Ground over 第三章 -水神の巫女様- その2 河




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 馬車の旅は順調で、俺達は平和に次なる町『ラエリヤ』へと辿り着いた。

ルーチャア村から数時間もかけて雨の中俺達を送ってくれた従者さんにお礼を言って、俺達は馬車を降りる。


「うむう、何事もなく着いてしまったな」

「なんか不満そうだな、お前」


 止むどころか激しさを増している雨に霹靂しながら、俺は不満顔でいる葵に目を向ける。

葵は手荷物を丹念にチェックしながらも、雨雲を見上げて言う。


「結局モンスターに一度も遭遇しなかったではないか。
こういう世界のお約束として、町の外を歩いているだけで雑魚モンスターに遭遇するのがセオリーなのだが」

「いちいち戦ってられるか!
でも、確かに一度も怪物の類には出会わなかったな」


 特に不満がある訳ではないが、村から出て何事もなく平穏に辿り着いたのには少し驚きはある。

何しろ俺達はこの世界に呼び出された瞬間に、大型のトカゲに追い回された経験があるからだ。

冷静に考えてみれば、トラウマになりそうな恐怖の体験である。


「京介、早くこれを降ろせ」


 『ラエリア』の入り口付近で全体的な整理を行っているカスミが、幌から顔を出して俺を睨む。

へ?俺の荷物は着替え類を入れたカバン一つだけど・・・・あ!

肝心な物を思い出した俺は慌てて馬車内に飛び込んで、自分の相棒とも言うべき物を下ろす。

ズシンと重量感ある音を響かせて地面に降り立ったバイク。

初めてこの世界に召還された時、こいつがなければ俺達はトカゲに丸呑みされていただろう。

整備はきっちり行っているので、ガソリンがなくならない限りはまだ駆動可能だ。


「これで全部だな。お手数かけて済まなかった」

「いえ、これも仕事ですから。では、私はこれで失礼します」


 淡々とそう言って、従者は馬車をこれまで来た道へと戻していく。


「もう戻るんですか?この町でゆっくりしていったらいいのに」


 村から出て数時間として、帰りにも当然数時間かかる。

総合すると一日の三分の一は過ぎて、従者も大変だろう。

労いの気持ちをこめて俺がそう言ったが、従者は無表情のままで首を振る。


「一刻も早く村へと戻って、復興作業の手伝いに取り掛かりたいので。
お気持ちだけ受け取っておきます」


 なるほど、立派な心がけである。

そうまで言う者を引き止める事は俺には出来ないし、強制するつもりはない。

俺達は最後に口々にお礼を言って、従者を見送った。


「帰りの道中、気をつける事だ。モンスターに遭遇したなら、すぐに我等を呼ぶように。
どこへいようと馳せ参じよう」

「・・・・ルーチャア村の傍で襲われたらどうするつもりだ、お前」

「無論!四人で助けに行くに決まっているではないか!」

「物理的法則を無視するな!」


 無視できそうなところがこいつの怖さだけどな。

俺の言葉に葵は動じる事もなく、にやりと笑って肩を組んだ。


「この世界で我らが国の常識は通じないぞ、友よ」

「俺はこれ以上この世界と深く関わるつもりはないの!」


 一路王都へと目指して、さっさと元の世界に戻る。

それが一番の最善の手だろう。

ルーチャア村では思わず手を貸してしまったが、旅の路銀がある以上寄り道をする必要はもうない。

俺と葵が言い合っていると、カスミは俺達を見て呆れた様に言い放つ。


「こんな奴等が盗賊団を退治したとは今でも信じられん・・・・
雨もきつくなっている。そろそろ出立したほうがいい」

「ええ。それでは・・・・・
京介さん、葵さん」


 俺達の世界で言う運転席に座って手綱を握り、俺達に呼びかける。


「村を助けていただいて、本当にありがとうございました。
無事に都へ着けるようお祈りしています。道中、お気をつけて」


 言い合いを止めて視線を向けると、従者は俺達に表情は変わらずとも優しい瞳を向けていた。

俺達は顔を見合わせて、口元を緩める。


「乗せていただいて、本当にありがとうございましたですぅ!」


 キキョウも誠意が通じたのか、嬉しそうに笑って小さな手を振る。

従者は小さく頷いて、そのまま馬車を駆り出してそのまま去っていった。

俺達は姿が見えなくなるまで見送り、やがて背を向けた。


「さて、とりあえずどうする?」


 この世界の地理も知らなければ、常識もまだ満足に知らない。

一番頼りになるカスミに尋ねると、カスミは自分の手荷物を肩に背負って言った。


「これから先に進む上で、船で河を渡らなければいけない。
まずは切符を取りに行こう」

「河?」

「船?」

「切符ですかぁ?」


 俺と葵のみならずキキョウまで疑問を口にすると、カスミは薄く笑う。


「お前たちの世界には河というものはあるのか?」

「当たり前だ。自然形態はこっちとあんまり変わらないぞ」


 見た目は、という意味でだが。

詳しい種類や形態、地表関係の環境は俺達のいた日本と比べると圧倒的にスケールが違う。

何にしても河くらいは俺達の世界でもその辺歩けば見付かる。

俺が簡単に説明すると、カスミは含みのある声色で言う。


「なるほど、では行こう。
恐らくはお前達の想像を遥かに越えるものが見られるはずだ」

「ほう、それは興味深いな。友よ、早速行ってみることにしよう」


 葵は趣のある表情で頷いてさっさと歩き始める。

カスミも葵の反応に気を良くしたのか、先頭を切って俺達を案内していく。


「京介様、参りましょう!」


 キキョウもキキョウで楽しみなのか、うきうきした様子で羽をひらひらさせている。

雨の中、元気な連中だな・・・・

俺は折り畳み傘を持っていない不運を悔やみながら、冷たい飛沫を浴びつつ町中へと入っていった。
















    ラエリヤ、この名で呼ばれるこの町は別名『河の通り門』と呼ばれているらしい。

整備された道を歩きながら町並みを見渡すと、ルーチャア村とは違った家々が並んでいるのが見える。

ルーチャア村は質素な木造建築物が多かったが、こちらはどちらかといえば石造りの建物が多い。

激しく降り続ける雨のためか人通りこそ少なかったが、店頭に商品を並べる店が多く、道沿いには看板のある建物が並んでいる。

看板が何を意味しているのかはかなり明確で、この世界のことをよくは知らない俺でも半分は分かる。

例えば宝石店には指輪のマークが、果物を取り扱う店では果実のマークがペイントされているといった具合だ。

ただ気になる点が二つある。

一点目は雨天中の人々の服装である。

降りしきる雨の中歩くのに何が必要かと聞かれたら、俺達の世界では十人中九人は傘と答えるだろう。

なのに歩いている人達は誰一人として傘を持っている者はおらず、皆何やら服の上に白いコートのような服を頭から羽織っている。


「あれはフィートと呼ばれる雨避けだ」


 気になって尋ねると、カスミは嫌な顔一つせずに説明してくれた。


「雨で服のまま行動すると濡れてしまうだろう?
特殊な繊維で出来ていて雨水を表面から弾き飛ばすんだ」

「カスミはああいうのを持っていないのか?」

「冒険者家業をしている者には必需品だ。持っていない訳があるまい」

「じゃあどうして着ないんだ?」


 俺が聞くと、何故か怖い顔をして睨まれた。


「お前たちが濡れているのに、一人装備するほど私は無神経ではない。
後で購入することだ」


 ・・・なかなか付き合いのいい奴である。

河を見に行った後は、この町でまずそのフィートとやらを買う事にしよう。

流石に女性を濡れたままにしておくほど、俺も無神経ではない。

さて、問題なのはもう一点だ。


「・・・・あれは!?・・・・・・」

「おいおい、ひょっとして・・・・・」


 河へ向かって一度歩いている俺達を見つめる面々。

声こそかけてはこないが、町の人々は俺達を見るなり表情を変えている。

反応は様々だが、どうも注目されているようだ。


「ふふふ、なるほどな」


 人々の反応に対して、葵は何故か上機嫌で含み笑いを浮かべる。

俺が怪訝な顔をすると、葵は俺を振り返り親指を立てた。


「友と我輩が功を奏した事件の噂が広まっているようだぞ。
我等も有名になったものだ。うむ、よし」

「何がうむ、よしだ。噂が広まるにしては、ずいぶん早すぎないか?」

「甘いな、友よ。人民とは少なからずゴシップに飢えている。
そこへ盗賊団を見事に倒した英雄の登場だ。
噂は音速を超えてこの町まで広がったのだと言えよう」


 こいつが言うと、何故か本当のように聞こえるから不思議だ。

この世界の報道レベルがどの程度か分からないが、盗賊団退治だとそれほど大騒ぎになるのだろうか?

確かに俺にとっては人生に一回あるかないかの大事件だったが。

それに注目されているのは、どうも・・・・


「お前、何かやらかしたんじゃないのか?」

「え?わ、私ですかぁ〜?」


 人々の視線の元を辿ると、俺達というよりも俺。

そして、俺と言うよりも俺の肩に留まっているキキョウを見て驚愕の表情をしている気がする。

何人かはあからさまに俺の肩辺りを指差していたからな。


「私は何もしていませんよぉ。この町にも初めて来ましたからぁ〜」

「本当か?実は何かやってたんじゃないのか。
例えば、お腹が減ってこっそり食い物泥棒でもしたとか」

「私、そんな事はしませんよぉ!お腹がすいたら、お花さんの蜜をちょっといただいたりすればいいですからぁ」


 実に平和的な生き物である。

ひょっとしたら、人類が滅亡してもノンビリ生きているのかもしれない。

キキョウの言葉が本当なら、この町の人間とは所縁もないのであろう。

だとすると、どうしてこんなに騒がれているのかが分からない。

俺が首を捻っていると、カスミは少し考え込んだ様子で言った。


「キキョウは妖精だからな。人間の前に姿を見せるのは滅多にない。
人の目に触れれば、むしろこの反応は当然といえる」


 なるほど、言われてみればそうだ。

すっかり慣れてしまったが、こいつはもともと人外の特別な種族。

俺だって最初見た時は混乱もしたし、びっくりだってした。

初めて見る側からすれば、驚くのはむしろ当たり前である。

納得してそのまま気にしないで歩いていると通りを出て、やがて道は広くなっていく。

どうやら町の奥に目的の河があるらしい。

今のところ建物に遮られて影も形も見えないが、何となくどういう河なのかは見当がついた。

おそらくこの場にいれば誰にでも分かるだろう。

近づけば近づくほど、雨音を掻き消すほどの膨大な水の流れる音が聞こえてくるのだから。

これから向かう先には今まで肉眼で見た事がない程のダイナミックな河が見られるに違いない。

少し胸を高鳴らせて歩いていたが、やがて先頭のカスミが歩みを止める。


「・・・やはりか・・・」

「うん?」


 前方へ目を向けたまま、カスミが唸る様な声を出している。

様子が気になってカスミの前へ出ると、何故足を止めたのかが分かった。

町中を抜けて辿り着いたのは広大な港だった。

ここからではよく見えないがいくつかの建物と、船の穂先のような物が見えている。

河なのに船という根本的な疑問が浮かぶが、それよりも問題となっているのはその港へと続く道を封鎖している鎖であった。


「河への立ち入りを禁止しているのか、これって」


 左右両端に堅固に繋がれている鎖は明確な意図がこめられていた。

カスミを仰ぎ見ると、複雑な表情をしたまま黙り込んでいる。


「どうした、二人とも?このような鎖、飛び越えれば済むことではないか」

「残念ですが、そうはいきません」


 気軽な葵の指摘を、背後からの声が否認する。



「あんたら・・・」


 慌てて振り返ると、俺達を取り囲むように何十人もの男女が険しい顔で立っている。

そいつらは明らかに先程俺達を見ていた町の住民達だった。











<第三章 水神の巫女様 その3に続く>

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