To a you side 外伝3 剣の騎士と孤独の剣士(中編)



※この物語はTo a you side本編を先に読まれると、よりお楽しみ頂けます。




意外に思われがちだが、早起きが好きだ。

朝靄に包まれた海鳴町は荘厳とした雰囲気に満たされており、何より人通りが途絶えている。

誰もいない静かな朝はまぎれもない俺一人の世界で、毎日ランニングに出かけている。

広い街中を休まず走るのは体力作りにピッタリで、朝の空気も心地良い。

日々の鍛錬が命を繋げるという事実を、俺はこの三ヶ月で嫌と言うほど学ばされた。

特にあの雨の日の夜は、今でも忘れられない得がたい経験だ。

ガードレールの感触を思い出す度に、命の実感を与えてくれる。

そんな朝の気持ち良い出発を――



――根底から破壊してくれやがった存在がいた。



シグナムに町を案内する日。

はやての陰謀とシグナムの不可思議な承諾で実現したその日、俺ははやての家に泊まった。

待ち合わせ場所は、公園。

俺とはやてが出会ったあの公園で、この家が一番近い為だ。

別に家から普通に二人で出て行けばいいと思うのだが、はやてに散々反対された。


『待ち合わせがデートの基本やろ?』

『デートじゃないと何千回言わせるんだ、お前は』

『待ち合わせ場所はシグナムと話し合って決めたから。
良介、きっと気に入ってくれると思う』

『・・・スルーが上手くなったよな、お前って』


 はやての家には俺の部屋があり、寝泊りがいつでも可能なのだ。

毎日掃除までしてくれているみたいで、この部屋が汚れた姿を俺は見た事が無い。

渋々俺は待ち合わせを承諾し、はやての家で運命の日の朝を迎えた。

んだが――どういう事だ、これは?



壊れた目覚まし時計。



早寝早起きを心掛ける俺に目覚ましは通常必要ないが、はやてが買ってくれた。

シグナムは時間に煩いので、念の為俺も昨晩セットした。

オルゴールの音色が鳴る、レモン色の可愛い時計。

朝起きたら――文字通り、粉砕されていた。

音色が煩くて寝ぼけて壊したとか、そういうレベルではない。

怨念すら感じさせる、凶悪な破壊を浴びせられていた。

その破壊力に清々しさすら感じる。

例えて言うなら――金槌とかプレス機で潰されれば、こんな感じになるだろう。

電池までスルメのようにペッチャンコになっている。

断じて、俺はやっていない。

泥棒や強盗の類が、この家に侵入するなどありえない。

シグナム、シャマル、ヴィータ、ザフィーラ。

こいつらがこの家を守っている限り。

犯人は内部の人間。

名推理を働かせる必要は無い。


――犯人は、俺の隣に居るのだから。


幸せそうな微笑みを浮かべて眠る、少女。


白いシャツとパンツ一枚の姿で、俺に無防備な寝顔を見せている。

――俺の天敵、ヴィータ。

不覚にも、全く気付かずに寝床への侵入を許した。

目覚ましを破壊したのは、間違いなくこいつ。

100%断言出来る。

何せ――凶器が目の前にあるからな。


ドアの前に置かれたハンマー。


ヴィータ愛用の武器、グラーフアイゼン。

まるで門番のように厳かに立ち塞がっていて、威圧感すら感じさせる。

武器の主人は俺の腕にしがみついて、安らかに眠っていた。

――正直、それだけならまだいい。

目覚ましは弁償させればいいし、俺様の神聖な寝所に不法侵入するのはこれが初めてじゃない。

毎日派手に喧嘩を売ってくる割に、時折許可を得ずにもぐりこんでくる。

朝気付いて文句を言っても逃走するので埒があかず、シグナムに聞いた事があった。


『・・・冷たい夜の記憶を思い出すのだろう』

『? 野宿でもした経験でもあるのか』

『・・・人の温もりを求めているということだ』


 生意気な口を叩くが、やはりガキはガキ。

夜の孤独や冷たさに耐える神経はないか。

自分なりにそう解釈してあの時納得してやったが、今は違う。

許せないのが、コレだ。

俺は舌打ちして、自分の首を掴む。


――首輪。


革製の丈夫な首輪が、俺の首を固定している。

首輪に繋がった紐の行く先は、思いっきりクソガキの手首に巻かれている。

少しでも俺が動けば奴が目を覚ますという訳ですか、あっはっは。


ふっざけんなぁぁぁぁぁっ!


何なんだ、この念入りな嫌がらせは!?

この部屋から意地でも出さないつもりか!

天使のような少女の寝顔から、何故か悪魔のような殺意を感じ取れた。

何なんだ、このガキ。

シグナムと約束した日から機嫌が悪かったが、妙に大人しかったので油断していた。

まさか当日にこんな行動に出るとは予想外だった。

ここまで罠を仕掛けられて、俺はグースカ寝ていたというのか!

そっちの方がちょっぴりショックだぞ、おい。


「野郎…どうしてくれようか…」


 シグナムとの待ち合わせは、午前八時。

朝早くから出て、街中を一日かけて案内する約束だ。

奴は時間に非常にうるさい。

万が一約束を破れば、問答無用で今日の案内は反故になるだろう。

俺としては望み通りの展開――にはならない。

シグナムは根に持つ性格ではないが、高潔な人柄だ。

一度信頼を無くせば、回復するのに並々ならぬ努力が必要となる。

――昔のような関係に戻るのは遠慮願いたい。

あいつの殺伐とした態度は、正直気が萎える。

一度でも約束してしまった以上、最早後戻り出来ないのだ。

そういう意味で、こいつの仕掛けた罠は有効だ。

目覚まし時計の破壊は毎日早起きな俺に現実的には無意味だったが、精神的には充分なダメージになった。

朝起きたらペチャンコだぞ?

ちょっとしたホラーだ、こんちくしょう。

首輪は首輪でどれだけ力をこめても外れず、下手に引っ張ると奴が目を覚ます。

起きれば、さらに抵抗されるのは間違いない。

不幸中の幸いにも、今奴は眠っている。

騎士を名乗る分際で敵である俺の隣で安眠してやがるのだ、この能天気は。

俺はこっそり起き上がって、ドアへ向かって足を伸ばす。

とりあえず、あの忌々しいハンマーをどけなければなるまい。


「ぐぬ…ぐぬぬぬぬっ!?」


 重っ。

どういう構造になっているのか分からないが、地面に張り付いたように動かない。

たかがガキの悪戯道具の分際で、人間様に逆らうのか。

力ずくでどけようと、俺は蹴飛ばす。


「あいっ!? ――うー、うー、うー」


 のおおおおお、指が! 指がぁ!

起きたら最悪なので口をふさいだまま、俺は悶絶する。

足の指がへし折れたような衝撃が跳ね返り、痛みに苦しむ。

手強いぜ、グラーフアイゼン。

自由になった暁には、貴様を粗大ゴミ行きしてくれる。

――俺の意思が伝わる筈もないのに、グリップ辺りが光ったような気がした。

笑った…? 馬鹿な。

現実問題首輪をどうにかする必要があるので、仕方なく俺は助っ人を呼ぶ。

この状況で頼りになる相手。

この家で只一人の同姓であり、肝心な時に居留守を使う駄犬。


「――ザフィーラ…ザフィーラ。
御主人様のお呼びだ」

『…誰が御主人だ』


 小声で呼んだのに来てくれるとは、流石忠犬。

ドアの向こう側から聞こえる渋い男の声は、不機嫌に染まっていた。


『どういうつもりだ』

「何だ、いきなり」

『…朝出かけようとしたら、主に外出禁止を言い渡された。
裏で糸を引いたのは貴様だな』

「何のことやら」


 ふははははは、はやては俺様の味方だ。

お前らより付き合いも深い。

そうそう何度も逃げられてたまるか。

こいつの逃走を予測した俺は前日にはやてに頼んで、命令するように言った。

御願いという名の、命令を――

シグナムとのデートを成立させる為だと説き伏せたら、あっさり陥落した。

さてと。


「お前に頼みがある」

『断る』

「はやてに頼んでもいいぞ、俺は」

『…何だ』


 くっくっく、素直で宜しい。

唯々諾々な獣に、俺は堂々たる態度で言い放った。


「ヴィータの馬鹿野郎が、俺に首輪を巻きやがった。
お前の牙で切ってくれ」

『…ヴィータは今、お前の部屋にいるのか』

「人に嫌がらせをしておいて、のんきに熟睡してやがる」


 説明してやると、ドアの向こうから苦笑の声。

くそー、他人事だと思って笑いやがって。

大声ではやてを呼んでやろうかと思ったが、奴の態度は軟化した。


『いいだろう。アイゼンもこちらで何とかする』

「お。いやに話が早いな。


――なんで、アイゼンがあるって知ってるんだ」

『気にするな。部屋を出たいのだろう?』

「あ、ああ…」


 突然の好態度に多少不自然さを覚えたが、今は奴に任せるしかない。

遅刻するとやばいのだ。

今は急ぐことに専念しよう。


――その考えが大いに甘い事に最初に気付いたのは、奴の次の言葉だった。





『部屋を出ても、どうせ変わらないだろうからな』















 ザフィーラの協力で、ようやく部屋から脱出した俺。

ヴィータのお陰で朝っぱらから時間を余計に取ってしまったので、お返しに奴を千切れた首輪の紐で縛り付けてやった。

起きた瞬間身動き出来ず蓑虫のようにもがくしかないのだ、くくく。

アイゼンの始末はザフィーラに任せて、俺は用意に入る。

俺はいつもの普段着で出かけようとしたのだが、前日はやてが服を用意してくれたのでそっちに着替える。

流行は正直疎いが、あいつの服の趣味はなかなかのものだった。

散髪にも行かされ、身なりまで整えさせられての出発だ。

靴まで用意したんだぞ、はやては。

当事者ではないあいつが、何であんなに気合を入れているのか分からない。

窮屈な思いをして着替え終わり、朝風呂に洗顔までして、俺はキッチンへ。

何かつまんで行こうと思ったのだが――


「おはようございます、良介さ――」

「お、起きてたのかお前…ん? 
な、何だよ…」


 朝の陽光に照らされて、優しい微笑みが食卓に華のように咲いている。

はやて家のお母さん――というには、若々しすぎる美女。

シャマルが朝御飯を用意して待っていてくれた。

――のはいいのだが、様子が変だ。

妙にポーとした様子で、俺を上から下まで見ている。


「――おい?」

「あ――ご、ごめんなさい…

素敵な御洋服で、その…夫の凛々しい姿に見とれてしまいました…」

「シャマル…

――って、俺にそんな新婚ゴッコは通じないぞ」

「うー、でも本当に素敵なんですよ…?」

「そっか…?」


 自分の容姿に普段それほど気を配らないからな。

整った髪と服に、少し窮屈さを感じる。


「シグナムはもう先に行きましたよ。
はやてちゃんは私が見ますから、今日は楽しんできて下さいね」

「あ、ああ…」


 …? 何だ、こいつ。

昨晩まで、この家事担当は拗ねに拗ねていた。

私よりシグナムが大切なんですか――とか。

胸の大きさは負けていますけど、形には自信があるんですよ――とか。

浮気は男の甲斐性といいますけど、妻の私はまだ一度も案内してもらっていません――とか。

あーだーこーだうるさく言われても、俺は無視しまくってきた。

相手にするだけ無駄なのを知っていた。

昨晩は夜這いでもかけるんじゃないかとちょっと心配だったが、来たのはガキンチョ一匹だ。

こいつもとうとう根負けしたかな…

軟化した態度に安心して、俺は椅子に座る。

御飯に味噌汁、焼き魚に卵焼き、酢の物。

簡単な和食だが、旨そうな匂いに食欲を刺激される。


「用意してくれたのか、朝早くから」

「はい、どうぞ召し上がれ」

「悪いな…いただきま――」


 ――考えてみろ、俺。

こいつ、そんな殊勝な性格だったか?

恋人だの妻だの、俺に散々アプローチかけた女が簡単に諦めるだろうか。

疑いが深まると、突然違和感が生じる。

俺は味噌汁を持ち上げて、


「――お前、この味噌汁を飲んでみろ」

「えっ…」


 笑顔が凝固する。

――やはりな。


「そ、そのお味噌汁は愛情たっぷりなんですよ。
是非良介さんに飲んで欲しいんです」

「ほぉ…愛情以外の何かが、入っていないんだろうな?」

「う、うふふ…」

「笑って誤魔化すな!」


 あぶねー、俺は慌てて立ち上がった。

大方睡眠薬入りとか、得体の知れない何かが入っているに違いない。

身体には害はないだろう。

こいつはそんな女じゃない。

熱烈なアプローチにはうんざりしているが、いい女なのに違いない。

御近所の主婦連中や御年寄りには、絶大な人気がある。

――俺への愛さえ忘れてくれれば。


「朝飯は遠慮する。出かけてくるので、後はよろしく」

「駄目ですよ、良介さん。朝御飯は一日のエネルギー源で――」

「エネルギーが減退しそうで怖いわ!」

「ああん、待って下さいー」


 誰が待つか、ボケ。

俺は足音荒く廊下を歩き、玄関で靴を履いてそのまま外へ――



「お帰りなさい、アナタ」



「――あれ!?」


 扉の向こうは朝の眩しい景色――じゃなくて、シャマルの満面の笑顔だった。

シャマルの背後は廊下、そして家の中。

咄嗟に後ろを振り返る。

――先程開けたはずのドアが閉まっている。

俺は疑問符を浮かべながら、回れ右してドアを開く――


「嬉しいです、帰ってきて下さったんですね」


「嘘だー!?」


 何だ、この四次元!?

ドアを開けたら、また家の中に入ってしまっている。

断じて、俺はグルグル回ってなんかいない。

俺は夢でも見ているのか!?

試しにつねってみるが、痛いだけだった。

そんな俺を温かく見守りながら、シャマルはわざとらしく腕時計を見る。


「大丈夫ですか、良介さん。そろそろ約束の時間ですよ。
シグナムは約束に厳しいですから、遅れるときっと嫌われちゃいます」

「ぐぅぅ、この女…」


 理屈は全く分からない。

分からないが――直感で、この女が犯人だと分かった。

最初からこれが罠だったのだ。

朝御飯は序盤戦にすぎなかった。

確かに時間に遅れれば、シグナムは二度と約束をしないだろう。

こいつからすれば望んだ展開だ。


最悪は、続く――



「――リョウスケ、てめえぇぇぇぇ!!」



 うあっ、二階からチビッ娘狂戦士の咆哮が聞こえる!?

奴が目を覚ましたのだ。

ぐああああ、これも運命の女神の悪戯か!?



シグナムとの約束まで、後少し。

一刀両断されるのを防ぐには、この逞しい女達をどうにかする必要があるようだ。

俺が何をした。


























































<後編へ続く>







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