To a you side 外伝4 漆黒の戦乙女と孤独の剣士(前編)



※この物語はTo a you side本編を先に読まれると、よりお楽しみ頂けます。




 社会で生きて行く為には、金が必要となる。

金より大切なものは沢山あるが、大切なものを守る為に金が必要となる昨今の世の中。

金を手に入れるには多くのやり方があるが、一般人が通常得る手段は仕事だろう。

人間の豊かな生活を支える為に、人間の寿命を大いに削って労働を強いる。

結果報酬を得る――ああ、美しきかな労働生活。


そんな社会の奴隷達に、問いたい。


働くだけが、人生か?

金を手に入れるだけが、お前達の生き方か?

違う――それは違う。

生きる為には、確かに金は必要だ。

金がなければ、世の中真っ当に生きていけない。

苦労する人間ほど、身に染みて理解しているだろう。

だが、しかし。



お金なんかなくたって――俺達は生きていけるだろう?










「――分かって頂けたかな、桃子さん」

「うーん…」


 俺の講演会に、何故か懐疑的な表情のお母さん。

俺の言葉に熱心に耳を傾けてくれたのはいいが、同意はしてくれないようだ。

何故だ、いい事言ったぞ俺?



――深夜の高町家、食卓。



晩御飯を食べて、なのはを適当にからかって遊んでいると、桃子に突然声をかけられた。

まさか、愛の告白?

――なんて馬鹿な考えが浮かぶのは、シャマルくらいだ。

平然とその場で聞こうとしたが、桃子が愛する娘を一瞥して首を振る。


『後でいいわ。なのはと遊んであげて、良介君』


 甘やかすとタメにならんぞ、あんたの娘。

渋々なのはとその後ゲーム対戦して、風呂に入らせた隙に台所へ。

桃子は家族との団欒を終えて、くつろいだ表情でお茶を飲んでいた。

俺も冷蔵庫から冷たいお茶を出して、対面に座る。

桃子とこうして二人で話すのは、実は珍しくない。



――あの家出、そして五月・六月に起きた出来事。



雨降って地固まるとはよく言ったもので、雨降る季節に俺達は結束を固めた。

人間関係大反対な俺だが、桃子とは疎遠になるのはもう無理だ。

友情、愛情、家族――どの言葉とも結び付き、どれにも当て嵌まらない。


桃子と俺との関係は、一線を越えていた。


――雨を見る度に、俺は思い出すだろう。

これからも、ずっと――



そんな桃子は、家族だけに見せる微笑みで俺に話しかける。

無用な世間話はせず、単刀直入に。


『良介君に、明日ヘルプを御願いしたいの』


 言葉だけ聞くと意味合いが変だが、俺達の間では十分通じる。

通じているからこそ、俺は渋い顔。


『断る』


 喫茶翠屋の店長――桃子のもう一つの顔だ。

美人店長に美女のチーフ、腕の良いスタッフ達。

小さな看板娘も広告担当兼ウェイトレスとして働いていて、街の人気店だ。

ヘルプとは、日雇いの助っ人。

一日アルバイトとして、桃子にこき使われる。

時給は家族サービス給追加で高いが、労働の密度も恐ろしく濃い。

家族だから余計に手加減しない。


――そしてあの雨の日の出来事以来、俺は桃子に頭が上がらない。


『良介君は明日暇よね?』

『忙しいぞ』

『良介君も知っていると思うけど――あの新製品を、店頭販売する事になったの』


 聞けよ、人の話。

新製品…? 

――あーあー、あの毎晩食わしてくれやがったシュークリームね。

舌が一時期甘さで麻痺しそうになったぞ、この野郎。

美味かったので何個でも批評してやるといった事を、俺は数少ない後悔録に記入した。

俺はお茶を飲んで、言ってやる。


『そうなんだ、頑張れ』

『お願い! 明日フィアッセともう一人が急用でお休みする事になって――』


 ――謎が解けた。

おかしいと思ったんだよ、俺も。

今日に限ってマッサージしてあげるとか、何かお手伝いする事はないかとか、フィアッセは妙に優しかった。

優しいのはいつもの事だが、今日は媚びていた気がしたからな…


『お前のとこ、その気になれば他にもお手伝い頼めるだろ』

『それが明日に限って、誰もいないの』


 俺をじっと見る桃子。

――俺しかいないってか?

馬鹿な。


『お前には愛する子供達がいるだろ』

『うん、とびっきり可愛いのが目の前に』

『お世辞言っても駄目だ』


 そして可愛らしく人差し指で指すな、未亡人。

くっそー、この様子だと高町兄妹も無理そうだな…

なのはは戦力になるけど、店頭販売にあいつ一人は無理だろう。


『いいか、桃子? よく聞けよ――』


――以下同文。


熱心に説得したが、桃子はあまりいい顔をしない。

話の経緯から察するに、どうも俺にやってほしいようだ。


――接客業を。


近頃の不景気で自分の望む職に就けず、恵まれない労働環境で必死で働く人間が世に蔓延している。

労働の汗を否定する気はない。

ストレスに苦しみつつ頑張る奴らを応援はしないが、馬鹿にもしない。

だけど――孤独を愛する俺に、接客は無理だ。


『分かった、ちょっと待ってろ…』


 一時的にその場から離れて、携帯電話を取り出す。

文明の機器に毒されている俺が、ちょっとだけ可愛い。

さーて、天下人たる俺様の人脈を発揮するか――










『――うん、いいよ』

『本当か!?』

『侍君と、二人っきりなら』

『あほか』


 職務とは別に悩みそうなので、パス。


『わ、私がですか!?』

『これも患者さんのためだぞ』

『頼りにして下さるのは嬉しいですけど…私は明日、病院です』

『だよね』


 忙しい様子なので、パス。


『わ、私がか…?』

『頼れる騎士様にぜひ』

『騎士である事と、この事は関連性がない気がするが…

――すまない、私にはむいていないと思う』

『うーん…』


 仕事に失敗したら自害しそうなので、パス。


『はい、是非働かせてください』

『…ちなみに、報酬は俺ってのは駄目だぞ』

『えー!? では、何のために働くんですか!?』

『金の為に働け!』


 愛に苦しみそうなので、パス。


『いいぞ、別に。あそこのシュークリーム好きだし』

『…食うなよ?』

『ギガうめーんだ…へへへ』

『食うなって!?』


 つまみ食いしそうなので、パス。  


『ごめんなさい、明日は学校なんです』

『久遠でもいいぞ』

『駄目です、駄目です!? 
宮本さんが傍にいると、あの娘警戒心を解いてしまうので…』

『面倒事が増えるか』


巫女さんの心配はもっともなので、パス。










 ――どいつもこいつも役たたずめ。

他にも数人あたったが、全部仕事とかでパスされた。

こっちの世界も、あっちの世界も、薄情な連中ばっかりである。


――となると…


後は年齢層を低くするしかないんだけど――


流石に一人では出来ないので、俺も補佐に入るしかない。

二人で、店頭販売。

月村が望んだ展開だが、あいつの思い通りはむかつく。

無難にはやてだが――



『…うーん…良介の頼みやし、興味あるけど…』

『そうそう、愛する家族の頼みだぞ』

『車椅子でも、出来るの?』

『あー…』



 ――雇ってくれそうだけど、周囲に気を使われそうだ。

あいつもそれは望まないだろう。


となると、一人しかいない。


一日一緒にいて苦痛ではなく、接客業をやらせると面白そうな奴。

俺は教えてもらったプライベートナンバーから、アクセス。

深夜だが、あいつはすぐに出てくれた――



『こんばんは、リョウスケ』

『おーす、フェイト。悪いな、夜遅くに』

『…まだ起きていたから、平気』


 ――耳をくすぐる、繊細な声。


少ない言葉にも優しさと――親しみがこめられている。



フェイト・テスタロッサ。



 少女の素直な微笑みが、脳裏に浮かぶ。

この娘とも、本当に色々あったよな…

フェイトは礼儀正しい女の子。

目上の人には、常に敬語で話す。

そんなこいつと、こうして夜遅くに二人で親密に話せる時間が来るとは思わなかった。

互いの今日の出来事を少しだけ話して、俺は本題に入った。


『フェイト――お前明日、時間あるか』

『ええと…大丈夫だけど――どうして?』


 ――オッケー、分かってるぜ。

素直に頼めば、絶対にこいつは断る。

申し訳無さそうに――でも、頑固に。

シグナムと同じ、理由で。

親しい人には素直な感情を見せるが、フェイトは内気な女の子。

絶世の美少女なのにもったいないが、赤の他人にあいつの笑顔を見せるのはむかつくので複雑だ。

考える。

店頭販売ともなれば、万能なあいつも絶対に対処出来ない。

あいつの困った顔が是非見たい。

挙動不審なフェイトを見れるだけで、俺は不慣れな接客をこなせる気がする。

嘘をついて誘っても、あいつは見破るだろう。

性格は丸くなっても、鋭い感性は健在だ。


ならば――


「――二人っきりで、会えないか?」

「えっ」


 絶句してる、絶句してる。

目的は言わずに、意味深な言い方で誘いこんでくれる。

再確認するが、嘘を言っては駄目だ。

ストレートに言うと拒絶されそうなので、その辺は曖昧に。


「大事な話があるんだ…お前に」

『な、なら今――』

「直接、言いたい。お前に…」


 ――で、直接会って逃げられなくしてやる。

内心高笑い、表面上深刻に。

数秒とも、数分ともつかぬ、逡巡と躊躇――

沈黙を破ったのは、フェイトが先だった。


『…私、でいいのかな』

「勿論だ」

『――でも、なのはが…』


 …何で、なのは?

深刻な悩みを抱えたふりをしていたつもりだが、こいつはどういう風に取ったのだろう――

なのはに打ち明けるべきと言いたいのか?

女同士の友情は、俺にはさっぱり分からない。


「俺は、お前に話したいんだ」

『…。


――うん…』


 ――よし、勝った。

ガッツポーズ。

現地集合して拝み倒せば、奴も断りきれまい。

仕事が今から楽しみになってきた、ふっふっふ…





そして俺は――


風呂上りの小娘の存在に気付かぬまま、当日を迎えた。








































































<続く>







小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。


<*のみ必須項目です>

名前(HN)

メールアドレス

HomePage

*読んで頂いた作品

*総合評価

A(とてもよかった)B(よかった) C(ふつう)D(あまりよくなかった) E(よくなかった)F(わからない)

よろしければ感想をお願いします













戻る


Powered by FormMailer.