Ground over 第六章 スーパー・インフェクション その20 祭日






 ファイターラビットの大群と、冒険者見習いのみで構成された自衛隊。一進一退の攻防は長期戦を余儀なくされており、ナズナ地方の支配権をかけた全面戦争に発展していた。

自衛隊は質では敵に上回り、数では劣っている。数の差は戦力差となり、戦争の勝敗を決める分かりやすい条件。その勝利条件が無く、モンスターの群れを押し切れずにいる。

平和な草原で雑魚モンスターと冒険者見習いが繰り広げる攻防戦、レベルこそ低いが命懸け。長引くにつれて負傷者が続出しており、息も切れてきている。

芳しくない状況だが、決して不利ではない。所詮は兎というべきか、数はあれど突撃するしか脳がない。指導者であるカスミの指揮と戦術が功を奏し、見事に敵の勢いを削ぎ落している。


ナズナ地方の未来を賭けた、大いなる祭りが行われている。戦士達の、祭り囃子によって。


「――ひょっとするとこの掛け声も、天城さんが?」

「葵に演技指導を頼んでおいた。人の気持ちというのは、口にしないと伝わらないものだからね」


 戦場より少し離れた村の中に、戦いの鐘の音が響き渡っている。異世界のトランスレーターと現代のオーディオ機器を活用した、ダイナミックサウンドシステム。

科学技術を用いて造り上げた音響設備を氷室さんと一緒に村中に設置して、戦場からの生のサウンドを聞かせているのである。家の中に閉じこもったままの、村人達に。

ここは異世界、技術は頭の中にあれど原材料は少ない。本格的な設備とは到底言えず、学校の放送設備よりも劣っている。音質は悪く、音を拡大させているだけだ。


だからこそ剣戟だけではなく、人の声も届けなければならない。この村を必死で守らんとする、男達の意思を乗せた声を。


『ここで絶対に、食い止めてみせる!』

『平和な村を、邪悪な魔物に潰されてたまるものか!』

『覚悟しろ、モンスターめ!』


『俺達が、村を守るんだ!!』


 寂れてしまった村に、若者達の懸命な声が高らかに鳴り響いている。葵に先導させて、意図的に自分の気持ちを直接声にして叫ばせているのである。

映画じゃあるまいし、生死分かつ戦争でいちいち叫んだりはしない。もっとも本人達は本音で叫んでいるのだろうが、葵が心理的に煽って言わせていた。


懸命なる人の声は、必ず相手の心にまで響く――精神論は専門外ではあるが、そう信じるしかなかった。


「天城さん、港町の案内所から応援が来ております」

「所長さんが援軍をよこしてくれたのか、ありがたいな。今の戦況を説明して、すぐに送り出してくれ」

「はい」


 今の戦いの規模は、過疎化しつつある村だけの問題では収まらなくなっている。この村が潰されれば、港町に繋がる安全なルートが地図から消えるのと同じだ。

港町側も知らぬ存ぜぬは出来なかったのだろう。冒険者案内所の長からの救援はありがたいのだが、俺個人の心境は正直複雑だった。


予想外に、祭りが盛り上がっている。想定を超えて長引く戦争、未だに何の反応もない村人達――


今は数の差で攻めきれずにいるが、援軍が加われば戦況は逆転する。この戦争が収束に向かっていくこと自体は、喜ばしい。

だが、祭りが終わってしまえば人は家に帰ってしまうものだ。村人がいつまでも閉じこもったままでは村そのものは守れても、村人を救った事にはならない。


「くそっ、どうして立ち上がらないんだ。自分の故郷が危ないのに」


 科学は決して万能ではない、それは分かっている。宇宙にまで到達した科学でも、人の心までは届いていない。心を変える技術なんて存在しないのだ。

盗賊を退治できても、長雨を吹き飛ばせても、モンスターを撃退できても、女王を情報で制圧しても、村人達を巣食う現代病を治せない。

人々は、一向に動き出そうとしない。ここまで段取りをして、大勢の人間が動いているのに、村人達は反応しない。生きようと、しない。


「――こうなれば、戦線を下げて……」

「だ、駄目……ゼェ、ゼェ……駄目です、京介様!」


 俺の独り言をめざたく聞きつけたのか、妖精が顔色を変えて飛んでくる。こいつは戦争が始まってからずっと、家の外から村人達に語りかけている。

戦いが長引いて、綺麗な声を枯らしても、必死になって説得する。戦おうと呼びかける、生きようと投げかける。この娘の健気な意志は、まだ届かない。


妖精は声をガラガラにしながらも、俺にすがり付いた。


「やめてください。戦線を下げれば、村を危険に晒してしまいます!」

「自分で、生きようとしないんだぞ。多少危険に晒さないと、平和ぼけしたこいつらには分からないんだ!」


 矛盾している。村人達の決起を信じていないのならば、どうして村に残って復興しようとしたのか。どうして科学技術を使って、祭りを開催したのか。

立ち上がってくれると、信じているからだ。平和ボケしているのは、俺の方。こうまで現実を突き付けられても、まだ奇跡を信じてしまっている。

自分の心に嘘をつきながらも、理論を並び立てられる。科学者という生き物は、どこまでも嘘つきだった。


「このまま戦いが終われば、確かに村に平和は戻る。けれど、活気付いたりはしないぞ」

「きょ、京介様のお力なら……!」

「戦争を祭りにまでしたのに、村は元気にならないんだ。これ以上何をやっても無駄だ」


 お人好しの妖精が、泣きそうになる。勇者でも英雄でもない俺ならば、本当に村を見捨てられると分かっている。だから、俺が諦めたのを悲しんでいる。

村の放送から伝わる活気付いた声が、形勢逆転を意味していた。港町から来てくれたメンバーはベテラン揃い、ファイターラビットでは歯が立たない。奴らの勝ちは、無くなった。


ただしこのままでは、"俺達"の負けとなる。


「無駄じゃありません!」

「キキョウ……?」

「わたしには、分かります。村人達は家に閉じこもったままですけど、分かるんです。皆さんの声を聞いて、反応してくれているんです。

もう少し、もう少しなんです……ゲホ、ゴホ……!」

「おいよせ、それ以上叫んだら喉が潰れるぞ!?」

「……ぢ、力を、がじでぐだざい……!!」


 目に涙を、喉から血を流しながら、キキョウが俺に縋りつく。小さな身体の何処からこんな力が出てくるのか、握り締める手は小さくとも力強かった。

まだ、可能性があると信じている。成功するのだと、確信している。何度も何度も失敗しているのに、まだ立ち向かおうとしている。

何千回失敗しても、一度成功すれば嬉しい――何という労力の無駄、馬鹿馬鹿しい時間の浪費。人生を、損している。


そんなみっともない――科学者のような生き方をする妖精に、俺は音響機器のマイクを向けた。


「音量を最大にしてやった。こうなったら、思いっきり叫んでやれ」


 キキョウは歓喜に顔を染めて、何度も頷いた。礼の言葉さえ喉が痛くて言えないくせに、まだ村人達に語りかけるだけの気力はあるらしい。

一つや二つ話しかけても通じないのなら、十を、百を、千を、そして万の言葉を村人達にぶつける。寝ている我が子の布団を無理やり剥がす行為に等しい。声の、攻撃。


そう――攻撃だ。妖精の声を使った、音波攻撃。このマイクを通じて村の中に、そして戦場に向かって怒号が轟く。準備は、出来ている。


ファイターラビットの非言語コミュニケーション、"蒼い目"の特殊能力の対抗手段。スタンピングによる感情の誘発を、音波攻撃で妨害する。

モンスターの非言語コミュニケーションは大群を統率する力を持っているが、声も負けてはいない。音楽は、万人の心を惹きつける可能性を持っているのだ。

特に妖精の声は、伝承で謳われる"魅了"の力がある。ましてその妖精が全身全霊の気持ちで訴えかける声ともなれば、兵器と変わらない。

キキョウの声がマイクを通じて何倍にも拡大されれば、ファイターラビットの非言語コミュニケーションは砕け散るだろう。引き篭もったままの、村人達の弱き心も。


キキョウは、言った。とても彼女らしい、優しさで――



「わたしは、皆さんが大好きです!!」



 難病を治す特効薬、それは愛であった。












































<続く>






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