To a you side 外伝2 湖の騎士と孤独の剣士



※この物語はTo a you side本編を先に読まれるとよりお楽しみ頂けます。




 強い日差しが目に眩しい太陽、沸き上がる白い入道雲。

窓の向こうの夏空をぼんやり見ながら、俺はソファーで寝そべっていた。

はやて家の、午後。

早朝鍛錬とハードワークを終えて、昼飯を有難く御馳走になった俺は静かな午後を満喫していた。

今日の予定は特にない。

この町に滞在してからというもの、忙しい時と暇な時が両極端になっている。

5月・6月は精神的に死にそうなスケジュールの連続だったが、乗り越えれば静かな日々に逆戻り。

扇風機の涼風に煽られながら、俺はゆっくり瞳を閉じる。


「良介さん、今お暇ですか?」


 ――すまん、正確に言おう。

忙しい時と暇な時に関係なく、俺が一人になれる時間はこれっっっっっぽちもない。

鬱陶しさを抱えつつ、俺は目を開ける。


「シャマル」

「はい」


 ソファーで寝そべる俺を、優しく見つめる一人の女。

耳元のピアスを軽く揺らして、清楚な美人が微笑んでいる。

河のせせらぎの様な透明感のある声と、清潔感溢れる美しさは気品すら与えている。

ファッションより生活観、一見地味に見える服装ですらシャマルに良く似合っていた。

金髪の外人さんだが、御近所でも評判の高い人当たりの良さ。

俺とは違って、誰にでも好かれる女性。

多くの男の目を奪うその微笑みは、今――俺一人に向けられている。




俺はこいつが、ちょっと苦手だ。



はやて家の生活担当に、俺は言ってやる。


「俺は忙しい」

「気持ち良さそうに、お昼寝しているのに?」

「寝るのに、忙しい」

「つまり暇なんですね。良かった」


 耳クソでも詰まってるんじゃねえのか、この女。

胡乱げに睨む俺の眼差しに少しも怯まず、シャマルは一枚のメモを取り出す。


「今から買い物へ行くんですけど、付き合って貰えませんか?」

「やだ」


 速攻で断る。

灼熱の太陽でアスファルトが熱せられている地獄。

女の買い物なんぞ、付き合うだけでうんざりする。


「御願いします、良介さん。貴方だけが頼りなんです」


 男に生まれたら、一度は言われたい台詞の一つ。

シャマルのような美人に両手合わせて懇願されれば、大抵の男は一瞬で頷くだろう。

そして、俺はその数少ない例外。


「シグナムに頼め」

「はやてちゃんと、図書館へ行きました」


 ――あいつ、図書館以外に生息地はないのか?

本棚に囲まれた空間を満喫する車椅子女に、俺は舌打ちする。


「男手が必要なら、ザフィーラがいるだろ」

「散歩に出かけました」


 ――あいつ、狙って行動してないか?

俺が居て欲しい時に居なくて、不必要な時に家で休んでいる。

帰って来たら、厳しく問い質してやる。


「ヴィータは? あの元気娘なら力が有り余ってるだろ」


 出かけたとは言わさん。

ソファーでゴロゴロしていた俺の上に、さっきのしかかって来たからな。

遊んで欲しい、とか、一緒に寝る、とかうるさいので追っ払った。

抱き付いたり、飛び込んできたり、最近のあいつは暑苦しくて仕方ない。

シャマルは頬に手を当てて、苦笑い。


「外は暑いからやだ、と」

「人生なめてるだろ、あいつ」

「良介さんが断る理由も同じですよね」


 ――鋭い。

というか、あいつと同じ理由ってのが悔しい。

俺は負けず嫌いなのだ。

この家の家族はどいつもこいつも頼りにならない。


「…ねえ、良介さん」


 背筋に走る寒気――


気付いた瞬間には、手遅れだった。


――柔らかな鼻先が、コツンと当たる。


「私、良介さんと一緒に行きたいんです」


 吐息がかかる距離。

女性特有の甘い香りが、鼻腔を優しくくすぐる。


「他の誰かでは、嫌なんです。…貴方に傍に居て欲しいんです。
こんな女は嫌いですか?」


 唇の先が、頬に当たる。

柔らかな感触が胸の中を熱く焦がす。

俺を見るシャマルの瞳は濡れていて、吸い寄せられそうだ。

や、やばい、クラクラする…

だが、甘いぜ。

俺はその辺の軟弱なガキ共とは違う。

女の色香に惑わされて人生の墓場へ転落は御免。

欲望に狂って状況に流される優柔不断男とは違うのさ。

シャマルめ、今からそのお綺麗な顔に思いっきりヘッドバットを食らわせて――


て――



あ、あれ?



ちょ、ちょっと待て!?



――指一本動かせないんですけど?



シャマルの体温が伝わる距離。

彼女の柔らかな感触にゾクゾクし、身体はビリビリ痺れている。

ぐあああああ、何だこれ!?


――っ、指輪が光っている…?



「…ふふふ…逃がしませんよ…」


 そのままゆっくり、唇と唇が重なり――





「何してんだ、シャマルーー!!」





 ――合わずに、凶悪な鉄槌の騎士が横殴りに突っ込んで来た。

猛烈な勢いで飛び蹴りを放つ少女を、シャマルは華麗に回避。

一瞬の高度な攻防戦を目の当たりにしながら、俺は安堵の息を吐いた。

今のはやばかった。

油断も隙もないぞ、この女。

そんな俺に安らぎは許されなかった。

今度は、美麗な少女の心配顔が飛び込んで来たからだ。


「リョウスケ、大丈夫か!? 汚されてないか!?」

「…心の底から今、お前を抱き締めたい気分だよ」


 大人顔負けの行動力を持つ元気娘、ヴィータ。

普段犬猿の仲だが、今日ばかりはこいつほど頼もしい味方はいない。

昨日の敵は今日の友とは、本当によく言ったものだ。

――とりあえず、何故か動けないこの身体をどうにかしてくれ。



「もう…ヴィータちゃんったら、乱暴なんだから」

「テメエがリョウスケに手出そうとするからだろ!」

「買い物に誘っただけじゃない」

「買い物に誘うだけで、何で――キ、キ…!」

「うふふ、顔真っ赤よ?」

「う、うるせえ!」



 舌まで麻痺していて、声一つ出せない。

俎板の鯉のように見苦しく足掻く俺を尻目に、女達の熾烈な戦いが繰り広げられる。



「とにかく! リョウスケはアタシと遊ぶんだ。
買い物はテメエ一人で行け」

「良介さんは私と買い物へ行くと、さっき約束したのよ」

「してなかったじゃねえか!」

「やっぱり盗み聞きしてたのね」

「ぐ…」


 な、殴りてえ・・・!

好き勝手ほざくこの女共を思う存分殴りたい。

だが、俺に自由は許されないのであった。



「アタシと遊ぶんだ!」

「いいえ、私とです!」
 


 傍迷惑な雑音を耳にしながら、俺は怒りだけを胸に無駄な抵抗を続けていた・・・












「今日だけだからな、付き合うのは」

「・・・うー、女性の頭に拳骨って酷いと思います」


 自業自得だ、てめえは。

半泣きで頭を擦って歩いているシャマルに、俺は鼻を鳴らす。

シャマルとヴィータの言い争い一時間は続いたが、結局ヴィータが折れた。

感情的なヴィータでは、口喧嘩ではシャマルに勝てない。

最後の最後は俺の意思。

不思議な事に、シャマルが軽く手をかざしただけで俺は自由になった。

とりあえず二人を即座に怒りの鉄拳をお見舞いして、俺は買い物を選んだ。


「でも、嬉しいです。ご一緒してくれて」


 ヴィータちゃんには悪い事をしましたけど、と少し気まずく笑うシャマル。

別に、俺はこいつを選んだんではない。

はやての家にいればヴィータの相手をする羽目になるし、クソ暑い中予定もなく歩きたくない。

ならば、買い物の手伝い賃を頂戴出来るシャマルについて行ったほうがいい。

利益優先、人間ならば当たり前だ。


"――いいよ、アタシ一人で留守番してっから。
アタシとなんかいたくねーんだろ、さっさと出てけ"


 ――拗ねやがって、あの馬鹿・・・

ショックを隠しているつもりなんだろうが、涙目では説得力が無い。

怒る気も失せる。

夏の炎天下と先程の騒動に気力が萎えかけているが、付き合うと決めた以上仕方ない。


「で、今日は何を買うんだ。駅の方まで出るんだろ?」

「はい。
・・・折角二人っきりですし、手を繋いでいきません?」

「やだ」

「でしたら、腕を組んで一緒に――」

「レベルアップしてるだろ!?」


 海鳴の中央へ出るには、専門店街がある。

はやての家から距離があるので、この会話が続くと思うとうんざりする。

先行きが思いやられる出だしで、買い物ツアーが始まった。












日用雑貨――



「トイレ・台所・ガラス用洗剤、風呂板、食器各種、ガスコンロ、まな板、包丁、踏み台――
全部持てるか、こんなもん!?」

「あら、重いのですか?」

「お、重くはねえけど・・・」

「流石良介さん、頼もしいです」

「俺にかかればこんなもん――って、そうじゃねえだろ!
こら、先に行くな!」



洋服売り場――



「下着売り場には行かないからな」

「ど、どうしたんですか突然?」

「お前の事だからな――

まずはやて達にはどんな服が似合うかの話をして、軽く牽制。
服から服のサイズ、服のサイズからスリーサイズ。
話題の延長線上に、一匹狼立ち入り禁止の女の園へ――

とか、何とかつまらん事を考えていそうだ」

「か、考えすぎですよ! もう・・・良介さんのエッチ」

「俺の目を見て話せ」

「私は良介さんの女性の好みに、あらゆるリサーチを――

無視して先に行かないで下さい!?」



玩具売り場――



「玩具売り場に御用って何ですか?」

「あ、いや、まあ…な」

「くす…きっと何を選んでも喜んでくれますよ」

「な――何がだよ!?」

「あの娘は、そんな優しい良介さんが大好きなんです」

「うるせえ! お前、あっち行け!」

「あ、待って下さい。私も選ぶ手伝いしますから」



食料品売り場――



「今夜は鍋か」

「食べていかれますか、アナタ」

「誰がアナタだ」

「先にお風呂ですか? それもわた――痛っ!?」

「オチが読めたので先制」

「缶詰で頬を叩くなんてあんまりです。責任取って貰いますから」

「怖い事言うな!?」
















――なんて馬鹿な事をやっている内に、夕暮れ時。

暑さは多少和らいで、夕焼け空の下を俺達は歩いている。

俺は両手に大荷物。

シャマルも負けないくらい抱えているが、平気な顔をして俺の隣を歩いていた。

はやての家までは徒歩。

交通機関はあるが、シャマルはこういう無駄な時間の使い方が好きらしい。

――茜色に照らされたシャマルの横顔は、本当に幸せそうに見えた。

俺は彼女の横顔を見て、何とはなしに言ってみる。


「お前って何か変わったよな…」

「? 急にどうされたんですか?」

「最初に会った時だよ。

――忘れた訳じゃねえだろ」


 オレンジ色に染まる空を見上げて、俺は思い出す。

シャマルとの、出会い。

運命的と言うべきか、奇妙な始まりとでも言うべきか。

口ではうまく説明できない。

俺とこいつ――他の三人とも、ちょっと劇的な対面を果たした。


「あの頃のお前って表面上穏やかだったけど、冷めてたよな。
こんな風に喋れる仲じゃなかったし。

そもそもお前、俺に冗談なんか言わなかった」


 シグナムは堅物で、こいつは冷血だった。

ヴィータは敵意、ザフィーラは無視。

あの頃を思い出してなのか、シャマルは笑う。


「良介さんはあの頃と全然変わりませんね。
はやてちゃんの家に住む事になってから、今まで――

――貴方はずっと、私達を人として接してくれた。

私を…一人の女として、見てくれた。

…とても嬉しかった」


 ――迂闊にも、見惚れてしまいそうな微笑み。

胸が一瞬だけ高鳴った、迂闊。

シャマルは自分の持つ買い物袋を見て、嘆息する。


「――残念」

「? 何が」

「折角良いムードなのに、手が繋げません」


 ――やっぱり苦手だ、こいつ…


その微笑みに惑わされない内に、俺は戦線離脱した。



孤独な剣士にも、弱点はある――


























































<終>







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