To a you side 外伝5 運命の女神達と孤独の剣士 逆襲の女神



※この物語はTo a you side本編を先に読まれると、よりお楽しみ頂けます。




 豊かな緑の大地も、今は過酷な戦場と化している。

発動した狼の雄たけびが平穏を切り裂き、力ある爪を大地に突き立てた。

ミッドチルダは魔力素が強く、大地も魔力に強い抵抗力がある。

とはいえAAクラスの魔法を沈めるには役不足で、風靡く草原に幾つかの穴が開いていた。



ミッドチルダ辺境地域――



果てなく続く死闘に、終わりは見えない。

これまで俺に立ち向かって来た紅の鉄騎、湖の騎士、蒼き狼――

歴戦の強者を退けた後、最後の強者が現れた。



桜色の長い髪を一つに結った長身の美剣士――シグナム。



完全武装。

凛々しい騎士甲冑に身を固め、炎の魔剣レヴァンティンを携えている。

ゆっくりとした足取りで、俺達の元へ歩み寄る。


「失態だな、ザフィーラ」

「……すまない」

「宮本の甘言とはいえ、主を放り出すとは騎士にあるまじき行為だ。
平和な環境で堕落したか」


 自分にも、他人にも厳しい女性。

不器用だが、責任感の強い蒼き狼はうちひしがれている。

後でタップリ説教を受けるだろうな、こいつ。

可哀想に――などと他人事のように同情していると、


「ともあれ、将として恥は雪がねばならん。

覚悟してもらおうか、宮本良介」


 切れ長の瞳が、俺を射抜く。

正面から真っ直ぐに見据えられ、涼やかな戦意が身体を貫く。

茶化した言動は、剣の騎士の怒りを招くだけだろう。

俺は彼女の視線を受け止めて、


「いいだろう――だがその前に一つだけ、問う」

「私を相手に、口先だけの交渉は無意味だと言っておく」

「ただの確認だ。

――この決闘、守護騎士達の恥を雪ぐ為に行うんだな?

例の約束事は関係なし。
仮にお前が勝っても、恋人になる必要はないと」


 この戦場に姿を見せた以上、当然あの噂も熟知しているだろう。

戦闘の勝敗はさておいて、まず最初にこれだけは生命線として確認したかった。


……まあ、相手はシグナムだ。


色恋沙汰に興味は無いだろう。

俺の心配は杞憂なのは分かっているので、本当に言葉だけの確認だった。

シグナムは瞑目して、



「――始めるか」



 質問に答えてねぇぇぇぇぇ!?

その剣を抜く前に! まず! 俺を安心させろよ!

お前だけはこんな馬鹿げた約束事には無縁だと言ってくれ!!


「おい、質問にまず――」

「――宮本」


 底冷えのする声で、俺の言葉を半ばで閉ざす。

シグナムは美しい瞳を鋭く細めて、


「お前は、主の信頼に得るに相応しい人間だと評価している。
無論、私も厚くお前に信頼を寄せているつもりだ。


――私の期待を、裏切ってくれるな」

「は、はい……」


 ――無理。


あの約束は戯言なんて言ったら、人体切断ショーが俺を待っている。

逃げたら信頼を踏み躙ったとして、恐るべき敵と化すだろう。

冗談じゃない。

折角ここまで信頼を積み重ねたのに、また白紙に戻したくなかった。

負ければシグナムの恋人になるかどうかはともかく、逃走や降伏は却下。

とはいえ、


「戦うのはいいけど、俺は今剣もデバイスも無いぞ。
お前の望む真剣勝負は無理だ」


 シグナムは俺と違い、公正な勝負を望んでいる。

無力な俺を嬲る趣味は無い。

これが戦争なら容赦なく襲い掛かってくるだろうが、決闘なら話は別だ。

俺の妥当な意見にも、シグナムは顔色一つ変えない。


「これまで果て無き戦場を駆け抜けたが、お前の様な戦士は存在しなかった。

――頬に、不埒な痕を付ける愚か者はな」


 今、何て言いましたか!?


俺は慌てて頬を擦る。

鏡、誰か俺に鏡をプリーズ!

口紅程度必死で擦れば消えるはずなのに、まだ残ってるのか!?

油性マジックじゃあるまいし――


――油性?


まさかこの口紅、水洗いとか何かしないと取れないのか?

シャマルの奴ぅぅぅ、やってくれたな!

普段はほんわかした若奥さんのくせに、余計なところで鋭い策を練りやがる。

はやても今も尚不服なのか、耳を引っ張るので痛い。

何とか消そうと慌てる俺を目に、シグナムは嘆息して、


「我々が主はやてに誓いを立てたあの日から、お前との縁は続いている。
時には敵対し、時には共に戦った。

だが――今でも、お前と言う男が分からなくなる時がある。

自分でも妙だと思うが……


武器を持たない今だからこそ、お前の真価を見れると確信している」


 一瞬冗談かと思ったが、シグナムの目は本気だった。


俺の真価って――今のような戦い方の事?


自分大好きな俺だが、仮に敵が今の俺みたいな戦い方をしたら怒り狂うぞ。

名誉や評価とは無縁の戦いだからな、あっはっは。



――ハァ……やはり、戦うしかないか。



俺流で。

瞬時に、頭の中で戦略を編み上げていく。

正面から戦うのは無謀。


ならば――搦め手で責める。


「分かった。勝利条件は――


――相手側が戦闘不能か、降参したら敗北。


それでいいか?」

「ああ」


"何だと!?"


 俺が展開した勝負方法に、狼形態のザフィーラが目を剥く。

意外なのだろう。

屁理屈で有利に事を推し進めるのではなく、真っ向な勝敗を提示した俺に。

主も同意見のようだ。

念話を通じて、俺の頭にこそばゆい声が届く――


"りょ、良介、本気で言うてるんか!?"

"ああ、マジだぜ"

"そんな……剣も無い、ミヤもおらんのにどうやって勝つんや!
シグナムに脅しは通じへん!"

"脅す気も、騙す気も無いさ"

"じゃあ、何でこんな――!?


ま、まさか……わざと……?


わざと負けて、シグナムの恋人に――


――い、いやや! そんなん、あかん!


良介、お願いやからやめて!"

"勝手に盛り上がるな!? 泣くな!?

安心しろ。

日本の伝統は、ベルカの歴史に勝る"

"日本の伝統って……あんなん子供騙しやんか!"

"その子供騙しに、ザフィーラは負けただろ。まあ、見てろ"


 シグナムとの距離は四メートル弱。

剣士としてはやや開いているが、剣の騎士シグナムにこの間合いは安全圏ではない。



空気が、変わる――



穏やかな風景は張り詰めた雰囲気に閉ざされ、彩りを変える。

シグナムは剣を抜いて、臨戦態勢。

俺も表情を引き締めて、対決を促す。


「……始めようか」

「ああ。



…。



――宮本」

「何だ? 何時でもいいぞ」

「いや――その前に。

――背を……」


シグナムは言い辛そうな顔で、俺の背中をチラチラ見ている。



正確には――俺の背中に掴まっている、はやてを。



確かに戦いの邪魔だからどいてくれ、とはやてに直接は言い辛いだろう。

この戦いは自分が望んだ戦い、主の為には繋がらない。


愚かなり、シグナム。


俺に対して、弱みを見せるとは。

ニッと笑って、わざとらしく聞こえるような小声ではやてに耳打ちする。


「はやて。

お前は戦いの邪魔・・だからどけって、シグナムが言ってるぞ」

「なっ――ま、待て!?
ち、違います、主はやて!

私は決して貴方を蔑ろにするつもりはありません!」

「あはは、分かってるって。今降り――んぐ!?」


 後頭部でグリグリして、優しい主様を黙らせる。

その上で、俺は容赦なくシグナムに言ってやった。


「そうだよな、ごめん。俺の言い方が悪かった。
別に、シグナムははやてが邪魔だとは思ってないよな?」

「当たり前だ! 私は常に主を第一に考えている!」


 ――馬鹿め。


ここぞとばかりに、俺は鼻高々で宣言する。


「ならば。

はやてが何処にいようと――俺の背中に乗っていようと、邪魔だと思わない。

このまま・・・・で勝負が出来るって事だな」

「な、何だと!? 貴様、そんな真似が――」

「なーんだ。やっぱり邪魔なんだぁ〜。

仕方ない、邪魔なはやてを放り捨てて戦うか」

「ぐぅぅ……


……分かった、そのままで勝負してやる」


 よっしゃ、第一条件クリアー。

これでシグナムの戦闘力は、大幅に制限される。

紫電一閃はおろか、炎の魔剣の力を解放しただけではやてを問答無用に巻き込む。

ハンディの差はかなり減った。



"……貴様、ろくな死に方をせんぞ……"

"うう……ごめんな、シグナム……

迷惑かかってるって分かってるんやけど、この温もりがわたしを離さへんねん"



 悲喜交々な主とペット。

文句は、さっきから俺の背中に頬を寄せる甘えん坊に言いなさい。

条件が成立したところで、改めてシグナムと対峙する。


「……宮本……後悔させてやろう。

主を盾にした貴様の愚かさを」

「生憎、後悔するほど優しい気持ちは持ち合わせていない。

孤独を終の棲家としている、剣士でね」


 ――最近は、環境が激変し続けているけどな。


俺の返答をどのように受け止めたのか、シグナムの表情に感情が消える。


一切の無駄の無い、攻撃に特化した型――


引き締まった美の肢体と合わさって、壮麗より凄艶さを感じさせる。

シグナムは、強い。

剣を携える者として、既に完成されていると言っても過言ではない。

はやてで魔法を封じたところで、俺だけを斬る技量を確実に備えている。

主を盾にした俺に、一片たりとも容赦をしないだろう。


呼吸を、整える。


シグナム、お前に気高い騎士の誇りがあるのなら――



――俺には崇高な大和魂がある。



日本の伝統技、その3。



この技の大いなる利点は、徒手空拳でも剣に対抗出来る素晴らしさ――

残念ながら難易度は高く、日本の歴史を背負える器が必要とされる。

ゆえに日本男児を熱く魅了し、今日でもこの技に憧れる男達は多い。

俺も子供の頃は何度も挑戦し、傷付いたもんだ。


――その経験が今、生かされる。


この技はタイミングが、命。

少しでも狂えば、俺は死ぬ。

敵の動きを先読みし、リズムを誘導し、呼吸を感じ取れても、尚甘い。

かつてない緊張感に心地良い震えを感じながら、俺は袋を拾い上げてカップ酒を取り出す。


「……何の真似だ」

「その剣で聞いてみな」


 真意を悟られたら終わりなので、俺は格好付けて誤魔化す。

前々から感じていたが、シグナムは俺を妙に過大評価する傾向にある。

今の言葉も特に意味が合って言ったのではないが、シグナムは警戒心を抱いているようだ。

とはいえ、言葉一つで怯む烈火の将ではない。


"一度離すからな。しっかり掴まってろよ"

"分かってる"


 はやてもそれ以上何も言わず、戦いの行方を見守っている。

睨み合う、俺達。



――風が、吹いた――



力強い踏み込みと共に、肉薄するシグナム。



――3。



蓋を開けて、酒カップを上空へ。



――2。



雷光の如き剣閃――



――1。



 その光を――俺は両手の平で受け止める・・・・・



「なっ!?」



そして、



「――0」
 


 パシャッ



音を立てて、地面に転がるカップ酒。

清涼感に満ちたその中身は――



――シグナムの髪を濡らして、麗しき美貌を染めている。



誰もが茫然自失。



驚愕に満ちた世界を――俺の一言が破った。



酒で良かったな・・・・・・・、シグナム」

「――っ!!」



 一本の剣を狭間に、至近距離で視線を交える俺達。

シグナムは酒で顔を濡らしたまま、目を見開いて唇を震わせている。


――手の平を熱く焦がす、炎の魔剣。


受け止めたとはいえ、このまま暴悪に荒れ狂えば俺は逃げようがない。

だが――シグナムはどこまでも、誇り高き剣士だった。


「私の――負けだ、宮本」


 刹那、の勝負――

火花のように互いの命を散らし、かくして決着はついた。
















 真剣白羽取り、この技を知らない日本人は存在しない。

日本剣術の歴史に必ず登場するこの技は、単純にして奥が深い。



剣を使用する事なく、剣を持つ相手を制する技――



ああ、素晴らしきかな日本の伝統。

シグナムもまさかはやてを背に、素手で剣で受け止められるとは思っていなかったのだろう。


――その隙を、突いた。


思考の、空白。

驚愕に心を囚われた瞬間、頭上から飛来する物体を避けられなかった。

無論、この時点でシグナムにダメージはない。

追撃もしくは間合いを取り、再度攻撃を加える事だって出来た。


幸運は、二度招かれない――


俺は神業的タイミングを潜り抜けた機を最大限に生かし、彼女を言葉で揺さぶった。


彼女の中で息づく、騎士の魂を――


結果はご覧の通りである。

剣を止めるタイミング、カップ酒が落下するタイミング――

計算はしたが、最後の最後は本当に運だった。

ワンテンポでもずれていれば、敗北したのは俺だっただろう。

全てが終わって、ようやく一息つけた。

鋭い刃を受け止めた剣戟と、刃の炎で手がヒリヒリする。

鍛えてなかったら、皮程度では済まなかった。

シグナムは俯いたまま、剣を収めた。


「まさか……私の剣を、素手で止めるとは――

お前には本当に驚かされる」

「はやてが背中にいたからな。自信はあった。

あの事件・・・・で、もう分かってるだろ?

はやての為に戦う俺は、世界一強い」

「――っ、まさか……

全力を引き出す為に、あえて主はやてを背に――」


 心にもない言葉を、深読みするシグナム。

好い感じの話の流れに、追従する。


「さて、どうだろうな……

ただ、俺の背中にはやてがいなかったら――俺はあんたに負けていた」


 剣も魔法もないからな。

正確に言えば使えない事はないが、シグナムに勝てる力は無い。

俺の言葉をどう受け取ったのか、彼女は穏やかに微笑む。


「……そうか。
ふふ、確かにお前の真価は見れたようだ。

嫌われるのを承知で危険に晒し、主に助力を求めるとは――

主はやて。
彼はどうやら相当貴方に信頼を寄せ、甘えているようですよ」


 話が、ほんわかさんになりました。

この勘違いを逃す手はない!

俺はわざと殊勝な声で、小さく呟いた。 


「……ごめんな、はやて。

お前だったら許してくれると思って、つい――」

「べ、別に迷惑とか思ってへんから!



そっか……良介が、私に……



そうなんや、ふふ……」 



 こうして、盾にした事実は葬り去られた。



敗北したシグナムも納得し、はやても今後不安に怯える事もないだろう。

シグナムの剣を止めた俺を、ザフィーラも感嘆の眼差しで見つめている。

俺も俺で真面目に戦わず勝利だけモノに出来た、ふははははは。



一件落着である。



「シグナム、お酒臭くなる前に顔拭いたほうがええよ。
ハンカチあるから」

「……すいません」


 汗を拭うように、白いハンカチを受け取ったシグナムが顔を拭く。

ついでに、はやてを彼女に預ける。

安酒の臭いがする剣士ってのもだらしないからな……


って、呑気に眺めてる場合じゃない!?


今の俺は酒なんぞ比べ物にならないほど、だらしがないのが頬に付いている。


「はやて、俺にもハンカチかしてくれ。
シャマルの奴、俺に口紅なんぞつけやがって……!」

「え――

そ、そっか、それってシャマルがつけたんか……」

「そうだよ! 隙を見せた途端、これだ!?」

「あ、あはは……ハァ〜、よかった……

誰かに先を越されたと思って、ほんま焦ったわ……」

「俺は頬にキスマークつけて歩くような変態じゃない!」


 ここぞとばかりに叫ぶ俺に、はやては手を合わせる。

たく、勘違いして襲い掛かって来やがって……

よっぽど安心したのか、もうニコニコだ。

逆に心から申し訳なさそうに、シグナムが謝罪する。


「……すまない、宮本。
アレはお前の事となると、目の色を変える」

「変えすぎだ、まったく……


ヴィータもヴィータで、今日はやけに俺に――!?」



――激震。



頭上より轟音が鳴り響き、猛烈な衝撃波が大地を襲う。

辺境地帯を揺さぶる、急激な魔力。


甲高い音を立てて――


――世界が、爆ぜる。


ガラスが飛び散るように、ミッドチルダを包んでいた壁が粉々になる。


「結界が壊れた!? これは――」

「宮本、上だ!」


 シグナムの鋭い声に、俺は遥か上空に視線を向ける。



燃え上がる、空――



陽炎が漂う憎悪の魔力が、天を覆っている。

地上からかけ離れていても、俺には見えた。


ありえない規模の、魔方陣。


世界を破壊する、巨人の打撃。



グラーフアイゼン――ギガントフォルム。



小さな破壊神が、鋭く青い瞳・・・を光らせて俺を睨み殺す。





ただ、俺だけを――



















































































<戦闘終了 剣の騎士×―○孤独の剣士。
 
敗因:真剣白羽取り

戦闘開始 鉄槌の騎士(狂化)VS孤独の剣士

ポイント:ミッドチルダ辺境地域(結界破壊)

負傷:頬にキスマーク・全身に埃・両手の平負傷

装備:カップ酒スルメ柿の種はやて(背中→シグナムへ)






謎の組織内:

謎の魔法少女:エイミィより状況を聞いて、感激→謎の武装隊・・・に、シグナムを倒した・・・義兄を誇らしげに語る。

謎の黒衣の少女:エイミィより状況を聞いて、尊敬→口紅を手に、謎の艦長と相談・化粧中

謎の執務官:謎の動物と共に捕縛の準備

シャマル:孤独の剣士の……

オイル:さざなみ寮(酒宴準備中)

被害状況:自然公園水没>








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