Ground over 第六章 スーパー・インフェクション その12 地名






 科学者は、医者ではない。病気に苦しむ人達を治療する事は出来ない。けれど、人々を元気にする事は出来る。

科学は、魔法ではない。過疎に陥った村を繁栄する奇跡は起こせない。けれど、創り出す事は出来る。

過疎化した村、引き篭もった村人達。この二つをどうにかする手段は、一つしかない。


地域の活性化、である。



『"蒼い目"のファイターラビットの捕獲、報酬10000』



 冒険者案内所にて新しく登録された、捕獲の依頼。凶悪なモンスターと並んで、都市伝説であるウサギが正式に手配された。

異例中の異例、あり得ない金の高。子供達の笑い話が巷の噂へと形を変えて、やがて多くの冒険者や傭兵達の耳に届く。


存在が確認されたのは――ナズナ地方唯一の休憩地点、ヤブガラシ村。港町セージの冒険者案内所は、問い合わせで殺到した。


「……まさか、とは思いましたが、これほど早く冒険者達の耳に届くとは。貴方の目論見通りですね、アマギさん。
噂だけで立ち消えすると心配していたのですが――驚きましたよ。差支え無ければ、教えて頂きたいですね。

貴方はどのようにして、噂を真実と変えたのですか?」


「"ワールド・ワイド・ウェブシステム"、科学という名の魔法です」


 World Wide Web、インターネット上で提供されるハイパーテキストシステム。コンピュータネットワークの応用技術。

と言っても、この異世界でインターネットワークを構築したのではない。情報を相互に参照可能にするシステムを利用したのである。


World Wide Webとは、世界に広がる蜘蛛の巣。網のような情報ネットワークを、人脈を駆使して街中に張り巡らせたのだ。


口コミや噂を単純に広めるのでは時間がかかる上に、信憑性のない都市伝説だと立ち消えしてしまう危険もある。

その為数多くの逸話のある"蒼い目"を選出し、高額でありながら現実的に支払える賞金を設定。

発見場所は港町の目と鼻の先にある、ヤブガラシ村。歩いていける距離であれば、捜索自体は非常に容易い。

この港町はテレビジョン放送を通じて、豊富な人脈を築けている。人と人を結ぶネットワークは、すでに構築されているのだ。


そして、情報発信者は科学技術を知る者。情報を効果的に流す術には、長けている。


「冒険者の笑い話を、村興しの話題作りに利用する――何の冗談かと思いましたが、こうなると現実味を帯びてきましたね。
少なくとも、冒険者達の間では噂では無くなっている」

「冒険者、と一口に言っても全員働いているのではないのでしょう?
簡単そうで難しい、それでいて危険度は低くて暇潰しにはなる。駆け出しの冒険者にはピッタリの依頼になります」


 都市伝説を真実とする必要はない。情報には精度の高さが重要だが、噂であれば精度よりも面白さが重要となる。

突拍子も無い伝説を依頼という形にして、賞金をつけて現実味を演出する。こうする事で若干の精度と、充分な面白みが生まれる。

科学とは、モノ造りだけではない。発明や開発、実験も大事だが、形に拘るばかりでは駄目なのだ。


知識を活用する。技術を練成する。知性を――育む。科学者のレベルアップ手段である。


「もしも、本当に発見されたらどうするのですか?」

「優れた科学でも、本物の奇跡には叶いません。その時は潔く、金を払いますよ」

「貴方に支払える額ではないでしょう。いざという時は――貴方の御力を、我々にお貸し願いたいものですね」


 報酬額は、高額。通常の捕獲依頼より、一桁二桁を超える。途方もない額ではないが、到底支払えるものではない。

大きな港町の冒険者案内所が俺個人に協力するのも、義理人情だけではなく利益も絡んでいる為。

万が一借金ということになれば、テレビジョン放送の科学技術や知識を提供しなければいけない。


今回の科学実験には、リスクも課せられている。失敗は、許されない。


「しかし興味をひかれているのは、駆け出しの冒険者が殆どですよ。
熟練者ならば名声も高く、招き入れるだけで話題となりますが――正直、今噂を聞きつけた者達を村に招いても無駄でしょう」


 辛辣だが、言い分としては正しい。地域の活性化に必要なのは話題性であり、話題に誘われた人達だ。

過疎の村に総理大臣や大統領が来れば、その事実だけで大きな話題となる。村興しの種となり、萌芽すれば活性化もする。

実力も何もない人間が何人か立ち寄った程度では、何にもならない。噂を撒いても、徒労に終わるだろう。

ご高説ごもっともだが――


「ヤブガラシ村に今必要なのは、その駆け出しの冒険者なのですよ」


 魔王を倒せる勇者が、田舎町になんて来る筈がない。そんな奇跡を待つくらいならば、俺が創り出してやる。

レベルがたった1でも、冒険者。彼らの存在こそが、貧窮し病気に苦しむあの村の救いの光となる。

胸高鳴る冒険こそ、ナズナ地方を活性化するのに欠かせないものなのだから。


「……一体何を考えてられるのですか、貴方は?」

「すぐに分かりますよ。その内、挨拶に来ると思いますから」


 人的ネットワークを通じて、ヤブガラシ村を元気にする種はバラ撒いておいた。この港町とは、今度こそお別れだ。

俺の考えている戦略が実れば、俺自身が此処へ来る必要はなくなる。必要としてくれる所長には悪いが、根まで張るつもりはなかった。


――だから多分こんな事を聞いたのは、未練を断ち切るためだ。



「アリス・ウォン・マリーネット姫について、何か知っていますか?」

「帰国されました。元気に、旅立たれましたよ」



 これだから……過去を振り返るのは嫌なのだ。人は常に、前を見て歩くものだ。人生は短い、後ろを見ている余裕はない。

俺達のメッセージはきっと、彼女に届いただろう。元気で旅立ったのならば、笑って送り出せばいい。

あの子には町丸ごと巻き込まれてしまったが、思い出となれば楽しさしか浮かばない。苦労さえも、懐かしさとなる。


今度この町に来る時は、アリスと一緒に来よう。一人で懐かしむ思い出なんて、苦いだけだ。


港町がどれほど栄えても、彼女が居ないのならば寂しいだけだ。所長に礼を言って、俺はバイクに乗る。

未練は、完全に断ち切れた。別れの挨拶は誰ともせず、エンジンを噴かせて町を出て草原へと走りだす。


目的地はヤブガラシ村、ではない。



「さーて鬼が出るか、蛇が出るか――」



 整備された道の上をバイクで走るのは、心地良かった。街中ではなく、障害物のない草原ならば最高だ。

場所でゆっくり進むのも悪くはないが、この爽快感は楽しめない。


最初に通った時とは何倍も早く、到着した。分かれ道――ナズナ地方の、選択肢。


「――それとも出るのは、モンスターかな?」


 選択肢を選べるのは、常に一度とは限らない。だからこそ、人生はやり直しがきくのだ。

今度選んだのは安全ルートではなく、危険ルート。モンスターと盗賊がいると噂されている、ナズナの森。

科学者が向かうべき場所ではないが、必要とあれば科学者だって危険にも挑む。今は、正にその時。

武器を何一つ持たず、知識だけを頼りに、俺は森へと突き進んでいく。


今日の空は――羽を広げて飛びたくなるほど、広くて眩しかった。












































<続く>






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