未来の破片 エピソード1 部下と上司 第一話







『――御免なさい。わたし、交際している人がいるのです。気持ちは嬉しいですけど、お付き合い出来ません』

『そんなっ! ど、どんな人なのですか?』


『強い人です――わたしより、ずっと』















「――それで、また朝から絡まれたんっすか?」

「そうだよ。出会い頭に攻撃魔法ぶつけてきやがった」


 休暇明けの鬱陶しい朝、俺は苛々しながら机を叩いた。

無機物相手に八つ当たりはみっともないが、休日中に突然攻撃された俺の心情を理解して欲しい。

もっともこれが初めてではなく、今俺にお茶を入れてくれた後輩は驚きよりも、呆れた顔をしている。愛用の湯呑みより、熱い日本茶が湯気を立てている。


お盆を手に、管理局の制服を着た後輩が苦笑した。


「私的な魔法の行使は厳罰ものっすよ。隊長に訴えたらどうっすか?」

「何度も訴えているけど、自分の不始末は自分でやれと相手にしてくれない。同じ隊の一員ともなれば家族も同然と言っておいて、きっちり差別しやがる」

「先輩が問題ばかり起こすからっすよ」

「問題ばかり起こす先輩といても出世しないぞ、後輩」

「自分、チカ・ヨツバ一等陸士っす。
名前覚えてくださいよ、宮本良介三等陸士殿」


「……四等陸士」


   訂正しなければいけないこの現実に、また腹が立つ。

場の空気を的確に読んだ可愛い後輩は、今度こそ驚愕の眼差しで俺を見つめる。うう、その視線が痛い。


「ええっ! た、確か昨日まで――」

「一昨日の訓練の後、隊長から呼び出しあっただろう?
この前指揮官殴った一件で、見事に降格処分食らった」

「ちょ、ちょっと待って下さいよ! え〜と……管理局の階級に三等陸士より下ってありましたっけ?
研修生とかならともかく――あいたっ!」

「それ以上言ったら、女でもお前を殴る」

「殴ったじゃないっすか! 拳骨なんて酷いっすよ。
考えてみたら自分は先輩より上司っすよ、上司。上司には敬意を払うものっすよ、先輩。えっへん」

「――敬語を使ってやろうか、貴様に」

「……すんません、いいっす。キモイんで。
自分乙女なので、生理不順は勘弁でお願いします」


 ……この野郎、調子に乗ってやがるな……

階級の差は前からあったが、研修生以下になるともはや笑い話にしかならない。後輩もにこにこしてやがる。

俺は肩を落として、温くなる前にお茶を啜った。


ここは、管理局武装隊陸士104部隊・第三分室。


出動命令及び通常訓練等を除き、局内任務で使用される一室である。時空管理局のような多世界に渡る巨大な立法組織では、適材適所で人員と部署が配置される。

それぞれの持つ才能と本人の意思、組織の構造に従う形で局員が人事される仕組みだ。

俺が所属する陸士104部隊はミッドチルダ北部に拠点を置かれているが、本局にも幾つかの分室がある。

第三分室は新人や見習い、事務局員――ようするに前線に出れない人間や、階級が低い人間が仕事を行う部署である。窓際族、は言い過ぎかもしれないが。

実戦に必要なスキルを持っていない人間は、現場に出ても邪魔になるだけ。先程も言ったが適材適所、出来る仕事を確実にこなす事が大切なのだ。

104部隊はエリートが多く――正直に言うと、この部屋に追いやられる事自体大いに問題がある。

仮にも武装隊である以上、前線に出てなんぼの職務。

事務を馬鹿にするつもりはないが、少なくとも毎日書類仕事をやるよりはずっと功績を残せる。


残業無しの定時勤務は大変結構だが、毎日書類仕事では正直萎えるだけだった。自業自得なのだが。


「……どうしてきちんと抗議しなかったんっすか?
指揮官殴ったのも、八神一等陸尉を庇う為でしょう。

負傷者が出ているのにミスを認めない指揮官相手に、猛然と抗議していた八神一等陸尉の立場を考えて――」

「あの眼鏡がむかついただけだ」


 時空管理局は組織、上司の命令は絶対。

企業とは違って武力を有する以上、管理局は規律には非常に厳しい。個人プレイは断じて許されない。

勿論個人の意思は必ずしも排除されるという意味ではないが、現場で指揮官と口論になるのは宜しくない。

八神はやてのような才女――将来有望なエリートともなれば特に。


何が面白いのか、くすくすと後輩が笑っている。


「そういえば何でお前が事情を知っているのだ、後輩」

「上司にはちゃんと名前を読んでくださいよー」

「お前なんぞ後輩で充分だ。配属初日から、俺に妙に馴れ馴れしくしやがって。上司が、部下の補佐官をするな」

「出世と言っても、業務をこなしているだけっすよ。
配属年数重ねれば陸士は卒業出来るはずなのに、先輩だけが年々下がってるじゃないっすか」

「やかましいですよ、上司殿」


 俺より三つ下の後輩は謙遜しているが、優れた事務能力が認められて昇格している。本局勤めも近い。

昇進機会が少ない事務関連で早期出世は珍しく、はやてと同じく将来を有望視されている。

口調は体育会系、常に礼儀正しくて仕事は早い。明るい笑顔の似合う、我が104部隊の華である。
とっとと別の部署へ行けばいいのに、異動を断って俺と一緒に働く事を望んでいる。一流の馬鹿だった。

何処から仕入れたのか、日本茶も湯飲みもお盆も用意して、毎朝俺にお茶を入れてくれる。雑用押し付けても喜々として引き受けて走り回る、愛犬だった。


チカ・ヨツバ――略してよっちは拳を握り、鼻息荒く語り始める。また、始まった。


「自分が憧れているのは先輩の武勇伝っすよ、武勇伝!
訓練校でも先輩の噂は鳴り響いていますよ。管理局に入る前から、数々の難事件を解決されたそうじゃないっすか!

あの高町二等空尉も、先輩には頭が上がらないって言うじゃないっすか!」

「ただの乳臭い小娘じゃねえか」

「自分より軽く五階級上の人に、そんな無礼な口叩けないっす。それに、上も先輩の事意識してるじゃないっすか!
四等陸士なんて階級作る前に除隊勧告出しますよ、普通。部隊ごとの縄張り意識が強い陸上隊も、先輩が入隊して随分緩和されてきています!」


 これは誤解である。はやての尽力があっての成果だ。

俺はあいつの命令に従い、手を貸してやった程度である。俺の名前が広まっているのは、悪名の意味が強い。


空に星が輝くのは、夜――闇があって、星は光り輝く。


「無限書庫有料貸出制度とか、時空管理局製デバイス販売許可申請とか――日常的にセコイ事考えて、はやて先輩や隊長達を困らせる先輩を、自分は尊敬してるっす」

「……お前、馬鹿にしてるだろ」


 ちなみに、俺の申請が通った試しは一度もない。

話を聞いて笑うのは、なのはやフェイト、エイミィやリンディくらいだ。相談すればクロノは生真面目に反論するし、俺の上司であるはやては頭を抱える始末。

面白い試みだと思うのだが、理解はされない。

無限書庫なんて何十年も読まれていない本とか眠っているのだから、多くの人に読んで貰えるように、一般公開した方がいいだろうに。頭の固い連中である。


 ……有料なのは、貴重な古書であるという事で。


「そうだ。お前、どうせ暇だろ? 
新型デバイスを考案したので見てくれ」

「自分、やる事沢山あるんすけど……まあ、いいっす。
仕方ないので、悪巧みに付き合わせて貰うっすよ」


 嫌そうな口調だが、瞳はキラキラ輝いている。

俺は苦笑して事務机の横に置いていた袋から、昨日完成した新型のデバイスを――


『親分、おやぶーん! てえへんだ、親分!』

「どうした、サブ!」


 第三分室にある俺の机の上で、展開される魔方陣――

光り輝くサークルの中央に、一人の小男が焦燥を露に映し出されていた。テレビ映像ではない。

空間モニターと呼ばれる魔法技術で、空中に描いた魔法陣から通話するシステムである。


『新型デバイスの情報が、ターゲットに漏れました!』















<続く>







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