Ground over 第五章 水浜の晴嵐 その26 論争






「……やはり、俺達の放送の妨害工作に出たか……」


 港町に停泊する結晶船の中で、俺は集められた情報を元に科学的分析を行う。

アリスの母親である女王が、街全体に情報を広める地上波放送を黙って見ている筈はない。

世論を構築する土台となる情報の本質とは、相手に伝える事にある。情報戦の決め手となるのは、その伝達方法だ。

情報の本質を伝わる事によって、初めて存在の意味を持つものとなりえる。

俺は自分が学んだ科学の知識と技術を駆使して、擬似的なテレビジョン放送の実現に成功した。

俺達の世界では学生でも趣味で簡単に行える放送も、魔法が主流となる異世界では初の試みだ。

技術の根幹を理解出来ない限り、敵側が同じ方法で対処する事は出来ない。


あくまでも、同じ方法では――の話だが。


「役人や兵士を総動員して、放送の発信源を洗い出そうとしている。
科学技術はこの世界になくても、魔法技術で補えるものがあるかもしれない。
俺もビジョンが無ければ、この異世界での放送実現は難しかったからな……」


 科学が魔法如きに遅れをとるとは思っていない。ただし、それは俺がキャリアを積んだ科学者であった場合。

この世界の魔法である術の専門家と、見習い科学者では差が生じて然るべき。油断は禁物だった。

何しろ、この世界に科学要素が一切無いのだ。手持ちの材料では、どうしても限界がある。電気街の一つでもあれば話は別だが。


せめて俺の世界で戦えるのなら、長期戦も可能なのだが……頭の痛い問題だった。


女王側の取った策は情報戦の基礎戦術、情報の断絶である。

情報の流通を絶つ事で情報を自由に接する事を奪い、必要な情報の円滑な発信を妨げようとしている。

あの放送を見ればテレビジョンを思い浮かべるのは不可能でも、ビジョンの応用だと連想する事は容易い。

そこまで発想が行き届けば、映像の発信源であるビジョンの破壊を目論む。

何せ、テレビジョン放送はこの港町でしか行われていないのだ。その為の動員、街中を強制捜査すれば発見出来る。


「この町の案内所や教会に事前に手を回したのは正解だったな。
カスミの人望と働きには感謝しないと。あの時、彼女を雇って良かった」


 港街全体へのテレビジョン放送ともなれば、ビジョンの数は相当必要となる。一般に手に入る数ではない。

数を揃えられるのは一国に影響力を持つ冒険者や傭兵達の所属先、案内所。そして、術を管理する教会。

これほど大きな港町ならば、案内所や教会は当然存在する。真っ先に役人達が向かったであろう、その報告もカスミより受けている。


――実際のところ、ビジョンは最低限しか使っていないのだが。


テレビジョン放送はあくまで科学技術を使用して実現した、情報発信手段。発想そのものが、この世界の常識とは異なる。

案内所や教会に対してカスミにビジョンの手配は頼んだが、実際の使用数と注文数は異なる。

手配先や使用先をどれほど辿っても、本命には辿り着けない。ビジョンは、あくまでダミーにすぎない。

彼らの常識こそ、俺の意図した情報の隠蔽である。

とはいえ役人達が意図的に動いてくれたのは、カスミの確かな手腕によるものだ。

どれほど俺達が正しくとも、世間では王女誘拐の犯罪者。協力などしてくれる筈が無い。

彼女の人望が無ければ逆に勘繰られ、教会や案内所が俺達の敵に回っていたかもしれない。


「放送関係者も今の所は無事、か……本国ではない以上、女王も強権は行使出来ない。
ただ、それも時間の問題ではある。世論がどう傾くか、それによって強制連行の危険も出てくる。

葵の本領発揮だな、この辺の分野は。良い方向に波風を立ててくれる事を願うしかない」


 この情報戦で不利なのは、社会的地位が圧倒的に奴らが上である事。

世界的に有名な大企業と鼻息一つで吹き飛びかねない弱小な会社では、同じCMを流せばどちらが信用されるのか分かりきっている。

情報の価値とは発信者だけではなく、情報を受信した者の価値観に委ねられている。

俺がこの作戦を実行する上で最も恐れていたのが、情報の改竄である。

女王の意図のもとに情報を操作し、彼らに都合の良いように歪めようとしている。

情報の価値は人それぞれ、値千金にも紙屑同然にも変わり得る。環境や状況、時代や時期によって変貌する厄介な代物だ。

発信者と受信者がどのように価値づけを行うか――情報戦に挑む者は、常に正しく把握しておかねばならない。

価値づけを行う情報は特定の個人や集団の利益を得るために、作為的に操作することも可能なのだから。


女王側は頭ごなしに庶民に命令、こちら側は頭を下げて庶民に理解を求めている。


どれほどビラを配っても、誰も見なければただのゴミだ。だが、人の噂には戸は立てられない。

そういった話題作りは、あの男の独壇場だ。報告を聞いたところによると、この街全体を精力的に回っているらしい。

動きを見せれば敵側にも察知されかねないが、立ち回りはうまくやるだろう。俺は何の心配もしていない。

信頼しているからではなく、あいつが捕まったらそれはそれで俺の人生も少しは穏やかになるからだ。


……まあ、あいつが敵に捕まるとは思えないけど。予想外な男、女王には同情するしかない。


「ここまでは予想通り。敵側の策を未然に防ぎ、放送も順調に行っている。
氷室さんの事務能力は大したものだ。おかげで、情報分析や考察がやり易い。片手間で指令は出せないからな……」


 内助の功と言うと迷惑かもしれないが、氷室さんには本当に助けられている。

カスミや葵のように表立って行動する力は無くとも、内部での働きを支える功績は素晴らしいものだ。

俺の言いなりになるのではなく、状況を読み取って最善な行動を取ってくれる。

痒い所に手が届く――彼女なら良い奥さんになりそうだった。自分で言っていて恥ずかしくなるけど。


「そして、アリス・ウォン・マリーネット。この放送の主演女優は彼女。
普段は天真爛漫な女の子だけど、カメラの前では――王族としての資質と、あの娘に備わる気品。
視聴率を生み出している、最大の要素だな」


 俺達王女派と、女王派の情報戦。港町を巻き込む激しい論争の勝敗を分けているのは、美しいお姫様だった。

放送を見ている視聴者に媚を売らず、民の前で傲慢に君臨せず。王女と少女の顔を使い分けて、無粋な放送を彩っている。

人前に出るには若すぎる年齢でありながら、民に近く民の心を汲み取る姫君。

人々の信頼を得ているのは事件の闇の真実ではなく、表舞台で光を放つ王女様だった。

彼女の無邪気な笑顔と、人々を思う確かな気持ちが、人々の心を掴んでいる。

小癪な情報操作など、必要ないのかもしれない――実の娘でありながら、アリスの存在を消そうとする女王の懸念が此処にあった。


俺のテレビジョン放送と、仲間達の懸命な努力。そして、アリスの存在。


この戦争は俺達に有利に進んでいる。一国の女王が相手でも、決して引けを取らない。状況を見誤らなければ、勝利は掴める。

だからこそ、俺は気を引き締める。勝利の熱にのぼせず、敗北の要素を冷静に分析して事前に手を打つ。

想定を超えた行動に出られれば、こちらは終わりだ。たった一手先んじられただけで、状況は一気に悪化する。

俺達は犯罪者のレッテルを張られ、相手は国の正義を立てている。法の裁きでは、こちらが悪とされるのだ。

科学者が冷静さを失えば、終わりだ。常に考える、何か見過ごしていることは無いか?

情報の根絶や改竄は、徹底して防いでいる。漏洩は断じてありえない。

葵達が裏切る筈はないし、関係者各位にも緘口令を敷いている。彼らにしても、事が明るみに出れば立場が悪くなる。


後、敵に出られて困る手は一つ。それは――


「おい、坊主! やべえぞ!?」

「船長……? どうしたんですか、突然?」

「呑気な顔している場合じゃねえ!

役人共が、この船を強制捜査すると言って来やがったんだ!」


 ――情報そのものの、破壊。

情報の発信者を特定して、情報の消滅や破壊を行使する。放送ではなく、放送を行う人間を殺して。

情報操作を防ぐ、一番確実なやり方。自分たちの都合の悪い情報を隠匿出来る、最善。


権力の魔の手が、迫っていた。














































<第五章 その27に続く>






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