木々の生い茂る林の中。
固い木を打ち合う独特の音が鳴り響いている。
神社の境内を一歩でた先は雑草が足元を埋めるはずである、しかしその音の元は地面が踏み固められ、固い土が露出していた。
「はあああああ!!」
声で空気が震えるような激しい咆哮、もしも動物がいたらあっという間に山を越えて逃げ出しているのではないかと思うほど。
だけど、そこに突撃する二人の影がある。
「はあああ!!」
「しぃぃ!!」
一人は全身黒ずくめの服を着た若い男。
一人は男によく似た動きをする黒い髪を三つ編みにした少女。
その二人の両の手には少々短めの木刀が握られている。
最後の一人は、唯一木刀を一本だけ持つ、鋭いまなざしをした女性だった。
最初に響いた声に負けないと言わんばかりに激しい咆哮が再び轟く。
三人の咆哮と、その手に握られた木刀は、何十分も止まる事は無い。
高町兄妹と、ヴォルケンリッターのシグナムの朝の光景としては、極めて珍しくない何時ものことであった。
「夏休み?」
「ええ、この国の学校は夏に長期休暇があるんです」
服の下から溢れるように噴出す汗をタオルで拭う、運動着だけでは隠せない大きな胸が外にチラリチラリと覗く。
高町美由希とシグナムの二人は神社裏に隠れて訓練の後始末を行っていた。
既に身支度を整えた恭也は表で二人の準備が終遅いと思いながら待機している。
美由希一人なら文句の一つも出そうなものだが、御神流の実践的訓練にわざわざ付き合ってくれるシグナムがいるため、じっと待っている格好だ。
シグナムからいえばむしろ自分に付き合ってもらっていると返ってくるだろうが。
常々美由希には自分以外に訓練に付き合ってくれる相手が必要だと思っていたのだ、恭也としたらシグナムの存在は望んでも望めなかった最良の相手といえる。
「それで何時もだと私と恭ちゃんで山籠りをするんですが、どうかなって思って」
シグナムの脳裏にはついこの間見たばかりの時代劇のシーンが浮かんでいた。
山の中、世俗の雑念を捨て、ひたすら自らの剣を高める剣豪。
修行を終え、師の敵討ちを成すまでの姿までをしっかりと、わずかな時間で反芻する。
そんな姿に自分を投影して思わず「いい……」などと漏らしてしまうが。
「だが、主はやてを置いていくわけにも」
古代ベルカの騎士、シグナムにとって、最も優先するべき事項は、主であるはやての安全だ。
その主は自分達にもこの世界で好きに生きて欲しいと思っているのだが、シグナムからすれば、はやての安全と平和こそが最も自分が求めるものだと胸を張れる。
このように、一日の僅かな時間ならまだしも泊りがけともなると……
「それならはやてちゃん達も連れてきたらどうですか? みんなにはキャンプをしてもらって」
「なるほど」
悪く無い、主に聞いてみると、そういって夏休み前日の早朝訓練は終了となった。
HOME_REHOME 18話
終わった、真っ白だ、真っ白だったぜ、へっへっへ……
「また極端な成績だなお前」
竹下の手の内にあるオレの成績書。
底辺と上位の二つの数字がその上に印刷され、中間の数字が全く無い、そんな何時ものように極端すぎる成績が乗っかっていた。
「仁も酷いが」
「……」
こちらはもはや言葉も出ないようだ。
体育以外が酷過ぎるという言葉では足りないレベルに到達。
正直ここが私立であるということを認識の外にほおり出さないといけないレベルである。
だが言いたい、オレが疲れているのは期末試験もそうだが真雪ねーちゃんの自主的締め切りのせいでもあると。
はっはっはオレは夏の修羅場を乗り切ったのだああああ!!
「乗り切ってない乗り切ってない」
気にしなーい気にしなーい。
「はーいみんな席について」
お、唯子ちゃん登場、これで幸せの夏休みか。
その宣言にわくわくして席につく全員。
「あ、槙原くんと杉並くんは馬鹿だから補習でーす」
!?
「はい、これからみんな楽しみな夏休みだねー、危ない目にあったら直ぐに警察に連絡してねー海鳴の警察は優秀だよー」
周囲のはーいという台詞と「オノレ唯子ちゃんとそんな……」と訳の分からない幻聴はオレの耳に一切残らないのであった……
△ △ △
「夏休み?」
「うん、フェイトちゃんの予定とかどうなってるのかな?」
ホームルーム前に声をかけてきたなのはの話題、よくよく回りの会話に聞き耳を立てると、みんながみんな、その夏休みの話題を話していた。
そういえば先生もそんな休みがあるって言ってたような気もする。
テストが大変で忘れてたよ……
英語とかは何とかなるけど、日本語の漢字が難しくて難しくて。
テスト前は毎日御架月に手伝ってもらって勉強してたくらいだった。
おかげで平均点を割るほどではなかったけど。
ずっとお休みかあ、ずっとお休みだったら……
「えっと、母さんのお見舞いに行って、耕介のお手伝いして、寮のご飯作って」
うん結構予定はあるよ。
「フェ、フェイトちゃん……それは小学生の予定じゃない」
え? え? え?
ううーん、夏休みの予定夏休みの予定夏休みの予定。
なのはにこれは大丈夫!! って言ってもらえる夏休みの予定……
うーん……
「フェイトちゃんフェイトちゃん、揚げ物の途中で考え事はあかんよ」
おっといけない、集中集中。
耕介から叱責が来る前にはやてから注意されてしまった。
カラっと揚がった開きの魚は香ばしい香りを立てて、それをキッチンシートの上に置いて余計な油を取ると熱々のフライの出来上がりだ。
「うーん車椅子やったから店屋物やない揚げ物は久しぶりやー」
今日は珍しく八神家も一緒に寮でご飯にすることになっている。
理由としては、流石に揚げ物ははやてが作れないってことだった。
申し訳なさそうにお願いしてもいいです? って耕介にお願いしたはやての願いを勿論耕介はOKした。
とりあえず、シグナムとシャマルは出来ないのかって疑問は封印するのがきっと空気を読むってことなんだろう。
多分……
小麦粉と卵を付けた魚を何枚もボールとフライパンのリレーを繰り返して一人3枚のノルマを達成。
その間にはやてが千切りにしたキャベツや耕介の作ったスープ。
それが全部出来あがるころには寮のみんなにヴォルケンリッターも集まっている。
さて、全部テーブルに移して、ザフィーラと久遠とアルフのご飯も用意して。
「いただきまーす」
「主、ご提案があるのですが」
「ん? なんなん?」
今日のご飯もいい評判だった。
真雪が骨を揚げて塩コショウで辛く味付けしたものでビールを飲みだすと雪児が少し飲ませてと要求したりしたが、その辺はばっちり止めた。
少しだけシグナムも飲みたそうだったけど……
「しばらく高町兄妹両名が長期休暇らしく、山篭りをするとのことなのですが」
「うん、行ってもええよ」
あっさりと許可を出すはやて、少しだけ固まったシグナムが再起動するまでは少しだけ時間がかかる。
さて、今のうちに耕介の洗い物を手伝おう。
「いえ、そうではなくて、いいえ行きたいのは山々なのですが」
「うん、どうしたん、お母さんにどーんといってみい」
思わずプっと噴出してしまう、背中越しだがシグナムが睨んだような気がするから自重自重。
「いえ、その主達もご一緒に、そのキャンプ? などというものをしませんかと」
「ううんキャンプかあ、楽しそうやけどこの足やからなあ」
キャンプ、たしか山の中とかで少しだけ生活することだったかな?
丁度テレビで夏休みの過ごし方ってのを夕方やってたのを見た。
あ、洗い物終った、御架月に日本酒あげよう。
「あら、いいじゃないですか、わたしたちがいますし」
「そうだよ、はやてが心配するようなことはねーよ」
どうもシャマルやヴィータも賛成派のようだ。
「そうだ、フェイトも来ればいいじゃん」
ほえ? 私?
話が回ってくるとは思わないからベランダで変な声を上げてしまう。
「うーんそうやなあ、フェイトちゃんも来てくれたら安心やなあ」
あれ? いつの間にか私も行く事になってる? というかそんな事言われると断りずらいよはやて。
「うーん? ダメ?」
う、シグナムにシャマル、ヴィータにザフィーラまでこっちを凝視して……
えっと、えっと。
「高町なのはも恐らく来ると思うのだが……」
「……行きます」
べ、別になのはに釣られたわけじゃないよ? 本当だよ。
「ゆ、雪児はどうするの? 剣道やってるんでしょ」
ちょ、ちょっとわざとらしいかな?
「ほう」ってシグナムの視線は雪児に逸れた、でも雪児……どうしたの遠い目をして……
「ほ……」
「ほ?」
「補習が無い日なら……」
キャンプは週末になりました。
△ △ △
「さて、出発するか」
「ういーっす」
朝早すぎる、何でこんな時間に。
真夏の朝もやがまだあるような時間、ぱっぱとフェイトちゃんに叩き起こされて集合場所に行くと、めちゃくちゃ元気なシグナムさんが山のような荷物を脇に置いて待機していた。
恭也さんと美由希さんは5分ほどでやってくるが、やはり眠そうには見えない。
シグナムさんほどではないが、やはり大荷物である。
山篭りというかキャンプというか、そこへの移動は三班に分かれて移動する事になっている。
一番に入る俺ら。
高町家のお父さんの車に乗ってやってくるフェイトちゃん達2班。
動物モードでやってくる久遠達3班だ。
ぶっちゃけでかいテントとかの荷物は2班に持たせればいいじゃないかとも思うのだが。
「これもいい修練だ」
と言い切るシグナムさんによってオレらが担いで持っていくことに。
女性(大人)女の子(子供)男(全員)用と三つ分のテントは正直邪魔にも程がある。
というより、何で徒歩グループなんかがあるのだろうかと小一時間。
恭也さん免許持ってるだろうに。
「ん? 山に入る時はいつもこんなものだが」
おかしいよ恭也さん……
電車で一駅程度、ほとんど始発と同じような時間の電車には他のお客さんはまばらにしかいない。
そのまま隣駅から徒歩で山麓まで移動、そのまま。
「恭也さん、道が無い」
「あるだろう、ほら」
「恭ちゃん、普通の人は獣道を道とは言わないよ」
急斜面に申し訳なさげに草が生えてない部分を歩くというより登る。
足は滑るし背中は重いし腰くらいの雑草が進むのを邪魔するし。
早朝だっていうのにあっという間に汗でシャツが張り付いてきて不快だ。
恭也さんシグナムさん高町先輩そんなところをグイグイと先に進んでしまいオレは若干遅れ気味。
なんでこんな足場の悪いというか足場が無いようなところで歩けるんだろうこの人たち。
とはいえ、オレも背中の荷物は対して負担にならなかったりする。
というより、オレの体重がずば抜けて重たいからあんまり気にならないだけだけど。
「どうした槙原、遅れているぞ」
そう、かなり上の方からシグナムさんが声をかけてくるが、シグナムさんはどーしてこんな行軍中に笑顔が輝いてるんですか?
「今行きます」と返事をして少しだけ急ぎ足に切り替える、ついでに手首の能力リミッターの設定を少しだけ弱めておく。
これでちょっとだけ楽になる。
念動で体と荷物を支える感じ、さっきまでの1.2倍くらいの速度で進んでも何とかなるか。
「ふう、ふう」
夏の気温を吸収、夏は楽な季節だ、普段以上に暑い分HGS能力のエネルギー補給が多少は楽になってくれる。
後ろを振り返ると海が見える、そんな高さまで登ったのかと若干驚いた。
しかし、上を見ると……
超アップなリュックサックが視界を埋めました。
「ご、ごめん雪児くん大丈夫?」
「だ、大丈夫大丈夫……」
び、びっくりした、足を滑らせた高町先輩、オレが下にいたのが幸いといえば幸い。
怪我が無くってよかった。
「何をやっているんだ美由希」
「むう、少しくらい心配してよ」
呆れ顔の恭也さんに膨れてる先輩。
剣の師弟らしいけど、それとは別に兄としての、ちょっと意地悪な恭也さんの性格が出てる。
しかし、ちょっと、ちょっとだけ……
「本当に大丈夫?」
は!!
「いえ、本当大丈夫です先輩、ああ荷物持ちましょうか? 大丈夫重いのには強いんです」
「そ、そう?」
あ、あぶねー、思わずトリップしてしまった、でも……柔らかかったなあ先輩……
少し先で待っていてくれたシグナムさんと合流して、そのまま30分くらい歩くと目の前が急に開けた。
山道と並行して流れる川、流れる水はそのまま飲めんじゃないかってくらい澄んでいる。
街中の車の排気音も道端の雑音も無く、川のせせらぎと風で擦れる木々、そして虫の音しかない。
足元は踏み締められた土の道路、車の轍以外に草がぼーぼーなのはご愛敬ってやつだろう。
「ふむ、いい場所だな」
「はい、何時も長期休暇ではここで鍛練するんですよ」
自慢の場所なのか、高町先輩のこの場所を紹介する声に弾みがある。
確かにいい場所だ、川に近いから少しだけだから涼しい。暑い夏だから余計だろう。
川辺には火を焚いた後がいくつも見つけられる、これが先輩達の後なのか。
「さて、まずはテントを立てて荷物を置くぞ、そしたらすぐに訓練を開始する」
「はい、師範代!!」
「楽しみだ」
すぐなのか……シグナムさんと高町先輩の返事とは裏腹に、すぐ先に待っているだろうハードトレーニングに欝になるオレがいた。
△ △ △
雪児が出かけた時に比べて随分と太陽が高く昇った。
朝の適度に涼しい気温とは違い、焼付くような暑さが少し辛い。
その分洗濯物はよく乾くけど、ちょっと油断すると湿気を吸い込んでしまうので結構考え物だ。
「フェイトちゃーん」
あ、来たみたい、寮の前からなのはの呼び声、その後から車のクラクションの音が響く。
用意は昨日の晩のうちに雪児の分をやるついでにまとめておいた。
荷物が詰まったちょっと大きめのリュックを背負えば私の準備は完了だ。
「いってきまーす」
耕介の行ってらっしゃいって声を受けて玄関を出る。
やっぱり日差しは強い、アルフが久遠達と出かける前に麦わら帽子を用意してくれたのでそれを被って丁度いいくらい。
「あ、フェイトちゃんおはよー」
「おはよう、なのは、士郎さん今日はよろしくお願いします」
なのはの家のワンボックスカー、士郎さんは後ろの荷台を空けて待っていてくれた。
「ん、フェイトちゃんもおはよう」
士郎さんは私達を置いてから直ぐに戻る予定だ。
流石に夏休みに恭也さんに美由希さんに加えて士郎さんまで休めないから、送り迎えだけしてもらうことになっている。
「やっほーフェイトちゃん」
「おーう」
「おはようございます、フェイトちゃん」
あ、はやて、ヴィータ、シャマル。
はやてとヴィータは後部座席、シャマルは助手席に座っていた。
後部座席にはもうお菓子とかが広がっている、一応今日は剣道の練習みたいなそんな会のはずなんだけど。
でも、はやてからしたら初めてのキャンプってことらしいし、楽しみなんだろうな。
「なーなーフェイトちゃん、カレーの味比べしような」
「うん、用意してきたよ」
ここ数日耕介にカレーの作り方は習ってある、何でカレーなのかと聞くとそれが日本流とのことで。
荷物の中にはカレーを美味しくする秘密道具もたっぷり持ってきたんだ。
「負けないでー」
「こっちこそ」
「あれ? フェイトちゃん今日はユーノ君と私の魔法見てくれるって」
「そ、それも勿論やるよ!!」
「なんかさーシグナムもおめーと空中戦闘したいとか言ってなかった?」
え? ……
「が、がんばるよ!!」
大丈夫、大丈夫、多分大丈夫、全部できるよきっと。
「フェイトちゃん、無理はしちゃ駄目よ」
「は、はい、大丈夫です!!」
大丈夫、だと思う……
が、がんばろう……
川の流れる音が聞こえる、こういうのは街の中で聞くのとは全然風情? っていうのが違うとなのはは言う。
私はよく風情というのはまだ分からないけど、何となく気分がいいとは感じてる。
「じゃあ、明日迎えにくるから、恭也達にはほどほどにと伝えておいてくれ」
そう言って士郎さんの運転する車は街に引き返していく。
着いた場所にはもうテントが三つ組み立てられているんだけど、四人の姿は見えない。
「何処に行ったんだろう?」
火を点けるところもしっかりと準備されているのに。
「あっちのほうじゃねーか? 何か音がすんぞ」
あ、本当だ、何か聞こえて……それが段々と近づいて……あれ?
「のああああああああ!!」
「ひゃあ!!」
ゴロゴロと転がっていくモノが私とすれ違いそのまま川まで。
ばっしゃーんと飛沫を立てて、そのまま。
「どうした槙原!! 立て、立たんか!!」
「シグナム!?」
「む? テスタロッサか、ヴィータも」
茂みの奥から出てきたシグナムはその長い髪を汗で身体に貼り付けていた。
ゆったりと身体から湯気が立っているような気もする。
そう思えるくらいの熱気をほとばしらせて。
シグナムの異名、烈火の将って名前の由来をひしひしと感じさせた。
「何やってんだよおめえ」
「訓練中だ、槙原と自由打ち込みでな」
訓練? 雪児の落ちたところからブクブクと泡が立ってるのを見るとかなり引く……
「で、すっ飛ばしちまったと」
「問題ない、アレは意外と頑丈なタチのようだ」
いや、確かに雪児は頑丈なんだけど……
「あのさ、浮いてこねえんだけど、あいつ」
へ?
「ゆ、雪児さん大丈夫ですか? 雪児さん!!」
「ああ、大丈夫、大丈夫だからなのはちゃんは落ち着いて」
「雪児、焚き木もって来たよ」
川から引き上げるのに酷い苦労だった、何しろ雪児は私の6倍は体重があるのだ。
シャマルやシグナムに手を貸してもらえないと、私達だけでは持ち上げる事もできない。
持ってきた焚き木に少し魔法の雷を通してみて、うん乾燥してる。
火の中に少しだけ焚き木を入れると、直ぐに着火して燃え上がっていく炎。
随分と火に近いのに私やなのはにはその熱さがほとんど感じられない不思議な感じ。
「うう、さみーよ重いよー疲れたよー」
背中から黒い羽を生やした雪児がその熱を吸収してしまっているからだ。
雪児の超能力は熱を吸収する事で発動する。
その力を使って普通じゃあ考えられないくらい重たい身体を動かしているらしい。
逆に言うと、力が無くなったら動く事もできないってこと。
「シグナム、何してたん」
「あ、主……これは、その……」
はやては滅多に見せないちょっと怒るような声でシグナムに詰め寄る。
はやてとしては、自分がシグナム達の保護者みたいな感じなんだろう。
私と同い年くらいの子に、大人なシグナムが恐縮する様はちょっと異質な感じ。
「何か紫煙一閃とか何とかいうのを受けてみろって言われた」
「紫電一閃ね……」
「どうしたのシャマル?」
雪児の身体の様子を見てくれたシャマルの様子が。
「いえ……木刀とはいえ、魔導師でも無い人に必殺技を使うシグナムを怒るべきか、何とも無い雪児くんに呆れるべきか、複雑で……」
ああ、うん、よっく気持ちが分かってしまった。
「いやヴィータ、分かるか? 分かるだろう、我らの技を安心して放てる存在がどれほど貴重か」
「じゃーそれはやてに言えよ」
「く……」
「あの、私はちょっと、分かるかも」
「そ、そうか!!」
ついついやりすぎちゃうんだよなあ。
この間サンダースマッシャー撃っちゃって、流石に不味いと思ったのにケロっとしてるし。
「ところでなのは……」
「……」
なんでさっきから必死な顔でフルフル首を振ってるの?
「フェイトちゃん、そっち行かないで、本当に行かないで……」
そっちって何処?
結局雪児はシグナムたちの訓練の方に連れて行かれた。
流石のはやても、「これはお遊びでは断じてなく、真剣な訓練です」と、シグナムにはっきり言われてしまっては門外漢である以上強くは言えない。
連れて行くシグナムが随分と上機嫌で、雪児が売られる子牛のようだったのは忘れるべきだろう。
時折、シャマルは自分が張った結界の中から地響きが届く度にハラハラと、見ていて気の毒になるくらい心配している。
しかし、恐らくこのシャマルが心配していたって事実を伝えるだけで雪児は元気を取り戻すだろう。
……そう思ったら別に心配しないでもいいのかもしれない。
それよりもまず、今私が集中するべきなのは、目の前に並んだ食材をどう料理するか、それが最重要課題だ。
「ふんふふーん」
膝の上に置いたまな板の上で具材を切り分けるはやての手つきに淀みは無い。
近くに置いたボウルに、恐らく煮込む順番で具材を積み上げるあたり、耕介のような手馴れた感じ。
だけど私も負けるつもりは無い、ジャガイモに、ニンジン、玉ねぎに牛肉を小さく切って。
玉ねぎにお塩を振ってから炒めると早く色が変わってくれるって習った。
色の変わった玉ねぎに、少し炒めたお肉、それに水を張ってルーを入れる。
煮立ったら野菜も入れて、後は最後に隠し味のチョコをちょっぴり入れるだけ。
飯盒でご飯も炊いて、こっそり持ってきた梅酢を入れて。
「おお、フェイトちゃんもはやてちゃんも凄い……」
そ、そうかな? なのはに褒めてもらえるとなんだかくすぐったいけど。
「むーこんなもんかなあ、後は待つだけや」
はやても出来たんだ、そう思ってはやてに視線を向けると自信満々の表情が浮かんでいる。
よほどデキに自信があるのだろうか、いや私のカレーも負けていないはず。
車椅子に座ったままにもかかわらず、私を見つめるはやては私を見上げるかのような存在感をかもし出して。
「勝負やフェイトちゃん!!」
「の、望むところ!!」
ま、負けない、絶対に負けない!! そう心に強く気持ちを秘める!!
気持ちで負けたら絶対に勝てないってリニスも言ってたもん、そう……真雪の漫画のように!!
△ △ △
「竹刀をしっかりと持たんか!!」
バシ!!
「クソ握りをしてどうする!!」
バシ!!
「腰を入れんか腰を!!」
バシ!!
「ベタ足になっては意味が無いだろうが!!」
バシ!!
「足運びが雑だ!!」
ドビシ!!
あうう、もう嫌だああ……
「どうした槙原!! まだ30分と経っていないぞ!!」
そりゃあ再開前に何回アナタの必殺技を受けたと思ってるんですか。
何回腕へし折られると思った事か、とりあえず竹刀で竹刀を受ける時にドッカーーンって音は普通しないと思います。
「まだまだ、大丈夫だ、立て槙原、根性見せろ!!」
「うーん、シグナムさん厳しい……主に口が」
「そうか? オレもあんな感じにしたほうがいいだろうか」
「いや、恭ちゃんは態度が厳しいからそのままで十分だよ」
関係ないところで見物中な恭也さん達ののん気な意見がいやだ。
「全く、いい物を持っているのに基本がなっていないぞ」
「ちなみに何をみて判断しましたか?」
「自重に決まっていようが、そんな体格で且つ常人の数倍の体重、素晴らしい才能だぞ」
「能力切れたら動けませんけどね」
いや、重くて重くて、自分の身体が……
「耐えろ」
はい?
「鍛えろ、根性で」
ちょ、こないだの診察で170オーバーしたんですけど!?
無茶っす無茶無茶!!
「さて、続けるぞ、さし当たっては能力を使えなくしてから筋力トレーニングでも始めるか」
「う、うそおおおおおおおおおお!?」
△ △ △
「僕、何でザフィーラ達と来たのかな?」
? 何故そんな事を疑問に思うのだろうか?
アルフと久遠とザフィーラと一緒に合流したユーノが謎の落ち込みをしているが、今カレーが大切なとこだから後でね。
……味よし、ご飯の炊き上がり……よし、付け合せ、よし。
「ただいまー」
「……」
「今戻った」
「……」
お客さんよし!! ズルズルと雪児が死体みたいに連れてこられてるけど。
「ちょ、ちょっとシグナム、槙原くん大丈夫なの!?」
「む、うーむ、ちょっと厳しすぎたかもしれんが……こ、こうなってからが訓練の本番で」
あ、シャマルの魔法かけてもらって直ぐに元気になった。
ガッツポーズまでしてるし。
ほら、大丈夫だ。
御飯を食べて、午後からの予定はまず魔法の訓練だ。
ユーノに結界を張ってもらい、恭也さん達はそれを見学する。
「見せてもらおうか、魔法使いの戦いというものを」
「ふ、いいだろう、存分に見るがいい」
「あたしらは騎士、魔法使いはこいつら」
「にゃはは、がんばります」
とはいえ、私の方はリミッター付きなので全力、とはいかないけど……
一応、自分でリミッターはカットできるようにはなっている、だけどそれは同時にリンディ提督たちにそれが伝わる仕組みだ。
まさか、ちょっと特訓しますからリミッター切りました。
なんて本来だったらミッドにいないといけない重要参考人の身でいえるわけが無い。
「じゃあシグナム、お手柔らかに」
「ああ、私のほうも最大出力には制限をかけた、ベルカの戦技見せてやろう」
午前中にも訓練をした後だろうに、シグナムからは全く疲労というものを感じない。
強い、のだろう。
雪児はアレだけどいざ戦うとなったら凄い強敵だ。
恭也さん達だって、真雪が言っていた、凄い使い手だと。
そのみんなと午前一杯訓練していたんだ、強くないわけが無い。
「ふー、はー」
なのはと久遠と一緒に時の庭園で戦って以来だろうか、ぴりぴりとした感触、指の先、髪の毛の先端まで神経が通ったような錯覚。
調子はいい、後はどのくらい動けるかだ。
「お願いします」
「ああ」
ピリリっと背中に何かが流れた。
腰に持った剣を鞘にいれたまま立っているシグナム。
構えというものをしていないのに、今不意打ちしても攻撃が当たるという気がしない。
鋭い眼光は私の心の内側まで見抜いているようで……
「どうした、そちらから仕掛けていいぞ」
これは……予想以上なのかもしれない……
どうする、砲撃? 誘導弾? 直接攻撃?
ダメだ、どれも成功する気がしない……なら……
「行きます!!」
心が静まる、自分の手足の延長のように違和感の無いバルディッシュの柄。
シグナムまで私の足で20歩、シグナムなら15歩くらいの距離。
胸の奥、リンカーコアからさっきまでとは別の、もっと直接的なビリビリが体中の穴から外に出てくる。
それを胸から肩、肩から腕、腕から杖へと。
リニスに教えてもらった私の力の使い方、それは。
速さだ!!
開放した力がシグナムとの距離が0に、そしてあっという間に広がって。
鍔迫り合いの音が遅れて聞こえたような錯覚すら感じる。
そうだ、これが私の力、母さんから貰って、リニスが鍛えてくれて、アルフが支えてくれる。
これが、魔法使いの私だ。
「……ほう……」
振り返った先のシグナム、その両手にあるのは抜き放たれた剣と鞘。
その鞘は、中ほどに痛々しいヒビが走っていた。
私の攻撃、それを受けたのは剣ではなく鞘、振りぬいた渾身の一撃をあっさりと剣をかわすことすらせずに受け流したんだ。
やっぱり、凄く強い、シグナムは。
「ほえ……ユーノくん、フェイトちゃんあんなに凄かったっけ」
「いや、僕だってここまでなんて……」
そういえばなのはとの時はこんなに本気になっていなかった、というかほとんど戦った記憶がないんだけど……
途中からずっとどっかの誰かさんたちのペースだったからなあ。
「どうだ、美由希」
「速い、ね、トップスピードじゃ勝てないよ、機動性で勝負するべき、かな?」
……何とか出来ちゃいそうな発言だなあ、恭也に美由希は。
「予想以上だぞ、テスタロッサ、ここまでとはな」
「そっちもね、シグナム」
凄いなあ、うん、本当に凄いや。
リニスくらいしか今まで全然敵わないって思った事は無いけど、シグナムも全然負けてない。
だけど。
「どうした、まだまだこんなものでは無いだろう」
勿論、今度は空戦でやらせてもらう、久しぶりなんだ、思いっきり、手加減抜き、全力全開でぶつからせてもらうから!!
「バルディッシュ!!」
『サイズフォーム』
「レヴァンティン!!」
『ジャローム』
さあ、行くよ!!
△ △ △
静かだなあ……
川原の石を持ち上げて底にいた虫を捕まえて針に通す。
川にテグスを垂らしていると心が落ち着く。
川の音と、風が鳴らす葉っぱのこすれる音。
座った石は太陽の熱で温い温度を保ってる。
「ああ、平和だ……」
「くん」
胡坐の上で欠伸をする久遠に癒されながら午前の傷を癒す、これはこれでいい休みだよ。
「いいんです? フェイトちゃんとかがんばっとると思うんやけど」
「いーの、もー疲れたの」
ちょっと入り組んだところで訓練するフェイトちゃん達、車椅子のはやてちゃんが付いていくにはちょっと大変なのだ。
だけど釣りだったら、ちょっと手伝いがいればはやてちゃんでも出来る、ちょこーっとだけオレが休む口実だったりもするけど。
「はいこれ」
「おお、私釣りも初めてですよ」
直ぐ出来るって。
こっち側のメンツはオレ、久遠、はやてちゃん。
そしてお目付け役にザフィーラ、後ろのところで横になって控えている。
アルフもそうだけど、ザフィーラもやっぱり山の中が映える、何か野生的なカッコよさがあるなあ。
女の子座りで石の上に座るはやてちゃんが「おお、暖かい、外の石ってこんな暖かいんや」って感動してるのも見ててほほえましい。
そうだよなあ、シグナムさん達が来るまで一人っきりだったんだから川原なんか来ないよな。
垂らした釣り糸に付いたウキが水中と水上を行ったり来たり。
魚はいるはずだが中々かからない、まあそれでもいいさ、ゆっくりすることが目的みたいなものだし。
「来ませんねえ」
「のんびり待つのもいいよ」
「そうですかあ」
しばらくボーっとして、針の先の餌を確認したりしてるとスースーと寝息が聞こえてきた。
隣のはやてちゃんだ、首をかっくんかっくんと座りながら眠っている。
お昼の時も張り切ってたし、ひょっとしたら昨日から寝てないのかも。
ザフィーラが声もなく近づき、はやてちゃんの体が川に落ちないように支えた。
「はやてちゃん、寝てない?」
「ああ、大変楽しみにしておられた」
ああ、やっぱりなあ、可愛らしいもんだ。
はやてちゃんにとっては友達やその家族と一緒に出かけるってイベントもとても特別なものなんだ。
竿をそーっと取り上げておくと、次第にはやてちゃんの体はザフィーラに寄りかかっていく。
そのモフモフに包まれて、とても満足そうな寝顔を見ていると、何処かほのぼのとしてくる。
「かかっているぞ」
ん? おお、浮きが大きく浮き沈みしていた、合わせると、急激に竿はしなりびりびりとした手ごたえが手に返ってくる。
さて、今日の釣果はどのくらいになるかなあ。
それから時間もたって日が暮れてくるころになるとクシャミを合図にはやてちゃんが起き出して。
夕飯時になると手作りカマドの上に鉄板、それとは別の焚き火には棒に突き刺した魚が並ぶ。
恭也さんやフェイトちゃん達が真っ暗になってから帰ってきて、食後に花火をやって、
ひと段落したらそれぞれのテントで寝静まる。
「ちょい雪児さん、ザフィーラはしょうがないわ、でもせやったら久遠ちゃんこっちに貸してくれんと不公平や!!」
「な、なんだとう!? 久遠とオレは魂で繋がった親友、すなわちソウルフレンドだぞ!?」
「だからってモフモフ動物独り占めなんて許される訳ないやろ!!」
「わかったユーノで手打ちに」
「男の子やから却下!!」
とまあ、久遠を女組(子供)組のテントに取られたりもした。
「……」
「どうした、ユーノ」
ひたすら黙るユーノだったが、理由がむっつりなので男性組にからかわれたのは言うまでもない。
そんなこんなで7月のキャンプは終わり、勿論早朝っからフェイトちゃんに叩き起こされて訓練もやったけど。
恭也さん美由希さんはそのまま一週間くらい泊り込むので別れて、オレは月曜日からの補習。
今年の夏休みの始まりはこんな感じで始まったのだった。
△ △ △
7月○○日
土曜日と日曜日にかけて友達とキャンプに出かけた、山の中は虫が多かったり、料理の火加減が大変だったり、すっごく苦労した。
だけど、何時もと違う場所での生活や、友達と協力しての料理。
とても新鮮で楽しい日でした。
後書き
恐ろしく遅くなってしまいました。
ここまで遅くなったのは始めてです……本当にごめんなさい。
拍手レス
>鬼丸さんへ…
>ケイスケ君シリーズ、HOMEREHOME、ともに楽しみにしております。これからも頑張ってください。
>とりあえず、海外組のゆうひや、紐育な2名も、はやく登場しないかなと…。
夏休み序盤がすっごく時間がかかったのが申し訳ないです……
>※鬼丸さんへ
>ケイスケと雪児の両方とも裏から掲示板まで読ませてもらいました。
>二次創作読む人それぞれですが自分は鬼丸さんの作品は夢が詰まっていると思います。
>確かに細かい所から隅々までの考えが甘いとの意見もおありかと思います。
>自分としてはこれは不思議な物語だからそんな事もあるさと考える頭なのですごいなと逆に考えてしまいます。
>前の拍手に鬼丸さんが感想云々の下りがあったので次は鬼丸さんが参考にされている作品を教えてください。
>普通に売られている作品でも二次創作、クロス小説でも構わないです。あと一言言うなら鬼丸作品最高!!
どうもありがとうございます。
参考というか、好きなのは長谷川雄一の先生のマップスや戸土野正内郎先生のイレブンソウル、川原先生の作品です。
特に長谷川先生の冒険心をうずかせる部分が大好きです。
>※鬼丸さんへ
>すずか轟沈。そして七瀬復活にとらハファン歓喜だぜ!
>それにフェイトは順調にさざなみ菌に罹患してるな原作知らない人の何人が「春原」を「すのはら」と読んだか気になったり。
>「すのはら」じゃないよ「はるはら」だよ
七瀬は出したかった!!
その思いの結晶でした、とらハのってしたのはこれも理由だったりします。
>※今回アレな思いをしたすずかにはそのうちいいことがあると思います、そのうち。
ええ、多分、きっと……
>※鬼丸さんへ
>とりあえず雪児はすずかに土下座したまへwwwww
土下座程度で許していいのであろうかwww
>※鬼丸さんへ
>HOME_REHOME17話は感動?それとも笑い?私は笑いましたがwww
答えはアナタの胸の中に。
作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル、投稿小説感想板、