Ground over 第三章 -水神の巫女様- その7 巫女




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光が消失し、辺りは収まっていく。

広場には雨降りし音が満たし、地面に雫が飛び跳ねてゆっくりと伝って流れていった。

キキョウの行った召還による人々の驚愕に満ちた叫び声や騒動も静まっており、一同は口を閉ざして呆然とただ一点を見つめていた。

広場の中央、俺達が囲む輪の中で雨にうたれたまま静かに立っている一人の女性を――


「氷室・・・・巴・・・・」


 自分でも無意識の内に出たその声は、信じられない程に掠れていた。

賑わっていた町民達はおろか、カスミ達も彼女に目を奪われている。

氷室 巴、俺と葵がいた世界の住民。

俺が通っていた大学に所属しており、時折授業で見かける程度の他人とも言える何もない関係の人間。

それでも大学内かおろか他の大学にも知れ渡っている学内のアイドル的存在で、俺には雲の上の女性だった。

その彼女が今、こうして目の前にいる。

俺は何度も目を擦ったが、彼女は幻のように消える事はなかった。

幻想のように現実感がないように思えるのは、彼女の醸し出す神秘的な雰囲気と着ている服のせいかもしれない。

大学では普通の洋服を着ていた筈なのに、今は漆黒のドレスを着ていた。

長いスカートは風に触れて揺れ、腰までの長い黒髪には雨が滴り落ちていた。

彼女は周りの人々を見渡し俺に目を止めた時、切れ長の瞳をやや見開かせる。

「・・・貴方は・・・大学の・・・・」

「え?あ・・・・・・!?」


 何をぼんやりしてるんだ、俺は!

ようやく正気に戻った俺はぶんぶん首を振って、落としていた腰を上げる。

雰囲気に飲まれて気づかなかったが、氷室さんは表情こそ冷静だったが瞳に戸惑いの色が浮かんでいた。

俺は慌てて彼女の傍に走り、傍に駆け寄る。


「・・・ここは・・・・どこなのですか・・・?私、どうして・・・・」

「と、とりあえずちょっと待ってくれ!状況を再確認するから」


 俺は彼女を落ち着かせるように、ポンポンと軽く肩を叩いて頭の中を整理する。 

俺達が今いる世界は認めたくはないが別の世界、すなわち地球ではない。
ひきかえ氷室さんは地球でいて、向こうでの生活を何事もなく送っている筈だ。

それなのに、どうして氷室さんがここにいるのか?

冷静になれば、一瞬で答えが分かる。

俺はフルフルと全身を震わせて、真上に向かって大声で叫んだ。


「こらぁぁぁぁーーーーーーーーー!
キキョウ、お前ここにちょっと降りて来い!!!」

「ふぇぇぇ〜、そんなに怒鳴らないでくださいよぉ〜」


 俺の剣幕に押されたのか、少し涙声で事の張本人は下降して来る。

雨の中でゆらゆらと目の前にやって来た虫に、俺は遠慮なく頬をつねった。


「さ〜て、質問タイムといこうか」

「うぇぇぇぇ〜〜〜〜 、痛いです痛いですぅ!!」


 両頬を引っ張られて悲鳴をあげるが、知った事ではない。

こいつのやった事は万死に値する。


「今日お前がやらなければいけなかった仕事を言ってみろ」

「え?えぉ〜と・・・」

「早く答えないと頬が真っ赤になると思うなぁ〜、俺」

「いたたたたたたたっ!?
す、水神様を呼んでぇ〜、い、怒りを静めてもらうのがわたしの仕事ですぅ」

「そう、そうだよな?お前は『水神様』を呼ぶのが仕事なんだよな」

「は、はひ、そうれすぅ〜」


 引っ張り続けているので口調がおかしくなっているが、かまわずに続ける。


「俺はお前を信じるって言ったよな?」

「は、はい、嬉しかったですよぉ」

「水神を呼ぶ為に頑張ってくれたんだよな?」

「は、はい、勿論ですぅ!」

「で?」

「は、はぁ・・・・」


 必死で頷くキキョウに、俺は笑顔全開で顔を近づけた。

キキョウがビクっと怯えたのが見えたが、全然気にしない。


「ど・う・見・て・も水神には見えない、この俺の知っている女性に見えるこのお方はどこのどなたなんだ!」

「きょ、京介様ご存知なのですか!?」

「ああ、『俺の世界にいる』女だ。そっくりさんじゃなければな」


 強調して言うと、キキョウは驚いた顔をしてその後青ざめる。

俺はあはははと快活な声で笑って顔を近づけると、キキョウは引きつった笑顔を見せる。


「あ、あの〜、京介様怒らないで聞いてくださいねぇ」

「どうしたんだ?キキョウ」


 あえて優しい声で尋ねると、キキョウは言いづらそうにしながらも答えた。


「そ、その・・・・」

「うんうん」

「あ、あの・・・・」

「うんうん」

「え、え〜と・・・・」

「早く言え」

「いたたたたたっ!?言います、言いますぅ!」


 迷い続けるキキョウに、俺は躊躇わずに頬を引っ張った。

もうほとんど予想はついているけど・・・


「あ、あの・・・ご、ごめんなさいです!
私、また術を誤って違う世界に繋げてしまったみたいですぅ・・・」

「・・・俺達と一緒って事か・・・・?」


 俺達がこの世界にきた理由もまた、こいつの未熟な術による賜物だ。

固い声で尋ねる俺に、キキョウもまたごわごわと頷いた。


「は、はい・・・・・」


 ・・・・確定だ。

余程の偶然でもない限り、彼女は紛れもなく俺達の世界にいる「氷室 巴」その人だろう。

キキョウの召還のミスで、また新たな異世界の迷子人が増えた訳だ。

俺は絶望感に空を一度仰ぎ見て、おもむろに元凶の頬を力任せにひねった。


「お前はぁぁぁぁ!!どうするんだよ!!」

「うぇぇ〜ん、ごめんなさいですぅ」

「ごめんですむか!事態をややこしくしやがって!
もう勘弁ならん!!」

「うえぇぇぇん、痛いです痛いですぅ!!」

「・・・あの・・・・」

「何だよ!?今忙し・・・・い・・・・!?」


 かけられた声に振り向かずにキキョウとやりやっていると、頬をつねっていた俺の手の上にほっそりとした手が乗せられる。

ぞっとする程冷たい感触で、指先は真っ白だった。

思わず硬直する俺に、背後からそのまま声が被さる。


「・・・事情はよく分かりませんが・・・可哀想じゃないですか・・・・」


 重ねられた氷室さんの手の感触に、俺は胸の動悸を感じながら言った。


「でも、こいつは・・・・」

「・・・許してあげて下さい」

「い、いや、でも・・・・・・」

「・・・・・・許してあげて下さい・・・・・」


 か細い声。

薄く小さき女声なのに、氷室さんの訴えは耳の奥まで浸透してくる。

俺は頭に上ってた血が降りるのを感じて、冷静さを取り戻す。

確かにここでこいつを責めても何の意味もない。


「分かった。もう責めないから」

「・・・・はい・・・・」


 そっと乗せられていた手は離れ、俺もまた手を離した。

するとキキョウはほっとしたように抜け出して、俺の背後に回って一礼する。


「ありがとうございましたぁ!お陰で助かりましたぁ!
あなたは命の恩人ですぅ」

「こら。俺が悪人みたいなお礼をするな」


 つっこみを入れるが、全然聞いていないようだ。

下げた頭をそのままに、キキョウは言葉を続ける。


「申し訳ありませんです。わたしのせいで貴方を召還してしまって・・・」

「・・・しょう・・・かんですか?え〜と、貴方は・・・・・?」

「あ、申し遅れました!私はキキョウと言いますぅ!
よろしくですぅ!」


 いや、氷室さんの疑問はお前の名前じゃないと思うぞ。


「・・・ご丁寧にありがとうございます・・・・私は氷室 巴と申します・・・・」


 何でそこで自己紹介するんだ!?

もっと他に聞きたい事があるだろう!

虫の癖になんで喋ってるんですか?、とか、そもそもお前は何者?みたいに!

理解不能なやり取りに頭を抱えていると、水溜りをジャバジャバさせながら人影が二つこっちに向かってきた。


「おお!!もしやと思ったが、やはり氷室女史ではないか!!」

「女史ってお前・・・・思いっきり同じ大学生だろうが」


 ただ授業で顔を合わすだけだったので、本当の年齢はわからないけど。

高校とは違って、同じ授業を受けているから同じ年齢とは限らない。

が、葵は一向に気にしないで氷室さんの傍に近づいた。


「我々一同、貴方のお越しを歓迎する。はっはっは、よかったな友よ。
まさか氷室女史がこの世界へやって来るとは思わなかったが、これもまた運命ということか」

「思いっきり事故だろうが!」

「ふふ、友はまだ分かっていないようだな。
人には縁という目に見えない絆があるのだよ」

「偶発的な事故に無理やりな繋がりを入れるな!!」


 分かっているのだろうか、こいつは・・・・

俺達の世界にやって来た、それすなわち元の世界には簡単に帰れない。

そんな厳しい現実を、彼女に伝えないといけないんだぞ・・・・

俺が肩を落としてふと見ると、氷室さんは何やら遠くを見つめている。


「?・・」


 疑問を感じて同じ視線の先を辿ると、そこには――


「あ!」


 俺達の元へと一目散にやって来る町民達を見て、俺は顔を引きつらせた。

まずい、町民達が求めていたのは「水神」だ。

なのに召還されて来たのが一人の女性とあっては、町民達の期待を裏切った事に他ならない。

期待は的が外れると、怒りにもなってしまう。
長雨に苦しんだ所にようやく訪れた救いがこれでは、理不尽とはいえ怒りを向ける心情は理解できる。

俺はどうするべきか焦りながら考えて、その時ようやく気づいた。

町民達全員が浮かべている表情の感情。

それは―――畏怖と敬意の色。

失敗した者に向ける顔ではない事に疑問を感じていると、彼らが口に出している歓声が耳についた。

初めは喧騒に過ぎなかったが、近づいてくるにつれはっきりしてくる。


「巫女様だ!巫女様がいらっしゃったぞ!」

「なんと麗しいお姿・・・・あの方こそ水神様の使いにちがいない。
ありがたや、ありがたや〜」

「すげえ・・・てっきり怪物とか出てくるのかと思ったけど、あんな綺麗な巫女が出てくるなんて・・・
見ろよ、あの神々しい姿」


 何だとぉぉぉぉ!?

どこをどう見れば、巫女に見えるんだ!? 

俺の疑問に、無言で様子を見守っていたカスミがぽそりと呟いた。


「召還されて姿を見せたのが、上品な衣装を着けている女性。
彼らの認識は当然だな」


 馬鹿か、お前らぁぁぁぁぁ!!

ああああ,また余計にややこしくなった!!

内心で絶叫して、俺はその場に膝をついた。






















<第四章 水神の巫女様 その8に続く>

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