Ground over 第六章 スーパー・インフェクション その5 無力






 平和だった地球の生活では起こらなかった事態が、次々と起きていく――


宿泊先で起きた、宿主の奇妙な自殺。客を自分の宿に泊めておきながら、真夜中一人首を吊って息を引き取っていた。

死体は見ていない。見る気にもなれない。俺は科学者であって、探偵ではない。

同じ村の人間に宿主の死を告げて、然るべき対処をしてもらうしかなかった。


ところが、


「明日にしてくれ!? 人が一人死んでいるんだぞ!」

「返答があっただけでもまだマシで、他の家では寝静まったままだ。誰も起きだしてこない」

「……ま、まさか……」

「安心しろ、友よ。家の中の様子を念のため探ってみたが、不穏な気配はない。
――もっとも、死者が出ているのに寝入っているというのも妙だが」

「ものすごい他人事だな……好きこのんで関わりたくはない気持ちは分かるけど」


 この村唯一の宿の主が自殺したのに、何の反応も見せない村人達。

平和な世界で生きてきた俺だから異常だと思うのか、この村ならではなのか――

自分達の世界の常識が通じない異世界で、早まった行動に出るのは危険だった。


「どうする、友よ。こうなれば村人全員叩き起して連れてこようか?」

「いや、藪をつついて蛇を出したくない。一応、通報はしたんだ。明日になら来てくれるんだろう……?
大人しく宿で待ち、向こうの出方を待つ。ただし全員、全員一つの部屋に集まっておこう。

正直死体のある宿で寝泊まりしたくはないが、他に泊まれそうな所もないからな」

「了解だ。最悪の場合も考えて、退路も確保しておこう。馬車を見てくる」

「ああ、頼んだ」


 英雄気取りの夢想家だが、こうと決めたら判断は的確だ。直ちに行動に移していく。

突然の事態にビックリして目が冴えてしまったが、精神的には疲れてしまった。

明日も事情聴取やら何やらで忙しくなりそうだし、今の内に少しでも休んではおきたい。

ただ一眠りする前に、仲間の安全だけはきちんと確保しておこう。俺と葵以外は、全員女性だからな。

悪いとは思ったが、緊急事態。俺はカスミ達の部屋へ出向き、ドアを全力で叩いて起こした。


「突然何かと思えば――ひとまず、状況は理解した。賢明な判断だ。
死体の見分は私が行う。その間この部屋でお前達は待機、くれぐれも無用な騒ぎを起こすな。
何かあれば、すぐに私を呼べ。お前達の安全が最優先だ」

「葵に言ってくれ、それは」


 寝起きであっても、熟練の冒険者の行動は迅速だった。すぐに状況を把握して、行動に移していく。

……重い鎧を脱いで、タンクトップ一枚。直視しづらい、無防備な姿だった。鍛えているだけあって、スタイルも良い。

カスミは剣一本で部屋を飛び出して、階下へと降りていった。彼女なら何が起きても対処できるだろう。

死体と聞いても顔色一つ変えないあたり、俺との違いを感じさせる。修羅場を潜った凄みは、性別問わずに身につく。


部屋には着替え終わった氷室さんと、不安そうに飛び回っているキキョウが待機していた。


「天城さん。宿のご主人が亡くなられたというのは本当ですか?」

「……一階で首を吊って死んでいた。葵も今宿の周辺を探っています。
何かあるのか分からないので、絶対に部屋から出ないように」

「はい、カスミさんからも注意を受けています」


 氷室さんも動揺した様子はなく、寝不足による疲労も表情からは感じさせない。

本当に静かな女性だった。クールな双眸に見つめられると、逆に俺が落ち着かなくなる。美人なのも考えものだった。

男である自分が狼狽えるのもみっともない。何が何だか今でも分からないが、ひとまず腰を下ろそう。


――不気味に静まり返った部屋の中、キキョウが恐る恐る口を開いた。


「あ、あのぉ……本当に宿のご主人が自ら命を絶たれたのですか……?」

「死体が実際に見ていないから、自殺かどうかの確証は持てないけどな」

「ふええ〜、可哀想ですぅ……きっととても辛い事がおありになったのですね……
だから昨日もあんなに思い詰めた顔を――グスッ」


 ――無愛想にしか見えなかったが、お人好しの要素が加わると見える表情も違ってくるらしい。

宿の主、何で自殺なんかしたのだろう? 今晩自殺するつもりだったのなら、客をわざわざ泊めたりはしないだろう。

自分の人生も思うところがあるのなら、一人で死ぬと思う。万が一見つかってしまうと、止められる可能性だって大いにある。

そう考えてしまうのは、俺が普通――かどうかは怪しいが――に生きているからか。

自殺したい人間の気持ちなんて知りようがないので、精神分析なんて出来ない。今更考えても無駄だけど。


「……これから天城さんはどうなさるおつもりですか?」

「明日村人に事情を説明した後、この村を出立するつもりです」

「えええっ!? 宿のご主人をこのままにしておくんですか!」

「自殺した時点で、宿主の人生はもう終わりだ。この先、俺達にどうしろというんだ?」

「え、えとえと、どうして自殺したのか原因を――」

「原因を究明してどうするんだよ、誰も望んでいないのに。
誰かが望んでいるにしても、俺達には何も出来ない。どっちかといえば被害者だぞ、俺達は」


 主がどれほど悲惨な人生だったとしても、宿を経営する以上は責任があるはずだ。

大切な客を宿泊させたまま死んで放置されては、大切な金を支払った俺達だって気分が悪くさせられる。

客を不愉快な気持ちにさせるなんて、宿の経営者としては最低だろう。

どちらかといえば俺は悲しみよりも、憤りの方が強い。


「キキョウさん……私は、天城さんの仰る事は正しいと思います」

「ううう、でもでも――」

「ならお前が残って、頑張って事件捜査してくれ。俺達は先に行く」

「そ、それは嫌ですー!? 置いて行かないでください〜!!」

「今のは、天城さんが悪いと思います」

「しまった!? 迂闊なことを言ってしまった!?」


 葵を肯定するつもりはないが、旅の仲間というのは本当にいいものだと思う。

宿泊した宿の主が自殺して気分が悪かったというのに、少し話をしただけでこんなにも和らいでいる。

大学で一緒に過ごしていたとしても、これほどの心地良い空間は作れなかった。旅ならではの感覚だ。


安らいだところで、疲労からの眠気が急激に襲いかかってきた。


「……お疲れですか、天城さん。仮眠を取られてはいかがですか?」

「カスミも葵もまだ戻ってきていないのに、俺一人休む訳には」

「少しお休みになられてください、京介様。何かありましたら、すぐにお声を掛けますから!」


 キキョウの元気の良い声につられるように、氷室さんも頷いてくれる。少し迷ったが、心遣いに甘えておくかな。

慌てん坊な妖精だけなら不安で寝ていられないが、冷静沈着な大学のマドンナもいる。

氷室さんも一緒なら、キキョウも迂闊な行動は取らないだろう。彼女なら冷静な判断も出来る。

ベットに豪快に寝転がるのは抵抗があったので、俺はすぐに行動出来るように座って眠る。


「京介様、寝辛くないですか……?」

「椅子に座って考えながら眠るのはよくある事だからな。この姿勢にも慣れたよ。
二人こそ大丈夫なのか? あんまり怖がっていないみたいだけど」


「天城さんが御一緒ですから、安心しています」


 ――えっ、それって……?

深く意味を考えるより前に、瞼を閉じた瞬間襲いかかってきた眠気に負けて意識を落としてしまった。


夢の中でも彼女の言葉の意味を考えるのを、何故か放棄してしまった。















 どれほど暗い気分になっても、爽やかな朝陽を浴びれば気分も少しは晴れる。

結局夜明け前まで眠ってしまったが、昨晩特にさしたる騒動はなく落ち着いた朝を迎える事が出来た。

宿の周辺を見回っていた葵に、死体を確認していたカスミも、部屋に戻ってきている。全く、とんだ一晩だった。


「間違いなく自殺だ。遺書は残されていなかったので、自殺した原因は分からない」

「宿の周辺も一通り確認したが、我々以外に宿へ侵入した痕跡はなかった」

「……原因不明の、突然死か……何にせよ、これ以上何も出来ないそうにないな。
お疲れ様、二人は少し休んでいてくれ。俺は村人に事情を説明してくる」

「お前一人では何かあってはまずい、私も同席する。一晩くらいは、何ともない。戦があった訳でもないのだ」

「吾輩も行くぞ、友に責務を押し付けられない」


 一人眠っていた俺が申し訳なく思うほど、二人は元気だった。一晩程度の徹夜で疲れを見せる二人ではないらしい。

とはいえ、無理もさせられないのも事実。何より、キキョウや氷室さんがじっと部屋で篭っていて疲れている。

村人に事情説明してからでないと、出立は出来ない。その間、二人には休んでいてもらおう。

女性のカスミに頼んで、宿で休む二人の護衛を依頼。俺と葵が、死体の検分に立ち会う事にした。

カスミは渋々承諾して、剣を教える葵に俺を守るように命令して部屋へと引き下がった。責任感の強い、難儀な人だった。


ほどなくして、村人が訪れたのだが――


「……あの爺さん、一人?」

「うむ、他の人間は相手もしてくれなかった」


 死体の引取りに訪れたのは、ヨボヨボのお爺さん一人。

自殺した人間よりむしろ死にそうなお年寄りに、俺は朝から頭を抱えたくなった。



この村は一体、どうなっているんだ……?














































<続く>






小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。


<*のみ必須項目です>

名前(HN)

メールアドレス

HomePage

*読んで頂いた作品

*総合評価

A(とてもよかった)B(よかった) C(ふつう)D(あまりよくなかった) E(よくなかった)F(わからない)

よろしければ感想をお願いします









[NEXT]
[ BACK ]
[ index ]

Powered by FormMailer.