Ground over 第五章 水浜の晴嵐 その24 効果






 ステファニア王女誘拐、この事件における厄介な点は民衆が敵に回った事だった。

ルーチャア村の盗賊襲撃にラエリヤ町の長雨事件、渡河でのモンスター退治。その全てにおいて、俺達は支持される側だった。

どれほど苦しい戦いを強いられても、応援してくれる誰かがいた。励ましてくれる人達がいた。

異邦人である俺達が今日まで生きてこれたのも、人の情によるところが大きい。

ただの学生が見知らぬ大地で、何の援助もなく生きていける筈がない。

もし常に追われる立場に立たされていたら、正気を保つのも難しかっただろう。今更ながらにそう思う。


――だからこそ、この手を打った。


「ステファニア王国における不安定な世情は、私も耳にしております。ですが、まさか王妃がそのような謀略を行っていたとは――
貴重な御話をお聞かせ下さって感謝しておりますが、宜しかったのでしょうか?」


 マスメディアによる、世論操作。既存の情報公開ルートを経由せずに、直接的な情報発信を行う事で真実の強化を行う。

愛娘抹殺を図る王妃側が、俺達に仕掛けた罠。

異世界の常識と王族の権力を駆使して情報操作、娘の抹殺と俺の冤罪を仕立てあげようとする策。

俺はそれを日本の常識と、化学の技術力で対抗したまでである。

科学者と王妃による情報戦――魔法が蔓延する異世界と、科学が成立する地球。どちらが上か、世間が評価する。


「はい、覚悟を決めてこの場に席を置かせて頂いております」


 王妃によって世論そのものが権力者の支配の道具となり、真実を歪曲し自分達の都合のいいように誘導している。

世論を正さない限り、俺達に勝利はあり得ない。かといって、国民を正しき道へ導く必要はない。

政治を立て直すのは政治家の仕事、俺達に出来るのは白い翼の似合う友達を助けるだけである。


ステファニアの第一王女であるアリス・ウォン・マリーネットも、決断している。


「国家の恥部とも言うべき所業で、これ以上民を惑わす事があってはなりません」

「――力強い御言葉、きっと姫君の母国にも響いた事でしょう。では、ここで一度CMを挟みます。
本日、この放送を皆様にお送りする事が出来ましたのは、この方々の御提供あっての事です。皆様、今後ともどうぞ御贔屓に願います」


 港町セージのみの放送とはいえ、学生レベルの俺達が街全域に流す力も資金もない。どうしても、協力者が不可欠だった。

街全体の指名手配による潜伏後、作戦を立案しながらも即座に行動に移せなかった理由でもある。水面下で協力を募る必要があった。

テレビジョン放送番組の制作には、スポンサーからの援助が必要となる。

俺が立案・制作した番組を実現可能な企画に仕上げて、スポンサーになってもらうべく各方面へ持ちかけるのである。

これは科学者にとっても必須の作業――自分の研究成果を認めて貰わなければ、次へと進めない。技術革新は独力では決してなし得ない。

作戦を立てた当初から、自分の役目と決めていた。学生だからと、自分を甘やかすつもりはない。責任を持って、行動に出る。


俺が第一に自分の技術を売り込んだスポンサーは――この町を成立させている、港区である。


『セージ港観光遊覧船のご案内! 港を船で一周なのですよ〜!』

『港の巨大さを体感出来るのですね、すてき〜』


 俺達を匿ってくれた船長のツテを頼り、俺はセージ港を支える組合や企業関連に自分の企画を売り込んだ。

指名手配されている俺と誘拐されている姫君からの提案、危ない話を渡るどころの話ではない。通報されても不思議ではない。

テレビジョン放送は地球では当然のように成立しているが、異世界では荒唐無稽な話なのである。

まして犯罪者からの提案を、誰が受け入れようか――

だからこそ、挑む価値はある。スポンサーの一人も満足に交渉出来ず、この町の人達の説得なぞ出来る筈がない。

相手は国家、国を支配する権力者なのだ。情報操作もお手の物、学生の俺が勝つには自分の技術を武器にしてのし上がるしかない。

俺は自分の持つ技術を元に、マスメディアの大いなる利点と影響力を時間をかけて説明し、協力を申し出た。

自分の番組を売り込みたいスポンサー、番組を視聴したい視聴者、そして制作側の俺達。三者三様で成立する、夢の企画――

視聴者の視点に立ち、視聴者が見たいもの、聞きたいもの、求めているものを、この異世界にはない新しいCMの仕組みを説明した。

俺にとって幸運であり必然だったのは、セージ港が長らく閉鎖していた事。

対岸の町での長雨の被害が、セージにも大きなイメージダウンをもたらしていた。

開港したばかりでは、船を利用する側も不安は当然ある。

まして、俺達が乗っていた結晶船もモンスターの襲撃にあったのだ。その事実は、当然広まっている。

テレビジョン放送によるイメージアップ戦略は、彼らにとっても喉から手が出るほど必要不可欠なものだった。

長雨からの開放やモンスター退治を行った俺からの提案ともなれば、彼らも熱意で応えてくれる。勝算は十分にあった。

そして、この日が実現した。


――可憐な妖精のキキョウと愛らしき姫君アリスが、広大な船を背景に羽を広げている映像。


長雨とモンスター襲撃による不吉なイメージを覆す、絶景。美少女達の微笑みが、重苦しい暗雲を吹き飛ばす。

監修を行った俺も見惚れるコマーシャル、人々の目にどう映るのか想像に難くない。

当然王妃側にも協力者どころか、俺達の潜伏先もばれるが、全ては後の祭り。放送システムは既に成立し、世間に真実は広まっている。

ステファニア王国ならば握り潰される危険があったが、あくまで此処は港町セージ。港側の影響力は大きい。

そして港側からこの町の教会や案内所へ、既に話は伝わっている。冒険者や傭兵は静観、役人達も簡単に手出し出来ない。


後はどちらが真実か――世間の皆様に正しく判断してもらおうではないか、王妃様。















 結晶船は客船、その甲板には大河を望める展望台としての役割がある。

その為雄大な景色を損なうものは置かれず、甲板は広々としたスペースが保たれている。

足を休めるためのベンチ以外特に何もないが、仲間達が集うには丁度良い広さであった――


「何とか無事に放送は終わったな。ここ最近堅苦しい敬語ばかり喋っている気がする」

「うふふ〜、カッコ良かったよおにーちゃん。アリスもお姫様っぽかったでしょう?」

「その発言がなければ見直していたかもしれないけどな」

「も〜、キョウスケは本当に意地悪なんだから!」


 甲板はベンチから手すりの位置まで、船から見える景色の邪魔にならないように計算されている。

港側からの正式な協力を得て、俺達は結晶船を隠れ家として今も過ごしている。

時刻は夜、一世一代の作戦決行を終えて俺達はようやく肩の荷を下ろしていた。

特に王国の姫君のアリスはこの作戦の最重要人物、少女にとっては己の人生をかけた最初の戦いでもあった。

無事終わる事が出来て、お姫様は年相応の可愛らしい表情を見せている。


「友の素晴らしき放送を、一部始終見せて貰ったぞ。DVD録画出来なかったのが、心残りでならない。
歴史に残る一シーンだというのに惜しい事をした」

「思い出に残るのも嫌だよ、俺は。思い出すだけでも恥ずかしい」


 葵は感嘆しているが、健やかな研究暮らしを望む俺には赤面ものである。

作戦決行時は覚悟を決めて堂々としていたが、終わってしまえば恥ずかしさばかりが残る。

テレビの世界で生きるスター達の苦労が少し分かった気がする。段取りだけでも大変な労力だった。


「テレビジョン放送、と言ったか――まさか本当に実現するとは。説明は何度も受けたが、正直またよく理解出来ていない」

「スポンサーにも説明する必要があったからな。聞き手役に、カスミは最適だったよ。
子供でも分かる簡単な説明図を用意したのに、首を傾げられてばかりだったからな」

「お前の話す専門用語の殆どが意味不明だ……よく説得出来たものだ。想像するだけで、今でも頭が痛い」


 異世界の冒険者、カスミ。この町の各主要組織への根回しの他に、テレビジョン概念の聞き手も担当して貰った。

俺や葵、氷室さんは毎日テレビを見ていてニュアンスで理解出来ているが、科学も知らない異世界の住民達には未知の領域である。

俺達にとって、この世界の術″がそうであるように。

俺も俺でテレビジョンに関して、全て理解出来ている訳ではない。テレビはスイッチを入れるだけで見れる。

頭の中で整理して他者に伝える意味でも、聞き手役であるカスミの存在は貴重だった。


「コマーシャルはいかがでしたか、キョウスケ様! 少しはお手伝い出来ましたでしょうか?」

「イメージアップにはなったと思うが、今後次第だな。俺達が悪と断定されれば、匿った港区の連中も危うい。
港町全体のイメージも当然悪くなるから、戦いはむしろこれからだ。頼むぞ」

「はいです! 精一杯ニコニコさせていただきます!」


 お前が怒った顔をしているところを見た事がないよ、俺は。ニコニコ顔か泣き顔ばかりで、たまには違う表情をしてみろ。

妖精はこの異世界でも珍しい存在、その愛らしい容姿はどんな人間も魅了する。

CMのマスコットとして大抜擢したが、効果は絶大だったであろう。これでこければ、イメージ戦略を立てた俺の責任だ。


「――今後、どのように進めていきますか?」


 最初のテレビ放送を終えて一息吐く俺達に向けて、大学のアイドルが静かに問いを投げかける。

束の間の安息に無粋な質問かもしれないが、現実を見つめるのも大切だ。

俺は気を引き締め直して、全員に向けて号令を発する。


「賽は投げられた、俺達にもう引き返す道はない。人々に真実を見せただけで、安心するのは早い。
敵が動き出す前に、次の行動に出る」


 このテレビジョン放送で、敵側も同じく気を引き締めているだろう。認識を改めて、全力で狩りに出るのは間違いない。

そうなると、次に予想される行動は――


地球の科学者と異世界の王妃、戦いは本格的に開始した。














































<第五章 その25に続く>






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