To a you side 外伝5 運命の女神達と孤独の剣士 情愛の女神



※この物語はTo a you side本編を先に読まれると、よりお楽しみ頂けます。




 伸びる白い手。

華奢な女性の手だけに、自分の胸元から生える光景は異様の極みだった。


背中からの貫通ではなく、胸元から突然出現する腕――


痛みを感じないだけに、余計に恐怖を煽る。

精神の弱い人間が同じ目に遭えば、恐怖に狂っていたかもしれない。

俺だって驚愕と戦慄で、完全に身体が硬直していた。


「リョウスケ!?」


 先程まで暴虐に荒れ狂っていたヴィータが、目を見開いて叫んでいる。

その瞳に映るのは、曇りのない心配の色。


――悪夢のような光景の中、俺は苦笑する。


硬直する俺は隙だらけだ、グラーフアイゼン一撃で事足りる。

絶好の機会であるにも関らず、俺の安否を気遣う宿敵。

優しい騎士の狼狽が、逆に俺を冷静にしてくれた。


"ウフフ、捕まえた"

「てめえ・・・・・・シャマルか!?」


耳に届く柔らかな声に、聞き覚えがあった。

腕が生えている胸元から、直接聞こえてくる。

優しげな女性の声が、この状況下だと不気味でしかない。


「てめえも乗った口か、あんなくだらない戯言に!」

"貴方が口にした事ですよ、良介さん。ふふふ"


 ・・・・・・痛いところをつかれて黙る。


この一件の厄介さはそこにある。

尾ひれがついた噂であれ、俺が明言したのは事実なのだ。


俺に勝てれば恋人になる、と――


今更その場逃れで適当に言ったと公言しても、手遅れ。

悔しいが、自業自得だった。


"さあ良介さん、素直に降参して下さい。
私がその気になれば、貴方の心臓を握り潰す事も出来るんですよ"

「くそ、また四次元殺法か・・・・・・ 
正面から堂々と戦え!」

"愛は時空を越えるんです"

「意味が分からねえ!?」


 とはいえ、確かにこの状況はまずい。

現状害意はないが、主導権はシャマルにある。

今の状況は胸に剣を突き立てられているのと変わらない。


貫かれるか、斬られるか――


俺がアクションを起こすより早く、シャマルは動ける。


「どいつもこいつも・・・・・・こんな形で愛を手に入れて嬉しいのか!」

"嬉しいです"


 即答だった。


"良介さんを手に入れる為なら・・・・・・っ


貴方が、私の恋人になるなら・・・・・・私はどんな事だってします。


どんな辱めでも、耐えられます・・・・・・ハァ"

「・・・・・・息荒いぞ、おまえ」

"こ、興奮して・・・・・・身体が火照ってきました・・・・・・"


 艶かしい吐息、興奮の息遣いが、女を感じさせる。

思い募った女の色気に、胸が高鳴る。

シャマルは普段から俺にアプローチをしていたが、俺は常に無視していた。

シャマルはその度に笑っていたが――内心、切なさを募らせていたのかもしれない。


「リョウスケ、駄目だ!」

「――っ、ヴィータ?」

「アタシが何とかしてやる! だから、だから―― 

絶対に、降参するんじゃねえぞ!」



 ヴィータは――涙目になっていた。



俺が一言でもシャマルに降伏の意を示せば、俺はシャマルの恋人になる。

ヴィータはその瞬間、失恋・・・・・・

想いの喪失は、俺にも経験がある。



――あの悲しみと胸を抉る痛みを、俺は一生忘れる事はないだろう・・・・・・



「お前は、アタシのだ! 

アタシだけのモノだ!


アタシ以外の奴に、負けんじゃねえぇぇぇ!!」


 誰もが恐れるベルカの騎士が失恋を怖がる姿を見れるのは、この世で俺一人だと思うと少し嬉しく思う。


――だからこそ、負けられない。


俺は無言のまま、ヴィータに親指を立てる。

小さな騎士は驚いた顔をした後に、嬉しそうに笑って頷いた。



その信頼に、応えてみせよう――



「ところでシャマル」

"時間稼ぎは無駄ですよ。
貴方の出す言葉は私への愛の告白だけです"


 調子に乗りやがって。

俺はあえて無視して、平然とした態度で話し掛ける。


「つかぬ事を聞くが、お前――



雑巾って知ってるか?」



"雑巾、ですか? 
あのお掃除する為の――それが何か?"


 俺の質問の意図が掴めないのだろう。

今の話の流れからはありえない単語に、ヴィータでさえ不思議そうな顔をしている。

四次元空間の向こうでも、多分シャマルはきょとんとした顔をしているに違いない。



――その油断が、命取り。



「日本には、古来より伝わる殺人技があってな――



人間の腕を雑巾に見立てて、力一杯絞るんだ」



"なっ――!?"



 気づいた時にはもう遅い。

慌てて逃げようとする白い手を掴んで、両手で握り締める。



――ガキの頃、誰でも一度は味わったであろう伝説の極技。



流石の俺も緊張に震える。



日本男児たるもの、婦女子にこの技は最大の禁忌なのだが――



――俺は今日、その禁断の領域へ飛び込む!!



手加減無しが、この技のポ・イ・ン・ト♪

大人ヴァージョンは握力もパワーアップさ、やった!


「食らえ――!!!」












 ――海鳴町に、湖の騎士様の金切り声が響き渡る。














「勝った・・・・・・」

「しくしく・・・・・・」

「ひ、ひでぇ・・・・・・」


 勝利の余韻に酔うヒーロー、泣き崩れる女性、戦慄に顔を引き攣らせる女の子。

三者三様の反応はあるが、ひとまず俺の勝利で幕を閉じた。

闇夜の空に拳を掲げる俺が、我ながら最高にカッコいい。

そんな天才剣士の勝利に水を差すように、哀れな敗残者が叫ぶ。


「酷いじゃないですか、良介さん! 見て下さい、これ!?
腕に痛々しい痣が出来てます!」

「人様の胸元に腕を差し込んでおいて、何言ってやがる」


 自覚の無い女騎士に、嘆息。

本気で絞れば、本当の雑巾のようにボロボロになってたぞ。


――四次元空間に隠れていたシャマルを、日本伝統技で倒したのがついさっき。


血管が圧迫する程腕を締め殺して、俺は優しく降伏を促す。

最初こそ必死で抵抗したが、力を強めた途端泣きながら姿を見せた。



――ドレスアップしているシャマル。



清楚な白の製帽と、神秘の光を放つ指輪。

神官衣のような服装で、細い肢体を覆っていた。

華奢だがスタイルの良い女性で、胸元は形の良い双丘で押し上がっている。

今日は珍しく、薄い口紅をぬっていた。

気立てが良くて、美人――


恋人候補は世に腐るほど居る筈なのに、熱心に俺を求愛する困った奴である。


「うう、傷物にされました・・・・・・
もうお嫁に行けません」

「結婚相談所へ行け」

「その言い方はあんまりです!
せめて責任を取って、私と結婚して下さるくらいいじゃないですか!」

「何が、どう、せめてだ!?

とにかく、お前の負けだ。

現時点を持って、お前の権利は剥奪されたので諦めろ」

「えーん、子供の名前まで考えたんですよー?」


 気、早っ!?

勝ったら結婚するとは一言も言ってないのだが、こいつの中ではそうなっているのだろう。

明日、町中に広まっている噂を調査して叩き潰さなければ。

俺は地面に置いたカップ酒の袋を拾う。


「ほら。

いつまでも落ち込んでないで、さっさと帰ろうぜ」


 手を差し伸べてやると、シャマルは少し残念そうに握り返す。


「ほら、ヴィータも。はやてが待ってるぞ」

「ア、アタシも手を繋ぐのかよ。

・・・・・・へへ、仕方ね―な、リョウスケがどうしてもって言うなら――



――って、ちょっと待てよ!?



アタシとの勝負はついてねえだろ!」


 ・・・・・・っち。


和んだ雰囲気を利用してオサラバする気だったのだが、甘かったようだ。

気合を入れ直すように大事な相棒を握り締めて、ヴィータは俺に向き直る。


「アタシはシャマル程甘くねーからな。
どっちかが倒れるまで、徹底的にやりあうぞ。

テメエを、手に入れる為にな!」


 熱い宣戦布告と共に、濃密な魔法陣が展開する。

脅威の精度と術法を刻んで、ヴィータのグラーフアイゼンが戦いの息吹を上げる。


――ヴィータの実力は超一流。


小柄な体格から繰り出される凶悪な攻撃力と、豊富な戦闘経験。

攻撃と防御を的確に選択する本能と、全能力を生かす頭脳。


加えて、俺への強い想いの力――


剣や魔法はおろか、やる気の無い俺には勝ち目は全く無かった。

シャマルと違って、隙も無い。

下手な言い訳や勘繰り、下手に出る行為は血を見るだけ。

ならば――


「分かった、相手をしてやる」

「やっと、その気になったか。なら――!」

「ただし!

まずは、俺の家来を倒してからだ」


 そう言って手を引っ張り、俺の前に立たせる。



伝説に名を残すベルカの騎士――シャマルを。



一瞬シャマルはキョトンとした顔をして、慌てて振り返る。


「ど、どど、どういう事ですか、良介さん!?」

「言った通りだ。頑張れ、シャマル。
俺の為に」

「そのお言葉はとても甘美的ですが・・・・・・


・・・・・・で、でも、駄目です!


ヴィータちゃんは私の大切な仲間。
苦楽を共にしたかけがえのない家族なんです。
貴方の御願いでも、私は戦えません」

「ヴィータが勝てば、自動的に俺はあいつの恋人になるぞ」


「ごめんね、ヴィータちゃん。愛は非情なの」


「裏切るのが早すぎるだろ、テメエ!?」


 涙ながらに指輪を向けるシャマルに、ヴィータは怒りの絶叫。

愚か者め。

既に、俺はお前よりシャマルの心を掴んでいるのさ。

0,1秒で寝返ったシャマルがちょっとだけ好きになれそうだった。

収まらないのが、挑戦者だった。


「リョウスケ、逃げる気か!!」

「逃げる? 失礼な奴だな。
俺はただ、優先順位を示しただけだ。
挑戦して来たのはお前だろ。

まずは、俺に挑戦出来る実力を見せてみろ。

俺と戦いたいなら、お前も俺と同じくまずシャマルを倒してから来るんだな」


 あははは、悔しがってる悔しがってる。

最初から俺が望んだ勝負ではない。

ヤル気になっているヴィータには悪いが、俺はグッバイする。


「頑張れ、シャマル。応援するぞ」

「任せて下さい。


――貴方は誰にも渡しませんから……」


頬にキスするな!?

後頭部を殴りたい衝動を懸命に抑えて、愛想笑い。

人付き合いとは本当に大変だ。


「リョウスケ、どうしてアタシよりシャマルを応援するんだ!」

「お前は思いっきり敵だろうが!?」


 場違いな勘違いに、怒りを燃やすヴィータ。


・・・走って逃げても、追いかけて来そうだな。


あいつの標的はあくまで俺だ。


「シャマル、お前御得意の四次元操作で俺を逃がしてくれ」

「よ、四次元って、だからこれは――!


う〜、人形とかロボットとか映像とか縫い包みとかプラモとか・・・・・・


自分で誤魔化すところは変わりませんね。

そういうところも、好きなんですけど」

「早くやらないと、ヴィータを応援するぞ」

「す、すぐにやります!?」


 慌てて、白い手の指に填められた指輪を掲げるシャマル。

こちらの準備を目の当たりにして、ヴィータは俺の危惧通り阻止にかかる。


「逃がすか、てめえ!」

「――貴方の相手は、私よ」


 殺意のオーラを放って突撃するヴィータに、立ち塞がるシャマル。

苦々しく、ヴィータは舌打ちした。


「くっそー、簡単にリョウスケの言う事聞きやがって・・・・・・!」

「うふふ、羨ましい?」

「だ、誰が!?

アタシ達の主ははやてだろ!

な、何でそんな奴の――」

「本当は、大好きな良介さんの為なら何でも出来るくせに。エッチ」

「ぐうう、てめえ――!!」


  (今の内に行って下さい。
案内は、クラールヴィントが)

(さ、流石だな・・・・・・)


 顔を真っ赤にして喚き散らすヴィータ。

小さな破壊神の標的は俺から、完全にシャマルへ変更されている。

ヴィータが動揺している隙に、シャマルは四次元を発動――



――俺とシャマルの間に出現する、黒い穴。



別の場所へ繋がるトンネル。

奥行きがまるで見渡せないが、暗黒の通路の先は違う場所へ繋がっている筈だ。


「良介さん、早く!」

「おう! この先は何処へ繋がってるんだ?」

「奈落です」

「分かった、じゃあ後は任せ――え?」


 後押しされるように袋を持ったまま、思わず足を踏み入れてしまう俺。





今、何処って・・・・・・?





――着地する感覚の無い、空間。





・・・・・・っあ、あれえええええええええええぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜!!!





――急激な落下感に身悶えしながら、俺は急直下で落下していった。














無限に広がる、闇の中へ――








































































<湖の騎士× ― 〇孤独の剣士 

ポイント:海鳴自然公園→奈落へ 

負傷・・:頬にキスマーク。

装備:カップ酒・スルメ・柿の種。


戦闘中――湖の騎士VS鉄槌の騎士

現状の被害:ベンチ・樹木・コンクリート破損>








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