To a you side 外伝 鉄槌の騎士と孤独の剣士



※この物語はTo a you side本編を先に読まれるとよりお楽しみ頂けます。




 この海鳴に来て、俺の時間は劇的に変わった。

旅する間は環境が常に変化して刺激的ではあったが、刺激を味わうのは俺一人だった。

泣くのも、笑うのも。

怒るのも、悲しむのも。

感情は誰にもぶつからず、俺の中で消えていくだけ。

心乱されない、穏やかな日々――

ふと思う。

あの時と、今。

俺はどっちの生活を望んでいるのだろうと。












「・・・あぢっ・・・」


 ある日の昼下がり。

湿気たっぷりの猛暑を迎えた季節。

夏の日の午後――予定のない俺は、はやての家の留守番をしていた。

この家の主人はこのクソ暑い中図書館に出かけており、留守を頼まれたのだ。

暇かつ外に出るのも億劫だった俺は、飯を条件に引き受けた。

暇な時間が出来れば外出するか鍛錬をするが、外に出れば普通に死ねそうな気温である。

素振りをするだけで軽く脱水症状を起こしそうだった。


雲一つ無い、青い空――


強烈な日差しにうんざりしながら、俺は喉の渇きを潤すべく冷蔵庫を開ける。


「お、ナイス」


 アイスクリーム、一個。

はやてが買ってきたのか、冷凍庫にお宝が冷やされていた。

この真夏にアイスはご馳走だ。

一個だけ残っているというのも、日頃の行いの良さだろう。

俺はほくほく顔で手を伸ばして、


「こら、待て!」


 頬が引き攣る。

甲高い声と、こちらへ向かって駆けて来る豪快な足音。

このクソ暑い日に、暑苦しいのが来やがった・・・

うんざりしながら、俺は横を見やる。


「それはアタシのだぞ、リョウスケ!」

「いつからてめえの物になったんだ」


 意思の強さが光る蒼い瞳に、灼熱色の髪。

鋭い眼差しが凛々しさを惹き立てると同時に、大人でさえ相手を威圧する眼光を放っている。

大人になれば、絶世の美女を約束された容姿――

でも、上下の可愛らしい子供服が年相応にしている。

ようするに、外人の子供である。


「いいから寄越せ、アタシが食べる」

「あほか。水でも飲んでろ」


 躾のなっていないガキである。

俺は差し出された白い手を無造作に払って、冷蔵庫から取り出す。

そのまま袋を破っ――うお!?


「アタシが食べるって言ってるだろ!」

「背中にしがみつくな、暑苦しい!?」


 これだよ…

世間の皆さんが暑さに苦しんでいる日に、元気いっぱいに俺様に噛み付いてくる。

その辺のひ弱な小学生ならともかく、このガキは力が強い。

今でも俺の首に手を回して、ギリギリと骨を軋ませる。

頚動脈、頚動脈だから!?

本気で抵抗しないと死ぬので、俺は頭突きを食らわせて脱出する。


「ゲェ、ゴホ…何つー事しやがんだ、このガキ!」

「ガキじゃない、アタシは騎士だ!」

「はいはい、聞き飽きたからそれ」

「本当だって、言ってんだろう!」


 顔を真っ赤にして、ヴィータは怒鳴り散らす。

――はやてから、こいつらの事は紹介されている。

経緯は割愛する。

話すと、長くなる。


五月、六月、七月――本当に、色々とあったからな…


高町家との離縁。

アリサとの出会い。

はやてとの同居。

そして――





"…良介…ありがとう…"





――アリサ…





首を振る。

さて、気を引き締めて――


「早いもの勝ちという言葉を知っているか、騎士様」

「むうう…ア、アタシは育ち盛りなんだ。
一個くらいいいだろう!」


 そういって、いつも食らいつくすくせに。

はやてのように、俺は甘くない。


「一個しかねえんだよ、これは!?」

「じゃあ、アタシが食べる」

「何、その自分勝手」


 付き合ってられん。

袋を破って食べてやろうと思ったが、こいつ絶対に悔しがって攻撃してくるからな…

なのはにフェイト、そしてはやて。

俺の人生を掻き回してくれた将来の怖いガキ共だが、俺には従順と言える。

フェイトは――色々とあったが、あいつは俺とは違う意味で世間知らずなのでやり易い。

年齢的には同じガキのこいつは、俺の知り合いの中で唯一手を出してくる。

問答無用で拳、だ。

かといって戦闘的な性格かと言えばそうでもなく、むしろ喧嘩は嫌いらしい。

ようするに、こいつは――俺にだけ遠慮せずに過激なスキンシップを取るのだ。

自由奔放・勝手気ままなガキ、迷惑な話である。


「そんなに食いたかったら、はやてと付き合えばよかっただろ。
帰りに翠屋に寄るって言ってたじゃねえか」


 桃子のシュークリームは、こいつの大好物だ。

連れて行ってやったらガツガツ食ってて、紹介した俺が恥ずかしかった。

その翠屋へ行くと言ってて、こいつも最初は一緒に行くと乗り気だったのだ。

なのに俺が留守番するって言ったら――



――こいつも何故か家に残る、とかぬかしやがった。



理由を聞いてもそっぽ向く可愛げのなさ。

今もこう言ってやったら、頬を膨らませて黙り込む。

何が不満なんだ、こいつは…

はやてが出かける前、保護者一人一人に聞いてみると――



「…主以外の人間に、ヴィータが執着するのは初めてだ。
宜しく頼む、宮本良介」

「帰ったら是非成果を聞かせてくださいね、良介さん。
キスくらいなら許しちゃいます」

「俺は邪魔だろう。出かけてくるので、仲良くしておけ」



――役立たずな連中である。

まあ、いい。

自分の事は自分で解決する。


「っち、仕方ねえな。じゃあ勝負で決めようぜ」

「勝負…?」


 お、こっち向いた。よしよし…


「戦って勝った方が――」

「やだよ」

「何でだよ、シンプルに腕試しでいいじゃねえか」


 ヴィータは口を尖らせて――俺を見た。





「――お前と、戦いたくねえ…」





   意味が分からん。

はっきり言うが、こいつと俺は仲が悪い。

テレビのチャンネルでさえ、俺に文句を言って変えようとするのだ。

後から考えれば――本当に、些細な理由。

なのに――どういう訳か、本格的な喧嘩だけは嫌がる。

冗談レベルの殴り合いは平気なのに、戦闘や喧嘩は本当に嫌がる。

――戦いに、何か特別な思いでもあるのだろうか?

ま、予想済みなので追及はしない。


「――言うと思った。じゃあ平和的に、ジャンケン。
勝った奴が食うって事で。

いくぞ、じゃーんけーん」

「っよ、ああー!?」


 ヴィータの絶叫。

奴はグー、俺パー。

圧倒的勝利である。


「がははははは、俺の勝ち。
ま、所詮お前はその程度の奴って事だな。
最初から食べる権利なんぞ、お前にはなかったんだよ。
くっくっく…」

「く、くそぉぉぉ!!」


 あははは、暴れてる暴れてる。

俺は爽快な気分でビリっとナイスな音を立てて、アイスの袋を破る。

それを見たヴィータは慌てて身を乗り出して、


「ちょ、ちょっと待て!? もう一回、もう一回!」

「あほか、男の勝負は一回だ」

「アタシは女だ!」

「女になりかけの、ガキだろ。
その反抗的な振る舞いを何とかしろ、バーカ」

「何だと! 

あ、こら、食べようとするな!?」


 俺の胸に抱きついて、無理やり取ろうとする。

諦めの悪い奴である。

俺は辟易して、胸元のヴィータを軽く睨む。


「騎士のくせに、負けを認めないのか?」

「うう…で、でも…」


 しゅんっと落ち込んだ顔で、俺を見上げる。


――いつもそういう顔していれば、可愛げがあるのに…


あーあ。


「っち、仕方ねえな…再戦してやってもいいぞ」

「ほ、ほんとか!? さすが、リョウスケ!

おまえのそういうとこ、アタシ――」

「御願いします、良介様――と言えば、な」

「は…?」


 目をパチパチ、数秒間。

――瞬時に、血を滾らせる騎士様。


「ふざけんな!! 
誰がテメエなんかに――ああ、待てって!?」


 自分の立場というものを分かってないらしい。

あんぐり口をあけて飲み込もうとすると、ヴィータは必死で押さえる。

にやつく、俺。

歯軋りする、ヴィータ。

逡巡する事一分間――奴は折れた。


「うう…ぐぅう…

お、おねがい、します、リョウスケ…さま…こ、これでいいんだろ!!」

「よしよし、ちょっと不満だが許してやろう。
いくぞ。じゃーんけーん」

「っでや! やったー!」


 何だと!?

奴グー、俺チョキ。

同じ手で二度来るとは思っておらず、俺は敗北した。

ヴィータは嬉々と、俺からアイスを奪う。


「アタシの勝ちだ。
ちょっと本気出せば、テメエなんぞ楽勝だよ!」


 く、くっそ、すげえ悔しい!

ヴィータは鼻歌を歌いながら、アイスを口の中へ――


「ま、待て! もう一度俺と勝負してくれ!」

「やだよ、いちいち面倒じゃねえか。
これはもうアタシのだ、お前にはやらねえ」

「そ、そこを何とか頼むって――な、何だそのヤラシイ笑みは…?」

「そうだな…


もう一度負け犬のわたくしめと勝負してください、ヴィータ様。
貴方に未来永劫忠誠を誓います。
もう他の女と仲良くしません――

って、言うなら勝負してやる」

「長!? しかも俺より酷いじゃねえか!?
大体なんだ、最後のは!」

「知ってんだぞ!
テメエ、先週商店街で髪の長い女と歩いてただろう!」

「先週、髪の長い…フィアッセ?
買い物に付き合っただけだろう!?」

「アタシが頼んだら、いつも嫌がるじゃねえか!」

「お前と一緒だと、すぐお菓子をねだるだろう!?」

「うるさい、うるさい! 

いわねえなら、食べる」

「くそぉぉぉ…」



 ――真剣な話。



俺もこいつもどうしてここまでアイスに拘るのか、最早分かっていない。

正直言えば、どうでもよくさえなっている。

食うとか、食わないの話ではなくなっているのだ。


騎士と剣士――


誇りとプライドを賭けて、俺達は戦っている。


「――も、もう一度ま…負け犬のわたくしめと勝負してください、ヴィータ…様。
あ、貴方に未来永劫忠誠を使います。
もう…ほ、他の女と仲良くしません! ――これでいいだろ!」


 ――プライドは目減りしつつあるけど。


何やら嬉しそうに頷くヴィータを見て、俺は新たに闘志を燃やしつつも苦笑してしまう。

この戦い、楽には終わりそうにない――

俺とこいつとの戦いは、この先もずっと続くだろう。


喧嘩は、一人では出来ないから。


今の生活が幸せか不幸せか――俺には分からないけど。

この小さな騎士と喧嘩する時間に、俺は楽しさを感じていた。





人の幸せなんて、案外そんなものかもしれない――







今日の教訓。








 真夏に、アイスクリームを取り合うのはやめましょう。



――ドロドロに溶けて、駄目になります。



「…水飲んで、寝るか」

「…うん」


























































<終>







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