To a you side 外伝5 運命の女神達と孤独の剣士 異端の女神



※この物語はTo a you side本編を先に読まれると、よりお楽しみ頂けます。




 少しの時間、仮眠を取るだけのつもりだった。

何しろ昨晩は真夜中にヴィータに襲撃を受けてから、早朝まで戦い続けて一睡もしていない。

守護騎士達とのハードな戦いを終えて、俺も疲れきっていた。

手当てを終えてフィリスに空いたベットを借りて、静養の名目で就寝――



――目覚めたら、日が沈んでいましたとさ。



「起こしてくれよ!?」

「何時に起こして欲しいと頼まれていなかったので」


 医療用ベットから慌てて飛び降りると、診察机にはお馴染みの女医さんが座っていた。

丁度休憩時間だったのか、白い湯気の立つカップを傾けている。

優しい美貌を微笑みに変えて、


「良介さんも飲みますか? 温まりますよ」

「お前のココアは甘すぎるからやだ」

「美味しいんですよ、ココア」


 何度かご馳走になった事はあるが、フィリスの好むココアは俺には甘過ぎた。

リンディ程凶悪ではないが、日本派な俺には西洋の香りはきつい。

至福の一時なのか、カップを傾けるフィリスの表情が緩んでいる。


「グッスリ眠っていましたよ。疲れていたんですね」

「執拗に襲撃を受けて、流石の俺も死にかけたからな……
馬鹿共の相手は辛いよ」


 寝ている間に献身的に取り替えてくれたんだろう。

包帯やガーゼが新しく巻かれ、消毒と薬も丁寧に施されている。

大きく伸びをして屈伸運動を行うが、動きに支障はなかった。

ただ――手の痺れは消えるどころか広がっており、握力が強く発揮出来ない。

握れない事はないが、かなり支障をきたしている。


シグナムの凛々しい横顔が脳裏を横切る――


剣の騎士の名は伊達ではなかった。

俺は簡単に身支度を整えて、クラールヴィントも無事装備。

フィリスにちゃんと礼を言った。


「今回は助かったよ、フィリス。治療費は――」

「結構です。その代わり、必ず三日後の午後一時に怪我を見せに来て下さい。

約束を破ったら――分かっていますよね?」

「イ、イエッサー」


 綺麗な笑顔に、俺は顔を引き攣らせて敬礼。

迂闊な発言は説教を呼ぶだけだった。

どうせ無視しても勤務外の時間にわざわざ訪問に来るんだ、逃げても無駄である。


……アリサに相談してスケジュールを確認しておくか。


体調は万全ではないが、疲労や傷の痛みは消えて随分楽になった。


さて――行動に移すか。


「怪我は治っていないんですから、きちんと身体を労わって下さいね。
くれぐれも剣は握らないように」

「分かった、分かった。御世話様」

「もう……いつも返事だけはいいんですから」


 拗ねた顔のフィリスに手を振って、俺は医務室を出る。

通路の窓から外を見ると、日は完全に沈んで夜の帳が下りていた。

診察時間も終了間近なのか、待合室に若者が多い。


――またあのナースに見つかると面倒だからな……


余裕があれば多少話しても良かったが、グッスリ寝てしまって時間がない。

俺は正面口を避けて回り道――

すっかり慣れた逃走ルートの裏口から出て、病院を出て行った。

脱出は完璧。

誰一人見つかる事はなく、俺は病院を後にする。















――あれ、何か忘れているような……ま、いいか。
















 第一過程の傷の治療は済んだので、次は第二過程。

剣士たる俺の必須アイテム、剣の回収である。

昨日のバイト後桃子に茶化されて出て行ってしまい、ロッカーに剣を置きっぱなしにしてしまった。

あの喫茶店に泥棒が入るとは思えないので、翠屋にまだ眠ったままの筈である。

剣の使用はフィリスに禁じられているが、元より使う気はない。

今回のアホバトルでは、真剣勝負を俺自身が禁じている。

剣の回収はあくまで剣士の矜持の維持と、選択肢の追加にある。

武器は使用するだけが力ではない。

携える事で戦術性を高め、何より俺自身帯剣していないと落ち着かない。

病院から翠屋まで距離はあるが、毎日町を走り回る俺には寝起きの良い運動だった。

駅前を通り、商店街を駆け抜けて、無事に翠屋へ到着――

閉店にはまだ早く、中の様子を窺うと桃子が店長スマイルを見せていた。

子供が一人居るとは到底思えない、若々しい魅力に溢れた笑顔である。


麗しの未亡人は好奇心が旺盛――


怪我した俺が顔を見せれば、またあれこれ詮索するに違いない。

今日は剣の回収が目的なので、中の様子を確認しつつ裏口へ回る。

コソコソしてばかりだが、仕方あるまい。

目でも腐ってるのか、桃子は俺のような無法者に店の合鍵を渡している。

俺が泥棒だったらどうするつもりなんだ、あの未亡人は。

この店の将来を軽く憂いつつ、俺は裏口へ潜入してポケットから鍵を――


背筋に走る、寒気。


咄嗟に飛び退くが、途端右腕に強烈な拘束が走る。

手首を強烈に締め付ける、白い光――


「バインド!? でえええええーーー!」


 魔法の種別及び状況の確認、思い当たる犯人まで思い浮かぶが無意味だった。

次々と駆け抜ける魔力は形を成して、両手両足を瞬時に縛り上げる。

体内に走る魔力は完全に遮断され、手足の自由を奪われた。


これは奇襲ではない、巧妙に仕組まれた設置型の拘束トラップ――


対象も無作為ではなく、明らかに俺一人に狙いを絞っている。

裏口を通った程度で縛られる設定なら、桃子が犠牲者になってしまう。

俺がこの店の関係者であり、今日中に店に来る事を予測。

俺の正確や動向を完璧に見抜いた上で、最良かつ最小の方法で作戦を実行。

その上でこれほど緻密な拘束魔法を組み立てられるのは――


――どう考えても、俺の知る限り対象人物は一人しかいない。


「何の真似だ、クロノ!」


 夜空に浮かぶ――黒装束の少年。

漆黒の髪を風に靡かせて、利発な顔立ちをこちらへ向ける。

大仰な黒の装束は少年の身を守るバリアジャケット――

黒い瞳に浮かぶ知性の光は鋭く俺を射抜き、その手に携えた杖を回す。


時空管理局執務官、クロノ・ハラオウン。


歳若くも数多くの事件を解決した切れ者で、実力も一流。

整った容姿と合わさって、管理局でも期待の人物である。


――生真面目な少年の肩には、一匹のフェレット。


動物の表情なんぞ俺は分からんが、得意げに見えるのが腹が立った。

黒装束の少年は、生真面目な口調で話しかけてくる。


「此処へ来る事は分かっていた、ミヤモト。君を一時的に拘束させてもらう」


だから、お前はどうして俺を苗字で呼ぶんだ!

名前で呼ばれる事に慣れすぎているのか、気持ち悪くて仕方ない。

知り合いを苗字で呼ぶのは別に珍しくないが、何故かこの勤勉少年は俺だけ苗字で呼ぶ。

日本や諸外国・ミッドチルダ、男も女も上司も部下も年齢さも関係ない。

俺だけ、ストレートに苗字で呼ぶのだ。

あいつの中のカテゴリーに俺がどういう登録をされているのか聞きたいが、今はそんな事より――


「時空管理局の執務官が、罪も無い一般人を拘束していいのか!
不当逮捕で訴えるぞ、コラ!」

「これだけの騒ぎを起こしておいて、罪がないとはよく言えたものだ。
君の不用意な発言で今、管理局に本来不要なトラブルが発生している。

なのはやフェイトも、君の無事な姿を見るまで話を聞こうともしない。

騎士達の安全を確保する意味でも、君には同行を求める」


 なのはやフェイトが悲しんでる……?

騎士達の安全……?

何を言ってるのかサッパリだが、女の為に強制に甘んじるつもりはない。


「何が同行だ、有無を言わさずバインドしやがって!」

「人情で動く男ではないだろう、君は。
申し訳ないが、君の身柄はこちらで預かる」

「俺の意思を無視するな!?」

「他者の意思を尊重しないのは、君も同じだろう。
安心してくれ、アースラでは君は客人扱いだ。

提督やエイミィも君に会いたがっている。

お茶に誘っても全然来ないと、嘆いていたぞ」


 日本贔屓な美人艦長と、可愛い茶飲み友達の顔が目に浮かぶ。

年齢差があるのに何故か気の合う二人だが、一度でも遊びに行くと泊まりに発展するので困るのだ。

何にせよ、今この状態で行けば笑い者だろう。

茶飲み話のネタにされるに決まってる。


「その口振りからすると、お前も喫茶店での噂を知ってるみたいだな。
俺に勝って恋人になる気か、この変態小僧」

「ば、馬鹿な事を言うな!?
君との勝負は確かに興味はあるが、組織の平穏を優先する」


 っち、まさかここでクロノが出てくるとは予想外だった。
戦いはまだ終わっていないと覚悟はしていたが、女との勝負にこんな異端者がエントリーするとは。


俺は心の中で反逆の炎を燃やした。


……剣も魔法もない今の俺に、クロノが仕掛けた拘束魔法を解除する事は出来ない。

万が一解除出来ても、クロノは執務官としても有数の実力を持つ。

AAA+クラスは伊達ではなく、なのはやフェイトより幅広い戦術と応用性のある魔法を駆使する。

素手で戦えば、確実に敗北。

簡単に無力化されて、俺は任意という名の強制連行が待っている。

正面から戦うのは無謀だ。


――ならば、戦わなければいい。


「……また何かよからぬ事を考えている顔だな。
君の常識外れな行動は驚かされてばかりだが、その状態で抵抗は無意味だ。
大人しくしてくれ」


 クロノ、確かにお前は強い。

なのはやフェイト達の様な天才魔導師でさえ、勝利するのは難しい。

俺のような凡庸な剣士では勝てないだろう。

特に今は拘束状態、負傷した身体しか持ち合わせていない。


だけど――俺には貴様には無い武器がある。


思い知れ、クロノ・ハラオウン。

ミッドチルダとは比較にもならない小国でも、偉大なる伝統が受け継がれている事を!

お前、自分は引っ掛からないと思ってるだろ?

甘いな。

自分は大丈夫だと思ってる奴ほど――日本の伝統は深く浸透する。

手足の自由がきかなくても、我が祖国に戦う術あり。

時空管理局執務官を混乱の渦に巻き込む、日本の伝統技その5を見せてくれるわ!

俺は息を吸って叫ぶ。



「痴漢だーーーーーー!!!!!!!!!!!」

「なっ――なにを!?」



 体力自慢の俺様の肺活量を存分に駆使して、俺はその場で大声で叫ぶ。

拡声器どころのレベルではない。

日本アニメが誇る伝説のガキ大将の歌に匹敵する、俺様の素敵ボイス。

商店街全域に轟かせるべく、夜空に向かって叫んだ。


「海鳴町のみなさーーーん!!!!
ここに!! 変質者がっ!! 下着泥棒がっ!!

真黒な服に道具まで持った怪しい奴が、此処に居ますよーーー!!」


 無論、この呼び声が日本の伝統ではない。

痴漢騒動はある意味日本の特徴とも言えるが、伝統として誇れない。

この叫びは、日本の伝統に直結する魂の叫びなのだ。


クロノ――お前の過ちは次の三つ。


その一、俺は犯罪者ではない。

人目を忍ぶ必要はこれっぽちもなく、こうして堂々と助けを呼べる。

その二、この世界は時空管理局の管理下に置かれていない。

したがって管理局の名前を出したところで、お前の汚名は晴らせない。

お前の今の格好と合わさって、アニメやゲームの影響を受けた未成年として取り扱われるだけだ。


そして、決定的なその三。





海鳴町の皆様は――野次馬根性、平行世界ナンバーワン。





「痴漢だって!? どこどこ!」
「誰だ、馬鹿でかい声上げやがって! また、あのクソガキか!」
「いやだわ、痴漢ですって。気持ちの悪い」
「良ちゃんだー! また事件、事件?」
「アニキー、揉め事ならあっしに任せてくださいよ!」
「本当だ、良介だ! やっほー、こんばー!」
「あーあ。良介に見つかるなんて、あの子も可哀想。
骨までしゃぶられるわよ」
「携帯に写真とっとこーよ。学校で広めれば、またウケるわよ」
「おいおい、見ろよ。マジで怪しすぎる奴が居るぞ」
「つーか、今時あんな格好で下着ドロってどうよ?」
「いやっだー、わたしのとこも危ないかも」
「ねー、あの子空に浮いてるように見えるんだけど?」
「ばっか、良介君が関わってるのよ。何が起きても不思議じゃないって」
「この前、あの人街中でトラックと喧嘩してたっすからねー。カッコ良すぎっす」
「はいはーい、そこ。乙女の顔しない。変質者捕まえるのが先でしょう」
「翠屋で痴漢って、命知らずもいいとこだな」
「で、でもさ、なのはちゃんのだったらボク欲しいかも」
「あるわけねえだろ、喫茶店に! いや、でもロッカーの中とかポイント高そうだな」
「良介さんならゲットしてくれるんじゃねえ?
あの人この前フィアッセさんのヌードとか言って、赤ん坊の写真を封して売ってたぞ」
「しかも別人だろ? やる事鬼畜だよ」
「むしろあの人、捕まえた方がいいんじゃないか」
「ばっか、良介さんいねえとつまんねーじゃん。一ヶ月に一回は大騒動引き起こすんだぞ?
妖精騒ぎとか凄かったじゃん。テレビとか来たしよ」
「歩く台風だよな、あの人って。羨ましい生き方してるぜ」
「ま、アリサの姉貴もいるし平気だろ。やれやれー!」
「ママー、またおにーちゃんがなんかやってるよー」
「あらあら、仕方ないわねあの子は。また桃子さんと喧嘩でもしてるのかしら」





 あっという間に喫茶店を取り囲む群衆。

暇を持て余す主婦や男子諸君、女子高生から子供まで顔を輝かせてやって来た。

……日も暮れたのに、暇な連中である。

流石に俺の一声でこれほどの人数が集まるとは予想出来なかったのか、クロノも唖然呆然である。



これぞ、日本の伝統の真骨頂――長屋・・精神。



時は江戸時代。

町人や職人達は、下町の狭い路地に「長屋」と呼ばれる木造の住居に借家住まいしていた。

伝統的な都市住居として広く見られる形態だが、彼らには重宝された住宅だ。

日々の生活が精一杯の彼らは互いに助け合う事で毎日を生きて、人情を厚く重ね合わせて生きてきた。

今の日本は個人主義的な風習にあるが、この海鳴町は違う。


孤独な剣士でも温かく迎えてくれた、優しい町――


海と山に囲まれた自然の世界で、住民達はお互いに助け合って生きている。

昔ながらの日本の良き伝統が、この町に根付いているのだ。


――執務官としての本能だろう、無意識にバインドを解除。


当たり前である、魔法を人目に出せない。

俺は即座に踵を返して、裏口から店内に駆け込む。

住民の突如の集結に、桃子も店内で目を白黒しているのを確認。

俺は店の電話を掴んで即座にダイヤル――


『ノエルです』

『俺だ。救援頼む。場所、駅中央口』


 必要事項だけを伝えて、電話を切る。

あの優秀なメイドなら、一瞬で状況を判断して月村に伝えてくれる。

俺は従業員の更衣室に飛び込んで、次の策を練る。

このまま群衆に紛れて逃げ出す事も出来るが、その程度では不十分だ。

あれほどの民衆の目を浴びて逃げるのは難しいが、クロノは優秀。

今でこそ動揺しているが、結界でも張られたら簡単に今の状況は覆る。

ゆえに――


「クラールヴィント、俺に変身魔法を。
起動と同時に通信及び探査、長距離転送の妨害を行え。
範囲は翠屋を中心に、距離100メートル」

「――Ja.――」


 流石に事態を把握しているのか、余計な口は挟まない。

クロノ、これでお前はもう逃げる事すら出来ない。

民衆の前で痴漢の汚名を着せられて、どうやって弁解するのか後で楽しみにしているぜ。


俺は所有者ではない上に、魔導師としての資質は世界最弱――


クラールヴィントの補助を頼みにしても、長時間の維持は出来ない。

魔法を行使するだけでも、クラールヴィントに相当な負担をかけてしまう。

短い返答に信頼を感じ、俺は頬を緩める。

指輪より放たれた光に包まれて、俺は己が存在を根幹から変化させる。



さあ――脱出だ!



















































































<黒の執務官&白の司書×――○孤独の剣士

黒の執務官の敗因:羞恥プレイ

白の司書の敗因:放置プレイ

ポイント:海鳴大学病院→翠屋

負傷:頬にキスマーク(ガーゼ)・全身に埃・両手の平負傷(麻痺)・全身負傷・精神疲労

装備:カップ酒スルメ柿の種はやてグラーフアイゼン・クラールヴィント(不許可所持)


謎の喫茶店


謎の歌姫:店の騒動の犯人を店内で目撃。怒って追跡。


謎の店長さん:店の騒動の犯人に嘆息。ロッカーに忘れている剣を罰として没収




謎の組織内:


謎の魔法少女:「悪魔でもいいよ。おにーちゃんの仇が討てるなら」

謎の黒衣の少女:「リョウスケは――友達だ」

ヴィータ:泣きながら逃走中

シグナム:敵の恐るべき脅威に圧倒

はやて:(アースラにてリンディ・エイミィに緊急要請)

ザフィーラ:(アースラで丸くなっている)

シャマル:(夢の中でウエディングケーキ・カット)

オイル:さざなみ寮

剣:店長さんの胸の中





(グラーフアイゼン君の今日の一日)
  ↓
子供に拾われる
  ↓
母親に元の場所へ返すように怒られる
  ↓
子供、面倒でゴミ箱へポイ捨て
  ↓
掃除員、ゴミ箱から回収→燃えないゴミに分別
  ↓
夕暮れ時、収集車発進
  ↓
夜、ミヤを連れたノエルの車とすれ違う
  ↓
アイゼン、ミヤに緊急救助要請
  ↓
(妖精さんのゴミ処理場大作戦へ続く)





被害状況:自然公園水没・翠屋営業停止・グラーフアイゼン>








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