Ground over 第三章 -水神の巫女様- その20 快晴




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雲一つ無い空―――

真っ白に染まった天空は光を消し去り、その姿を見せる。

長きに渡って閉じ込められた鬱憤を晴らすかのように、空は何処までも高く遠い。

東の彼方より照らされる仄かな陽の光が、今日の天気を祝ってくれているかのように見えた。

見つめる人々は絶句―――

当然だろう。

彼らは今、まさに奇跡を目の当たりにしたのだから。

・・・自分で言うのも照れ臭いが。


「・・・・・・・」


 本日の天気は快晴。

雨続きだった天候も今日で終わり、朝の空気が清々しく感じられる。

身体中濡れているが、不思議と拭き取る気にはならない。

今日ばかりは陽射しを浴びて、乾燥させたい気分だった。


「―――終わったな、友よ」

「ああ、無事成功だ」


 感慨深げなのか、葵もこの瞬間だけは静かだった。

どうせ後で騒ぎ立てるだろうが、今は何も言わずお互いに達成感を分かち合う。


「やはり友は我輩が見込んだ男だ。見事だった」

「は、恥かしい事をさらっと言うな」

「事実だ。カスミ殿を見ろ。
冷静沈着な彼女があのように茫然自失している」


 おお、本当だ。

ロケットが打ち上げられた空を、カスミは民衆と同じく見上げている。

大人びた女冒険者は消し去って、初めて世界を知った幼子のような素顔を見せていた。

それが自分の行った成果だと思うと誇らしくなる。


「・・・終わりましたね」

「氷室さん」


 何時の間に来たのか、氷室さんが隣に立っていた。

・・・正直に言おう、照れ臭い。非常に照れ臭い。

大学ではただ遠くから見るだけだったアイドルが、こうして身近にいるんだ。

緊張しない方がおかしい。

女性関係に縁がなかった俺には、隣に立たれるだけで落ち着かなくなる。


「・・・気持ちが良いものですね」


 それが晴々とした空か、この町を救えた事による充実感によるものかは分からない。

もしかすると、その全てかもしれない。


「・・・そうだね」


 それ以上、俺も言える事はない。

そのまま二人して上を見上げ、心地良い余韻を味わう。

不思議と、緊張が薄れていくのを感じた。


「・・・・あの」

「どうしたの?」


 何とはなしに聞き返す俺に、氷室さんはぽつりと言った。


「・・・キキョウさん・・・降りてきませんね・・・」


 ・・・・・・・・。


「そうだっ!?あいつ!?」


 思っていたより遥かに作戦がうまくいって、浮かれ過ぎてた!?

慌てて上空を見上げるが、あいつが飛んでくる様子は全くない。

彼方此方天を仰ぎ見て探すが、何しろあの馬鹿は小さい。

大海に浮かぶ小石の如く、発見するのは非常に困難だった。


「まさか飛ばされたんじゃないだろうな、あいつ・・・」


 何しろ広範囲に及んでいた雨雲を一気に吹き飛ばす威力だ。

あんな小さな身体じゃ、羽があっても焼け石に水だろう。

上空で発生した気流に流されたか、爆発に巻き込まれたか―――

危惧していた事態とはいえ、俺は・・・・・





『わたし、頑張りますから!』





 ・・・・ふざけるな。

ここまでやったんだ、ハッピーエンドで終わらなければ嘘だ。

嫌な現実を拒絶し、俺は仲間の元へと走った。


「葵、カスミ!キキョウが―――『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!』」


 おわっ!?な、何だ!?

―――と、思う暇もなかった。

遠回しに見物していた観客が津波となって、こちらへ押し寄せてくる。

しまった、ショックが解けたか!?

たちまち、俺達はもみくちゃにされた。





「すごいじゃないか、あんた方!」
「ありがたや、ありがたや・・・・」
「本当に何とお礼を言っていいか―――」
「こんな若いのに大したもんだ!」
「どのような奇跡なのですか、あれは!」
「そのご高名をぜひ―――」


 と、とりあえずどけ、あんたら!

返事はおろか、抵抗する事も出来ずに人並みに飲まれていく。

思っていたより、大勢の人間が集まっていたらしい。

ちやほやされるのは悪くはないが、今はキキョウを探さなければいけない。

とはいえ、こんな大人数を掻き分けていくのは不可能だ。

くそう、どうするか・・・・・うおっ!?

まごまごしていた俺の腕を誰かが掴んで、思いっきり引き寄せる。


「京介、ここは私が引き受ける」

「カスミ・・・・?」


 蒼い髪が頬を撫でる。

すぐ傍まで引き寄せられたんだと知り、内心動揺してあがってしまった。

周囲の声も聞こえない―――


「キキョウを探しにいくのだろう?行ってやれ」

「お、お前・・・・」

「―――私はお前に雇われている。これも仕事の内だ」


 照れ隠しなのか、そう言って視線をそらす。

頬が若干赤くなっているのが少し可愛かった。

どういう手品なのか、カスミは人ごみをあっさり抜けて俺を騒ぎの外へと連れ出してくれた。

俺は頼むと一言言い、


「見つけたら戻る。そっちは頼んだ」

「分かった―――とはいえ、私の出番はなさそうだ。
お前の相棒が頑張っているようだからな」


 うわ、葵の奴思いっきり中央で演説してやがる。

氷室さんは氷室さんで、すっかり巫女様扱いされて拝まれてる。

あ、困ってる困ってる・・・・

俺は苦笑して手を振り、その場から離れた。


 










 望遠鏡でもあればいいんだけどな・・・などと思ってみる。

詮無き事だが、悲観的な思考にあると無い物ねだりを繰り返す。

必死で見ながら、俺は町周辺の空を探し回った。

地面に落下した可能性があるが――――探したくはなかった。

大空の彼方から地面に落ちればどうなるか、分からない俺じゃない。


「・・・キキョウ・・・・」


 見つからない・・・・・見つからない・・・・


「キキョウ・・・・・キキョウ・・・・・」


 洒落にならない。

絶対に、許さない。

このまま消えるなんて・・・・許さない。



「キキョウ!キキョウッ!!」



 叫んでも仕方がないのは分かってる。

空の上に居るのなら、聞こえる訳がない。

でも――――


「返事しろ!!キキョウ、キキョウーーーー!!!!」


 すると―――





「あぅ・・・・」





 途端―――全力で視線を全方位に向ける。

空耳じゃない、絶対にない!

上、下、右、左、斜め右・左・・・・・


「いた!おい、キキョウ!!」

「うう・・・ぐるぐるれすぅ・・・・」


 舗装された道に連なる建物の二階―――

窓の上から伸びる屋根の片隅に引っ掛かって、キキョウは目を回して倒れていた。

爆風に流されて翻弄され、ゆるゆると落下したのだろう。

大きな怪我がない所を見ると風がうまくブレーキになったか、自力で何とか飛べたのか。

まあ何にせよ―――


「・・・手間の掛かる奴」


 その時、初めて喉を痛めているのに気付いた。

























<第四章 水神の巫女様 その21に続く>

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