Ground over 第六章 スーパー・インフェクション その23 労働






「どうした友よ、顔色が良くないぞ。今回も、友が立案した作戦は大成功だったではないか」

「……今はいいけど、この先に不安を感じてきたところだ。触れてくれるな」


 悠々と戦場から帰還した葵が、実に元気よく声をかけてくる。装備している皮鎧も、手にしている武器も、何より本人も傷だらけなのだが、相変わらず元気いっぱいだった。

戦争を経験した人間はよくも悪くも変わると聞くが、葵は変わらず皆瀬葵だった。超常現象を愛する、冒険者気取りの腐れ縁。戦いを経ても血には染まらず、夢を追っている。

冒険者になるのはこの男の夢でもあり、戦いに出向いたのもこの男の意志だ。だが、仮にも自分の幼馴染を戦場へ駆り出した事に何も感じないといえば嘘になる。


常に科学者に必要とされるのは冷静な視点と、客観的な観点。そこに多少なりとも温度差があるのは自分の未熟と取るべきか、難しいところだ。


「いつも先々に至るまで難しく考えてしまうのは、友の利点だ。ゆっくり考えるといい」

「そこは普通、あまり難しく考えるべきじゃないとか、忠告するべきじゃないのか?」

「科学者が熟考しなくてどうする。友の独創的な発想は、常々考えているから生まれるのであろう。
ゆえに吾輩は友が考え出した作戦であれば、自分の命であっても躊躇いなく賭けられる」


 だから血で血を洗う戦場にも出れるのだと、葵の表情が物語っていた。強い信頼こそが、揺るぎない信念を生み出す。葵の心の強さは、そこにある。

現代病に感染していた村人達を家から連れ出して、村の復興に尽力したキキョウも同じ強さを持っている。他人を、仲間を信じ抜ける強さ。だから、彼らは決してブレない。


戦場においても心まで血に染まらずに仲間の無事を喜び、友の成功を祝える。まあ、脳天気なだけかもしれないが。


「その覚悟はちゃんと持っていろよ。王都への道のりは、想像以上に険しくなりそうだからな」

「ほう、どうやら何か情報を掴んだようだな。舵取りは友に任せている。吾輩は友を信じ、友の王道を切り開くまでだ」


 カスミに選んでもらった小剣を手に、葵は力強く自分の意志を口にする。他人任せ極まりないが、この男は与えられた役目は確実にこなしてくれる。

冒険者は戦いを必要とするが、絶対ではない。戦闘技術は大事でも、殺し合いを強制されたりはしない。その本質を理解しているのか、葵も冒険は好んでも進んで戦いには望まない。

モンスター退治に嬉々として出ていても、殺伐とした空気は今でも感じられなかった。葵はいつも明るく、ムードメーカーとなっている。


そんな男が俺を必要とし、頼みにしている。光栄だとは断じて思わないが、少しは自分から不安は取り除かれた。


「ともかく、この村での仕事は終わりだ。お前も汚れた体を洗って、早く傷の手当をしてこいよ」

「うむ、冒険者であれ身だしなみを整えるのは大事だ。少し、休ませてもらうとしよう。
カスミ殿が鍛え上げたメンバーも、一人として脱落者はいない。重傷者もゼロ、皆見事な戦果を上げたぞ」


 ラビットファイターはこの地方においてレベルの低いモンスターだが、集団で行動する厄介な性質を持っている。雑魚であっても、群れれば脅威となる。

加えて今回は伝説級の大物、"蒼い目"のファイターラビットが群れを統率していた。奴の能力『非言語コミュニケーション』により、動物の群れは軍隊と化したのだ。

もしも人の多い港町を襲っていれば、壊滅させられる事はなくても怪我人は多く出ただろう。追い払えた面々の成長が分かり、俺も少しは嬉しかった。


科学でも人を鍛える事は出来るが、それでも人間という生き物に関する成長度は未知数だ。期待通りの結果は、常に出せない。


「間もなく港町から救援が届く。今回の功績を伝えられれば、一気に村の評判が広まるな」

「良い機会だ。一度メンバーを港町へ送り、案内所に報告させればいい。彼らの実績も正式に登録されるだろう」

「俺が構築した女王戦での情報ネットワークは、まだ生きている。冒険活劇として面白可笑しく広めて、村の宣伝としよう」


 どれほど技術で仕掛けを施しても、最期に生きるのはやはり技術を使う人間だ。復興もまた同じで、人々の協力がなければ決して成功しない。

キキョウの呼びかけにより、村人は引き篭っていた家を出る勇気が出た。そこへ村の評判を届ければ、きっと励みになるだろう。

一度は出て行ってしまった村の若者達も、評判を聞けば戻ってくるかもしれない。憧れて出て行った都会も、常に刺激的ではない。大抵は厳しく、挫折も多いものだ。

見捨てた故郷に評判を聞きつけて戻ってくるのもどうかと思うが、そこから先は村の問題だ。余所者の俺達に出来るのは、ここまでだろう。


キキョウは思い入れが大きいようだが、俺は一線を引くべきだと思っている。頼られているからこそ、依存させないようにしなければならない。


現代病は妖精の優しさで治ったが、その思い遣りが再発の原因にもなりかねない。子は、親に甘えてしまうものだ。最期には、心を鬼にしても送り出さなければならない。

後始末はきちんとつけるが、落ち着いたらこの村を出立しよう。それがきっと、皆の為になる。


と、そういえば――


「葵。結局、"蒼い目"は誰が仕留めたんだ?」

「無論、吾輩だ」

「……は?」

「皆のチームワークで追い込んで、最期に吾輩が仕留めた。友の支援があればこそだ、ありがとう」


 こいつが仕留めたのか!? 予想外の戦果に、不覚にも唖然としてしまう。まさか、葵が伝説のモンスターを倒すとは夢にも思っていなかった。

図体の大きい"蒼い目"のファイターラビットにはメンバー全員苦戦させられたらしいが、音響機器による『非言語コミュニケーション』の封印により、奴も弱体化したらしい。

混乱する"蒼い目"をカスミの訓練により養われたチームワークで追い詰めて、葵が最期奴にとどめを刺したらしい。師であるカスミからも、称賛を頂いたようだ。


……莫大な賞金をかけていただけに、現金にも俺はホッとさせられた。葵ならば、金を払わずに済む。よくやったと、言ってやった。


"蒼い目"のファイターラビットは冒険者達が総出で担ぎあげて、村まで持ってきたらしい。何しろ大将首だ、戦果を掲げたいその気持は男として分かる。

伝説のモンスターの遺体、その宣伝材料による効果は計り知れない。剥製にするだけでも、孫の代までこの村の評判は轟くだろう。

葵もまだ初心者冒険者なのに、伝説を倒した英雄として名を馳せる事になるだろう。案内所に実績を報告すれば、村々を経て大陸全土へ広まっていく。



ナズナの英雄、皆瀬葵――敢えて葵流に言えば、冒険者としての伝説の一頁が今刻まれたのだ。



「お前、凄いことになったな……多分、一気に名前が広まるぞ。都市伝説でしか無かった大物を、仕留めたんだから」

「吾輩もこれで正式に冒険者となった。互いに己の夢を叶えていこうではないか、友よ」


 科学者と冒険者、全く別ベクトルだと思うのだが、何故か同列にして葵は喜んでいた。俺としては名前なんぞより、結果を出せればいいだけなのだが。

この件で葵は英雄となり、キキョウは村を復興させた女神のように扱われる。氷室さんも今回は積極的に手伝って経験を積み、俺も実験結果を出す事が出来た。

一つの目標を掲げて、別々の目的を持って各個人で動いていた仲間達。目標に辿りつけたその時、皆の目的は達成された。


全員バラバラで動いていたのに、困難だった目標を達成して同じ喜びを共有している。不思議な感覚だった。


「氷室女史も今回の功績を受けて、案内所に"術"に関する問い合わせを行うそうだ。本を何冊か貰えるらしい。
案外、彼女も将来は魔法使いになるやもしれんな」

「それを言うなら、"術者"だろう。やばいな、葵の影響を受けなければいいけど」

「良い組み合わせではないか。剣士に妖精、科学者に冒険者、そして術者だ。素晴らしいバランスだ」


 想像しただけで、頭痛がした。どんなメンバーなんだ、それは。ライトノベル系には明るくないが、こんなジャンルを揃えたメンバーなんていないだろう。

この村で皆別々の進路志望を抱き、それぞれの道を歩もうとしている。村人達も、俺達も、一人前を目指して、労働者となるのだ。



始まりはここから――俺達は家を出て、自分の望む明日を目指し、働きに出て行く。












































<続く>






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