Ground over 第三章 -水神の巫女様- その10 食事




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 俺達は目の前に広がっている光景に、揃いも揃って唖然としていた。

食事が出来たとの事で、こうして食堂へとやって来たのだが・・・・


「め、目の錯覚かな?」


 視界に飛び込んでくる光景が信じられず、俺は何度も目を擦る。

幻だったらこれで消える筈だが、現実だと主張せんばかりに何度擦っても消えなかった。

俺は目を擦るのを止めて、首を傾げる。

何か考えていないと、冷静に受け止められそうにない。


「そ、そうか!俺達部屋を間違えたのだな!
はっはっは、俺とした事がお茶目な間違いをしてしまったぜ」

「昨日もここで食事を頂いたではないか、友よ」


 自分を納得させようとする俺に、冷静な指摘をする葵。

すっかりいつもととは逆のパターンになってしまっていた。

が、目の前のこれを見て冷静でいられる奴は少ないと思う。

俺の胸の内の言い訳を肯定するように、俺の肩に(何時の間にか)止まっているキキョウが感嘆した声をあげる。


「すごいですねぇ〜、すごく美味しそうですぅ」


 食堂のど真ん中に置かれているテーブル。

十人以上との食事が出来る木製の立派なテーブルの上には、所狭しと料理が並んでいた。

湯気の立つ温かいスープに新鮮な野菜の幸。

勿論栄養満点の肉料理も丁寧に調理されて、食欲をそそる香りを漂わせている。

真ん中には贅沢にもフルーツ類が置かれており、中には見た事のない形をした果物もある。

果物なのか?と具体的に聞かれたら困るが。

ただ、昨日の食事とは雲泥の差の豪華料理である事に変わりはない。

料理の質もそうだが量もかなりあり、俺達四人と一匹では全部食べきれるかどうか疑問だ。

どうしたんだろう、この料理?

奥さんが作りすぎたにしては、量が半端ではない。


「一人増えた事は既に伝えたにしても圧巻だな、これは」


 さすがのカスミも予想外だったのか、テーブル上を見て目を丸くしている。

おや?


「これ、お前知らなかったのか?」

「私はただ食事が出来たと聞いただけだ」


 とすると奥さんか、あるいは町長さんが俺達に内緒で用意した事になる。

一体何故・・・・

そこまで考えて、俺ははっと気づいた。


「氷室さんか!」

「・・・なるほど。
町長殿は氷室女史に水神を見ているからな。
我々同様、彼女も町の期待の的だな」


 俺は期待なんてされたくないんだけどな・・・・

並ぶ料理の数々を見回して、俺は盛大に溜息をついた。

氷室さんをこの世界に召還したのは今日の朝から昼にかけての事。

その後町長さんの家に行った時間を計算すると、この料理はほんの数時間足らずで作り上げた事になる。

余程熱心に、材料から何から揃えるには材料費と料理の腕と努力が必要だ。

気を利かせてか、ここにはいない町長さんや奥さんの過度な期待が見えて俺は胃が痛くなりそうだった。

ここまでされると、もう解決出来ないでは済まされない。

まあ、この料理を食べきるだけでも別の意味で胃は痛くなりそうだけど。


「やれやれ、今後が大変そうだな。
今更氷室さんが他所の世界から来たただの一般人とは言えないし・・・・
あれ、氷室さんは?」


 俺の隣にいた氷室さんがいない。

一緒に来た・・・・よな?

不安に襲われた俺は慌てて周りを探していると、


「・・・座らないのですか・・・・」

「ってもう座ってるし!?」


 いつのまにかちゃっかり氷室さんはテーブル席の一つに腰掛けていた。

さっき料理を見た時はいなかったのに!?

俺が目を奪われている隙に座ったのだろうけど、この人本当にマイペースだな・・・


「さて、食事だ。腹も空いたからな」

「わ〜い、ご飯ですぅ〜♪」


 葵やキキョウは驚きも冷めたのか、氷室さんと同じく席に座る。

ほっておけば、このまま食べそうなほどの勢いだ。

少しは遠慮とか躊躇とかいう言葉を知らんのか、こいつら!?


「・・・聞くが、お前の世界の住民は皆こうなのか?」

「・・・そうじゃないと否定できなくなりそうだよ、俺・・・」

 カスミの皮肉に、俺は額を抑えた。
















 盛大に用意された料理は驚いたのは事実だが、美味しかったのも事実である。

大雨の中での一連の事件で心身共に疲れていた俺だが、料理を口にした途端猛烈に食欲がわいてきた。

美味しさも手伝ってか、俺は小皿に盛り付けては料理を存分に堪能した。

周りの面々も同じなのか、ほぼ無言で食事に没頭している。

葵とキキョウは残った肉一切れを賭けて、掴み合いという品のない争いをしている。

町長さんや奥さんがいなくて正解だったな。

二人が見ていたら恥をかくところだった。

全く、少しは氷室さんの食べ方を見習ってもらいたいものだ。

氷室さんは見栄えにそぐわず、上品で落ち着いた食べ方をしており、やや物珍しそうにだが一つ一つ丁寧に口に運んでいる。

一時はどうなることかと思ったが、食事が出来るのなら安心だろう。

元の世界に直ぐには戻れないと知った時の氷室のショックを危惧したのだが、俺の杞憂だったようだ。

見ている限り、彼女は取り乱す素振りもなく何事もなさそうにしている。

俺は安心して、自分の食事に専念した。

そして全部とまでは言わないが大方平らげて、皆満ち足りた表情を浮かべている。

俺はコーヒーを一口飲む。


「ふう・・・・ようやく落ち着いたな・・・」


 俺はカップを傾けているカスミに視線を向け、話し掛けた。


「カスミにはまだちゃんと紹介してなかったな。
向こうでの知り合い・・・でもないから、顔見知りの氷室 巴さんだ。
俺達の旅に同行することになった」


 経緯を知っているので簡単に紹介すると、カスミも落ち着いた様子で氷室さんに目を向ける。


「カスミ=メルレイトだ。この者達の旅の護衛をしている」


 簡単な紹介だが、それでもカスミは穏やかな表情で挨拶をする。

俺達との初対面とは違って友好的な接し方だ。

あの時は胸倉を掴まれたからな・・・・・

初対面でかつ別世界の住民であるにもかかわらず警戒心を抱かないのは、俺達と同郷だからかもしれない。

そうであってくれると、信用されているようで嬉しいのだが。

カスミを見つつ何とはなしに考えていると、ふと氷室さんの様子が変なのに気がつく。

表情こそ平然としたままだが、話し掛けられているのに答えずにただじっとカスミを見ている。

しばし注視した様子だが、やがて俺の方に何か訴えかけるような目を向けた。


「?どうしたの、氷室さん」


 視線の意味が分からず、俺は戸惑う。

氷室さんは少し考え込み、視線をそのままにぽつりと言った。


「・・・この方は何と仰っているのですか?・・・」

「へ?」

「・・・何と・・・仰っているのですか?・・・」

「い、いや、そのままの意味で挨拶しているんだと思うよ」


 何をそんなに困る事があるのだろう?

別に青い髪とか、違う世界の人間だからと警戒している訳でもなさそうだ。


「友よ」

「何だよ、葵」


 今だにもぐもぐ食べながら、葵は自分の腕を掲げる。


「氷室女史はカスミ殿の言葉が分からないのではないか?」

「あ、トランスレーターがなかったか」


 この世界に来て一ヶ月以上も過ぎ、すっかり忘れていた。

葵の腕、そして俺の腕に装着されている『トランスレーター』。

この装置がないと、氷室さんも当然俺達だってカスミの言葉が理解できない。

カスミも装備していればいいのに・・・・

俺は慌てて翻訳する。


「『自分はカスミ=メルレイトという名前で、俺達の旅を護衛をしている者だ』って言っているよ」


 ようやく納得したのか、氷室さんはわざわざ立ち上がって頭を下げた。


「・・・氷室 巴と申します。どうぞ宜しくお願い致します・・・」

「・・・だって」


 俺がそれぞれに通訳すると、カスミは微笑で氷室さんに答える。

氷室さんも表情が少し和んでいるように見えた。

二人の様子にほのぼのとした雰囲気を感じていると、カスミが不意に俺を見て言う。


「礼儀正しい人だな。お前達と同類とは思えない」

「やかましい!育ちの違いだ!」


 氷室さんと同列なのは彼女に失礼だが、葵と同列なのは俺に失礼だぞ!

間違えても、俺は葵とは違って一般人なんだ。

憤然と言い切り、俺は本題に入る。


「氷室さんが俺達と今後一緒に旅をするのに問題はないな?」

「勿論だ、友よ」

「賛成ですぅ!」

「ほっておく訳にはいくまい」


 心強い返答をもらい、俺は話を進める。


「いい返事だ。氷室さんを連れて皆でこのまま王都へ行こう。
が、だ」


 俺は嘆息して、自分でも判るほど気落ちした声で言う。


「その前にこの町の問題を何とかしないといけないんだよな・・・・」


 依頼はこの雨を止める事。

降り続ける雨を止めない限り、俺達はこの町で立ち往生する事になる。


「川の増水は依然続いている。このまま水位が上がれば、この町も河の底だ」

「それは分かっているけど、実際どうやって止めればいいんだ」


 カスミの問題指摘に、俺はたまらずうめいた。

唯一の可能性だった水神召還も失敗に終わった。


「もう一度水神を呼ぶ儀式をしてはどうだ?」

「馬鹿言え!一度失敗して、氷室さんを巻き込んでいるんだぞ!」


 俺は葵の案を即座に却下する。

成功すれば確かに事件解決の糸口だろう。

だが失敗すれば、それこそ巻き込んだ人間の人生すら狂わせかねない。


「別の手段で水神を呼ぶなり、怒りを静める方法を見つけないといけないという事だな」

「・・・結局それしかないか」


 カスミの意見に、俺は同意する。

この雨が水神の怒りにより引き起こされているのなら、怒りを静めれば雨を止められる。

問題はその方法だ。


「・・・あの・・・」

「ん?どうしたの、氷室さん」


 思考に思考を重ねていた頭を上げて、俺は氷室さんを促す。

彼女はどこか虚空を見つめつつ、小さい声で聞いてくる。


「・・・その水神さんが原因なのだとは分かりました・・・」

「そうそう、だから何とかして水神を呼び出す方法を・・・・」

「・・・私世情に疎く、申し訳ないのですが・・・」


 俺の言葉を遮って、氷室さんは淡々と述べる。


「・・・水神とはどういった存在なのでしょう・・?」

「・・・・」


 氷室さんの何気ない質問。

他愛のない問いだったのかもしれないが、俺は目から鱗が落ちた思いだった。

水神とか何か?どういう存在なのか?

俺は、何も知らない。

なら・・・・まずしなければいけない事がある。

ようやく、糸口が見つけられた気がした。




















<第四章 水神の巫女様 その11に続く>

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