To a you side 外伝5 運命の女神達と孤独の剣士 宿命の女神



※この物語はTo a you side本編を先に読まれると、よりお楽しみ頂けます。




月面を髣髴させる大地の在り様に、肝を冷やす。

地中から外へ出て初めて、自分の頭上から繰り出された攻撃の規模にゾッとした。

こいつとのマジ喧嘩は、未来永劫お断りしたい。

泣きじゃくってようやくすっきりしたのか、小さな騎士様が涙に濡れた目で俺を見上げる。


「け、怪我は――へ、平気か? 


アタシのせいで……ごめん」


「おいおい、そんなに落ち込むなよ。真剣勝負だっただろ。
怪我して当然じゃねえか」


 ――死に掛けましたけどね。


容赦なく罵倒してやりたいのが本音だが、また泣き出しそうなので止めておく。

大人は常に泣く子には勝てないのだ。

本当にごめん――と珍しく素直に謝って、ヴィータは俺の脚にぎゅっとしがみ付く。

凶悪なクレーターに視線を落として、これもまた珍しく逡巡して呟く。


「――やっぱ、リョウスケはすげえな……

アタシのギガント食らって全然無事だなんて」


 お前はこれが無事に見えるのかと問いたい、鬼のように問いたい。

お気に入りの黒シャツが泥に塗れて破け、酷い有様になっている。

生爪が三枚剥がれ、ヒビ割れも酷い。

痺れるような全身の擦り傷の痛みと、土砂に潰れた身体が鈍痛を訴えている。

普通死んでるぞ、全く。

返答せず黙って傷を摩る俺を謙遜とでも思ったのか、ヴィータは次第に声を弾ませる。


「へへへ……不思議だよな。
負けちまったのに、何か――すげえ嬉しいんだ。


リョウスケは強いんだって改めて分かって、本当に嬉しい」


 お――俺は悪くない、悪くないぞ。

勘違いしているこいつの単純思考が原因なんだからな。

心の中で必死に訴えつつ、興奮に頬を染めるヴィータが嬉しげに話しかけるのを見て、ちびっとだけ傷以外の部分が痛い。

ヴィータはそのまま飛び跳ねるように俺の腰を掴んで、グイっと引き寄せる。

鍛えた足腰がふらつく事はなかったが、抱き締められると動揺してしまう。

執拗に俺を追うヴィータも尋常な精神状態ではなかったが、これもこれで普段とは違う。

はにかむように表情を緩め、俺の温もりを全身で受け止めていた。


「リョウスケ、他の奴らにぜってーやられるなよ。
今日は負けちまったけど、今度は勝つ。

リョウスケは、アタシの一の子分なんだからな」

「はいはい、死なない程度に頑張りますよ親分。

つーか他にもいるのかよ、このアホバトルの参加者。
剣も魔法もない非力な一般人だぞ、俺は。

いい加減家に帰してくれよ」



「――その剣も魔法もない状態で、ヴィータに勝利したのか。
どうやら……私も認識を改めなければいけないようだ」

「良介、ヴィータ、大丈夫ー?」



 クレーターの上から舞い降りる、二人の女性の声。

終戦の気配を察して、駆けつけて来たんだろう。

生死の垣根を越えて感じられる家族の想いは、傷付いた身体を癒してくれるようだった。

俺は片手にアイゼン・片手にヴィータを担いで、呼びかける二人に応じる。

ヴィータは少し戸惑った顔をするが、すぐに俺に身を任せる。



――ベルカの騎士が、自らの意思で他者に身を委ねる。



それがどういう意味を持つのか・・・・・・・・・・深く考えもせず、俺は皆の下へ向かった。
















――防空壕。





日本国民ならば、知らない人間はいないだろう。


武器を持たぬ非力な国民が生み出した、生き抜く知恵の産物。

強大な戦力を有した大国の攻撃から身を守った、偉大なる日本の伝統である。


簡単に言えば空からの攻撃より避難する為、地中に掘られた穴の事――


防空壕の規模は地方の環境によって異なり、家庭の庭先に掘った竪穴から崖や斜面に掘った横穴等が例に挙げられる。

防空壕内部の規模も様々で天然の洞穴を利用した小規模タイプから、100Mを超える大規模な防空壕も存在していたそうだ。

頑強な山の麓に造られた防空壕は、トン単位の爆弾による直撃弾を受けても平気な代物らしい。

俺がギガント・シュラークを回避出来たのは、まさにこの防空壕防御のお陰である。

あの刹那の瞬間、俺は――



――ザフィーラが空けた・・・・・・・・・穴に飛び込んだ。



盾の守護獣ザフィーラの鋼の軛は、地上のみならず地下にまで効果範囲は及ぶ。

ベルカの騎士の巨大な魔力は直線距離数十Mの奥深い穴を穿ち、大地に傷跡を残していた。

ザフィーラに襲撃された俺としては微妙な心境だが、生身でヴィータの必殺技を回避するには穴を利用するしか手立てはなかった。

無論、ただ穴の中に避難するだけでは防空壕とは呼べない。

防空壕の要となるのは、天井と壁の強度だ。

大国との戦時、兵隊さんが壁に鉄板を張って民間人の安全を保証した話がある。


俺の場合は――魔力。


このミッドチルダ辺境地域の大地には、濃厚な魔素が宿っている。

言い換えれば、魔力に強い属性である事を意味している。


育まれた豊かな自然は、世界に満たされた魔力の恩恵によるもの――


管理局が戦闘演習区域に指定した理由も、その一端だろう。

言わば鉄板効果・・・・を付与した大地の壁が、衝撃から身を守ってくれる。


問題は、天井。


穴である以上、勿論だが空が丸見えである。

周囲の爆風や衝撃は壁が守ってくれても、天井がガラ空きでは意味はない。

飛び込んだ俺は穴の奥底から、大声で呼ぶ。


穴を塞ぐ、を。



「シャマル、突然だがお前が好き――!!」

「ほ、本当ですか!?」



 ――やはり、俺の傍に隠れてたか。



ヴィータが追いかけて来てるのに、こいつが居ないなんて変だと思った。

やられる可能性なんぞ欠片も考えない。

絶対に生きて俺を追いかけてくると確信して呼んだが、超ビンゴ。

背後に空いた穴から伸びる抱擁の手を掴んで、シャマルを引き摺りだして上へ。


両手一杯伸ばしてシャマルを持ち上げたまま、俺はニッコリ笑って先程の続きを述べる。



「――じゃないよ、別に」

「ひ、酷――!?」



 ――そして、直撃した。



全ての対策を終えた以上、後は運を頼みにするしかない。

正直クレーター級とは思わず、シャマル越しに発揮する威力には目を剥いた。

大地の激震や土砂の積乱、激しい地割れに生きた心地がまるでしなかった。

大国との対戦時、防空壕に避難した人々の恐怖を共感出来た気がする。

日本人だからこそ、同じ想いを胸に抱けるのだ。

小国ゆえに、生き残る術にも長けている。

強者だけが、過酷な戦場を突破できるとは限らない。


今、俺が生きているのが――その証だ。


クラールヴィントが頭上から降り注ぐ土砂を逃がしてくれなかったら、生き埋めになってたけど。

やれやれである。


……そんな事情を露知らず、俺の無事を知ったザフィーラの顔は傑作だった。


"貴様、一体如何なる手段で生き延びた?"

「フフフ、はやての盾となれるのはお前だけではないとだけ言っておこうか」

"ぬうぅぅっ!"


 あっはっは、悔しがってる悔しがってる。

流石のザフィーラでも、魔法無しでギガントを防ぐ事は出来まい。

俺ももう一度と言われれば、断固拒否する。

ネタは一生オフレコにしておこう。


ちなみに、先程まで俺を絶賛していたシグナムはヴィータの説教で今忙しい。


主を巻き込んだ攻撃にシグナムは激怒し、ヴィータもしょんぼりモードだ。

自分の管理責任だと深く頭を下げるシグナムに、はやては笑って首を振っている。

泣きながらはやてに謝るヴィータに、再戦する元気は最早皆無に違いない。

一件落着の空気に安堵して、俺は後始末を行う事にした。



"……宮本殿。シャベル扱いするのは止めていただきたい"

"勝者の特権だ、文句を言うな。
クラールヴィント、掘り出すから何処に居るか教えてくれ"

"こちらです、旦那様"

"――その呼称は勘弁してくれ、頼むから"


 固まった土砂をアイゼンで掘り出し、クラールヴィントの反応を頼りに見つけ出す。


ヴィータ戦の功労者、湖の騎士シャマルを。


泥だらけで目を回している女性の顔を拭いて、呼吸を確かめる。


……生きてたな、こいつ。


静かに呼吸している事を残念に思うべきか、安堵するべきか。

盾にした事実を後で怒るだろうが、こいつのした事を考えればこの程度生温い。

俺は安らかに眠っているかどうかを確認した上で、彼女の神官衣を探る。


"どうですか、我が主のスタイルは?"

"は……?"

"旦那様の行動には時折驚かされます。
主が眠っている間に、主の胸やお尻を大胆に撫でられるとは"

"ポケットの中を調べただけだよ!?"


   デバイスの分際で邪推するな!

た、確かに驚くほど豊かで柔らかな感触に――


――いかんいかん、目的を忘れるな。


"御安心を。事実が発覚しても、主は決して御怒りになりません。
むしろ興味を示してくれたと、御喜びになるでしょう"

"……この主思いの指輪、殴っていいかアイゼン"

"関知せず"


 ……実はインテリジェントだろ、お前ら?


頭痛がするので相手にするのは止めて、調査再開。

胸ポケットや腰のポケットには、何も入っていなかった。

他に荷物を入れる場所は――あるにはあるが、服を脱がす必要がある。

女の裸如き俺は全く関心はないが、途中で起きたら厄介だ。


やはり、今持っていないと考えるべきか。


"クラールヴィント。こいつ、最近口紅買ってなかったか?
特殊な洗顔が必要なタイプの奴"


 鏡を見てないので何とも言えないが、多分まだキスマークがついてる。

泥だらけの顔で今はカバーされているが、世間体を気にしない俺でも洗顔はしたい。

シャマルの性格を考えて、水洗いで落とせるとは思えなかった。

主の手前黙っているかと思ったが、意外に素直に答えた。


"貴方専用に一つ、用意されました"

"やっぱりか!? ええい、次から次へと面倒な事を!
洗い落とす方法は?" 

"特殊な洗顔オイルが必要です。
主は先程、貴方の知り合いの警官に御渡しになられていました"



おんどりゃああああああ!?



寝ているシャマルの顔面に猛烈に蹴りを入れたい。

よりにもよって、あの不良警官に!?

シャマルにスペアを用意して貰うのは、盾にした手前多分無理だろう。


うげぇ……さざなみ寮までわざわざ行く必要があるのか。


あの国家公務員モドキ、絶対に俺の迂闊な発言を耳にしているに違いない。
  
素手で立ち向かうのは、自殺行為だ。

シグナム達の様に人間の尊厳を突っつくやり方は、あいつには利かない。

日本の伝統を鼻で笑うような女だぞ、アレは!


こうなったら魔法で――


"――そういや、チビは何処行ったんだ?
はやてと一緒だと聞いてたんだが、何処にも居ないぞ"



"ミヤでしたら、先日月村様に御招きを頂いて御屋敷の方へ行かれました" 



 ぬがぁぁぁぁ、さざなみ寮に負けず劣らず厄介な場所へ!?



忍は俺の秘密を知る数少ない女――

いい加減長い付き合いだ、俺の性格や行動範囲を軽く知り尽くしている。

チビがいなければ魔法は使えないと踏んで、この時期にわざわざ招いたに違いない。

ノエル手作りのケーキがあるとか何とか言えば、喜色満面で飛んでいくだろう。

主の危機を知らず、何て奴だ。

黙ってノコノコ出かけたところで、簡単にチビを返してくれるとは限らない。

チビはチビで俺より忍に味方する、絶対にする。



よし――簡単に状況を整理しよう。



まず、この疲れ切ったズタボロな身体をどうにかする必要がある。

魔法で回復すれば一発だが、ミヤがいないので法術が使えない。

管理局はこの騒動を仕組んだ連中の巣窟なので、回復を頼むのは愚の骨頂。

シャマルに頼むのは後が怖い。



――フィリスがいいな、うん。



あのほんわかさんなら、喧嘩沙汰なんぞ無縁。

たとえ噂を聞いたところで、あいつがまさか俺に恋心なんぞ抱いている筈もねえ。

ボロボロになった俺を労わってくれるだろう。



次に翠屋によって、剣の回収――



真剣勝負する気はこれっぽちもないが、万が一他の誰かに回収されて人質にされるのはまずい。

この剣を返して欲しければ勝負しろとか言いそうな連中ばっかりだからな、あの町は。



回収した後は月村の家へ行って、ミヤを回収。



ノエルはともかく、忍は勝負を挑んできそうだが、剣があれば選択肢が増える。

回収出来れば、いよいよさざなみ寮だ。

あの魔王城へ完全武装で向かい、極悪ヒロインズを倒してやる。

保護イベントとアイテム回収、そしてラスボス。

何かRPGみたいになってきたな……


月村忍にリスティ、俺にとっては宿命の敵だ。


俺の味方が誰一人居ないけど、しくしく。


よし、行動予定が決定したところでとっとと移動しよう。

幸い他の連中は、今回の一件の反省会をやっているっぽい。

シャマルはこのまま放置しても回収してくれるだろう。


"クラールヴィント、主無しで長距離転送出来るか?"

"海鳴町でしたら、貴方と同期すれば可能です"

"オッケー、なら頼む"


 シャマルから指輪を抜き取った俺はそのまま装着し、意識を集中――


"……宮本殿、何故担いだまま帰ろうと?"

"無論――お前も一緒に来てもらう為に"

"待たれよ!? 主の許可なく――"

"やれ、クラールヴィント"

"はい、旦那様"

"何故簡単に引き受ける、クラールヴィント!? 待っ――"


 ベルカ式の分際で自己主張の激しいデバイスを引き下げて、俺はようやく魔の戦場を脱した。





希望を、求めて――なんてな。



















































































<ポイント:ミッドチルダ辺境地域→海鳴大学病院

負傷:頬にキスマーク・全身に埃・両手の平負傷・全身負傷

装備:カップ酒スルメ柿の種はやて、グラーフアイゼン・クラールヴィント(不許可所持)

謎の組織内:


謎の魔法少女:現場へ到着、クレーターを見て嗚咽

謎の黒衣の少女:現場へ到着、姿が見えない事に確信を抱いて嗚咽

謎の執務官及び動物:海鳴町→???へ

ヴィータ:嗚咽する謎の魔法少女に大弱り、デバイス紛失に慌てて捜索中

シャマル:デバイスを強奪されたまま気絶

はやて:ザフィーラの上で死んだフリ

ザフィーラ:困り果てている

シグナム:嗚咽する謎の黒衣の少女に大弱り、必死で説得中

オイル:さざなみ寮

剣:翠屋

ミヤ:月村家で熟睡中

被害状況:自然公園水没>








小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。

お名前をお願いします  

e-mail

HomePage






読んだ作品の総合評価
A(とてもよかった)
B(よかった)
C(ふつう)
D(あまりよくなかった)
E(よくなかった)
F(わからない)


よろしければ感想をお願いします



その他、メッセージがあればぜひ!


     












戻る