Ground over 第三章 -水神の巫女様- その5 打ち合わせ




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「・・・それで」

「それで、とは?」


 不思議そうに見つめる葵を、俺はじろりと睨んだ。

これで怯む様な奴なら苦労はしないのだが、葵は至って平然と俺を見ている。

俺は髪の毛を掻きむしりたくなる衝動を抑えて言った。


「あんな簡単に安請け合いしてこれからどうするんだって言ってるんだ!」


 事態を分かっているのか、こいつは。

先の事を考えて悩んでいる俺に、葵は全然悩みに縁がない様子で返答する。


「決まっている。この町の人達を助けるべく、我々は行動を起こす。
町長殿や町民達も期待してくれているではないか」

「こんなに素敵なお部屋に泊めていただけているんですよぉ〜、京介様。
頑張ってお力になりましょうよぉ」


 能天気二人組が、能天気に声をあげる。

期待をかけてくれている以上応えなければいけないという事を分かっているのだろうか、この二人は。

俺は今居る部屋を見る。

もう夜も更けているからと町長さんの申し出もあり、俺達はそのまま滞在させてもらう事となった。

俺と葵・キキョウとカスミの二部屋を奥さんに案内していただき、荷物を置いてくつろいでいる。

内装は簡易的な家具のみだが、なかなか広くて気分も落ち着く。

それに毎日きちんと掃除をしているのか埃一つなく、ベットメイキングもきちんとされているのには驚く他はない。

まさに主婦の鑑のような人だ。

この世界に来て一ヶ月以上になるが、エアコンも何もない部屋での生活もそろそろ慣れてきた。

だからといって、この世界に落ち着くつもりは毛頭ないが。


「困っている人を助けようとする精神は立派だと俺も思うよ」


 人間としての美徳を否定する気はない。

そこまで俺は捻じ曲がってはいないし、人助けをした後感謝される心地良さはルーチャア村で感覚として刻まれている。


「だけど、実際問題連中の願いを叶えられるかは別問題だろう。
町長の話を聞いただろう?」

「むう、確かに我輩や友には少々難題かもしれん」


 少々か、あれ!?

俺はぐったりと椅子にもたれかかって、先程の町長の話を思い出す。

「水神様ね・・・・」















「水神様ね・・・・」

「はい。私達は神の怒りに触れてしまったんです!!」


 熱病に侵されたように喘いでいる町長に、俺は冷めた眼差しで見ていた。

神、俺達の世界でも浸透している信教の要たる存在である。 

古来人間という生物が誕生する以前よりその存在は確立されているとあり、多くの伝承や信仰にその名を連ねている。

人には届かぬ大仰の存在であり、もっとも身近にして頼みの綱とする神。

人の姿をしているという言い伝えもあれば、獣の姿を、もしくは自然に溶け合っているとの教えもある。

要するに、まったく曖昧な存在なのだ。

俺からしてみれば、自然現象や己の無力さ等自分ではどうにも出来ない時に頼るしかない偶像に過ぎないと思っている。

神様がいてはいけないと言っている訳ではない。

ただ、信じて頼りきりにするよりは自分で何とかした方がいいに決まっている。

町長の話からすれば、この雨はその水神とやらが起こしていると言う。

昔人間が科学技術を持たない時代に、火山の噴火を神の怒りと恐れていたのと変わりはないように思えてならない。


「水神の怒りか。なるほど、それは深刻ですな」


 そうは思っていない人間が約一名いるけど。


「そ、そんな・・・・水神様が人々に災いをもたらすなんてありえませんですぅ!」


 ・・・や、約二名いるようだ。


「どうかな?この異常な雨が水神によるものとすれば説明はつく」


 ・・・・・約三名って全員か!?

俺は思わず周りの面々を睨み付けながら怒鳴った。


「お前ら、信じているのか!?」

「?何を言ってるんだ、友よ」

「俺が聞きたいわ、それは!水神だぞ、水神!
水の神様が怒って雨を降らせているって言ってるんだぞ、この人は」

「一大事じゃないですかぁ!」

「そう言う事をいってるんじゃなくて!
水神なんてものがこの世に本当にいると思っているのか、お前ら!?」

「いるぞ。実際に今雨を降らせている」


 うわああああ、どういえば説明できるんだこいつらは!

嫌がおうにも精神的ストレスが蓄積されていくのを感じつつ、俺は諦めて町長に向き直った。


「ちょっと話を整理させてください。
何週間も前から雨が降っていて、河の水嵩が増して船が出せずにいる。
お陰で河が渡れずで封鎖するしかなくなり困っている。
ここまではいいですよね?」

「はい・・・・お話に間違いはございません」

「その原因が何で水神だと思うんです?
ただ天候の具合が悪くて、雨が降り続いているだけかもしれないじゃないですか」


 俺としては、今でもそうではないかとは思っている。

地球でも衛星が発達して天候観測が行えてはいるが、天候そのものを変える技術はない。

結局自然現象を操作する事は人類には叶わない。

質問すると、町長は深刻な表情で説明を始めた。


「この町が発足される以前より、アゲラタムは水神様が住まう河として崇められて来ました。
お姿こそ誰一人見かけた者はおりませんが、それはそれは偉大なるお方なのだと敬われており、人々は水神様に祈りを捧げたといいます。
記録によると、村々が集って水神様を奉る奉公祭も毎年行われていたそうです」

「この町が出来る前にこの辺に人なんていたのか?」


 俺の疑問に、カスミが答えた。


「水がある所に人は集まる。生活する上で欠かせないからな」

「なるほど・・・・
でも存在そのものから不確かだったんだろう?
起源すら怪しいのを崇める必要はないとは思うけど」


 アゲラタム河に神様が住んでいるという話にしても、ひょっとしたら昔信心深い人間達が信じた迷信かもしれないのだ。

港まで設立されて、尚も信じようとする町長が分からない。

俺の指摘に、町長は俯いていた顔をあげる。


「はい、だからこそ我々は神の怒りに触れてしまったんです・・・・」

「え?」


 話が分からずに目をぱちぱちさせる俺にかまわず、町長は話を続ける。


「町が生まれ、遠方からも人が集まってきて、港が建築されて、町はどんどん繁栄して行きました。
広さゆえに渡る事が出来なかったアゲラタム河も船が行き来し、交流も盛んになりました。
毎日が人々で賑わい、平和に生活を送れる日々。
いつしか人は神の存在を忘れて、その祈りを捧げる事もなくなりました。
私が町長となった頃など、町の代表者たる私が水神様の存在を知り得なかったという有様です」


 人が自立して生活に困難しなくなった頃には、不確かな神の存在は不必要になったということか。
別に珍しい話ではない。
日本だって地方によって神社は多くあっても、どのような神が祭られているかはその地方に住む人々でも分かる人は少ないだろう。


「つまりラエリアに住む人々が神を敬わなくなったがゆえに、神は怒りを持ったと」


 難しい顔をして尋ねる葵に、町長は頷いて答えた。


「雨が降り続き、異常に気づいた者が調べ上げたのです。
ラエリアに古くから住む人達にも話は伺いました。
・・・この町にはもう水神様を祭る社一つありません。
神の恩を忘れ、おごってしまった我々に天罰を下しているのでしょう」


 確かに何週間も雨が降って、いまだ止む気配もなければ異常に思うだろう。

困り果てた人々は古き神の存在を知り、神の仕業だと結びつけるのはまあ分かる。

人は常に自分の理解を超えた現象に理由を求める。

どんなにそれが不確かであれ、理由があれば人は安心するのだ。

科学技術にしても、その根本は人間の探究心より生まれ出でたといっても過言ではない。

ましてやそれが神様ともなれば、異常現象と結びつけるのにはうってつけだ。

う〜ん、話は分かったけど・・・・

町長が嘘をついているようには思えない。

だけど、俺にはどうしても疑わしさを感じずにはいられなかった。


「あのぉ〜・・・」

「は、はい?」


 考えにふける俺の前をキキョウがパタパタと飛んでいき、町長の前に行く。

当惑する町長に、キキョウはぎゅっと小さな拳を握って叫んだ。


「私、頑張ってきますぅ!
水神様をお呼びして、何とか許してくださるようにお願いしてみますぅ!!」

「ええっ!?おいおいおい!!」


 止めようとした俺より前に、町長が感激したように立ち上がった。


「本当ですか!?ありがとうございます!
もう我々にはどうしようもなくて・・・・・・
貴方様だけが頼りです。
どうぞどうぞ、よろしくお願い致します!」


 ひたすら頭を下げる町長に、キキョウも使命感を帯びたようだ。


「任せてください!絶対にうまくやってみますからぁ!」


 あほんだら〜〜〜〜〜!!

盛り上がる二人に、俺は頭を抱えた。















   思い出せば思い出すほど、頭が痛くなってくる。

盗賊団退治も無茶な依頼だったが、今回の依頼もかなり突拍子もない。


「しかし、現状問題として・・・」


 今日一日で疲れ果てた俺の横に、カスミが座る。

一応別室での泊まりなのだが、今後を決める為の話し合いとして今俺達の部屋にきていた。

鎧を脱いだタンクトップ姿であり、目のやり所に多少困る。

カスミは俺を見て言葉を重ねる。


「この雨をどうにかしない限り、私達は河を渡る事は出来ない。
つまりお前も元の世界には帰れないんだぞ」


 そう、それが悩みの種だ。

例えば無理を押して断る事だって出来ない事はない。

だがそうすると、結局問題は解決できずに俺も困る事になる。

この町の問題は避けては通れない問題なのだ。

と、すると――


「俺や葵、カスミにもどうだって出来ない。
お前次第って事になるんだけど・・・・・」

「私、頑張りますよぉ!」


 キキョウはニコニコ笑顔で、やる気十分にしている。

水神を呼ぶという事は、以前案内所で聞いた召還術とかいうのを使うんだろう。

かなり高度な術のようだが、果たしてこいつに出来るのだろうか?

「失敗例」の俺は成功を信じて疑わないキキョウを見て、ため息をついた。























<第三章 水神の巫女様 その6に続く>

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