Ground over 第六章 スーパー・インフェクション その1 歩道






 観光街として知られる『セージ』は物資も豊富で、港復興後は賑わいもあって流通も行われつつある。

異世界初のテレビジョン放送は港町限定で放映されていた為、住民による噂が話題を呼んで国中の注目を集めた。

白い翼の王女の誘拐事件に、遠方の国の女王の情報戦。当事者は命懸けでも、観光街にとってはこれ以上ない話題作りとなったらしい。

夜逃げ同然の出発となったが、テレビジョン放送のスポンサー方より豊富な旅の支援を頂いている。


観光街支援のCM料、それが――1頭立ての2輪『幌馬車』だった。


「カスミが馬車の運転が出来て、本当に助かったよ。王都までの長旅で、運転手を雇うとなると大変だからな」

「私はお前達の護衛として雇われているのであって、運転手ではないのだぞ。
安全な行路を選んでいるが、野盗やモンスターの蹴撃があれば、私はお前達の安全を優先する」


 人や荷物を運搬する最適な手段として、この世界では馬車が重宝されている。

カスミより話を聞いた限りでは、馬車の価値は俺達の世界の乗用車に匹敵するらしい。

庶民でも手を出せない事はないが、購入には決断を必要とする価格。車一台を報酬に頂いたと考えれば、成した結果に満足はあった。


――本来の目的だった、友達を助ける事も出来たからな。


「街から一歩外へ出ればモンスターの襲撃は当然と考えていたのだが、違うようだな」

「ロールプレイングゲーム感覚で旅をするなよ、お前は。安全が一番だ」


 港町『セージ』を出て現在、俺達は『ナズナ地方』を2輪幌馬車で横断している。

ナズナ地方では港町に通じる街道が整備されており、徒歩の旅行者でも安全に旅が出来る環境となっている。

大陸を支配する国の王都へ向けて、観光街を出て俺達は旅を再開していた。


「カスミ殿に頼ってばかりでも仕方ない。吾輩も冒険者の一人として、雑魚モンスターを戦って精進せねばなるまい。
でなければ、いざという時戦えないだろう」

「私の仕事を無くすつもりか、お前は……行動力と意志の強さは認めるが、実戦はまだまだ早い。
毎日の基礎訓練を欠かさず続ければ、戦場に立つ機会は自然と訪れる。焦りは禁物だ」


 女王との情報戦に集中していて俺も最近知ったばかりなのだが、葵がカスミに頭を下げて訓練を申し出たらしい。

旅の足手纏いとなる事を恐れて、ではなく英雄となる為の研鑽を積む努力を始めている。

手慰みにしかならないと思うが、本人が満足しているのならば口出す事ではない。

カスミも最初は渋々だったらしいが、葵の情熱にほだされて面倒見良くしてくれているようだ。


「その言葉、真摯に受け止めよう。今宵の訓練も宜しく頼む。友も参加してみてはどうだ?」

「戦わないように頭を使うのが、俺の仕事だ。血生臭い実地の経験なんて積みたくない」


 俺は冒険者にも英雄にもなるつもりはなく、少しでも早く自分の世界に帰れるように全力を尽くす。

一刻も早く、そして安全に。俺や葵だけなら多少の無茶は出来たが――旅の同行者には、女性もいる。


「……キキョウさん、この文字の意味を教えて頂けませんか?」

「はい、この文字は前後の文章より――」


 妖精を先生として、元の世界では学生だった氷室さんが異世界の本で勉強を行っている。

召喚術で呼び出された頃のドレスは着替えており、地味な旅衣装となったが氷室さんの美しさをむしろ惹き立てていた。

彼女を連れて旅をする上でも、馬車は非常に重宝している。カスミより、今後馬の扱い方も学ぶらしい。

葵と同じく、氷室さんなりにこの旅を通じて異世界に向き合い始めたようだ。彼女の前向きな姿勢に、俺も心強さを感じられた。


「私から学ぶより、同じ世界の出身であるお前が直接彼女に教えた方が良いと思うのだが?」

「俺の"馬"は誰でも乗れるけど、乗れる距離に限界があるんだ。無闇に動かさせない」


 新しい移動手段として手に入れた馬車は、俺の馬である"バイク"を運ぶのにも役立っている。

この2輪幌馬車は長旅用に改良が加えられており、一台のバイクを積み込んでも支障はない。

燃料のガソリンはまだ余裕はあるが、運転以外にも燃料は役立てる。遊び半分で消費は出来ない。

二輪車なので運ぶ量にも限界はあるが、いざとなれば逃走手段として用いるつもりだ。


「この街道に沿ってナズナ地方を横断すれば、カスミが言っていた"二つの選択"にぶつかるんだな?」

「地図で示した通りだ。"森林"に入って距離を稼ぐか、"草原"を通って安全を取るか――お前が選べ」


 王都を目指すに当たって、港町からナズナ地方の街道を沿えば分岐点が存在する。

北東と南東へ続く道――この選択肢によって街道を歩く者が冒険者か、旅行者であるか判別されるらしい。


北の進路を取れば森林地帯へ繋がり、人の手の及ばない領域へ踏み入れる事になる。モンスターの襲撃の可能性も十分ありえる。

だが森林地帯を潜れば時間は大幅に短縮され、王都までの距離を稼げる。まだまだ遠い道のりである分、時間の短縮は貴重だ。

森林地帯は人の目が届かない分、野盗などの縄張りにもなっているらしい。その分、冒険者としての力量が問われる。


南の進路を通れば今のような平和な街道が続き、ナズナ地方唯一存在する村に途中立ち寄れる。

草原地帯にある村には何もないが、休憩地点としては価値がある。馬と人が休める場所にもなろう。

ただ安全を重視した整備がされており、街道そのものが危険を避けた行路となっている。大幅な遠回りとなってしまう。


「お前の言っている野盗というのは、前に村を襲撃していた連中と同類の?」

「あれほどの規模はないだろう。森の中に隠れ住むような連中だ、粗野で野蛮というだけだ。
確認されているモンスターの種類も、私一人で対処可能だ。お前の決定に従うぞ」


 頼もしい返答だった。港町の案内所で確認してくれたのだろう、情報も信頼出来る。

葵の言い分ではないが、モンスターも人の目が届く所では横暴な悪さはしないらしい。当然、場所にもよるだろうが。

港町には大勢の冒険者や傭兵が詰め掛けていた。近隣一帯で悪さをすれば、すぐに討伐されてしまう。

人々が危険に脅かされて仕事が出来るというのも因果なものだが、彼らの働きによってこの地方の平和が保たれている。


「友よ、吾輩から進言したい事がある」

「北へ進めというんだろう、お前の事だから」


 仲間を危険に晒す事を望んでいるのではない。仲間を信頼しているからこそ、葵は危険な行路を突破出来ると確信している。

実を言うと、俺も葵と同じ確信を抱いている。地図で見た限り、森林地帯はさほど広がっていない。

案内所からの情報によると、馬車でも進めるらしい。鬱蒼とした場所でなければ、対処は可能だ。


  「理解ある友を持って、吾輩も嬉しく思う。これで、決定だな」

「違うわ!」

「何故だ。この旅を出来る限り早く終わらせたいと、何度も言っていたではないか」


 対処可能と言っても、絶対ではない。そしてこれまでの旅で、そのありえない出来事が続いている。

安全な渡河だと太鼓判を押されていたのに、モンスターが襲撃。観光街では、王族の陰謀に巻き込まれて指名手配されてしまった。

危険と判断されている場所に自ら向かうのは、抵抗がある。

急げば急ぐほど足を取られて転び、怪我をして結局時間を取ってしまう。今まで、その繰り返しだった。


「――むっ、そうか。友もようやく、冒険者としての自覚は出てきたという事だな。
旅を楽しむだけの余裕が出てきたか、ははははは」

「お前のその前向きさを、たまには見習うべきかと思っている」


 葵の言い分ではないが、旅を楽しむという意味では安全な行路で進んだ方がいい。

馬車での平和な旅は正直、癒されている。女王との情報戦で神経を使い、俺も精神的に参っている部分があった。

日本では滅多に見られない、広々としたナズナ地方の風景は心躍るものがあった。


自然の雄大さだけは、科学では完璧に体現は出来ない。


「立ち寄る村には、特に問題はないのか? 物騒な噂があるとか」

「私も一度立ち寄った事があるが、本当に何もない村だ。野盗ですら時間を惜しんで、近づかないだろうな」


 旅行者が通り過ぎるだけの、村。寂れた場所を襲っても、徒労に終わるだけか。

女王や王女も好き好んで訪問したりはしないだろう――そう思うと、寂しさ混じりの笑いが出てくる。

のんびりするには向いているが、落ち着くだけの時間はない。


保証された危険か、保証された安全か――距離を取るか、時間を取るか。


「あれこれと言ったが、吾輩は友の判断に任せる。皆も同じ気持ちだ」

「どちらを選んでも、私の仕事に変わりはない。好きに選べ」

「分かった。ならば――」


 自分達の今後を決定づける、選択肢――重大ではないが、悩む価値のある問いかけ。

ロールプレイングゲームでは楽しんで選べるのだが、自分達自身が旅するならば命運もかかる。


俺は、選択した。














































<続く>






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