とらいあんぐるハート3 To a you side 第X楽章 主人は冷たい土の中に 第三話







『先程お知らせした日本人観光客ですが――病院内で、死亡が確認されました』





 ドイツの首都ベルリンで起きた、爆破テロ事件。一般人で賑わう場所を狙った、悪質なテロ事件が世界中に放映された。

ニュースが最初に流れたのは当然ドイツ、その後は不自然な程に主要国家に広がり、日本にも大々的に報じされている。


何の罪もない市民や観光客が負傷した、この事件。憎むべき犯人達よりも、テロリストを打倒した人間に注目が集まった。


剣道着を着た日本人、インターネットでは"侍"と呼ばれる青年。彼は剣一本で重火器に対抗し、テロリスト達を全員倒した。

犯人側が仕掛けた爆弾を事前に処置、現地に取り残された人達を全員逃し、人質にされた少女を救い出した。

フィクションでしかありえない、大活躍。経済危機や情勢悪化で暗い影を落とす世界に明るい光と、暗い悲しみを与えてしまう。


唯一出た犠牲者が、その青年。少女を庇って被弾し、命を落とす――彼は死んで、ドイツの英雄となった。



「……出来過ぎてる」



 世界中に流れる全ての情報を一夜にして収集、月村忍の導き出した結論が『情報操作』であった。

彼女は青年の事をよく知っている。数ヶ月の関係だが、彼の事は理解しているつもりだ。誰よりも深く、愛しているから。


キーを叩く手を止めて、小さく息を吐く。徹夜をしたが、眠気は全く感じなかった。


「爆破テロ事件に関わったのは事実、巻き込まれた形だと思うけど――侍君ならきっと、最後まで戦う。
事件が起きた経緯及び詳細は詳しく放映されているのに、侍君自身については顔と名前だけ。
身元も確かではないのに、侍君の顔だけが強調されている。事件を起こした犯人グループよりも、侍君が重要だと言わんばかりに。

テロ事件も含めて――侍君自身が、何らかの陰謀に巻き込まれている。そう考えたいだけかな……?」


 両手で顔を覆い、月村忍が肩を落とす。死んだと聞かされた時から今日に至るまで、悲しみはまるで感じていない。

自分が人でなしだという自覚はあった。両親が死んだと聞かされた時も、自分は涙の一滴も流さなかった。

夜の一族の女、血を啜って生きる人でなし、他人に関心のない冷たい存在。自分自身の在り方を、彼女は思い出していた。


"お前と、特別な契約を結ぶつもりはない。俺の記憶を消せ"


 夜の一族の女は、誓いを立てた相手としか生きられない。月村忍も、他人と深く関わろうとしなかった。

宮本良介、世界中が"侍"と讃える彼も例外ではない。そう、彼も決して例外ではなかった。

世間一般では放蕩者、学校にも行かず働きもしない無法者。目付きも悪く、ハンサムとはお世辞にも言えない顔立ち。

性格も悪く、誰に対しても態度の悪さを見せる。夜の女性が好んで関わろうとはしないタイプの人間だった。

人とは違うタイプだからといって、好きになったりはしない。多少の興味があっても、忍からは関わろうとしなかった。


そんな彼を好きになったのは、縁があったから――運命の相手よりも、先に会ってしまったから。


本当に好みの男性とは、いずれ出会えていたのだろう。同じクラスの高町恭也など、忍なりに魅力を感じてはいた。

運命という絶対的な要素よりも、忍は不確定な縁を選んでしまった。不安定な出会いと再会が、想いを安定させてしまった。


"人ってのは――他人と繋がって、想いを生み出せる存在なんだ"


 誓いを立てられずに記憶を消したのに、彼は自分で記憶を取り戻して自分に会いに来てくれた。この時初恋は、純愛に変わった。

大事な人の死に、悲しみを感じない。本当に死んだのかどうか、まず確かめている。それは弱さなのか――それとも、強さなのか。


忍は顔を覆っていた両手で頬を掴んで、ムニムニ引っ張ってみる。無理矢理にでも、笑いたかった。


「搬送された病院にさくらが何度問い合わせても、死体は日本に移送されたとしか言わない。移送先を聞いても、沈黙。
そもそも侍君って何処の誰だか、未だに知らないんだよね……はあ、聞いておけばよかった。

侍君だもん、きっと生きている。どうせまた、サスペンス映画顔負けの陰謀に巻き込まれてるんだ。

例えば死にそうな侍君を何処かの隔離施設に移して、臓器とか血とか取ろうと――血?
あっ、侍君の身体には私の血が入ってる。大きい病院なら、血液検査で夜の一族の血の異常性に気付くかも!?」


 正常な判断よりも、突飛な発想を優先させる。現実拒否と言われれば、その通りなのだろう。

自分は人でなしだ。愛する人の死にも、悲しめない。涙どころか、無理にでも笑おうとまでしている。


――それの何が悪い。死体も見ていないのに、この愛を否定されてたまるものか。


彼はきっと、最後の最後まで戦ったのだろう。重火器を相手に戦った武勇伝は、月村忍の冷たい心まで熱くしていた。

情報操作を誰かが行なっているのならば、自分も便乗して陰謀を加速させる。そうする事で、犯人側を混乱させる。

何か、がおかしいのではない。彼が関われば、何もかもがおかしくなるのだ。自分も、妹も、さくらも――そして、取り巻く世界も。


月村忍は、活動を開始する。悲しみに沈まない自分の心を、この時初めて神様に感謝した。















『先程お知らせした日本人観光客ですが――病院内で、死亡が確認されました』

「お、お姉様、泣かないで下さい!? これはきっと、悪の陰謀です!
2ご――りょ、良介様は悪の組織に攫われて、何処かの施設で幽閉されてるんです!

でも良介様ならきっと一緒に攫われたヒロインを救い出し、施設から脱出して傷ついた身体で悪に挑――」


 自分の妹の言葉で、ノエル・K・エーアリヒカイトは己の涙を自覚する。頬を濡らす感覚に、彼女は驚愕した。

主である月村忍の大切な人の死を告げられて、泣いている自分。悲しみという感情が、強く自分を打ちのめしている。


自動人形である自分が感じる悲しみ――人らしい感情を、持てている。


「良介様……貴方様には本当に、大切なものを沢山頂きましたね。何でもない顔をされていましたが、私は本当に嬉しかった。
お返ししたかった、大恩に報いるべく貴方様の御力になりたかったのに――

貴方様はまた、遠いところへと行かれてしまった。私のような人形では行けない、ところへ」


 人でなしには、人の楽園には行けない。ノエルは自分という存在を理解していた、人ではない事を自覚していた。

人ではないからこそ、人らしさに惹かれた。少なくともノエルから見て、彼は本当に人間らしい人だった。

天才でも何でもなく、悩んだり苦しんだり、常に考えながら何とか前へ進もうと努力していた。


「……良介様……」


 ノエルは、人間ではない。人間ではないから、人の悲しみに初めて襲われて、立つ事さえも出来なかった。

主を絶対とする自動人形を、人の感情が壊してしまった。故障なのか、進化なのか、誰にも、何者にも分からないだろう。


「あうう、お姉様、元気を出して下さい! 良介様は絶対の絶対、復活します!」

「……ファリン、あの方はもう……」

「しょ、正体は言えませんが、良介様は凄い方なんです! だから、きっと――」



 初めて泣いた涙は――驚くほどに、冷たかった。















 


















































<続く>







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