To a you side 外伝X -Noel-


※この物語はリクエストによる架空未来の一つです。
To a you side本編の可能性の一つとしてお楽しみ下さい。






サンタクロースはいない――子供が気付くのはいつだろうか?

いずれ気付くと分かっていながら、大人は何故サンタクロースを演じるのだろうか。

子供の頃は気付かなかった。自分が大人になって、ようやく分かった。


子供に、夢をプレゼントする為だ。


夢を送られて喜ぶ子供の顔が、見たいからだ。

大人もまた、欲しがっている。自分より大切な人の笑顔を――















 質素堅実な屋敷、手入れが行き届いた庭――

人里離れた私有地に今年初めての雪が降り、本格的な冬の到来を感じさせた。

冷たい空気が肌を突き刺し、舞い落ちる粉雪が命の息吹を白く染める。

されど、人の心まで凍てつかせる事は出来ない。


「――クリスマス、か……」


 イエス・キリストの誕生日、恋人達が過ごす宴。

キリスト教の聖誕祭や俗世間のお題目は、この際どうでもいい。

問題は我が家において――"Christmas"が特別な日とされている事だ。



「ノエル・K・エーアリヒカイト、月村忍」



 誕生日に恋人、二つのキーワードが忘れられない二人の女性を思い出させる。

御祝いの日が二つ重なり、大事な女が二人もいると、果報者のサンタクロースでも贈り物には悩む。

――劇的な出会いではなかった。

第二の故郷海鳴町で初めて出逢った女性――ではなく、食事の邪魔をされた気分の悪い出会い。

美人である事は認める。

同姓すら魅了する美麗な顔立ち、抜群のスタイルを誇る豊満な肉体――

当主のみならず、メイドのノエルも絶世の美女。

だが、二人の本当の価値は内面に在る。


「欲がないんだよな……忍も、ノエルも」


 姓はそのままに、関係だけを愛しく変化させて。

月村忍と宮本良介は大恋愛の末に結婚し、子宝にも恵まれた。

さくらは涙すら浮かべて祝福、関係者一同も大いに喜んでくれたが……俺には大袈裟に感じた。

月村忍とは、ごく自然にこうなっただけ。

一緒にいるのが当たり前になり、当たり前に退屈を感じない充実した毎日――

血で結ばれた絆より、望むものはない。お互いがいればそれでいい。


「何もしなくても、二人は文句言わないと思うけど……娘がうるさいんだよな……」


 目に入れても痛くないほど可愛くて、本当に生意気な我が娘。

親に全く似ず豊潤な才能に溢れ、たった五歳で開花した魔法剣士――

将来はSSSも夢ではないと期待されているが、放任主義の親に育てられた女の子は我が道を行っている。

全く誰に似たのか我侭で負けず嫌い、騒動を起こして周囲に迷惑をかけてばかり。

そのくせ妙な所で律儀というか……他人を見捨てられない甘さがある。

もし忍やノエルをクリスマスに放置すれば、「パパの薄情者!」と竹刀を振り回すに決まっている。紫電一閃!


ちなみに、我侭娘はアリサに連れて行かれた。


また悪さをしたらしく、時空管理局に連行――今日一日クイントの娘さんに説教されている、くっくっく。

……本当、馬鹿な娘ほど可愛いんだよな……


「アホ娘はメロンをやれば尻尾振るからいいとして、嫁さんとメイドが厄介だな……うぐぐ」


 毎日幸せな人間に、何が最高のプレゼントとなるだろうか?

記念になる物を贈っても喜ぶだろうけど、俺らしくない気がする。

気が狂ったと言われそうだ、うちのかみさんに。

特別な心遣いは、逆にノエルを恐縮させてしまう。  

困った……日々の生活に不自由していないからな――日々?

咄嗟の閃きは、時に自分の命をも救ってくれた。

冷たい空気を胸いっぱいに吸い込み、頭を一度真っ白にして来週のクリスマス計画を練り始めた。















 12月24日クリスマス・イブ、海鳴臨海公園。

海にほど近く、自然と人工物がバランス良く配置された公園――

今日のようなクリスマスでは、夜間に美しくライトアップされる。

雑誌でも紹介されたデートスポットは、雪化粧で白く彩られていた。


朝から待ち合わせするカップルが多い中、群を抜いて目立つ女性がベンチに座っていた。


「ヤッホー、パパ・・! 今、来たところだよ」

「……先に申告してどうする」


 一児の母になっても衰えない美貌に人懐っこい笑顔を乗せて、自分の妻が立ち上がる。

寒そうに白い息を吐いているが、頬は紅潮している。はしゃいでいるな。

その隣でバーズアイのセットアップスーツを着た女性が、恭しく頭を下げる。


「ノエル、忍はいつから此処に来てた?」

「二時間前です。
忍様――失礼しました、忍お嬢様は本日をとても楽しみにしておられました」

「ノエル、言っちゃ駄目!
こういう時はね、どれほど待っても今来たような顔をするのが礼儀なんだよ」

「申し訳ありません。良介様に嘘はつけません」

「……うう、ノエルのパパへの忠義度が私を上回ってるー」

「ゲームのやりすぎだ、お前は」


 泣き真似をする奥さんに嘆息、十代の頃からのお茶目な部分は変わらない。

鬱陶しく感じた時もあったが、忍なりに素直な感情を見せてくれているのだと理解している。

俺は忍の綺麗な長髪に手を伸ばした。


  「髪の毛に雪を積もらせておいて、今来たも何もねえだろ。たく……」

「……えへへ、ごめんなさい」


 撫でるように雪を払ってやると、忍はくすぐったそうに目を細める。

妻は普段喫茶翠屋のチーフウエイトレスとして、責任ある立場できびきびと働いている。

やり手のチーフらしいが……こうして見ると、とても信じられない。

ま、こいつはこれでいいんだけどな。


「今日はパパと呼ぶのはやめろよ。普段も人前では止めて欲しいのだが」

「だーめ、パパはパパでしょう。今日だけは昔のように、"侍君"と呼ぶね。
……ふふ、最近全然呼んでなかったのに違和感を感じないね。ノエルは?」

「私は少し懐かしく感じました。お嬢様と御呼びしていた昔を思い出します……」


忍に子供が生まれて、ノエルは忍をお嬢様と呼ばなくなった。

忍からの厳命か、ノエル自身思うところがあったのか――

俺は立ち入らない。

忍は決して、俺とアリサの間に入ろうとはしないから。


「立ち話も冷えるし、歩こうか」

「うん。今日は侍君任せだけど、大丈夫?」

「安心しろ。お前とのデートに気合を入れるつもりは全くない」

「……本妻になっても冷たいよね、この人は……」


 内縁の妻と自称していたからな、こやつは。

関係を続けて本当に妻となったのだから、大したものかも知れない。

……落とされたのが俺というのが、少し情けないのだが。

変な感心をしながら忍の手を取り、もう片方を差し出す。


「行こうか、ノエル」

「……はい、良介様」


 握った白い手は冷たくて――確かな実感が込められていた。

柔らかな感触に、年甲斐もなく心が浮き立つのを感じる。

絶対に離す事のない手を取って、俺達は歩き出した。















「ホラー!」

「アクション!」

「……アニメを」


 寒空の下、映画館の前で佇む三人。木枯らしが身に染みる。

周囲は愛を温め合うカップルで賑わう中、俺達は破局を迎えつつあった。

ああ悲しきかな、恋の別居生活。


「お前の存在自体、ホラーみたいなもんじゃねえか! 架空は必要ねえだろ!」

「ひどーい! こんなに可愛い忍ちゃんをそんな風に思ってたんだ!?」

「御二人共、落ち着いて下さい」


 海鳴市で近年新設された映画館は最新設備が導入されて、同時放映数も多い。

映画をデートに選んだのは定番だからではなく、三人が共有する大事な思い出の為。

心の在り方、感情の行方――人が人として成り立つ理由。


忘れる事は決して、出来ない。


「侍君の人生だってアクションばかりじゃない!?
パパの武勇伝を見聞きして、あの娘が育ったんだよ!」

「俺だって一人旅の浪漫劇にしたいのに、ヒロインが邪魔ばかりするからだろ!」


 思えば俺の半生、女共に振り回されてばかりだった。

旅の終着点が婿入りなんて、笑い話にもならない。

結婚は人生の墓場とはよく言ったものだ。


「良介様、忍お嬢様。注目を集めています」


映画館中央口のど真ん中で揉める男女――クリスマスでは珍しくもない光景だが、忍は容姿端麗な女性。

一人身の男性や学生連中はおろか、恋人を連れた奴まで見惚れている。

こういった場合、悪役は完全に男だ。

目立つのが苦手な忍も、俺に隠れて大人しく撤収した。


「ノエルはどうしてアニメなんだ……?」


 事前に決めていた映画は無く、映画館の紹介看板を見て希望ジャンルをセレクト。

主従関係は、一切考慮無用。

渋るノエルを何とか説得して選ばせたのは、珍しく動物アニメだった。


「……猫さんが主人公でしたので、選ばせて頂きました」


 控えめだが優しい自己主張に、俺と忍は揃って看板に視線を向けた。

デフォルメされているが――我が家の猫に似ている気がする。

ただの偶然、似たような猫なんて世の中に腐るほどいる。

けれど、クリスマスという魔法は――小さな偶然さえも、運命となる。


「……たまにはアニメでもいいか。寝るなよ、忍」

「それはこっちの台詞だよ。侍君は興味が無ければ、すぐに欠伸だもん。
きっと面白いよ、この映画」

「私の希望でよろしいのですか……?」


 愚問である。

俺はチケット売り場の列にさっさと並び、次の放映時間分を三枚購入する。

映画代も高くなったものだが、散財を惜しむ気持ちは微塵も無かった。

一人一人に渡すと、


「ありがとう、侍君」

「ありがとうございます、良介様」


 たった一枚のチケットでも、こんなに喜んでくれる。

昔は何の価値も無かった彼女達の笑顔が、今では高価な宝石より輝いて見えた。

まだ時間はあるので、俺たちはパンフレットを買って動物映画の話題で盛り上がる。

楽しい時間は短くとも、生きる喜びで溢れている。


――ノエル・K・エーアリヒカイトはずっと、チケットを握り締めていた。















 冬の厳しい寒さに太陽も尻ごみしたのか、地平線の向こう側へ落ちるのが早い。

特別な時間は一瞬一瞬が濃密で、やがて消えていく。

映画に熱中して、ゲームセンターで暴れ、買い物に楽しみ、美味しい料理を食べて――

再び、出逢いと再会の公園へ。

ライトアップされた聖なる夜に白い雪が舞い降りて、幻想的な風景を生み出していた。


「侍君と最初に出逢ったのは、この公園だったよね。懐かしいな……」

「あの時、気まぐれに助けた女と結婚する羽目になるとは思わなかったよ」

「あはは、本当だよ」


 恋の予感なんて、センチメンタルなものはなかった。

俺達は別れ、また出会い、時には喧嘩して――貪るようにお互いを求めて。

細い糸を切らず結んだままにしておいたら、赤く染まっていた。

血のように紅い、運命の糸となって――


「ノエルには昔から世話になったけど……まさか自分の娘の面倒まで頼むとは思わなかったな。
女だてらに悪ガキだろ、あいつは」

「お嬢様は、良介様にとてもよく似ておいでですよ。
大成されると、私は確信しております」


 慈しみに満ちた瞳を浮かべて、自分の意思で奉公する喜びをノエルは語る。

忍は魅力をそのままに、ノエルは良い意味で変わったな。

満足を胸に、俺は夜空を見上げる――


「過去を振り返る旅を演出したんだけど……結局、今日は今まで通り過ごしていたな。
折角アリサに他の連中連れ出させてまで、三人だけの時間を作ったのに」


 人は過去へは戻れない。どれほど辛くとも、道は前にしか続いていない。

けれど、途中で一休みする程度は出来る。

長い人生の旅路――昔を振り返り、懐かしい思い出に浸る一日があってもいい。


ノエルと月村、そして俺。少年少女時代のあの頃をプレゼントする――


出来損ないの魔法使いがサンタの真似事で、昔の思い出を贈る。

そう考えて作った時間だったが、俺達はクリスマスでもロマンティックには過ごせなかった。


「昔も今も変わらない。侍君がいてくれるだけで、私は幸せなの。
今年のクリスマス・イブは今日で終わり、夢は覚めたとしても。

昔の夢は楽しくて、今の現実は幸せ――御伽話にも無い、最高の物語だよ。

愛してる、良介」


 月下の姫君は自然に微笑んで、自分の想いを口にする。

クリスマスは神様を祝う日――

忍とノエル、二人に出逢えた運命にだけ感謝を。

忍を静かに抱きしめて、想いを言葉にする。


「出逢ってくれてありがとう。そして――
この時代に生まれてくれてありがとう、ノエル」

「……。申し訳、ありません……
どうしてでしょう……貴方への想いが、言葉に出来ません……」


 唇を震わせ、言葉少なくノエルは俯いてしまう。

気の利いた返答なんて必要なかった。

心を表現する方法は決して、言葉だけではない――



――抱き合う俺達の間で激しく震える、携帯のバイブレーター。



当然シカトしていると、忍が余計にも俺の懐から携帯を取り出して画面を見せる。

着信名は「アリサ・ローウェル」。嫌な予感……


『――良介ご自慢の娘が怒り狂って、そっちに飛んで行ったから気をつけてね』

「なにい!? 何で抑えておかなかったんだ!
明日のクリスマスは家族で過ごすと約束したのに、あいつは!

俺からのプレゼントはちゃんと渡したんだろうな!?」

『渡したけど……メロンパンは駄目でしょう。流石にフォロー出来なかったわ。
――ただの口実でしょうけどね。あの娘口ではあれこれ言っても、パパ大好き娘だから。

あたし達も今クリスマスパーティを楽しんでるから、家族水入らずで過ごしなさい。じゃあねー』


 は、薄情者ぉぉぉぉぉーーー!!

おのれ、実の娘の分際で本物を食べたいとは贅沢な!

俺だってまだ食べた事がないのに、しくしく……

携帯電話をしまい、嘆息して二人を見やる。既に事態を理解したのか、苦笑している。


「……昔話は終わりね」

「お食事に行かれるのはいかがでしょうか? お嬢様もきっと機嫌を直されると――」

「話し合う余地があれば、な。やれやれ……」


 聖夜の終わりは恋人との抱擁ではなく、親娘の喧嘩。思わず笑ってしまう。

さて――神様のお膝元で、盛大に殴り合うとしますか。



ジングルベルの鈴を、合図にして。






















































<END>







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