Ground over 第五章 水浜の晴嵐 その22 本部






 白雪姫、継母に虐められた美しい姫君が王子様に救われて幸せになる物語。

幼い頃誰でも一度は読むであろう有名な童話。あの物語で子供が感動出来る場面は何処だろう?

美男子の王子との結婚式か、幾度となく死から逃れた姫の幸運か、姫を虐めた継母が報いに遭う瞬間か――

時代を経て、移り変わって来た物語。登場人物達は子供達の夢に踊らされて、様々な変遷を経た。


俺達と童話と同じなのは――7人の小さな友人達が、愛らしい姫君を助けたという事である。















「電気屋の一つもないのか、この世界は! 部品一つ製造するだけで手間がかかる。
"ビジョン"の発注はカスミに頼むとして、代用品はこの世界の人間に問い合わせていくしかないか……
本当は実験もしたいけど、費用も場所も人手も時間も足りない」


 貧乏学者の悩みの種だな、何時の世も。何処の世界でも。

知識がどれほどあっても形に出来なければ夢想でしかない。

後世に名を残した偉大な科学者達も先進的なアイデアをなかなか形に出来ず、変人扱いされている。

成果の出ない研究にスポンサーはつかない。当然だが自分の人生がかかっているだけに尚更悔しかった。

手持ちの材料と安上がりな資材だけで賄うしかないが、手間暇が増えるし改良の余地がある。


「楽しそうですね、天城さん」

「……そう見えるかな?」

「はい」


 俺達は現在、本作戦の下準備に入っている。氷室さんは今俺の助手として働いてくれていた。

他の仲間達もそれぞれ一つの方針に従って動いており、己が役割を果たしている。

指名手配犯となって動けない俺は隠れ家である結晶船に留まり、必死で作業中だ。

結晶船は現在停泊中、役人達による強制捜査はまだ行われていない。


一国の王女が白昼堂々と誘拐――街は完全に包囲されている。


作戦開始から十日以上も経つが、俺自身は全く身動き一つ取れない。

蟻一匹逃さない包囲網は徐々に縮まり、逃げ続ける俺達を動けなくしていく。

船の出港も当然警戒されており、乗降する客は一人一人見張られていた。

折角の復航もこの警戒では客も遠のいてしまい、運航側と街の役人達との間で衝突が起きてしまっている。

俺達は本当に間一髪だった。あの時船に乗り込まなければ、逃げ場を失って捕縛されていた。

停泊する船も港が警戒されている以上巨大な檻も同然だが、船長の好意によって隠れ蓑となっている。

港町では運航側の発言力は強い、そう易々と踏み込まれたりはしないだろう。

――予断を許さない状況ではあるが。


「緊張はしているよ。俺の立てた作戦も完璧な下準備が出来ても、成功する確率は100%じゃない。
ただどうあれ、全力を尽くした結果は出る。それが不謹慎だけど……楽しみでもあるかな。

本当に御免ね、氷室さんを巻き込んでおいて」

「……私の事は気にしないで下さい」


 自分や仲間達、そして愛らしいお姫様。大事な人間達の命運をかけた作戦を前に、俺は不謹慎な充実感を感じていた。

葵のように冒険を楽しむドキドキ感はないが、自分の持つ知識と技術が道を開くと思うと胸が震える。

失敗すれば破滅だと分かっていても怯えず、胸の高鳴りが前へ進む力を与えてくれる。

これは国家の陰謀すら飲み込む、科学の実験――成功でも失敗でも、その結果を見届けられれば本望だ。


「――天城さんや皆瀬さんは凄いですね」

「ど、どうしたの、急に……?」

「私が御二人の立場に立たされれば……怯えているだけだと思います。
怖い人達に追われて、自分とは無関係なところで事態が変わる一方――他人が信じられなくなるでしょう。
なのに皆瀬さんも天城さんも在りのままで、あの子に手を差し伸べようとしている」

「……」


 作業の手を止めて、俺は氷室さんを見つめる。黒曜の瞳が綺麗に俺を映し出していた。

俺や葵の通う大学のアイドル――召喚された異世界でも彼女ほど綺麗な女性は見つけられない。

流麗な黒い髪に切れ長の瞳、物静かで落ち着いた物腰。絶世の美女とは彼女のような存在を指すのだろう。

そんな女性に尊敬されて舞い上がらない男性がいない。


「氷室さんのおかげでもあるんだよ」

「私、ですか……?」

「うん。理由は出来れば聞かないで欲しい、ちょっと恥ずかしいから」


 大学時代憧れていた女性の前でカッコつけている、などと真顔で言えるなら彼女の一人くらい出来ている。

科学の道を追求すると誓った身だが、男を捨てたつもりはない。

彼女の真剣な双眸に見つめられ、俺は在りのままではとてもいられなかった。

我ながら見惚れるほど手先は器用なのだが、性格と一致する訳ではない。

男として情けないのだが、今は科学に邁進するのみである。


「氷室さん、計算を頼む。電卓もないから面倒だけど、正確に」

「はい。――出来ました」

「早っ!?」


 氷室さんを助手にしたのは、やましい気持ちがあっての事ではない。彼女の聡明な頭脳を頼りにしているからだ。

知識は勉強すれば補えるが、頭脳は人間の出来栄えで左右される。

才能と努力、凡人と天才――人間とは決して、平等な生き物ではない。

その分個性が出来るから面白いのだと悟ったのは、



「友よ、今帰ったぞ。待たせてすまなかったな、もう安心だ。我輩が帰って来たからな」

「念押しされると、不安ばかりが増すわ!」



 馬鹿でも清々しく生きる腐れ縁の存在あっての事である。

港は現在役人達による厳重警戒がなされているのに、平然と行き来出来る不思議な行動力。

だからこその任務なのだが、顔を晒していないとはいえ公然の場で堂々と王女誘拐犯を庇った男の態度とは思えない。

こいつを見ていると、閉じ困って作業する自分が情けなく思えてしまう。研究は楽しいのに。


「種は蒔いておいたぞ。畑を見る限りでは、思いがけず早く芽吹きそうだ。
友の勇敢な行動で街中が今緊張状態にあり、人々の心も不安に揺れ動いている。付け入る隙はあった。

キキョウちゃんや御姫様はどうだ?」

「あの幼虫はともかく、あの小悪魔は流石の一言だな。当日を迎えても問題はない」

「カスミ殿も良い返事を頂けた様だ。
役人達も公然の場での誘拐騒動に面目丸潰れでピリピリしているが、王妃の横暴な介入には不満が出ている」

「我ながら勇敢というより、無謀極まりない行動だったんだけどな――何故褒められているのだろうな、俺」

「……天城さんは御立派だと思います」


   大学のアイドルからの賞賛も、葵が絡むと皮肉に聞こえてしまう。何という、嫌な効果。

複雑な心境だが、街中ではもっと不穏な空気が蔓延しているようだ。簡単に想像出来るが、実際に耳にすれば実感が沸く。

余所者だと不要な警戒を招いてしまうだろうに、葵は簡単に接触出来たらしい。

無害に見えるのか、御気楽に見えるのか――元の世界でも常識外の行動ばかり取っているのに、何故か嫌われないのだ。

英雄としての素質なのだとすれば、過去の偉人達が嘆きそうだ。


「ともあれ、ご苦労だった。そんな頼れる君に頼み事がある」

「任せておけ、友よ。期待以上の成果で応えて見せようではないか」

「流石だぜ、我が親友よ。お前になら安心して、これを託せる!」

「当然だ! なになに――何だ、この代用品リストというのは?」

「手持ちの道具では限界がある。今から街中を駆けずり回って、代用出来そうな部品を探して来てくれ」

「それは……俗に言うお使いというのではないのか!?」

「氷室さん、一言どうぞ」

「……皆瀬さんは御立派だと思います」

「聡明かつお美しい氷室女史にまで期待されているとあらば、ジッとしてなどおられまい。
すまない、友よ。再会の挨拶を交わしたばかりだというのに、我輩はまた往かなければならない。

待っていてくれ。話の続きは我輩が無事戻ったその時に話そう」

「……死にそうな台詞を吐いているのに、死なないのがお前なんだよな……」

「はっはっは、我輩は不死身だ。この世界で友と共に名を残すまでは死ねん」

「分かったから、早く行け」


 頼もしい言葉に見えて、人を思いっきり巻き込んでいる親友を追い出す。

代用品リストの中には明らかに地球でしか販売されていなさそうな品もあるのだが、葵なら見つけてくれるだろう。

俺も俺で改造・改良を行うので、必ずしも無駄ではない。

部品が正式に届くまでは、今の作業にも限界がある。出来る事から進めた方がいいな。


「氷室さん、この紙に書かれた内容を検証してほしい。恐らく可能だと思うけど、実験する時間がない。
同じ大学で学ぶ者として、意見を聞きたい。その間、俺は出かけてくる」

「分かりました。お勤め、頑張って下さい」


 簡素だが、心の籠もった言葉。感情を表に出さない女性が、心優しい人なのだ。

仲間達には作戦の概要を通じてそれぞれの役目を――俺自身の役目を説明している。

自分で動けない分他人任せな面は多いが、逆に作戦を立てた自分だけにしか出来ない役割がある。

科学者の役割ではないが、科学に通じる工程の一つ。決して疎かには出来なかった。


「研究の成果とスポンサーの関心――科学者を名乗るからには、この相克を成立させなければならない」


 さて、往くとするか。

奇しくも葵と同じ言葉を己が心で宣告して、俺は研究資料を武器に立ち向かう。

全員、見事に役目を果たしてくれた。後は俺だけだ――















「鏡や、鏡。壁にかかっている鏡よ。
 国じゅうで、だれがいちばんうつくしいか、いっておくれ」

「女王さま、ここでは、あなたがいちばんうつくしい。


 けれども、いくつも山こした、
 七人の小人の家にいる白雪姫は、
 まだ千ばいもうつくしい。」


 王妃よ、貴女はとても美しい。自分の国の中では一番、誰も貴女に勝てるものはいない。

けれども――小人と共にいる姫君は、貴女よりも美しい。

貴女は姫君を必ず殺しに来る。童話が証明している。


俺達と童話が違うのは――姫君を一人にはしないということだ。


こちらの準備は着々と整っている。すぐに御覧にいれよう。

わるい王妃の悲劇の舞台、『ごこんれいの式』へと――














































<第五章 その23に続く>






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