Ground over 第二章 -ブルー・ローンリネス- その9 終わりと始まり




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 目覚めをこんなに拒絶した事は今までなかった。

朝からの大学の授業が面倒とか、昨日は研究により徹夜だったから起きられないとか、

本当に些細な自分の気持ちでなら嫌がった事はある。

今にして思えば、なんと些細で幸せな悩みだったのだろうか。

俺の今日は・・・・目覚めは最悪だった。


「・・・・もう昼過ぎか」


 木製の簡易ベットから降りて、俺は一つしかない部屋の窓を開ける。

窓の向こうは見慣れた村の家々の光景が見渡せ、緑の匂いを宿した微風が部屋へ流れ込んでくる。

この村に滞在の際あてがわれた部屋で少々狭いが、もう完全に住み慣れていた。

何より個室であるのがいい。

大人数の冒険者達を収納する建物だと聞いた時は、大部屋かと肝を冷やしたものだ。

と・・・・・・・


「・・・・思い出してしまったな」


 一瞬とはいえ、外からの新鮮な空気が胸の奥をささやかに癒してくれたのだが、

目覚めの悪さによる舌のざらつき、そして何より昨夜の一件が気分を重くする。

昨日寝たのが朝日が昇る頃だったから、寝た時間はほとんど仮眠程度に近かった。

俺は黙々と黒のTシャツとジーンズに履き、部屋から出る。

部屋の外は長い通路となっており、今まではいつも誰かが歩いていた。

この時間帯だと詰め掛けた冒険者達が、いつも誰かしら俺に挨拶をしてくれたのだ。

当たり前のように感じていた。

自分達を、やり場のない俺や葵を気遣ってくれている。

その暖かさ、思いやりが嬉しくもあり煩わしくもあった。

俺がこの世界に住人ではない。

いつか自分の世界へ帰って、このような常識はずれな世界のことはとっとと忘れよう。

心のどこかでそう思っていた。

離れていった日常が、平凡な大学生としての自分の生活はきっと早く取り戻せると信じていた。

でも・・・・


「・・・・・・・・・・・・・」


 俺は歯がゆい気持ちが抑えきれなくなり、付近の壁を力任せに殴った。

科学と学問のみに力を注ぎ、こなれた手がジンジンと痛みの信号を送ってくる。

どうかしている。本当にどうかしている。

俺はそのまま静かな、とても静かな通路を歩いていった・・・・・・・















「友よ。調子はどうだ?」


 食堂に入ると、中央のテーブルに食事を置いている葵がいた。

見た所普段と変わりないように見えるが、長年の付き合いゆえか冴えない表情である事は分かる。


「俺は別に。お前こそどうなんだよ?昨日は夜遅くまで仕事してたんだろう」

「ああ。何しろあの有様だ。
同士諸君の痛々しさには、流石の俺も悔やみを隠しきれん・・・・・」


 持っているスプーンを握り締めて、葵は表情を歪める。

こういう時、素直に気持ちを表せる葵が少し羨ましかった。

俺は苦笑して食堂のカウンターへ行き、簡単にパンとコーヒーを注文した。

とても食欲などわく気分じゃなかったが、何か食べないと倒れてしまいそうだった。


「あれだけ被害が出たからな・・・・結局、どれくらいになった?」

「朝方のソラリスによる報告だと、死傷者23名に重傷者11名、怪我人多数だ。
前線のメンバーは半数以上が戦闘不能になっている」


 そんなに被害が出たのか・・・・・・


「無傷なのは俺とお前とソラリスくらいか」

「そんなに落ち込む事はあるまい。
少なくとも村への襲撃を食い止める事が出来たのは、紛れもない友の活躍によってだ」

「俺はほとんど何もできなかったよ・・・・・・」


 葵の賞賛にも、俺の粘つくようなやり切れなさは消える事はなかった・・・・・・・・

俺の炸裂弾と照明弾による場の混乱、そして弓隊の襲撃によって盗賊団は退却という形を選択した。

首領による妙な力の発現により此方は確かに大ダメージを負ったが、戦況の流れは元々討伐隊に分があった。

俺がした事はかく乱による逆転の雰囲気を乱す事、そして味方の勢いに背中を押したに過ぎない。

もし盗賊団にまだ十分な戦力があったら、もし冒険者達が優秀でなかったら、

この村は昨夜の内に滅んでいたことだろう・・・・・・・

結局、カスミのリーダーシップあってこその討伐隊だったのだ。

俺は昨夜でそれを痛いほど実感した・・・・・・・


「今、キチョウちゃんが全力で怪我人の手当てにまわっている。
妖精の燐粉は死体の怪我も快復出来るほどの効能があるらしい」

「あいつ、そんな事をしてたのか」


 どうりで、いつも騒がしい奴がいないと思ったら・・・・・・・

あいつもあいつなりに自分の出来る事を精一杯にやっているのだろう。

責任を感じているのならお門違いだが、変に一途な所があるのがあいつだ。

後で様子を見に行ったほうがいいかもしれない。 

やがて、食堂のお手伝いさんが俺にパンとコーヒーを運んできてくれたので、

俺は小さく礼を言ってパンをちぎって口に放り込み、コーヒーで胃に流し込む。

味なんて分かりもしなかった・・・・・・・


「なあ・・・」

「何だ、友よ」


 葵は飲んでいた野菜スープから目を離し、こちらに視線を向ける。

俺は少しの間悩んだが、やがて思い切って尋ねる。


「あいつは・・・・あの女の容態はどうだ?」

「あの女?カスミ殿の事か」

「ま、まあな・・・・・・・」


 そういえば、俺は一度も口に出してあいつを名前で呼んだ事はなかった気がする。

昨夜は久しぶりに頭に血が上って、何を話したかもよく覚えていないし・・・・・


「友がバイクで大火傷のカスミ殿を運んで来た時はさすがに驚いたぞ。
叫んで、飛び出していった時も同様に驚いたが」


 口元を揶揄する笑みに形を変えて俺を見る葵に、口を尖らせた。


「俺もあの時は錯乱していたんだよ。あんな馬鹿でかい花火あげられたからな」

「ふむ、そういえば結局あれはなんだったんだろうか?
こちらのルールで考えると、あれも魔法の一種ということになるのか」


 見張り台より見つめていた光り輝く円形のエネルギー。

あの頭と呼ばれていた男の手に持つ杖先より生まれた「それ」はあっという間に全てを飲み込んだ・・・・

残ったのはえぐられた焦土に美しき剣士の無残な姿。

俺はきっとあの光景を・・・死ぬまで忘れないだろう・・・・・


「多分俺達をこんな世界へ連れてきた力と同類だろうな。
『コンティネル・エナジー』だったっけか?
科学じゃ説明・・・できん事もないが、条件が限られる」


 ましてや、杖の一振りで大勢の人間を消し炭に変える力を生み出すのは不可能である。

盗賊の頭がキキョウと同じ何かの能力者だと見るのが正しいだろう。

だが、引っかかる点がある。


「どうしても三流にしか見えないんだがな・・・・」

「うん?何が三流だ?」

「いや、こっちの話。で、それよりあの女の容態はどうなんだ?」


 俺は戦いの後医者の下へ運んでから、面会謝絶で結局会えなかったのだ。

近くで見ると、目を覆いたくなる程の全身火傷だった。

他の冒険者達が焼死した中で彼女だけが無事だったのが気になったが、

医者によると命には別状はないらしいので、とにかく生きていてくれたのはよかった。

だが、無事だと分かると別の不安がある。

火傷が後々の彼女の遺恨の傷として残らないだろうかという事だ。

特に火傷等の類は完治しにくい怪我だ。

もしもの事があったら、俺は・・・・・・・・・・


「カスミ殿に関しては命に別状はない」

「それは知っている。俺が知りたいのは今後の怪我についてだ」

「ふむ、朝の状況からすると・・・・」


 と、葵が重々しく口を広げたその時、慌てた息遣いが食堂に飛び込んでくる。


「あー!こんな所にいた!探したんですよ、京介さん」

「ソラリス?どうしたいきなり」


 いつもの装備とは違って、今日のソラリスはぼろぼろの上下の作業着を身に纏っていた。

斑点のように所々に紅い点がついているのは、恐らく返り血だろう。

恐らく、今の今まで怪我人の看病に勤しんでいたに違いない。


「はい、実は京介さんに言伝を頼まれましてやってきました」

「俺に?誰から?」


 今、あまり話をする気分じゃないんだが・・・・・・・

申し出によっては断る方向で、俺は耳を傾けた。

するとソラリスは勢い込んで、俺の方に身を寄せて大きな声で叫んだ。


「リーダーが貴方にお会いしたいそうです。御足労、よろしくお願いします」

「あいつ、が!?怪我は大丈夫なのか?」


 少なくとも、昨日の今日で話ができる状態じゃない気がする。

あれほどの大怪我を負ったのだ。最低でも一週間は寝込まなければいけないはずだ。

なのに、もう話ができるほどまでに回復したのか?

俺は信じられない気持ちで尋ねると、ソラリスはきょとんとした顔で答えた。


「怪我でしたらそれほど重傷ではなかったようです。これも京介さんのご活躍のおかげですよ!」


 重症じゃなかったって、おい・・・・・

素人の俺が見ても思いっきり重傷だったはずだぞ。なんでだ!?

俺は訳が分からなくなり、脳内でパニックを起こす。


「会いに行ってみてはどうだ、友よ。大切な話なのだろう」


 悩む俺に、そっと葵が助け舟を出してくれた。

そうだな・・・・・気になるのなら直接会いに行けばいいことだ。

それに俺自身も彼女には話がある。


「分かった、じゃあ行ってみるよ。あいつは今どこにいるんだ。
怪我人の収容所か?」

「いえ、自室のベットで休まれています。ご本人の希望で」


 ・・・・・何を考えているんだ、あいつは。

満足に回復もしていないくせに、医者の下を離れて一人に閉じこもっている。

初対面からずっと突き通している自分だけの姿勢。

俺はどうしようもない苛立ちを感じて、そのまま椅子から立ち上がる。


「部屋にいるんだな、あいつは。まったく・・・・」


 俺は食べかけの食事をそのままに、食堂から出てあいつの部屋へと向かった。
どれほど重大な話であろうと、俺はその時何か言ってやりたい気分だった・・・・・・ 













<第二章 ブルー・ローンリネス その10に続く>

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