晴れた日は青空の下を走る







 ヒーローは、見返りを求めない。高い能力を持って世界に貢献し、人々を守りながらも彼らは決して報酬を求めたりはしない。

熱い正義と限りない優しさ、無限に連なる善意を持って、勇気を胸に抱いて悪に立ち向かっていく。

見返りを求めない正義とは、愛そのもの。無償の愛を人々に分け与えるのもまた、彼らの仕事と言えよう。


ここ海鳴町でも、メイド服を着た正義のヒーローが存在する。彼女の名前はファリン、改造人間である。


「うんしょ、うんしょ――あっ、良介様!」

「何だ――うおっ!?」


 今日は珍しく用事もなく御近所を歩いていると、背後から俺を呼びかける少女の声。

耳だけではなく男心までくすぐる美声に、心当たりは一人しかない。何気なく振り向いた瞬間、度肝を抜かれた。

この少女に関しては、出逢った頃から驚かされてばかりだ。


「……お前、どうしたの? そのプレゼントの山」

「町中をパトロールしていたら、町の皆さんが一人一人わたしに贈って下さったんです!」


 ファリン・K・エーアリヒカイト、ノエルの妹であり月村すずかの専属メイド。月村家に奉公する女の子である。

本来ならば主の下でメイド業に従事するべきなのだが、主の許可を得て海鳴町を守るべく毎日パトロールを行なっている。


少女の正体は自動人形、心を持ったカラクリ仕掛け――そのオプション、魂無き人型の無機物。


「何個貰ったんだよ、その山。お前の馬鹿力以前に、物量的に持てないだろう」

「皆様からの感謝の気持ちです、捨てられる筈がありません。身体は小さくとも、人々を想う気持ちは無限大なのです!」

「精神論で、物理法則を無視するな」


 機械人形に、心は宿せない。ましてオプションは道具、人形ですらない。魂の宿る余地などない。

頭脳明晰な科学者が匙を投げ、世界の権力者達が価値はないと鑑定し、身内ですら諦めてしまった、哀れな機械仕掛け。

そんな少女が今、俺の目の前で人々から与えられた愛に大いなる喜びを感じている。


「今日はホワイトデーとはいえ凄まじい人気だな、お前」

「バレンタインのお礼だと仰っていました! 本当はお断りしたかったのですが、今日はそういう日だと言われまして――

良介様、わたしは正義の味方失格でしょうかー?」


 欧州の覇者達を仰天させた機械仕掛けの少女が、泣きそうな顔をして俺に問いかける。

改造も何もせず、俺と接してファリンは心を宿した。敵味方で言えば、間違いなく敵であった少女。思い遣りなど向けなかったというのに。


愛情よりも先に正義に目覚め、彼女に豊かな心が生まれた。神様ではなく、架空の英雄から贈られたプレゼント。


「お前がヒーロー失格だったら、町の連中はマシュマロより石を投げつけるさ。
お前が今手にしている人々の気持ちこそ、お前がヒーローである何よりの証拠じゃないのかな」

「……はい、そうですね! 私、これからもこの町の人達の為に戦い続けます!」

「熱い情熱は結構だが、無駄に熱い愛を振りまくのはそろそろ止めた方がいいんじゃないか?
つーか、そのプレゼントの山もバレンタインのお返しだろう。

先月、町中の野郎共に手作りチョコ贈りまくったじゃねえか。絶対本命と勘違いしている男がいるぞ、沢山」


 生まれたばかりの心は純真無垢で、打算も何もない。真新しい愛を精一杯、町の人達に贈っている。

メイド服の美少女が満面の笑顔でチョコレートを真心込めて贈り、バレンタインの日に男心を熱く震わせた。

人の心を持っているが、人間らしい常識を持つには、まだまだ時間がかかりそうだ。


「ほれ」


「……良介様?」

「俺からの、お返しだ。そんなにあるなら、いらねえか?」

「欲しいです、ください! やったー、良介様からプレゼントだ〜〜〜〜〜!!」

「町中で大声で叫ぶんじゃねえ!?」


 自分が信じる幸せに身を投じ、少女はこれからも戦い続ける。










 


















































<終>







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