To a you side 外伝3 剣の騎士と孤独の剣士(後編)



※この物語はTo a you side本編を先に読まれると、よりお楽しみ頂けます。




 約束の時刻――剣の騎士シグナムは参上していた。

主が用意した服装を着た彼女。

朝早く、人通りの少ない時刻は静けさを好むシグナムにとって幸いだったと言うべきか。

人目があれば、確実にその美貌に注目されていたであろう。

真摯な表情で心穏やかに、彼女は待ち人が来るのを望んでいる。

優しい風が、彼女の長い髪を揺らす。


――溜息が出るほど、美しい。


心なしか、表情に期待と不安が浮かんでいる様子が伺える。

彼女は静かに顔を上げて周囲を一瞥し――



――到着した俺を見つけた。



シグナムは小さく息を吐いて、俺の元へやって来る。

俺の頭上から真下まで一瞥し、表情を崩した。


「・・・苦労したようだな」

「・・・頼むから何とかしろ、あいつら」


 肉体疲労・精神疲労・全力疾走――


整えた髪と服を守れたのは奇跡に近い。

疲れ切った俺を、シグナムは珍しく慰めてくれた。







――爽やかな朝っぱらから、暑苦しい抵抗に出た二名。







部屋監禁に、家内監禁。

見事に犯罪な方法で、俺の外出を阻止すべく立ち上がった騎士達。

その執念だけは感心するが、生憎簡単に諦める俺様じゃない。

なかなか手強い罠だったが、あいつらは肝心な事を忘れていた。


――彼女達の主が、俺の味方だと言うことだ。


全力全開ではやてを呼んだ俺、大勝利。

金棒を持った鬼のように、アイゼン片手に突撃するヴィータを前にはやてバリアー。

ヴィータの顔が引き攣る。


『き、汚ねえぞリョウスケ!?』

『寝込みを襲ったお前に言われたくねえ!

ほれほれ、武器を捨てないとお前の大切な主人の顔に手垢つけるぞ』

『うわー、やめろー!?』

『・・・あ、あはは・・・危害加えへんところに優しさ感じるわ』


 微妙なラインで喜ぶな、人質。

レンなら胡散臭い関西弁で、容赦なく地味な攻撃へのツッコミを入れただろう。

物足りなさを多少感じつつ、ヴィータを無力化。

負け惜しみに、


『行くなよぉー、リョウスケ・・・』


 ――弱々しく、俺のズボンにしがみつきやがった。

散々邪魔したくせに、今更お願いしても駄目だ。

俺はやると言ったからにはやる。


――でも、ま・・・


『大人しくしとけ。

・・・気が向けば、土産くらい買ってきてやる』

『! ほ、ほんとか!?』

『気が向けばな、気が向けば』


念押ししているのにまるで聞かず、目を輝かせて喜ぶ小さな騎士。

目先に囚われて破滅するタイプだな。

ガキを手懐けたので、次は大人の女だ。


『シャマル、お前はどうする』

『――ごめんなさい、はやてちゃん・・・

愛に生きる愚かな女を許してください』


 透明な涙を称えて、玄関前に立ち塞がるエプロン女。

シグナムには負けるが、スタイルの良さと容姿は天下一品の女性。

加えて演技派なので、長い付き合いでなければ騙される仕草だ。


――で、俺達は思いっきり長い付き合いだ。


『…あっさり見捨てられたな、お前』

『…シャマル、三日間御飯抜きや…』


 さり気に、容赦ない事を言う主様。

温厚で優しい性格なのだが、愛への寛容さはないようだ。

そんなもんあったら、俺が困るけど。


『どうしても邪魔する気か』

『邪魔なんてそんな――! 
浮気は男の甲斐性、私は笑顔で御見送りしますから』


 嘘つけや、この演技派女。

確かに玄関を通るのは普通に許すだろうが、その先は所詮玄関。

四次元殺法を駆使されている以上、延々家の中をループしなければいけない。

嘆息。

人質が通じないのなら、この女のもう一つの弱点をつくしかない。

忠誠より愛を選ぶなら、弱点は俺だ。


…ほんとかよ、おい。


俺ははやてをそっと脇にどかせて、シャマルを――


『えっ――!?』


 ――そっと、抱き締めた。

まさかシャマルもそう来るとは思っていなかったのか、俺の胸の中で熱い吐息を吐く。


『…俺の負けだ、シャマル。もう行かないよ。
お前の傍を離れない』

『ほ、本当ですか…! 


…嬉しい…』


 服越しに伝わる、柔らかな胸の感触。

トクトクと高鳴る心臓の音――

シャマルは歓喜に頬を染めて、俺を抱き返した。


『お、おい!? リョウスケー!!』


 ――背後から何か聞こえるが、気にしない。

俺はシャマルの繊細な顎のラインを、優しく掴む。


『さ、仲直りしよう。目を閉じてごらん』

『は、はい…

…ん…』

『ふざけんな、コラ!? リョウスケ、リョウスケ!!』


 優美な色の唇が、そっと差し出される。

完全に俺に身を委ねているのか、何も抵抗しなかった。


――馬鹿め。


『うう…ううう…! や、やだ…やだよ、リョウスケ!!
リョウスケは、アタシの――!

…むぐ?』


 やかましい小娘を黙らせて、俺は台所へダッシュ。

テーブルの上のものを掴んですぐに戻り――


『良介さん、早く…』

『はいよ』



 ――その唇に、豪快に味噌汁を流し込んだ。



無論、手で鼻と唇を塞ぐ事も忘れない。


『う、う〜〜〜〜〜〜〜!!! ぅ…』


 シャマルはそのまま仰け反って倒れた。

何が効いたのかさっぱり分からないが、味噌汁効果は抜群だったようだ。

瞬間的に気絶するとはどんなのを入れたんだ、この女…?

何にせよ、障害は消えた。



愛の女は、愛に敗れたのだ…














「――で、ザフィーラに後片付け押し付けて来た」

「便利にこき使っているようだな…」


 早朝の騎士達の奮戦を聞いて、シグナムは深い溜息を吐く。

呆れているのは俺か、奴らの行動か。

――多分、両方だろう。

聞かない事にする。


「その顔を見ると――ヴィータ達だけではないな?」

「大正解」


 …何処から聞きつけたんだ、あの馬鹿共は。

むぅっとした顔をして邪魔するチビスケ共を蹴散らすのが大変だった。

追いかけて来たら縁を切ると言ったので、ついて来ないとは思うが。


――話し終えると意外に時間が経過しており、午前十時になりつつあった。


「悪いな、時間取った。歩きながら話せば良かったな」

「急ぎではない」


 愛想のない返答だが、別に怒っているのではないだろう。

シグナムは鋭い刃のような雰囲気はあるが、人間が出来ている。

シャマルとは別の意味で、大人の女性だ。

長々と立ち話も何なので移動を試みようとするが、シグナムは動かない。

彼女の見つめる先は――


「…主はやてに御聞きした。
この公園で出会ったそうだな」


 ――俺とはやてが話したベンチだった。

人っ子一人いない寂しい空間。

一日の始まりを告げる時刻に、俺とあいつは人生の終わりのような心境で公園へと歩いて来た。

何を考えていたかは――もう思い出せない。

心に浮かぶ思い出の映像は、はやての寂しそうな微笑みだけ。


「…あの時、俺もはやても…

迷子になってたんだと思う」

「迷子?」


 静かに頷く。


「何処に行けばいいのか、分からなくて…寂しくて。

俺達は迷った挙句、出会ってしまった」


 俺やはやてだけではない。

俺が高町の家を出てから出会った奴ら、皆だ。

皆、疲れていた。

泣いていた。

どうしたらいいのか、分からなかった。

――家族ゴッコ。

拙い結びつきから始まった生活は、俺達に思い掛けない変化をもたらした。

風が吹く――

暑い夏の日に、俺達に吹く風は少しだけ冷たい。


「…我々も、同じだ」


 呟くシグナムの横顔は、やはり強い。

哀切や悲色を瞑目し、言葉にだけ乗せる。


「主と出会って、自分の居場所へ辿り着けた。

――お前との日々で、新しい自分を見つけられた」


 シグナムとは真面目な話をよくする。

最初は慇懃無礼な俺に挑戦的な言葉か、警告。

もしくは無視が常だったが、近頃は落ち着いて話す事が出来るようになった。

俺の周囲は近頃いつも賑やかだが――俺は元々あまり人と話す方ではない。

シグナムとのこうした会話は、嫌いではなかった。


…俺達はいつしか、公園の中を歩いていた。


「新しい自分ね…

確かに、近頃のあいつらは頭に花でも咲いてそうだけど」

「ヴィータはお前に素直になれないだけだ。
お前がいない日は、近頃大人しい」

「…俺が居る時も大人しくしててくれ」


 ただでさえ、鬱陶しくまとわりついてくるんだから。


「シャマルには、私も驚かされている。
あれほど真っ直ぐに他人に心を開くシャマルを、私は初めて見る。

――主ではない人間に」

「素直すぎるぞ、あいつは」


 以前、結婚式場のパンフレッドを家に取り寄せていた事があった。

テーブルの上に置いてあるのを見たとき、どんな呪いかと恐怖したぞ。


「ザフィーラとはどうだ? 相変わらずか」

「奴とは相変わらずだ」


 相変わらずな関係――男同士なんてそんなもんだ。

別に俺はアイツ、嫌いじゃないんだけどな。


「主はやては常々お前を気にかけている。
たまには、ゆっくり話をしてあげてほしい」

「バタバタしているからな、近頃」


 はやてとの関係は比較的良好だ。

少々では縁が切れないのは、あいつも分かっている。

俺にだけ見せる甘えは、顔を合わせる事で満たされている。


――照りつける日差しの中を、俺達は歩く。


いい感じで暑くなってきているのだが、シグナムは汗一つかかない。

そんな俺も無意味に抵抗して、暑さに喘ぐ顔を見せなかった。

ゆっくりと、ゆっくりと。

バスや電車にも乗らず、俺達は平和な町を歩く。


静かな時間。


他愛無い会話も、いつしか消える。


――俺達のような関係には、とてもよく似合っている。


「シグナム」

「何だ」


 ――お前、どうして俺と一日過ごす気になかったんだ?


野暮な疑問を、凛々しい横顔が教えてくれる。

そんな答えが必要か――?


一人の高潔な騎士が、俺を選んでくれた。


一介の剣士として誉れ高き事ではないか。

愚かしい質問など、貴重な時間を汚すだけだ。


「何処、行こうか?」


   シグナムは俺に穏やかな瞳を向けて、


「お前の好きな場所へ連れて行ってくれ」


 微笑みかけてくれた。

綺麗な、笑顔――






――今日は少しだけ、優しくなれそうな気がした。

























































<終>







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