睨んでいる。事務室へ来るなり、俺の上官殿の説教が飛んできた。

はやては二人っきりでも職場では上下関係を守り、至らない部下に上司が責任を持って叱責している。

説教は聞き流して、俺ははやてを見つめる。思春期を迎えた少女は、美しさが磨かれていた。


長い綺麗な睫に縁取られた瞳、桃色の唇。肌はきめ細かくて、柔らかい曲線を描いている。


指揮能力もあって現場に重宝されて、人望も厚い。夜天の魔導書が選んだ、主だけの事はあった。

ただ、本人が自分の魅力を自覚していない。


「八神一等陸尉殿! 御報告したい事があります!」

「まだわたしの話は終わってないやろ!」


最後まで話を聞いていれば、反撃する気力が先に尽きてしまう。これだけは絶対に、言っておきたい。


「今朝方、襲撃がありました。宿舎を出た際、出会い頭に突然奇襲を仕掛けられたのです!」

「奇襲……? 誰かに襲われたんか!」

「犯人はこう申しておりました。『本当に八神一等陸尉に相応しい男か、試してやる』」

「――それは、ひょっとして……」

「取り押さえて事情を聞くと、先日貴女に告白した男だそうです! 心当たりがおありですか、上官殿」


 心当たりが思いっきりあるのか、はやては顔色を変えて口元を押さえる。やれやれである。


「先週も、先々週も、同様の事件が相次いでおります! わたくし、非常に迷惑しております」

「あいた……ほんまに、良介の所へ行ったんか……」


 頭を抱えている。俺だって困っているのだ。

はやてには常日頃迷惑をかけているが、たまにこうして苛めてみたくなる。

こういう感覚は、昔の自分にはなかったのだが。


「やはり、八神はやて一等陸尉との今後の関係は改めた方が宜しいですね。転属願いを出して、地方へ――」

「ちょ、ちょっと待って!」


 背中を向けると、縋りつくように抱き締められた。俺の背中に額がぶつかり、くぐもった声が漏れる。


「何処にも行かんといて……わたしの傍にいて……」


 少女から大人に変わりつつあっても、独りになる恐怖は消えない。時空管理局の手強い上層部を前に一歩も引かない女性が、俺一人失う事に怯えていた。

意地悪が過ぎた、愛しさを感じながら、俺は彼女の手を握った。上下関係を、今だけは少し緩めて――


「――冗談だよ。俺がお前の傍を離れたりするもんか。一緒に夢を叶える約束だろう」

「良介は冗談か、嘘か、分からない時があるやんか。
フィアッセさんのコンサートの時も――帰ってくると言うたのに、あんな事に……」

「……悪かった。もう二度と言わないから、な?」


 他人でなければ、優しくする事も難しくない。


「お前だって悪いんだぞ。恋人は自分より強い人だって言わなければ、男もムキにならねえだろう。
S級以上の魔導師の恋人がF級以下の男だと、後で分かって騒ぎになるんだぞ」

「魔導師クラスとか関係ないよ」


 にっこり笑って、はやては強く俺を抱き締める。

切なさと、愛しさと――誰よりも深い想いを、込めて。


「良介は、あたしよりもっと強い。皆を支えてくれてる。
なのはちゃんにフェイトちゃん、ヴィータ達も――皆、良介が助けてくれた。

わたしだって本当に、頼りにしてるんよ」


 不真面目な勤務態度はどうかと思うけど、そう言ってはやては鼻っ面を叩く。少し、くすぐったい。

俺ははやての手を解いて、抱き締めて唇を奪う。はやては一瞬身じろぎするが、瞳を閉じていく。


「……ん……ハァ……」


 軽いキスでも頬を赤らめる、純真な女の子。はやては恥ずかしそうに、自分の席に座り直した。


「ま、まあ――今回は仕方ないって事で。今後はこのような事をしないように、心がけて下さい」


 コホンと、今更のように上司気取りなのが微笑ましくて仕方ない。

俺は笑いを噛み殺すのを必死になりつつ、敬礼する。少しは、迷惑をかけないようにしないとな。


「それで――」


 はやては羞恥の残る表情のまま、引き出しから分厚い紙の束を取り出す。疑問符を浮かべる俺に、俺の恋人は柔らかく微笑んで言った。


「今回は、反省文を書けば処分は無しにします。
四百字詰めで百枚、明日までに書いて来て下さい」

「四万字って、お前! 今までの人生の反省点全部書いても、それほどの文量になるか!」

「明日まで。返事は?」

「りょ、了解しました!」


 宜しいと、満面の笑顔で退室を命じる俺の上司さん。

文句なく可愛いが、将来の部隊長は恐るべき人だった。

恋人に選んだ事を激しく後悔しながらも――


――こんな毎日が続く事に、生き甲斐を感じていた。















<終>







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