科学者という存在は・・・基本的に自分の目で見るものしか信じない。

それは知的好奇心の一つとも言えるし、臆病であるともとれる。

しかし少なくとも、俺は自分の目で見ないと信じないようにしている。





・・・そう、自分の目で見なければ・・・





Ground over 第一章 -始まりの大地へ- その1 妖精






眩いばかりの閃光。そして視界の感覚がどんどんとゼロになっていく。

そして俺達、いや俺達の周りの空間そのものが削り取られ、同時に巻き起こる落下感。


『わああああああアア嗚呼AAAAAaaa!!!!』















・・・・・・・・・。



ドシン!?



「うわ!?」


それまでの落下感が急に消失したかのように――俺の、いや乗っているバイクの下に感触が生まれる。

そしてそれに同調するように、目の前の眩さが消え、視界が開けた。


「・・・・・・」


視界が開けて見えたその先にあったのは・・・広大な草原だった。

空は群青色に染まり、眩い太陽の日差しが降りそそぐ。

風が涼やかに流れ、草原を優しく撫で、緩やかに揺れている。


「・・・・ここ、どこだ・・・?」


しばし呆然とその風景を眺めて、俺はそう呟く。


「・・・友よ、確か我らは駐輪所にいたはずだな?」

「ああ、乱雑に散らかり放題の大学の駐輪所だ。
いつも停める時に苦労するんだよな、あそこ」

「それは難儀だな。我輩のように電車で来ればいろいろと楽であろうに」


とりあえず広がる景色を置いておいて、俺達はどうでもいい会話を続ける。

人間、常識を超えると現実逃避に走りやすい。


「俺は基本的に満員電車は嫌いなんだよ。持っている荷物が爆発したら捕まるからな」

「だから、いつも爆発物は持つなといっておるのに」

「馬鹿野郎、科学の発展に火薬は欠かせないんだぞ」


まったくこれだから科学に目をむけないものは困る。


「ふん、このマッドサイエンティストめ。少しは世界の神秘について目を向ける事だな」

「け、このオカルトマニアめ。科学の偉大さを思い知らせてやる」

「あの〜」

「何が科学の偉大さだ!
この前の授業で、勝手に実験を行って机を吹き飛ばしたくせに」

「お前こそ先月トンネルの幽霊を捕まえに行くとか言って、危うくトラックに轢かれそうになっただろう!」

「も、もしもし〜」

『うるさいな、ちょっと黙ってろ!!』


俺達は声をハモらせて、横からの声の主に怒鳴りつける。

と――


「え、えーとぉ・・・・・・ご、ごめんなさい〜」

「・・・」

「・・・」


俺と葵の視線は、その声の主に思いっきり向けられている。


「あ、あのぉ〜・・・・・・」

「・・・」

「・・・」


俺と葵はそのまま顔を見合わせて、いっせーので叫んだ。


『妖精!?』


背中に小さな羽を揺らし、俺の手の平ほどの大きさの女の子。

ピンク色の髪に、小さなアクア色の瞳。

薄い羽衣のようなものを体に纏い、人形のように精巧で綺麗な身体をしている。

愛らしい笑顔が眩しく、抱き着きたくなるほどの可憐さがある。

とまあ、客観的観察はいいとしてだ――


「立体映像には見えないし、幻にしてはリアルだ。 本当に本当に・・・・・・妖精なのか?」


 図鑑にも載っていないような生き物を、俺はそう呼ぶしかなかった。


「はい、そうですぅ! 本当に来て下さって助かりましたぁ。
"召喚術"が失敗していたらどうしようかと思っちゃいましたぁ、えへへ」


そういって恥ずかしそうに、目の前の妖精(?)が笑った。


「ば、馬鹿な・・・妖精なんてこの世にいるはずが・・・」

「ふっふっふ・・・・・・あーーーーーーはっはっは!!!!」


バイクの後ろに乗っている葵が、高らかに笑い声をあげる。


「感動だ! 我輩は今日という日を一生忘れる事はないであろう!」

「おいおい・・・」

「妖精! それにこのファンタジーな景色!! 正に超常現象!!!
我輩が求めていた全てが今、ここに現れたのだぁぁぁ!!」

「嘘だーーー!!!」


俺は今見えている景色や妖精の事はとりあえず無視して、葵の方をむく。


「この世の中、全て科学で証明できるんだ! 妖精なんぞいるはずない!」

「・・・京介」


葵はやれやれとばかりに俺の肩に手を置き、同情と哀れみのこもった微笑をして首を振る。


「うわ、なんかむかつくーーー!!」

「はっはっは、勝利!」


気障な笑みを浮かべて、ぐっと親指を立てる。

くそう!!


「あのぉ〜、ところで・・・・・・」

「おっと、自己紹介が遅れて申し訳ない。 我輩の名前は皆瀬 葵。
世界の謎と未知なる浪漫を求めて流離う一匹狼」

「嘘だ、嘘だ〜〜」

「そして、さっきから現実逃避に走っているあの男は天城 京介だ。
発明好きの科学馬鹿ではあるが、悪い男ではない」

「そうなんですかぁ〜、私は『キキョウ』と申しますぅ。 どうぞよろしくお願いします」


そう言ってキキョウと名乗ったそいつは、こちらにぺこりと律儀に頭を下げる。


「いや、こちらこそよろし・・・って、そうじゃないだろう!!」

「ご、ご挨拶の仕方が間違えておりましたかぁ?」

「分かった、分かったぞ! この周りの景色もお前も実はバーチャルだな!
仮想現実の装置があの駐輪所に設置されていて、バイクに乗った途端に発動されるようになってたんだ!!
今みているこれはすべて幻なんだ! そうに違いない!!」


うんうん、それならば全ての説明はつくな。

俺はそれで納得する事にした。

頬に感じる優しい風の感触や土の匂い、空気の爽やかさとかも完全に俺の範囲から閉め出す。

そんな俺に、葵は一言こう呟いた。


「友よ。今のお前はピエロだ」

「ピエロとか言うな!」

「あのあの〜、喧嘩はやめて仲良くしましょうよぉ」

「元凶のお前が言うな!」



ドシ・・・ドシ・・・ドシ・・・



不毛な言い争いをしていた時、何やら地面が一定の間隔で揺れる。


「何だ? この妙な振動は?」

「うむ、まるで何かの生物が歩いているような振動だな」

「あ、忘れてましたぁ!?
あのあの、よろしくお願いしますね」


キキョウが何やら慌てた様子で、俺達の上――その向こうを見ている。


「は? 何が・・・?」



ドシン、ドシン、ドシン!!



先程より速く重い振動が、俺達を揺らしまくる。

「え?あの、私、追われていましてぇ・・・・・・
もう駄目かと思って、頑張って召喚術を唱えたんですぅ!
そこへお二人がやってきてくれて・・・私、感激でしたぁ」

「召喚? またそんな非科学的な事を言って俺を騙そうとしても・・・」

「と、友よ。現実逃避もその辺にして置いた方がいい」

「何だよ、お前もいちいち――」


 ――俺は言葉を失った。

目の前の景色よりも、そしてこの正体不明の虫よりもリアルすぎる現実がこちらへ向かっていた。


「・・・アレを見ても、友は幻と言えるのか?」

「葵君、僕が間違っていたよ。手品やトリックじゃあれはできないだろうね」



ドシン、ドシン、ドシーーーーーン!!!!



俺達の視線の先にいるモノ、それは・・・生き物だった。

地面を激しく揺らすほどの重量感に、ギラギラと食欲満点に光る濁った瞳。

問題なのは――大きさがビルを軽く超えている事だろう。


『きょ、恐竜だーーーーーーーーーーーーーーーー!?』


 俺は慌ててバイクに座り直し、エンジンを蒸かす。

葵は俺と同じ反応速度でバイクの後部席に座り、俺の腰に手をまわす。


「全速前進だ、友よ!」

「問答無用で逃げるぞ、葵!」

「え、え? あの〜・・・・・・」

「お前も来い!」

「は、はいですぅ!」


 キキョウは俺の肩の上に恐る恐る座る。



ブオオオオオオッ! ガアアアアアアッ!



 エンジン音と恐竜の吼え声が重なり、俺達と得体も知れない怪物とのレースが始まる。

負ける事、それすなわち死。


「何なんだ、この世界は!?」


俺の悲痛な叫びが、草原の向こう、地平線の彼方まで響き渡った。
















<その2に続く>







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