Ground over 第六章 スーパー・インフェクション その3 宿泊






 港町セージをより出立して丸一日、モンスターの襲撃を何度か受けたが、全員無事に予想通りの行程を進められた。

ナズナ地方にある唯一の村、"ヤブガラシ"――南の進路を取って、遠回りしながらも安全に到着した。

のんびりした平原とはいえモンスターの出る地方、小さな村でも見えてくれば安心させられる。


普通の、村ならば。


「……こう言っては何だけど、やけに人気のない辺鄙な村だな」

「都会に毒されているぞ、友よ。素朴で良い村ではないか。
自然との共存こそ現代の若者が忘れている、古き良き人間の営みなのだ」

「科学技術のない田舎には住めないよ」


 田舎暮らしを馬鹿にしている訳ではないが、自分には性に合いそうもない。この世界に呼び出されて、強くそう思うようになった。

部品や材料を手に入れるのも苦労し、科学実験も出来ない。元の世界では通販という手段もあるが、異世界では不可能だ。

異世界ならではの特別な経験は出来たが、俺はやはり都会の生活に戻りたかった。

自分の故郷を懐かしんでいると、同行者のカスミが難しい顔をしているのが見えた。


「どうしたんだ、カスミ」

「――もうすぐ夜だというのに、灯りも見えないのが気になってな……」


 古風というより、みすぼらしい民家が並ぶ村。広い平原に根付くように、随分とくたびれた家屋が建てられている。

大自然を開拓するのではなく、ナズナ地方の自然を尊重して村が存在している。整備が行われた跡もなく、寂しそうな印象を受ける。

通りに人気もなく、家屋から灯りも見えない。日が暮れれば、簡単に闇に沈むだろう。


「皆さん、出掛けられたのでしょうか?」

「村人全員で……? それはちょっと考えづらいけど……何かあったのかな」


 静まり返った村というのも不気味だった。なまじ人が住んでいる跡があるだけに、余計に怖い。

此処で一晩泊まる予定だったのだが、事前予約が出来ないので宿の情報も分からない。

いっその事通り過ぎようかとも思ったが、俺とは正反対の印象を持った男がいた。


「過疎の村で起きた、集団失踪――まさか、この世界で事件に出くわすとは!
友よ、ようやく吾輩が培った知識が役立つ時が来たようだな」

「テレビや人の噂に振り回されただけじゃないか!? 人を散々付き合わせやがって!」


 こいつのいう知識とは現代に残された、巷によくある超常現象やミステリーな事件の類である。

科学では解明出来ない謎を追って、直接現地まで足を運んで調査を行った。結局、根も葉も無い噂だったのだ。

全国を無駄に走り回された青春を思い出すと、泣けてくる。多少は面白いのもあるが、大抵は無駄骨に終わる。

そして、無駄な知識と経験だけが積み重ねられていくのである。


「む、村の皆さんが行方不明なんて一大事ですぅ!? 早く助けに行きましょう、京介様!」

「落ち着け、まだ事件と決まった訳じゃない。宿を探して確認してみよう」


 村人全員が煙のように消えてしまったのなら、必ず噂になる。すれ違った旅人が教えてくれたはずだ。

……この村について旅人に聞いた時、確かにあまりいい顔はされなかった。

寂れていたからと勝手に解釈したが、どうやら事情は異なるらしい。

何が起こるか分からないので全員一緒に行動、カスミを先頭に村の中を歩いていく。


「――無人ではないな……まばらだが、人の気配がする」

「家の中に隠れて、こちらの様子を伺っているのか?」

「いや、我々を警戒している様子もない。だから却って不気味だが……家の中に閉じこもっているようだ」


 外からの人間を警戒していないのに、家に篭っている? 夜が近いとはいえ、眠る時間でもないだろうに。

程なくして、宿が見つかった。二階建ての木造の建物で、隣に馬小屋もある。一晩の寝床には十分だ。

玄関口にも灯りはついておらず、探そうとしなければ通り過ぎていたかもしれない。商売する気がないのか、この宿は。


「何か妙だな……ひとまず馬を置いて、俺とカスミで宿の中を確認してくる。
キキョウは万が一を考えて、氷室さんの荷物の中にでも隠れていてくれ」

「分かりました! 巴様、失礼しまーす!」

「何かあれば派手に騒いで知らせよう。安心して行くがいい、友よ」


 俺の指示を受けて、各自持ち場につく。何とも複雑だが、旅暮らしで慣れた連携だった。

何が起きるか分からないのなら、最大限の警戒をする。平和な日常には無縁な思考である。

カスミと一つ頷き合って、そっと宿の扉を開ける――



「いらっしゃい」

「うおっ!?」



 宿に入った途端に思わず飛び上がってしまう。不意打ちに近い来客への挨拶だった。

窓も閉めきった薄暗い玄関口で、受付カウンターの向こう側に男が一人座っている。

カウンターの上には開いたままの宿帳のみ、ペンが投げやりに転がっている。


「い、いたのか、あんた……何でこんな暗がりの中、一人で座り込んで……?」

「お泊まりなら、一泊銀貨5枚。前金で頼むよ」


 ポツポツと陰気に、商売のみを念頭に男は金を要求する。他に宿があれば、即宿泊お断りしている。

村の中を歩いて回ったが、大変遺憾な事にこの宿以外に泊まれそうなところはなかった。背に腹は変えられない。

平和な世ならいざ知らず、この異世界は盗賊やモンスターが跋扈している。

若い女性もいるのに、危険な野宿はさせられない。


「村中灯りもついていないんだが、何かあったのか?」

「知らないね」


 せめて情報収集をと思ったが、要領を得ない。不信感を煽る宿って絶対に駄目だろう。

隠し事をしているというより、答えるのが面倒くさいといった顔をしている変人だった。

クレームを出しても聞く耳を持たない、悪いマイペースな人間。気持ちよく金を払えない、というか払いたくない。


「二部屋、頼む。食事は部屋に持ってきてくれ」

「二部屋なら、銀貨10枚」


「――カスミ、葵を呼んできてくれ」

「やれやれ……」


 旅で疲れているのに、これ以上イライラしたくはない。カスミも嘆息して、呼びに出てくれた。

確かに宿は此処しかないが、妥協は絶対にしない。折角遠回りして選んだ安全なルートで、足元まで見られてたまるか。

現代のクレーマーの恐ろしさを思い知らせてやる。我がチームにはプロがいる。



――交渉の結果、二部屋で半額となった。冒険者ではなくて商売人になれと、言いたい。















 男女別に分かれて部屋に入り、荷物を置いて一休み。装備や道具の点検もしておく。

人間だけではなく、馬も小屋に入れて休ませる。手入れなどはカスミの指導の下で、氷室さんが丁寧にやってくれた。


明日への準備も滞りなく済ませた後、全員一つの部屋に集まって――話し合う。


「……キキョウ、村の様子はどうだった?」

「お家に人はいらっしゃいましたー! ですがその、皆さんお休みになられているようで……」


 自分の見てきた光景の不可解さに、キキョウも判断に困っているようだ。

宿を取った後俺達が旅の準備をしている間、キキョウに村の様子を見に行かせた。

一晩とはいえ滞在する場所、安全確認はきちんとしておきたかったのだ。

妖精であるキキョウなら、隠密行動に向いている。念の為、民家の中も探らせた。


結果は、実に微妙であった。白とも黒とも言いがたい。


「外から来た人間に危害を加えようとする動きはなかったか?」

「全然ありません、お家の中で横になられてましたよ。お疲れなのですねー」

「村中でゴロゴロしているのか……」


 田舎の農村の中には身内意識が強く、余所者に冷たい所もあると聞く。その類かと思ったが、違うらしい。

事件に何度も巻き込まれて警戒心が強くなっているのか、不審な点があると気になってしまう。


「こちらの様子を伺う素振りもなかった。むしろ、我々には無関心のようだ」

「接客態度も素っ気無かったしな……旅人なんて相手にしたくないのか」

「しかし、この村は立ち寄る旅人からの収入で成り立っているはずだ。
自給自足出来る生産力はない。我々を邪険にして、彼らに何の得もないぞ」


 広大なナズナ地方に存在する、唯一の村。安全を求める旅人に重宝される、腰を下ろせる場所。

旅人との交流が、村人に恵みを与えている。彼らの生活の糧になっている。

本当にそうだとすれば、彼らの今の態度はマイナスしか生まない。


「すれ違った旅人がこの村の話題でやな顔をしていたのも、村人の態度が原因なのかもな」

「――何かあったのではないでしょうか? 悩み事がおありとか」

「友よ。ここは実績ある我らが、村の問題解決に乗り出そうではないか!」

「明日の朝には立つの、この村から!」


 また話の流れがいつもどおりになりつつあるので、俺がスパッと断ち切った。

一晩泊まるだけの村で、どうして俺達が苦労して立ち回らなければならないのか。

アリスの時とは違う。誰の命がかかっている訳でもないのに、いちいち首を突っ込む必要はない。


「田舎だし、早寝早起きなんじゃないの」

「関わりたくないから、適当に言っているだけだろう」

「田舎だからと馬鹿にするのは都会人の悪いくせだぞ、友よ!」

「天城さん、真剣に考えてください」

「京介様、あんまりですよー!」


 軽く言ってみただけで、全員から滅茶苦茶叱られてしまった。しかも、氷室さんにまで!?

お前ら、冷静になって考えろ。まだ問題が起きていると決まった訳ではないんだ。

仮に問題があっても、村の問題は村人が解決するべきだろう。

しかし、正論を言っても聞き入れないだろう。ならば、


「だったら明日、出立前に宿の主人に聞いてみよう。何もなければそのまま出る、何かあれば相談くらいは乗る。
困難な問題なら、それこそ国に訴えるべきだ」

「分かった、その判断は友に任せよう」


 他の皆も承諾。やれやれ、このメンバーはお節介がすぎて困る。

どうせ宿の主人の愛想の無さからして、聞いても何も答えないに決まっている。

さっさと金を払って立ち去れば済む話、そう思っていた。この時までは。





翌朝、宿の主人が死体で発見された。














































<続く>






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