聖ヨト歴307年 エハの月 青二つの日 夜

 イースペリア国 ランサ

 イースペリア軍駐屯所 リクの部屋


「……ふぅ」


 疲れ切っている体でベッドに横になり、大きくため息をついた。

 思い出される今日の戦争、初めての戦い、そして初めて殺した相手の顔。

 覚悟はしているつもりだった。

 戦場に立つのだから、いつかは殺さなければいかないのだと。

 だが、自分の認識が甘かったことを嫌というほどに理解させられた。


 少女を斬った感触が、彼女が死の間際に見せた顔が、何よりもあの涙が消えてくれない。


 やはり、俺はどこかでこの世界をゲームの世界だからと甘く見ていたのだろう。

 ゲームだから大丈夫、ゲームの世界だから何とかなると。

 まったく、俺は主人公にでもなったつもりだったのか?

 だがそれは間違いだった。

 あたりに響く爆音が、聞こえてくる悲鳴が。

 俺を睨むように見ていえる目が、そして交えた剣が死の恐怖を伝えてきた。

 【伽藍】に一度死んだと聞いた時、ならもう恐れるものは何もないと思った。

 今その時を思い返すとなんて馬鹿なと、自分を叱ってやりたいぐらいだ。

 死ぬということは、あんなにも怖いことだった。

 そして、殺すということがこんなにも恐ろしいことだったなんて。

 その瞬間を思い出すだけで、手が震えだしてしまいそうだ。

 なんて情けないんだろう。

 こんなことじゃ、剣を握れないじゃないか。


「大丈夫、大丈夫だ。俺はちゃんと戦える」


 左手で右手を握るように胸元で押さえ、自分に言い聞かせるように呟く。

 そうしないと本当にダメになってしまいそうで、ただ自分は大丈夫なのだと繰り返す。

 明日になればまた戦争、その時にはキチンと剣を振らないと。

 弱気になりそうな自分を叱咤して、滲んでくる視界をしっかりと拭う。

 それでもあふれてくる涙は、いったいなぜなのだろうか。

 自分でも理解できない感情が自分の中に渦巻いていて、それを制御しきれずに次々と涙がこぼれだす。


【主……】


 言葉少なな【伽藍】からも心配そうな気配が伝わってくる。

 大丈夫だ、そんな心配そうにするなよ。

 明日にはちゃんと戦えるから、だから今だけは。


「っう…ひっく……ぅぅ…っっ」


 瞳からこぼれおちる雫が静かに枕を濡らしていく。

 それでも今この時だけは、この涙を止めることはできなかった。











 この時の感情が“悲しかった”のだと気づいたのはもう少し先の事。

 戦わなければいけない現実が、殺さなければいけないという事実が。

 そして同じスピリットなのに、出会いが違えば仲良くなれたかもしれない相手を殺してしまったということが。

 未熟だったこの時の俺にはどうしようもない感情だった。



永遠のアセリア
〜幻想世界組曲〜

04:雨の中の哀歌


 同日 夜

 イースペリア軍駐屯所 リアナの部屋


「どうでした?」


 部屋に入ってきたシリカに、リアナはすかさずそう尋ねた。

 シリカは少し困ったような顔をしてから、ベッドに座るリアナの横に腰掛けて口を開く。


「いや、さ。一応部屋には行ってきたんだけど泣いてたみたいで」

「そう……」


 悲しそうにリアナは顔を伏せる。


「やっぱり、あの子には早すぎたんです」


 その言葉にはどこか後悔するような響きが含まれていた。

 思い出すのは今日の戦場。

 敵が去った後、駆け付けた自分たちにも一瞬気付かずに呆然と何もない場所を見ていた妹の姿。

 彼女が誰かと交戦していたのは神剣の気配から感じていた。

 だからこそ、彼女が生き残っていくれていたことが何と嬉しかったことか。

 しかし、声をかけてようやく反応した彼女が見せた顔は後悔と悲しみが含まれた、どこか泣きそうな表情をしていた。


「あの子に“殺す”ことは早すぎた」


 いつかは必ず通る道だ。

 スピリットである以上、いつか戦場に立って敵を殺すことになる。

 わかっていたことだ。それでも、


「だろうね。リクはまだ幼すぎるよ」


 シリカも頷き、先ほどのことを思い出す。

 気を紛らわすためにも何か話でもしようかとリクの部屋を訪れ、それでも扉を開けることはできなかった。

 中から聞こえてきた何かをこらえる様な泣き声。

 慰めようかとも思ったが、今は一人でいたいだろうと戻ってきたのだ。

 自分にも経験はある。

 あの時は、誰かに慰めてもらうよりも自分一人になりたいと思ったはずだ。


「ま、明日はちゃんと守ってやるさ」

「そうね、私達の大切な妹なんですから」


 二人は少しずつ陰り始めて月を見上げながら静かに誓った。

 生まれて間もない、幼い白きスピリット。

 あの子だけは絶対に守るのだと。




「それじゃあ、もう寝ましょうか」

「んー、久しぶりに一緒に寝る?」

「いやよ、貴女寝相が悪いんですもの」

「そんなことないと思うけどな〜」


 夜が更けていく。







* * * * *






 聖ヨト歴307年 エハの月 青三つの日 昼

 イースペリア国 ランサ側国境地帯


「リク、下がれ!」

「シリカ前です!」


 俺はシリカ姉の指示に従って、大きく後ろに飛び下がった。

 同時に俺の元いた位置に割り込むように走りこんできたシリカ姉が、前面に向けて神剣を叩き込んだ。


「でりゃああああぁぁぁ!!」

「……!」


 体全体を使い振り抜かれたシリカ姉の一撃は、しかし微塵の揺らぎもなく敵の青スピリットに止められた。

 シリカ姉は舌打ちすると俺の横へと飛び退いた。


「だめだね、全然びくともしないじゃんか」


 先程から降り出した激しい雨音にまぎれて聞こえる苛立たしげに呟かれたシリカ姉の言葉を耳にしながら、敵のスピリットを睨めつける。

 真っ黒な翼を背負った青のスピリットは、何を映しているのかわからないような虚ろな瞳がこちらを見てる。

 あれが、神剣にのまれたということなのだろう。

 何ともいえない嫌な雰囲気だ。

 年齢は俺たちよりも結構上のようで、身長は高い。

 それでも、俺たちは姉妹三人を含めた五人で相手をしているのにこちらが押される一方だ。

 他も恐らくそうなのだろう、微かながらに感じられる神剣の気配が少しずつ消えていく。

 サティ姉さんとユリア姉さんはまだ生きているようだが、正直このままでは全滅もありえるかもしれない。


「フッ……!」

「くううぅぅぅっ」


 詰め寄り振るわれた刃をリア姉が受け止めるが、その表情から一撃の重さを感じさせられる。

 だが俺たちも止まっているわけではない。

 左右から俺と黒の少女が、リア姉と拮抗している敵へと飛びかかった。

 俺は心臓がいやに早なるのを抑えて刃を振り下ろす。


「グラインドッ、ブロオオオォォォォ!」

「月輪の太刀ぃ!」


 左右からほぼ同時に襲いかかった俺たちの一撃。

 だが、青スピリットはハイロゥを使い空へと飛びあがることでその攻撃をかわしてみせた。

 それを見てシリカ姉ともう一人の赤の少女は、宙に浮かぶ相手へと手を向ける。


「ファイアボルトォォォ!!」

「ファイアーボールッ!」


 展開される魔法陣、集うマナ。

 次の瞬間、荒れ狂う炎が雨を斬り裂き、空の青スピリットへと向けて吹き荒れた。

 それでも、それでも彼女は冷静に言葉を紡いだ。


「アイスバニッシャー……」


 青の魔法陣から放たれた氷の息吹が、炎を消滅させた。


「ああもうっ、雨のせいでただでさえ赤マナは扱いにくいっていうのに!」

「シリカ、文句言ってないで下がってください!」


 五人で固まらないように上空の敵に対して剣を構える。

 次の瞬間、彼女は剣を担ぐようにして構え、飛び込んできた。

 狙いは、……俺かっ!?


「ハアッ!」

「うおっ……!?」


 前面に障壁を展開させて受け止めようとしたが、あまりの重さに一歩後ずさる。

 だが、その後の拮抗もほとんど持たずに、振り抜かれた刃に障壁を破られ弾き飛ばされた。


「がぁっ!」


 どしん、と木に叩きつけられた感触。

 だがそれよりも、斬られた肩が酷く痛む。

 敵はと前を見ると、シリカ姉と黒の少女の二人で俺への進路を断って防いでいる。

 俺も行かなければと立ち上がろうと地に手をつくと、肩に激痛が走った。

 それでも、みんなが戦っているのに止まっているわけにはいかない!

 歯を食いしばりながらも痛みに耐え、前へと進もうとした俺を駆け寄ってきたリア姉が押しとどめた。


「ちょっ、リア姉!何を……」

「いいから少し待ちなさい!」


 有無を言わせぬとばかりの一喝に条件反射の如く動きを止めた。

 リア姉はよしと言わんばかりに一度頷くと、俺の肩にそっと手をかざした。


「母なる大地の癒しを傷つきしものへと与えたまえ……アースプライヤー」


 リア姉の足もとに広がる緑の魔法陣。

 俺の肩に添えられた手からは穏やかな光があふれだし、肩に温かく降り注いだ。

 痛みが、消えていく?

 驚いて肩を見ると、少しずつ傷が癒えていってる。

 そうか、これが回復魔法か。


「リク」

「ん、何?リア姉」


 一人納得していた俺は、掛けられた声に顔を向けた。

 治療を終えたリア姉は真剣な、それでいて心配そうな顔でこちらを見ていた。


「リク、無理しているなら下がってもいいのよ?」

「なっ……!?」


 どういう意味だ、と怒鳴りそうになる俺を抑えて、リア姉は静かに問いかけてくる。


「リク、正直に言って。私から見て、今のあなたは無理をしているようにしか見えないの。
 体の動きもあまりよくないみたいだし、ダメならそう言って。貴女に無理をしてほしくないんです」


 その言葉に、少しどきりとした。

 自分でもわかっていたことだ、昨日のように力を出せていないことは。

 それに神剣の加護も弱い。

 【伽藍】は自らをいかなる感情をも力にすると言ったが、俺の中にある戦争に対する迷いがその加護を最低限にまで落としてしまっているのだろう。

 その結果が先ほどのような無様な醜態。

 いつもなら押し負けてもここまで吹き飛ばされるようなことはなかっただろう。


 どうする?


 リア姉の言うとおり、ここは下がっていた方がいいのだろうか。

 確かに、俺がいて邪魔にでもなったら後悔してもしきれないことになるだろう。

 だがそれでも、


「大丈夫だ、リア姉。俺は戦える」

「リク……」


 心配そうに俺を見るリア姉に力強く頷いてみせる。

 そして、剣を持ち未だ続く戦場へとその身を投げ出した。






 それでも、盾くらいにはなれる。

 そんな馬鹿げた思いを胸に秘めながら。






* * * * *






「かはっ……!」


 俺達六人の膠着状態ともいえるものが崩れたのは、それから間もなくのことだった。

 刹那ともいえる隙を突かれた黒の少女が、袈裟に切り裂かれた。


「ミレアッ!」


 シリカ姉が彼女の名を叫ぶが、彼女はすでに地面へと倒れこんでいた。

 まだ生きているようで立ち上がろうとしているが、その前には無情にも剣を振りかぶった青のスピリットがいた。/P>


「いけない!」


 リア姉と、そしてそれに続くように俺が地面を駆ける。

 降り続く雨水を含んだ服がやけに重く感じる。

 このままでは間に合わない、そう感じた時すでに体が動いていた。

 【伽藍】にサポートしてもらいながらも、周りのマナを固めて打ち出す!


「【伽藍】!」

【はい、いきます!セイクレッドグロウ!!】


 俺の周りに形成された小さなマナの球が三つ、俺の前を走るリア姉を追い越して敵へと迫る。

 青のスピリットはそれを防ぐために、とどめを刺すのを中止して水の障壁を展開した。

 マナの球は障壁へとぶつかると、小さな爆発を起して消えた。

 本当に一瞬であったが、その隙にリア姉は黒の少女を抱きかかえて下がってくる。

 そして俺は、騒然のごとく追撃をかけてきたをのスピリットの前へと立ちはだかる!


「はあっ!」

「ちっ……」


 振り下ろされた剣を、青のスピリットは一歩下がることで避けてみせた。

 そして舌打ちだろうか、聞こえてきた音に相手の顔を見るが俯いているので表情がわからない。

 けれども恐らく、ようやく一人倒せかけたのに邪魔が入ったことに苛立っているのだろう。

 彼女は顔をわずかに伏せたまま、俺の方へっと一歩踏み出した。

 ここから先に行かせるわけにはいかない!

 そんな思いこめて下段から振り上げるに放った刃は、しかし。


「邪魔だっ!」


 初めて聞いた彼女の叫びとともに手に衝撃が走った。

 上げられた顔は、先程までの虚ろなものではなくどこか怒りに染まっている。

 しまった、と思った。

 俺の剣は横に大きく弾かれる形となって、今胴はがら空きの状態。

 まずいと思った時には遅く、すでに剣先が俺へと向けられている。

 どうする?防げるか?避けれるか?障壁は?

 頭の中で対策が浮かびは消えていき、そしてこの死を避ける術はないと結論付ける。

 死ぬのか?そう思う。

 しかし、昨日とは違いそこに恐怖はほとんどなかった。

 ただ、もう殺さなくていいんだと。

 そして、一人守ることができたのだと。

 どこか諦めにも似たそんな満足感とともに、俺は静かに目を閉じた。


【主!】


 最後に聞くのは【伽藍】の声か。

 ごめんな、共にあり続けるなんて言ったのに。






 どん、と衝撃が走った。






「あん……?」


 だが痛みはない。

 ただ、背中から地面に倒れこんだようなそんな……。

 いやに静かな周りに疑問を感じながらも、俺は目を開いた。


「リ、ク。大丈夫…か?」


 目の前に飛び込んできたのは赤だった。

 俺の着ている物と同じスピリットの服が、真っ赤に染まっている。

 そして、そこから飛び出るように生えた剣の先から、雨水に紛れてぴちゃぴちゃと赤い何かが落ちていく。


「……シリカ、姉?」


 にこりといつものように微笑んだシリカ姉は相手が剣を引くのと同時に、ばたりと倒れた。






* * * * *






 次の動きはすぐに起こった。

 赤の少女が全力で前へと踏み出し、俺たちと敵の間に割って入った。


「シリカさんをリアナさんの所へ!」

「あ……」

「早く!!」


 彼女の焦ったような叫び声に俺も我に帰った。

 地面に倒れたシリカ姉は胸のあたりを真っ赤に染めていて、一目見ただけでも危険だとわかる。

 俺はシリカ姉を担ぎあげると、背後から聞こえる剣音を耳にリア姉の元へと走った。


「リク!シリカァッ!」


 丁度治療が済んだところなのか、リア姉も黒の少女と共にこちらへと向かってくる。

 リア姉は俺の元へ、そして黒の少女は赤の少女の元へと駆けて行く。


「シリカ!シリカァ!しっかりしてください!!」


 どこか叱るように、目に涙をためてリアナ姉は必死にシリカ姉に魔法をかけ続けている。

 なあ【伽藍】、俺にも何かできることはないのか!?

 このまま見ているだけなんて耐えきれないと、【伽藍】へと訴えかける。


【あります、我が主。あなたはホワイトスピリットの中でも他人に分け与えることに長けています。そんな貴女だからこそ出来ることがあります】

「なら、力を貸してくれ!」

【はい、主】


 頭へと流れ込んでくる【伽藍】の知識。

 俺が本来は知りえぬことが、だが今はそれがありがたい。

 リア姉の隣にしゃがみこんで、傷口へと手をかざす。


「プレイス・パシフィックリメディ!!」


 叫びとともに俺の脚元に白い魔法陣が広がり、手に穏やかな光が灯る。

 二人がかりの治療になった。

 だが、マナの流失は一向に止まる気配を見せない。


「なんでだ。なんでだ!なんでだよぉ!!」


 目に涙をためながらもさらにマナをつぎ込もうとすると、それは下から伸ばされた<手によって止められた。

 シリカ姉の手によって。


「シリカ姉!大丈夫なのか!?」

「シリカ……」


 俺はシリカ姉が起きたことに喜びの声をかけるが、リア姉の顔色は未だに優れない。

 なぜだ、と思う前にシリカ姉の声が聞こえた。


「リア…ナ、リク。もう、いい…から」


 その言葉がどういう意味で発せられたのか、俺には一瞬理解できなかった。

 だが、リア姉はさらに涙をためてシリカ姉へと優しく問いかけた。


「もう、だめなの……?」

「んー、こほっ。自分が一番…理解できる……からねぇ」


 二人の会話が理解できない、いやしたくない。


「昨日、一緒に寝ておけばよかったですね」

「ほんとに……ね。アタシも……そ…思うよ」

「リクのことは、まかせて下さい。私がちゃんと……っ」

「うん、頼んだよ……こほっ」


 そして、最後にリア姉はシリカ姉をギュッと抱きしめると未だ戦う少女たちの元へと走っていった。

 俺は、呆然とその様子を見ていることしかできなかった。

 だって、二人が言っている意味はつまり……!


「リク……」

「シリカ姉!」


 俺の方に伸ばされた手を掴む。

 シリカ姉は嬉しそうな表情を浮かべながら、俺へと語りかける。


「リク…ごめん、な」

「シリカ姉!なんでだ、どういう意味だよ!?」


 もう、ぼろぼろとこぼれおちる涙を止めることができなかった。

 シリカ姉の言っていることが理解できて、でもそれを受け入れたくなくて。

 幼い子供のように泣け叫んだ。


「一緒にいるって、ずっと家族だって言ったじゃねぇか!」

「ごめ…な、リク」

「そんな言葉が聞きたいんじゃねぇ!!」


 もう何を言っていいのか分からず、ただ自分の死を受け入れていえるシリカ姉に泣き叫ぶしかなくて。

 ただ、一緒に居たいのにと思いを込めて。


「くっ……うぅっ……シリカ姉ぇ」

「リク……」


 あいていた手を俺の頬にそっと当てて、シリカ姉は本当に穏やかな表情を浮かべて。


「リクが……無事でよか……た」


 その言葉に、俺は愕然とした。

 なぜならそれは、


「リクの盾に…なれ、て……アタシは…まんぞ…してるよ」


 先ほどまで、俺が思っていたことと同じだった。

 だが今思い知らされた、一体どれだけ馬鹿なことを考えていたのかを。

 こんな、残された方のことを考えないような……!


「リク……」

「…何?」

「リアナの…こと……頼ん…よ」

「うん、わかってるっ」


 本当は、自分でしろと叫びたかった。

 でも、シリカ姉の今まで見たことないような穏やかな表情を見ていると言えなかった。


「リク」


 ぐっと、体を起してシリカ姉は俺を抱きしめる。

 俺も、どこにも行かせないとばかりに強く抱きしめた。


「リク、大好きだ」


 耳元で最後にささやかれた言葉はとても温かかく。

 そして、頬に感じた柔らかい感触とどこかいたずらめいた優しげな笑顔を残して、シリカ姉はマナへと還っていった。


「あ…あっ……!あああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」






* * * * *






 閃いた剣は、赤の少女の首を斬り飛ばした。


「シーナァ!」


 黒い少女が叫ぶが、あれではもう聞こえていないだろう。

 再び一人殺したことに頷いて、さらに前へと出る。

 あと二人、いや白いのも含めて三人、すべて殺し尽くす。

 微かに感じていた、先ほど斬った少女の気配が完全に消えたことを感じながらそう考える。

 自分に与えられた任務は敵の殲滅。

 自分はただ、その命令を忠実にこなすための刃なのだと。

 雨のおかげで僅かではあるが青のマナが満ちている空を飛び、黒の少女へと斬りかかった。


「きゃあああぁぁ!」


 先程の傷が治りきっていなかったのだろう、少女はあまりにも簡単に吹き飛んだ。

 今度こそとどめを刺さん、と歩みよるが再び邪魔が入った。

 横から突き出された神剣を自らの神剣で弾き、少し距離を取る。


「これ以上、誰もやらせませんっ!」


 叫びとともに、緑の少女から繰り出される連撃を防ぎながら考える。

 彼女はなぜ泣いているのかと。

 戦いなのだ、味方も敵も死ぬのは当り前だろう。

 しかし、すぐにその思考も中断させた。

 自分には関係のないことだ、今はただ敵を倒すのみ!


「くぅっ…!」

「……っ!!」


 徐々にだが、攻防が入れ替わる。

 元々個人としての能力が違いすぎたのだ。

 緑の少女は剣の速さについていけず、追い込まれていく。


「とどめ……」

「あっ……」


 緑の少女の剣を反らし、自分の後ろへと受け流したところで勝利を確信した。

 防ぐ術はない、そう思い剣を叩き込む。

 だが、緑の少女はシールドハイロゥを刃と自分の間へと割り込ませて見事に防いでみせた。


「う…ぁ……」


 でもそこまで、力押しでそのまま地面に叩きつけると、今度こそと刃を向ける。

 そこで、ここで殺すには惜しいなと、普段とは少し違うことを思いながらも刃を振り下ろした。


「……なに?」


 しかし、感じたのは敵を斬った感触ではなく、壁にでもぶつかったような堅いもの。

 彼女たちの前に、白い障壁が展開されていた。

 そして先ほどの白い奴が倒れている二人を抱きかかえ、後ろに大きく飛んでいるのも見える。

 またあいつかと思いながらも、そこで気付いた。

 白い少女の後ろに広がる、薄く銀の光を放つ白翼の存在に。

 先程まではあの中でも一番未熟だった少女の、僅かばかりの変化に警戒心を高めた。


 何かあったのか?


 白い少女は抱えていた二人の少女を優しく地面に寝かせると、そこでようやくこちらを向いた。

 その表情は、あまりにも悲しげに、そして怒りに満ちていた。

 その表情に何か寒気のようなものを感じて、一瞬動きを止めてしまった。

 その間にも、彼女は手をこちらに向けると祝詞をあげる。


「マナよ集え。極光の雨となりて我が敵を撃ち滅ぼせ……」


 そこではっとなり、それを打ち消すべく呪文を紡ぐ。

 あれは危険だと、白の少女の元へと集まってくるマナの量に驚愕しながらも。


「エーテルシンク!」


 凍結していく辺りのマナ。

 だが、白の少女の元へと集っているマナは止まらない。

 なぜだ、と疑問に思うよりも速く、少女が最後の言葉を紡いだ。


「エレジー・ファランクスッ!!」


 光が駆け抜けた。







* * * * *






 同日 昼

 イースペリア国 ランサ側国境地帯

 イースペリア軍本陣


「被害報告、急げ!」


 焦りを含んだ声が飛ぶ。

 当然と言えば当然だ、あまりのも戦況が悪すぎた。

 入ってくる情報はどれも自軍にとって悪報であり、どれだけ自分たちが追い込まれているのかを知らしめさせた。


「これが、後がないものの力か……!」


 本陣に詰めていたルシアも、歯噛みをしながら次々と入ってくる報告に耳を傾けていた。

 そして悟る、ここが限界なのだと。

 最前線はほぼ壊滅状態、残存戦力では残った敵を押し返すだけの力はないだろう。


「カール殿、もうこれ以上は……」

「貴殿は、ここで退け申すのか!?」


 ルシアの提言に、この場の指揮官カールは顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。

 だが、ルシアは冷静に言葉を続ける。


「我が軍には、もう敵を押し返すだけの戦力は残っていません」

「わかっておる!だが、ランサを捨て、ここから逃げよと申すのか!?私には出来ん、陛下からこの地の守備を言い渡された私には……!」

「なら、ここにいる者たちにも死ねと言うのですか!」


 そこで、カールも言葉を止めて自分の周りにいる者たちを見た。

 同じように指揮のためにこの場にいる騎士たち、補給物資を運んできた城の兵たち。

 そして、すでに疲労から前線を退いているスピリットたち。

 彼自身も分かっていたことだ、今どうしなければいけないのかは。

 プライドの高さゆえに、一瞬我を見失っていただけのこと。

 カールは冷静さを取り戻すと素早く指示を出した。


「ルシア、ここにいる者たちを連れてイースペリアまで退却しろ」

「はっ。しかし、カール殿は?」


 彼はその言葉に、戦場を見渡しながら答えた。


「未だ戦い続けている者たちがおる。指揮官たる者が、兵を見捨てて逃げるわけにはいくまい」


 ルシアは驚いたような表情を浮かべ、しかし一度敬礼するとすぐに己の役割を果たすべく走り出そうとした。

 その時だった。

 あたりにまばゆい光とともに轟音が響いたのは。


「な、なんだぁ!?」


 赤スピリットが使う魔法による爆音とは違う、何かを打ち付けたようなそれにカールの驚きの声あげ、ルシアも思わず足を止めた。

 それに答えたのは、すでに憔悴して倒れるように椅子に座りかけていたスピリットだった。


「あれは……?」

「どうしたローザ。何かわかるのか?」

「あの神剣の気配は、たぶん増援で来ていた白い子のモノじゃないかと……」


 白い子……リクのことか?

 ルシアの考えを肯定するように、その場にいた者たちは視界の悪い雨の中に一つの物を見つけた。

 それは即ち、銀光をまとった翼を背負う、リク・ホワイトスピリットの姿だった。







* * * * *






 同日 昼

 イースペリア国 ランサ側国境地帯

 最前線


 体が軽い。

 感情は自分でももうわからないほどに荒れ狂っているが、それと比例するように体に力が満ちてくる。

 そして、あふれるマナによって形成された、背に広がるハイロゥで空を飛ぶことの何と気持ちのいいことか。

 正直、俺は高所恐怖症の気があったが、今はそんなことが嘘だと思えるくらい空が心地よい。

 だが今は、楽しんでいるわけにはいかない。

 眼下に広がる戦場、それなりの高度で飛んでいる俺はそこに向かって急降下する。

 そして、そのまま敵のスピリットに剣を振り下ろした。


「なっ……!?」


 驚きの声を上げる間もなく切り裂かれて、マナへと還っていく。

 何とあっけない。

 これだけの力が、もっと早くから出せていたら…!


「あああああああああぁぁぁぁぁ!!」


 本当のことを言えば、この時の記憶はほとんどない。

 ほとんど後から他人に聞いたものだ。

 シリカ姉の死に気が動転していたのか、その前後から曖昧にしか覚えていない。

 だが、その時はそれでよかったと思う。

 周りの神剣の気配を探ることさえもできなかったのだから。

 ただ、あふれかえるような感情に任せるままに戦場を駆け抜けた。

 死なせてはだめだと。

 死なせないために、相手を殺すという何とも矛盾した行動だと思う。

 だが、大切な人たちを守らなければいけないと、そんな理屈で動いていたんだろうと、後に思うことになる。

 無軌道に振り回される刃は、次々と敵を斬り。

 第五位の神剣として、限界まで高められたマナで、強固な障壁を張り。

 そして、止めとばかりに敵の前線へと神剣魔法を叩き込んだ。


「エレジー・ファランクス!!」


 再び放たれた光の軍勢が、敵陣へと食らいつく。

 そして、爆発のような轟音とともに、俺の意識は反転した。















 あとがき


 今回はちょっと早かったかな?。

 とりあえずはお送りしました、第四話:雨の中の哀歌。

 プロローグにてリアナがいなかった理由は、こういうことでした。

 大切な人の死をもって、主人公は成長していくことでしょう。

 それにしても、相変わらず戦闘描写が難しいです。特に最後なんか、ちょっと適当になっちゃって。

 むー、精進あるのみですね。

 何はともあれ、ここまで読んでくださった皆さんと、掲載の場を貸してくださったリョウさんに最大の感謝を。




SKILL DATE 簡易(おまけ)


セイクレッドグロウT
修得Lv:‐‐‐
ターゲット:敵・変動 属性:白
対HP効果:300 最大回数:9 行動回数:3
種別:アタック
マインド変動:+1
台詞
「いくぞ【伽藍】!」
「何人たりとも逃がしはしない」

 

プレイス・パシフィックリメディT
修得Lv:‐‐‐
ターゲット:味方・変動 属性:白
対HP効果:10% 最大回数:5 行動回数:1
種別:サポート(ディバインマジック)
マインド変動:0
台詞
「動くな……すぐに治してやるから」
「静かなる光よ……傷つきしものに癒しを与えよ」

 

エレジー・ファランクスT
修得Lv:特殊
ターゲット:敵・全体 属性:白
対HP効果:720 最大回数:2 行動回数:1
種別:サポート(ディバインマジック)
マインド変動:−5
台詞
「俺の前に立つ奴は、すべて薙ぎ払う!」
「マナよ集え。極光の雨となりて我が敵を撃ち滅ぼせ!」





作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。