Ground over 第二章 -ブルー・ローンリネス- その16 夜明け




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 俺達の戦いが終わって、一夜が明けた。

決戦は呆気ない程に俺達の勝利で終わり、村には本当の平和が訪れた。

盗賊達はカスミの手引きのもと武装解除され、村の簡易牢獄に全員押し込められた。

捕らえられた時にカスミに聞いたのだが、盗賊達は冒険者組合によって都へと移送されるらしい。

その後はこの世界の者ではない俺には分からないが、恐らくは長期投獄か処刑されるだろう。

あいつらにもう明るい未来はないだろうが、俺は同情はしない。

盗賊達との戦いで死んでいった者達の墓の数だけ、あいつらはたくさんの未来を奪ったのだから。

で肝心の俺達はというと、後始末に関しては何もしてなかったりする。

サボりと言うなかれ。手伝える事はないし、疲れていたのだ。

慣れない戦いの場への参戦に、朝昼かけての念密な作戦の準備。

決戦後ソラリス達の熱烈な賞賛と帰参の歓迎を受けて、俺達は再び村へと戻り宿舎にて休んだ。

泥のように眠るとはよく言ったもので、夢すら見ずに熟睡し、起きたのは昼前だった。

寝ぼけた頭で食堂へと向かった俺だったが、既に食堂には葵達が座っていた。


「む?起きたか、友よ。我々は既に食事をしているぞ」

「京介様、おはようございますぅ〜」


 テーブルの上に並んでいるのは、美味そうなビーフシチューに焼きたてのパンにサラダ。

腹が減っている俺の前で遠慮もしないで食っているこいつらに殺意が沸いた。


「ちょっとは待とうという気にはならないのか、お前らは」

「わ、私はお待ちしたかったんですけど、葵様が先に食べておこうって」


 俺の非難に焦るように言い募るキキョウ。

俺は嘆息してテーブル席につき、食堂のおばさんにサンドイッチ類を頼んだ。


「昨日はお疲れさんだったね。あんた達は村の英雄だよ」

「よしてくれよ。俺達はさぼっていた仕事をしただけだ」


 本音である。

村人達を助けたいという気持ちも無論あったが、何もせずに去っていった自分にも負い目はあったからだ。

おばさんはふっくらとした顔に気の優しい笑顔を浮かべて、添えられたサンドイッチの皿を渡してくれる。

って、あれ?


「おばさん、量が多いぞ。こんなに食えん」


 皿に盛られているのは、卵に山菜・肉類・乾物類の数々が詰まっているサンドイッチ。

他にも特産品の見られない食材がパンに挟まれているが、何でもこの村の特産品らしい。

それはいいとして一人分どころか三・四人分はあるぞ、これ。


「サービスだよ。お腹すいたろう?たらふく食べな」


 突っぱねるのも失礼なので、俺は一つ頭を下げて好意に甘える事にした。

一つ口に入れると、昨晩から何も食べていなかった胃に染み渡るようだった。


「事件も解決して、ようやく落ち着いたな」

「ああ、これも友の知力と我輩とキキョウちゃんの懸命なサポートあればこそだ。
一歩勇者に近づいたな」


 否定はしないが、勇者とか呼ばれると胡散臭くなるのはどうしてだろうか。


「今回だけだからな、こんな人助けするのは。
俺達は一刻も早く帰らないといけないんだぞ」

「ふっふっふ、そう言ってられるのも今の内だぞ、友よ。
英雄という宿命が我々のこれからを決定するのだ。もはや逃れられん」


 根拠のない自信に不敵な笑みを浮かべて、葵はコーヒーを飲んだ。

冗談じゃない、これ以上余計な事に巻き込まれる前に王都へと行って元の世界へ帰らなければ!

今後に危惧していると、食堂に新たなお客が訪れる。


「え〜と、空いている席は・・・・
あ、京介さん!それに葵さんも!」

「ソラリス?それにリーダーも来たのか」


 元気な声に釣られて出入り口に目を向けると、二人の顔なじみがいた。

すっかり農村の作業服に戻ったソラリスと、相変わらずの身なりの整ったカスミ。

幸い他に客もいなかったので、俺は二人分の席を寄せて同じテーブルに座らせた。

二人は飲み物の注文をして、俺達と対面する。

数日間の別れだった筈だが、こうして集まるのはずいぶん久しぶりな気がする。


「昨晩は本当にお疲れ様でした。お陰で僕達の村は救われましたよ!
京介さん達にはもう何とお礼を言っていいやら・・・」


 ソラリスは感激に目元を潤ませて、しきりに頷いている。

全てが終わって村人達からお礼の言葉は何度も言われているので、俺は適当に手をひらひらさせて答えた。


「だから気にするなって。あんなの、作戦がうまくいっただけだ。
実質村の為に懸命に戦ったのは、他の冒険者達だ」

「謙遜はいかんな、友よ。お国柄特有の悪しき風習だ。
こういう場合は堂々と構えていればこそ、男としてかっこいいのだ」

「俺はお前と違って一般庶民なの。平穏に科学の追求ができれば、それでオッケーなんだよ」

「それもまた平穏とは言えない人生だな」


 ・・・・ほっとけ。

俺達のいつもの掛け合いに、目の前のカスミは穏やかな表情で口を開いた。


「その男の言葉ではないが、お前達は本当によくやってくれた。
盗賊達は完全に捕らえる事ができた。
それに、奴らの潜伏先も突き止められた」

「お、分かったのか?」


 結局調べる事が不可能だった奴らのねぐら。

俺の疑問に、カスミは一つ頷いて答えた。


「奴らの頭領を取り調べた。お前の脅しで精神的に疲弊していて、比較的簡単に全てを吐いた。
近々調査が行われるだろう。
奴等の奪った金品の回収や攫われた女性達の保護をしなければいけないからな」


 ・・・・そういえばあいつら、あの時カスミもどうこうしようとしてたんだっけ・・・・

淡々と無表情で事の経緯を述べる目の前の女リーダーに、俺は気まずさを感じた。

カスミはそんな俺を見て、気にするなとばかりに首を振る。


「これで盗賊達は完全に終わりだ。
・・・・結局、何も出来なかったがな」

「そんな事はないだろう」


 カスミの自嘲気味の言葉に、俺は即座に否定する。

皆の視線が集まる中で、俺はきっぱりと言ってやった。


「この村を今まで守っていたのはあんただ。そして捕らえたのもあんた。
俺や葵がした事は、単なる後方支援だ。な?」

「うむ、その通りだ。カスミ殿の功績は大きい。
我々を率いてくれた指導力と責任感。
最近の若い連中に見習わせたいな」


 やたら偉そうに頷く葵だが、カスミは俺達二人を驚いた顔で見て、口元を緩める。

あれ?いつもならここで反論するんだけどな・・・・・

どこか険が取れたカスミの態度に困惑していると、黙って聞いていたソラリスが口を開いた。


「それにしても、京介さんの力はすごいですね。
モンスターを呼び寄せたり、爆発を引き起こしたり、呪いを散布したり・・・・
力がないと言われていましたが、素晴らしい能力者じゃないですか!」


 ソラリスの熱のこもった言葉に、カスミも尋ねてくる。


「そういえばお前の言うとおり、連中には解呪と言ってただの水を飲ませた。
あんな処置で本当にいいのか?」


 カスミはあまり納得していないのか、怪訝な顔をしている。

隣で二人の顔を観察して、葵は今にも吹き出しそうな顔で口を開いた。


「くくく・・・友よ。そろそろ種明かしの時間のようだ」

「?何の事だ?」


 確かにカスミやソラリスの反応は見ていて面白い。

何しろ今まで完全な役立たずだった俺達が、簡単に盗賊達を奇妙なやり方で追いこんだのだ。

あの時の行動や起きた現象を不思議な力だと思うのは無理もない。

俺は葵と同じくにやりと笑みを浮かべて、二人を見渡した。


「あれは呪いじゃない。それどころか、力でもなんでもないんだ。
簡単なトリックに過ぎないんだ」

「トリック・・・・だと?」


 眉を潜めるカスミに、俺は頷いて作戦の全貌を解説する事にした。

キキョウに部屋から地図を持ってこさせて、テーブルの上に広げた。


「作戦決行において、お前らの前に登場した時の音楽と派手な光。
あれは『ビジョン』を中継させたんだ」

「ビジョン、だと?」


 そもそもこの作戦が閃いた根本となったのは、デジタルカメラだった。

デジタルカメラとはその場の映像を保存し、出力する事が出来る。

その時連想したのが、他ならぬ『ビジョン』だった。

案内所の親父によると、『ビジョン』とは装置同士の相互通信にデータの映像化が出来る代物らしい。

ようするに、ビジョンは現在の携帯電話のような物だ。

つまりビジョンからビジョンへの伝達が可能なら、一つ一つを中継させる事もまた可能という事だ。

そこでまず『ビジョン』を案内所の親父に大量に借りて、村の前方約100メートル内全域に設置する。

木々の枝、雑草の陰、土に埋める等ありとあらゆる場所に隠して準備を整える。

電話で言う『親機』の役目をする『ビジョン』を葵に持たせて、現場より離れた位置で待機。

当然「子機」は大量に隠した『ビジョン』の数々で、俺の合図により葵の操作で発動。

合図は俺が持っていた小型のスイッチ類で、ボタンを押すと待機していた葵やキキョウに連絡が伝わる。

「親機」から大量の「子機」へと伝わったのはBGMであり、俺の拡声であり、『ヨルキメデス』だった。


「と、と言う事は・・・・ひょっとしてあのモンスターは!?」

「ピンポーン。ただの画像だ」

「で、でも吼えてましたよ!」

「映像に吼え声を重ねたんだ。夜という暗闇に気が動転しているあの状況じゃ判別は不可能だからな」


 ちなみに画像はモンスターから俺が必死にバイクを運転していた時に撮っていたらしい。

さすが未知的な類に人一倍興味を示すだけあって、転んでもただでは起きない男である。

デジカメを調べていて映像を見た時は、流石の俺もびっくりした。

作戦上役にはたったが、複雑な気分である。


「待て。すると、あの煙は何だ?映像にしては、皆が苦しんでいた」

「あれは本物だ。催涙弾という化学に属する武器・・・って言っても分からないだろうけど」


 俺の合図で、こっそり盗賊達の間に隠れていたキキョウが催涙弾を爆発させた。

本当は二つか三つは持ってほしかったが重いらしく、断念したのだ。

俺の説明に冷静沈着なカスミも心底驚いたらしく、強張った声をあげる。


「つ、つまりもし盗賊達が警告を無視して決起していたら・・・・」

「やられていただろうな。対抗する力なんて俺達にはなかった」

「もし盗賊達が『ビジョン』を設置していた村の入り口に来なかったらどうするつもりだったんだ?」

「その時はその時」


 俺がそう言うと、カスミは疲れた様にテーブルにもたれ掛かった。

仕方ないだろう!時間がなかったんだから!

俺だってな、俺だってなぁぁ!本当はもっと村の裏とか周囲とかにも設置はしたかったんだよ!!

この作戦、ただの結果オーライに過ぎなかったりする。

カスミの言う通り盗賊達がびびらなかったら、違う方位から攻められたら、俺達はあっさり負けていた。


「度胸があるというか何というか・・・・・」

「うるさいな。うまくいったんだからいいだろう!」


 カスミの呟きに、俺は無愛想に答えた。

無茶なのは承知済みだった。

安全性のある作戦が他にあるなら、俺はそれを決行している。

非力な俺達が出来る唯一の作戦が、このハッタリ作戦だったのだ。

俺が憮然としていると、カスミは小さく微笑む。


「すまないな、馬鹿にするような事を言ってしまった。
作戦内容は無茶だが、決行するのはさぞ勇気がいっただろう。
お前達の度胸と決断力は賞賛に値する」

「ま、まあ、それほどでもないけどよ・・・・」


 そ、そんな急に素直に誉められたら対処に困る。

言いよどんで俺がコーヒーを啜っていると、葵がにやけた顔で俺を見ていた。

く、くそ・・・・・

説明が終わって一通り話が済んだ後、カスミは表情を改める。


「お前達は今後はどうするつもりだ?。
村からはお礼の宴を開きたいと言っているのだが」


 初耳である。

きょとんとしてソラリスを見ると、力強く頷いて答えた。


「京介さん達の活躍で、この村は救われました。
村人全員の意思で皆さんにお礼したいと思いまして、今夜開く予定です。
ぜひ、参加して行って下さい!」

「ふむ、どうする友よ。俺はお前の意思に任せる」


 葵の言葉に、ふわふわ浮いていたキキョウもまた頷いた。

感謝の宴か・・・・・・

俺は思案して、ふとカスミを見た。


「お前はどうするんだ?」

「・・・・・私の仕事は終わった。午後には村を出るつもりだ。
後の事は後任の者が指揮を取る」

「ええ!?カスミ様もゆっくりしていってください!
貴方の懸命なるご指示で、この村は・・・・・・」


 身を乗り出して引き止めようとするソラリスに、カスミは黙って首を振った。


「そ、そんな・・・・・・」


 ソラリスは残念そうな顔をするが、俺はカスミの気持ちが分かる気がした。

カスミは自身で討伐ができなかった事を恥じているのだろう。

自分の至らなさで、多大な迷惑をかけてしまったと思っているに違いない。

そんな心境で感謝されるのは、カスミにとっては辛いに違いなかった。

あ・・・・・・・・・・・・・・

俺は鈍感ながらに気がついた。

カスミが仕事を終わり、この村から出て行く。

それ、すなわち――










・・・・・別れ・・・・・・・ 
















<第二章 ブルー・ローンリネス エンディングに続く>

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