Ground over 第二章 -ブルー・ローンリネス- その14 決戦




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 異世界においても変わる事のない昼の時間が終わる。

時の流れは人それぞれの精神状態において変化が生じるというが、少なくとも俺には早かった。

ただ熱心に目の前に没頭し、一息ついたら既に日が沈んでいたのだ。

空を見つめると闇夜が全てを覆っており、黒き天井に霞みの様な雲が疎らに見渡せた。

「時間が足りなかったか・・・・
せめて明日襲撃をかけてくれれば、念入りな準備が出来たんだけど」


 案内所を出て数時間、俺と葵は作戦の下準備を行った。

親父さんの好意で借り受けたあれを持って、地図を片手に励み続けたのだ。

だが、いかんせん不十分のまま夜が訪れてしまった。

もし今夜奴等が仕掛けてくれば、不十分のまま決行するしかない。

俺がため息を吐いていると、一つの足音がこちらへと迫ってくる。

一応警戒はするものの、俺はその足音の主が誰か予想はできていた。


「友よ、こちらの準備は無事に終わったぞ」


 旅の際によく利用されると言うポケットライトを片手に、葵は顔を覗かせる。

現在俺達が位置しているこの場所は、村から数メートル離れた天然の岩山だった。

山と称するには小さな頂だったが、村全体を見渡せる場所はここしかなかったのだ。

尚且つ、村からも周りからも死角となるという利点もある。

昼間作戦本部としたこの付近にある洞窟でも良かったのだが、あそこでは作戦決行上不便だったのだ。


「そうか、良し。俺の方の準備は不十分だった。
最低限の設置は施したつもりだが、効果があるかどうかが問題だ。
この作戦のキーポイントになるんだがな・・・・」


 今こそ、時間が惜しいと思った時はない。

のんびりとしていた大学生活の一時でも、今に分けてほしかった。


「いや、最低限で十分だろう。友の作戦は完璧だ。
我輩とキキョウが友のバックアップに専念すれば、十分補えるはずだ」


 励ましの言葉は嬉しかったが、実はいうと不安はまだある。

そう、こいつとキキョウだ。


「一応念押ししておくが、段取りをミスるなよ。
お前た一つのミスで俺だけじゃなくて、村まで危険に晒されるんだからな」


 この作戦、三人の協力が不可欠なのである。

前線に立つ人間と後方支援、二つが一つとなり作戦が成り立つ。

本当なら細かな作業と段取りを要する後方支援に行きたかったが、その場合葵が前線となる。

ここ一番の舞台の主役をこいつに任せるには、かなりの不安要素があった。

そこで仕方がなく、俺が担当する事になったのだが・・・・・・


「任せろ、友よ。我輩とキキョウちゃんに任せておけばバッチリだ。
我等の勝利は最早未来予定図の一つに過ぎない」


 どこからそんな自信が出てくるのか怪しいが、信用するしかない。

さて後は見張りのキキョウだが、帰りは遅いな・・・・

俺は山の頂から双眼鏡を出して、村を見下ろす。

どこかでフラフラしているんじゃないだろうな、あいつ。

キキョウの準備は元々大した事はないので、先程村の偵察に出したのだが一向に帰ってこない。

双眼鏡から見える村の明かりから察するに、村人達はどうやらまだ村にいるようだ。

村々の家の間隙を縫うように、ちらほらと松明の灯火が動いている。

村の入り口にある見張り台からも光が灯されているのを見ると、どうやら徹底抗戦の腹づもりのようだ。

無謀と言えばそれまでだが、村人の気持ちを考えると非難するつもりにはなれない。

俺は引き返し、足元のリュックから手製の小型受信機を取り出した。


「村に何かあったのか、友よ」

「村人がまだ逃げていないようなんだ」

「?それはおかしい。カスミ殿の話では、村人は村から逃がす筈だったのではないか」

「だから事情を探る。あの馬鹿、帰ってこないからな」


 小型受信機の調節を調節すると、受信機から薄っすらとした声が聞こえてくる。

昼間取り付けさせた盗聴器からの音声データを受信しているのだ。

従来の盗聴器に独自に改良を加えて、有効範囲を劇的に広げてあるので、声は拾える。

ノイズが入ってしまうのは仕方がないか・・・・・・

受信機に耳を傾けていると、葵が俺にパンを差し出した。


「ソラリスが餞別にくれたものだ。食事は簡単にでも取っておいたほうがいい」


 そういえば案内所から何も口には入れていない。

葵の気配りに感謝してパンを頬張りつつ、受信機からの声に耳を傾ける・・・・・


『・・・ジジ・・・ピー・・・しても、聞き入れてはもらえないのですか?』

『ええ・・ジュージー・・・こは私達の村。
ご迷惑をおかけしているのは重々承知ですが、出ていく訳にはいきません』

『お願いします、カスミ様!僕達も戦わせてください!』


 聞こえてくるのは受信越しでも清涼感のあるカスミの声。

そして周りよりざわめく村人達の声に、声を張り上げて懇願するソラリス。


『・・・危険なのです!何故それが分からないのですか!!
情けない話だが、今の我々ではあなた方を守りきれるかどうかも・・・・』

『かまいません。むしろ、私達は感謝しているほどです。
ここまで身体を張って村のために命を懸けてくださるあなた方が』

『勘違いです。我々は冒険者。最後まで依頼を全うするのみ。
安い誇りのためにあなた達が付き合うつもりはない』


 必死さが伺えるカスミの声。

だが村人の頑な覚悟には、冒険者達を統率するリーダーの言葉も届かない。


『・・・私達もまた同じです。こんな辺境の小さな村でも、私達には故郷なのです。
例え心中する事になっても、本望です』

『そうですよ、カスミ様!僕達に命令してください!
一緒に戦えば、きっと活路が開けます!!』


 ソラリスの高らかな声に賛同するように、あちこちから吼える村人の大音量が聞こえる。

対するカスミからは、何の返答も帰ってはこない。


「辛い立場だな、カスミ殿は・・・・・」


 哀切が含まれた葵の声に、俺は黙って頷いた。

互いに戦い合おうとする気持ちは立派だが、負担がかかるのは必然的に統率者となる。

村人はただ村を守るために、そして死に行く冒険者もまた共に戦おうとしている。

だがそれは結局のところ、全ての命への責任をあの女に背負わせる事にしかならない。

どう足掻いても、今まで戦ったことすらないであろう村人達では戦力にならないからだ。

本気になった盗賊達では、より多くの屍を築くだけである。


「正義感を振り回すのはいいけど、自己犠牲ってのは好かんな」

「はは、友はおかしな事を言うな」

「何がだよ?」

「こんな苦労までして、村やカスミ殿を助けようとしている友も同じではないか」

「・・・・・・俺はそんな大層なもんじゃないよ」


 誰かを助けたいとか、誰かを救おうとか考えてはいない。

俺はただの一般人にしか過ぎず、平凡な生き方で十分満足できる人間だ。

ただ、俺は腹が立っているだけだ。

無理やり来させられたこの世界の理不尽さに、自分の立場に、盗賊達の身勝手なやり方に。

そして・・・・あの女の生き方に。

喉を通るパンが胃に到達し、身体中に力が行き渡る。

黙ってその後も受信機に耳を傾けていると、突然危機迫った声が入り込む。


『大変だーーーーー!!!!!』


 その声に俺と葵は顔を見合し、受信機に顔を近づける。


『落ち着け!何があった?』

『や、や、や・・奴等が・・・・奴等が!!!』

『!?く、もう来たのか・・・・・・』


 奴らが来た!?

驚愕している俺の横をダッシュで通り過ぎて、葵は双眼鏡で村を一瞥する。

その一瞬後、葵は俺に顔を向ける。


「友よ!あいつ等が村へと向かっている!!」

「くそっ、やっぱり今日来たか!?」


 俺の楽観的な考えは、現実に反映されなかったようだ。

受信機からの混乱している声を断ち切って、俺は葵の隣に駆け寄る。


「数は?」

「待て・・・ひい、ふう、みい・・・・およそ二十。
前回よりいくつか数は少ないが、勢いはそのままだ。
見た限りでは後十分もあれば、村への侵入を許してしまうぞ」


 目の前を認識する感覚と相手側の機動力には絶対的な違いがある。

こちらが観測している間にも、連中は止まらず走り続けるからだ。

俺はリュックを背負って立ち上がる。


「いいか、俺があいつ等に近づいたら作戦開始。
段取りは話した通りだ。合図に従ってやってくれ」

「分かった!こっちは任せておけ!」


 葵は緊張感を滲ませながらも、どこか興奮した表情で親指を立てる。

俺もまた快活な笑顔で親指を立てて、バイクにまたがった。

いよいよ始まる俺達の戦い。

恐らく良い意味でも悪い意味でも、これが最後となるだろう。

計画は準備は不十分のままだが、もともと机上に空論な計画だ。

リハーサル無しのぶっつけ本番。

ある意味では、俺達にはお似合いなのかもしれない。

緊張と一種の不安に手を震わせながら、俺はバイクにエンジンをかける。

落ち着け、落ち着け・・・・・

あいつらに弱みを見せたら終わりだぞ、俺。


「友よ」

「・・・・なんだ?」


 振り返ると、葵はいつものままの表情でこう言った。


「お前はお前のままでやればいい。それが最善だ」

「・・・・・おうっ!」


 そうだったな・・・・・・

俺達らしさを見せるため、それが行動の信念だったな。

さすがは我が腐れ縁。全てを見透かして言ってくれた。

心が落ち着きバイクを走らせようとしたその時、一対の淡い色の羽が視界に飛び込んでくる。


「京介様〜〜〜!!大変ですぅ〜〜〜!!
盗賊さん達が、盗賊さん達がぁ〜〜〜〜!!!」

「今更なに言ってたんだ、お前は!」


 俺は迷わずキキョウを叩き落とした。















 盗賊達が夜の闇間を駆け抜けて、村へと迫りくる。

対する村側より何人かの冒険者達が村を飛び出して、一斉に獲物を構えている。


「行くぜ、手前ら。今度は容赦しねえ!!
全員皆殺しにしろ!」


 盗賊達の先頭に立って、馬鹿な事を叫んでいるのは恐らく頭だろう。

俺は流れる夜風を耳元に、バイクを駆け抜けて近づく。

奴等はまだ俺には気がついてはいない。好都合だ。


「村人達は村の防衛を。我々は前線で奴らと徹底抗戦!
死んでも奴等を村に入れるな!!」


 バイクの騒音に負けない程の声で命令を飛ばすのは、リーダーであるカスミ。

悲壮感は微塵もなく、最後まで戦う気迫に満ちている。

リーダーに感化されるように飛び出してきた他の面々も、咆哮をあげて走り始める。

騎馬上より怒りと憎しみ、それに勝る残忍さを持って迫る盗賊達。

村の防衛ラインから弓矢を携え、前線からは相打ちを狙って突撃をかける戦士達。

全ての命が交差しようとしたその一瞬、俺は腰からあれを取り出した。





そう、初めて観光所に訪れた時にもらった『ビジョン』を。


『ちょっと待ったあ!!!!!』










『パ〜パラパパパ、パパパパパパパ、パ〜パパパッパッパーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!』














 俺の声に合わせるように、周りに広がるファンファーレの音楽。

現状の空間はおろか、この辺り全域に響き渡ったであろう大音量である。

戦いの場にいた全ての者達の耳が潰れんばかりに、耳を抑えている。

どうやら突然の声と音楽に、皆茫然自失となったようだ。

俺はにやりとしてバイクの座席上に立ち、高らかに叫んだ。


『ライト、点火!!』


 俺の声に反応したように、俺の周り一帯がまるで昼のように明るくなる。

光の眩しさに、一同の視線が俺に集まった。

よし、これからが本番だ・・・・・・・・・・












<第二章 ブルー・ローンリネス その15に続く>

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