朝5時、普通だったらまだまだ眠っていたい時間帯。

本格的な夏も近いけど、この時間はまだちょっと肌寒い。

上っ張りのジャンバー、その懐に入っている子狐久遠を抱きしめ。

「あー暖かい」

「くぅん」




         HOME_REHOME 15話





国守山の花見ポイント、一応私有地、寮の人間以外は迷い込む人しかいない。

その分ゴミも少なく、また人も滅多に来ない場所だ。

オレにとっては子供のころから美緒ねーちゃんや山のネコ達と遊ぶ場所。

まあ、余りあるねこまたパワー全開の美緒ねーちゃんに遊ばれる方が正確だったんだけど。

そんな場所は今、文字通り虫一匹いない。

その中心にいるのは






「なのははまずデバイス無しに慣れた方がいいかも、私も最初はそうだったし」

「そうだね、後は基本的な魔力コントロールからやり直した方が上達すると思うよ」

フェイトちゃんとユーノからの講義、なのはちゃんはその説明を一々メモにとって。





「アタシがこの辺の縄張りでは先輩なんだから、アタシの言うことを聞くこといいね」

「うむ、了解した」

ザフィーラとアルフが上下関係を構築し。

で。







「ほえ、光の玉がブンブン飛んで、ああフェイトちゃんが雷出して!!」

「あれはミッド式魔法ってやつで……」

見物するはやてちゃんにヴィータちゃんが解説。

耳には届くけど、一分くらいで解説を理解するのを放棄した。

後この場にいるのは救急箱を持って待機しているシャマルさん。

紫のジャージに身を包み無言で腕を組んでオレの横でプレッシャーまで放ちそうな存在感を出しているシグナムさん。

そんな中オレにできることは。









持ってきた鞄から魔法瓶と紙皿を取り出し魔法瓶の中身である甘酒を注いで。

「ほれ、美味しいぞー」

「くーん」

久遠が出すのは心配そうな声、大丈夫だからと飲んでもらう。

ペロペロと久遠が甘酒を飲んでくれるのだけがオレの心の癒し。

少しだけ現実から逃避させてくれ。

こう、シグナムさんは何処か薫ねーちゃんと似ているところがあるから緊張してしまう。

「すまない、待たせたか」

当然だけど此処は山の中だ。

しかも私有地であるから林業の人は限られた人しか入ってこない。

それでも寮の人間や、他の山から歩いてくる人用の道くらいはある。

だけど、声の主はあえて薮が生い茂る所から出てきた。

傾斜も厳しいし、何より足場も悪いはずなのに、息も切らせずに登場した男の人。

上下にワンポイントくらいしか無い真っ黒な動きやすいジャージを着た人。

「よっと、到着っと」

その後ろからまたしても人が来る。

やっぱり黒いジャージ姿だけど、上はより軽快なシャツだった。

しかも女の人。

黒い三つ編みと眼鏡で文学風な外見に反してシャツの内側からは熱気が噴出している。

息は全く切れていないのだが……

高町恭也さんと美由希さんの兄妹。

相変わらず若干運動神経切れてるなのはちゃんのご家族とは思えない。

「いや、こちらも丁度準備が出来たところだ」

そういうとシグナムさんは傍らに立てかけた木刀を手に取る。

それを合図にフェイトちゃんやなのはちゃん達もこちらに注目し、久遠も甘酒から二人に視線を移す。

恭也さんは腰に挿していた二振りの少し短い木刀を抜き出し、

その二人を大きく迂回して美由希さんがこちらに回ってくる。

二人の間にはもう張り詰めるような空気が漂っていて、

一見ボーっとしているような焦点が合わない視線は互いを観察しているんだろう。

そもそもこんな事になったのは恭也さんの事情からだった。

シグナムさん達となのはちゃん達が知り合い、剣使いというシグナムさんの話を家でしたところで恭也さんが言い出したそうだ。

もっとも最初はもっと穏やかに一度会わせてもらえないかという程度だった。

それをなのはちゃんが伝えたところ、シグナムさんも乗り気で、フェイトちゃんからはその場所を提供することに。

そんなこんなでうちの山で結界ってやつを張ることで行うことになり、オレはそれを一応持ち主の親族として。

というかぶっちゃけ、魔法関係で一番関わってるのがオレだからってだけなんだが。











5m程度の距離で向き合う恭也さんとシグナムさん。

最初の声かけ以降気迫を漲らせるばっかりで一言も話そうとしない二人。

これは……オレがまとめないといけないんだろうか?

シグナムさん側、恭也さん側の親族を除くと微妙にオレが最年長な事実に気がつく。

いや、久遠の10%も生きてないんだけどそれはそれということで。







「えーっと、木刀使用で、体に当たったら一本ということでいいですか?」

防具無し、しかも頭部有りな時点で危ないとは思うのだが。

まあ、美由希さんのお兄さんで忍さんの彼氏な恭也さんと、魔法世界なシグナムさんだし。

「ああ」とか「それでいい」とそっけない返事。

それを合図にして二人の雰囲気がおっかなく変わって、同時に周囲の応援の声が小さくなって。

「シグナムーまけんじゃねーぞー」

「怪我だけには気を付けて」

訂正、シグナムさんのお仲間だけは気後れしていない。

なのはちゃんやはやてちゃんは声も出せないくらい緊張しているのに……









早く始めたほうがいいかも、息が詰まる。

「じゃあ、始め」

多分この空気に似合わない緊張感の無い合図だったと思う。

ガチンという音が周囲に響いた。

あれ? っと思った時にはもうシグナムさんに恭也さんが打ち込んでいた。

二人から視線を外した覚えは無い、5mも離れていたのに恭也さんが間合いを詰めるところが認識できなかった。

隣を見るとなのはちゃん達年少組も疑問と驚きの表情を表している。

例外はヴィータちゃんくらいなものか。

美由希さん達と一緒に真剣な目で細かいところも見逃すまいと目を凝らしていた。

両手の木刀を交差させるように打ち込んだ恭也さんの攻撃を一本の木刀を両手に持ってシグナムさんが受けている。

ギリギリと軋む音を立て、恭也さんが後ろに大きく飛んだ。







シグナムさんは片手を木刀から外し、その手の平をジッと見つめて。

「恭ちゃん、本気だ……」

そうなの? と美由希さんに聞こうと思ったが美由希さんの目は二人から一瞬も離れない。

「凄いですね、二の手が打てませんでしたよ」

「なに、貴方こそ、何ですかこれは。痺れを隠すのがやっとでした」

そんな二人は離れた状態で互いの技術を褒めあっていた。

ツンツンと肩をなのはちゃんが突っつくので多分解説しろってことなのだろう。

本当に多分なんだけど、恭也さんは相手の受け手を痺れさせて次の攻撃に繋げようとしたんだけど、

シグナムさんが効いてない風に演技したんで出せなかったんだ……と思う。





「それと、恭ちゃんは鍔迫り合いで押し込もうともしてたよ」

「後シグナムはそれを受け流そうともしてたぞ」

そんなんだったのか……

剣道は薫ねーちゃんに仕込まれたが、はっきり言って何やってるのかさっぱりなんですが。

シグナムさんが今度は仕掛ける、やっぱり気がついたらもう木刀を振り切っている。

それを恭也さんは受け止めないで紙一重で避ける。

辛うじてそれが分かるのは、見た目当たりそうな恭也さんが全く当たっていないからだ。

二人に共通しているのは、攻撃の瞬間だけが分からないこと。

別に二人が消えてる訳じゃない。

コマ送りのように瞬間瞬間が認識できないんだ。

これは認識を誤認させるテクニックであって、超常の能力とかじゃない。

それがオレに分かるのは薫ねーちゃんもとーちゃんも真雪ねーちゃんがやっているのを教えてもらっただけであって、

見えてるとか分かるとかじゃない。

分かっているのは二人の技量が凄いレベルで、それを全力でやっているってことだけだ。

「拍子だっけ?」

「そう、人間の予備動作を極力合わせて行っているの、慣れてないと何をされてるのかも分からない」

オレの適当な知識に美由希さんが補足を加えてくれる。

動体視力がどうこうとかそういうのじゃなくて、例えば振りかぶったピッチャーはボールを投げるとか。

そんな感じに無意識で相手の重心とか構えから次に目に映る像を予想しているけど、

其れが無いと次に目に映ったものと未来予測が一致しないとかなんとか。

そんな感じだったと思う。

そう思って見ると、二人の攻防がもっとおかしく見えてくる。

シグナムさんが上に振りかぶったと思ったら胴に振りぬき、恭也さんが打ち込んだと思ったら突いている。

かすり傷はもう無数にあるけど、クリーンヒットは未だに無い。

攻防が入れ替わり立ち代り、立っている場所もガンガン変わる。

シグナムさんは基本受け止め、恭也さんは避ける。

何をやっているのかをジッと見ようとすると、次に何が起きるのかというのがまるで予想できない。

頭で予想する未来図と実際に目にする映像が違いすぎるんだ。

と、オレに分かるのはそこまで、ヴィータちゃんや美由希さん達には別の細かい部分まで見えているのだろうが。

正直な話、レベルが違いすぎてサッパリです……









でもこれ、どっちかが当たったらオレが止めないといけないんだよなあ。

足元で甘酒を飲みきった久遠を抱きかかえて二人の動きを見続けるが、さっぱり過ぎて眠くなってくる。

懐の久遠の暖かさだけがオレの癒し。

パキンと乾いた音が鳴り響き、凄い試合をしていた二人の動きがようやく止まる。

アイテ!? コツンと頭に当たったのは折れた木刀。

振り切ったままで止まった恭也さんの片手には半分から折れた木刀が握られている。

えっと、これは恭也さんの負けでいいのかな?

「ふう、ヒヤリとしたぞ」

「いえ、こちらこそ」

どうもそれでいいらしい、美由希さんに促されてシグナムさんの勝ちとこの試合の緊張感の千分の一くらいで決着を告げた。

よく見ると二人には擦り傷どころか髪型まで変わっているように見える。

髪の毛までは回避の計算にいれなかったからだろうか。

恭也さんは美由希さんに、シグナムさんはシャマルさんに見てもらってる。

今この場にいるメンバーではオレは中間層の年齢だと思う、そのオレは年下組と一緒にポカーンとしているだけ。

いや、微妙になのはちゃん達とは違う。

オレは全く付いていけないレベルに対して、なのはちゃん達は異常なまでの二人の実力について。

オレは恭也さんが異常なレベルなのは承知していた。

承知していてなお驚いた。

正直オレはまともな人じゃない。

というか、羽は生えるわ超能力使うわ、体重は並みの3倍あるわな人間がまともだというならちょっとアレ過ぎる。

だっていうのにこの二人の戦闘にはまるで付いていけないと断言できた。

体力云々面ではなく技術的な面で。










「すまないな」

気がつくと恭也さんが近づき手を差し出していて、オレの左手にはへし折れた木刀が握られている。

手渡した木刀をジッと見つめる恭也さんの視線はすっごく真剣だ。

元々目つきが鋭い恭也さんだ、その目力はかなり威圧感がある。

「随分手間取ったじゃん、鈍ったんじゃねえの?」

「それは高町の兄君をも貶める言葉だ慎むのだな」

ヴィータちゃんの迂闊な言葉を窘めるシグナムさん、この辺だけみてると普通に姉妹みたいに見える。

そのシグナムさんは両手の握りを確かめるように何度もグーパーを繰り返す。

痺れを取っているのだろう、恭也さんは長身とは言わないけど上背と筋肉の多い密度の高い体をしているから。

よく周りを見回すとそこらに二種類の靴跡がくっきりと、印字された文字まで読めるくらいに踏み込まれていた。

ねーちゃんが昔くれた石膏を流せば綺麗にとれそうなくらいに。

こんな踏み込みからくる打撃をよくもまあ受け止めるもんだと半ば呆れてしまう。

「よくもこの平和な世界で……」

そこには賞賛と呆れが入り混じった複雑な感情があるように感じた。

そんな二人を見つめるなのはちゃんとフェイトちゃん。

二人の反応は対照的だ。

なのはちゃんは、何かおっかなびっくりというか、一歩引いた。

フェイトちゃんは逆に純粋な尊敬の目を。






「すごいです二人とも!!」

「凄い……か」

そうつぶやくのは恭也さん、其処には色々と複雑な感情が見える気がする。

あくまで気がするだけ、まさかテレパシーで覗くわけにはいかない。

「恭ちゃん?」

美由希さんの声にも上の空でああと返事をするだけ。

どのくらい経ったか、空を見上げていた恭也さんはシグナムさんの方に。

「率直にお願いします、魔法を使っていたら俺は相手になりませんか?」

「……気を悪くしたらすまない」

恐らく相手にならない、そうはっきりとシグナムさんが告げる。

其れに対する恭也さんの回答は「そうですか」と余りにそっけないものだった。

「きょ、恭ちゃん?」

「なんだ美由希」

美由希さんが案じるように声をかけるが、返ってきたのは極めて普通の、悔しさの欠片もない表情だ。

思わずオレでも気でも触れたと勘違いしかねないほどの。

ショックなのだろうか、あんなレベルに到達するにはそれはもう大変な練習を重ねただろうに。

その全てが否定されたに等しい、いくらオレだってそれくらいは想像できる。

その恭也さんは







「ふふふふ」






限りなく悪人顔をしていた。

な、なんでだ!?

久遠は迅速に懐に待避、なのはちゃんなんか思いっきり恐がってる。

見た目云々だけではなく、何処か邪悪なオーラすら解き放っているし。

美由希さんは「あーあ」って呆れて。

それを眼前で受けるシグナムさんだが。






何にも動じてなかった。

いやおかしいだろ、こんな無限獄にたたき落とされそうな気配まで立ててるのに!?

「ど、どうしちゃったのお兄ちゃん!! ショックで身体だけじゃなくて頭までおかしくなったの!?」

なのはちゃんひでえ!!

恭也さんが一気にLV1になったように気力が落ちた。








「む、ん、なのは、別にショックでもないことも無いが、それほどじゃない」

あ、復活した。

でも不穏なオーラは流石に掻き消えている。

「シグナムさん、貴方の記憶にいますか? 剣で魔導師に対抗した人は」

「……ああいる、いずれも並外れた達人達だった」

そういうシグナムさんの視線は、何処か遠くを見つめるようだ。

というかこの人達って幾つなんだろう?

はやてちゃんの本から出てきたってことは久遠のお仲間なのだろうか?

まあ、別にどうでもいいことなんだけど。

恭也さんは何か納得したような、それでいて楽しそうに表情が変化していく。

元々が無表情な人だから、口元が変わるとかそんな小さい変化なのだが。








「つまり、可能なんですね、魔法を使う貴女を俺が倒すことは」

「ほう……大きくでたな」

「俺の流派は守ることに特化しています、二等賞は無いんですよ」

ふふふふと互いに不敵な笑みを浮かべあう剣士二人。

……気のせいかプレッシャーを物理的に感じてる気がする。

「あーあうちの大将火が付いちまった」

いやあこれを受け流すヴィータちゃんもすげーよ?

「なんや分からんけど、シグナムがお役に立てるなら全然おーけーやな」

はやてちゃんもある意味すげーなオイ……

そんなこんなでシグナムさんは高町家とたまに訓練するようになったのだった。

















「腹減った〜」

「へった〜」

「だな」

竹下と杉並と学校明けに駅前に繰り出した。

ベンチに三人で座り込んでいると風ヶ丘に海中に聖祥高等中等と色んな学生が目の前を歩いていく。

その中には何かしらを買い食いしたのか片手に食べ物を持った人が少なからず。

「はらへったー」

「へったー」

「仕方が無いだろお金が無いんだから」

残金三人合わせて56円、後4円あったらガリガリ君をめぐって血で血を洗う抗争が勃発したことだろう。

人が食べているのを見るとその食べ物がみんな美味しそうに感じて腹のダメージは増加の一途を辿っていた。

「雪児よ〜レンちゃんとこ行こうぜ」

「いやこないだ金持たないで行ったら死ねと言われた」

「当然じゃないのか?」

全く友達がいのない、しかし三人固まってここにいてもなあ。










帰るか?

流石に2人も引き連れてかーちゃんとこには行きたくない。

しかし今から国守山まで帰るにはENが足りない。

中学生の腹ペコスキルの高さは半端無いのです。

言ってみれば常に飢えているのです、お弁当は早弁がお約束なのです。

ようするに腹減ったー!!

こうなったらやはりフェイフェイん家に突撃するべきだろうか?

それ以外にご飯くれそうなところなんて……

あ……













「ちわー」

品のいいベルがカランコロンと鳴り響く、微妙に周りの視線が集まるのが気になるが気にしないことにしよう。

「ぐおーー雪児、仁、俺はもうだめだ!!」

はええよ。






コーヒーとケーキ類の匂いが充満する店内。

店内の人は女性が多い、それに即効でダウンしてしまうのが竹下であった。

「いらっしゃいませー、ってなんだ雪児くんか」




さざなみ駅前商店街の一角にある喫茶店、喫茶翠屋。

自家焙煎コーヒーとシュークリームのコンボはうちの寮でも大人気である。

うちでケーキ買ってきたっていうと大抵この店。

現在も学校帰りらしい制服の、オレ達と同じくらいの年齢の女の子が店内にはたくさんいる。

店員さんもレベルが高い、黒髪を三つ編みにした高町美由希先輩。

ロングの髪に出るところが出て引っ込むところが引っ込んだ、モデル体型で一見するとクール系美人。

その実態は面白大好き人間翠屋アルバイトチーフ忍さん。

柔和な表情と頼もしい雰囲気を両立させる、どこかとーちゃんに通じるものがあるマスターの高町士郎さん。

ここの美味しいケーキを作る、一見大学生、その実態は高町家三人の母親の店長の桃子さん。

後金色の髪をボブにしたゆったりとした感じをうけるシャマ……あれ?








「いらっしゃいませ、三名様ですねお煙草は」

「シャマルさん、日本は未成年の喫煙は禁止だよ」

いけないいけないと、美由希さんに注意されているが……

はて? なんでいるのシャマルさん。

こないだ知り合ったばっかりの八神家、そこの一員であるシャマルさんが翠屋の制服に身を包んでいた。









コーヒーとケーキが有名な翠屋は特別制服が可愛いとかそういうことは無い。

どちらかというとシックといっていいくらいで、白いシャツと黒いパンツかスカート、その上に白い翠屋のロゴの入ったエプロンという格好だ。

だからというか、中の人の良さが際立つというか。

制服を押し上げ、ところによってはキュっと締め付けるメリハリの利いたスタイルのシャマルさん。

見ているのもちょっと照れてしまう、それをごまかすように声を。

「何してんのシャマルさん」

「それが、聞いてくださいよ〜」









なんでも恭也さん達と訓練を始めたシグナムさんに続いて、ヴィータちゃんも町内のゲートボールに参加するようになったらしい。

そんな中、自分だけ自宅にいるだけという状況に悩んだシャマルさん。

それをなのはちゃんに話したところ、翠屋のアルバイトを紹介されたそうだ。

「いやーでも似合ってますよ」

「あら、お世辞でも嬉しいですよ」

「いやーそんなー」

真面目にシャマルさんは似合ってると思うんだけどなあ。

ほとんど華やかさが無い翠屋の制服にシャマルさんみたいな金色の髪は凄く際立つ。

優しそうな性格が表面に出た風貌だけに、なんというか。

落ち着く美人って感じがして、とてもとても。






「ご注文は何になさいます?」

あ……






……

……

……

……









△△△△△△△









「いらっしゃいませー」

「何してるの……」

簡潔に状況を確認しよう。

なのはやはやてと翠屋に来ることにしました。

雪児がいました。

いらっしゃい言われました。

自分でも何を言っているのか分からない……









「金が無いから労働で支払ってご飯貰うんだ」

「余計分からないって」

同じ寮で暮らすようになっても雪児の思考回路はよく分からない。

席に案内されてもみんなの間には少しだけ沈黙が続いてしまった。









「あ、あはははは、やっぱ愉快なお兄さんやなあ」

「ど、独特だよね」

二人のフォローが何処と無く寂しい気分にさせるのは何でだろう……

はやてをなのはと協力して車椅子から持ち上げてお店の椅子に。

車椅子は電気式っていうので、レバーを倒せば動いてくれる。

ちょっと面白そうだから乗せてもらったのは秘密だ。








「ヤッホーシャマルー」

「は、はやてちゃん!?」

はやてが声をかけた瞬間、何枚もお皿を持っていたシャマルのバランスが!!

危ない!!

ソニックムーブの構成を編み上げ、発動に必要な魔力を流し込もうと。

ビキリと頭に痛みが走ってその魔力が抑制された。

リミッター!? 今の自分はまだ事件の参考人状態であることを思い出す。

必要以上の魔力の使用自体を抑制するリミッター、それが魔法の使用をキャンセルさせて。

こぼれる皿、それがガシャンと割れるのを。








「大丈夫ですか?」

受け止めた人がいた。

誰だろ? 知らない人だ、腕でシャマルさんを抱きとめて、お皿は何故か床に倒れた雪児がキャッチしていた。

そう、こう床に絨毯みたいにべたーって。








「あ、ごめんなさいね杉並くん」

「いえ大丈夫でしたか?」

なんだろ、何処かの漫画に出たようなシーンを繰り出すこの人。

背後にハンカチを口に咥えて引っ張ってる人もいるし。

雪児は雪児で手足はおろか口でまでお皿を支えてモゴモゴしてるし。




「……何この漫画」

はやてのつぶやきには全くの同意。











シャマルを助けた人はそのまま普通に気遣いして、普通に終った。

雪児のお皿は私が退けたけど、助けろよ!! と叫ぶ雪児と助けた人の差が……

助けた人は杉並仁、ハンカチ噛んでた人は竹下慶次。

どちらも雪児の友達らしい、口には出さないがらしいなあ、と率直に思った。






なのはの父さんが入れてくれるコーヒーは苦い。

なのはもはやても砂糖を三杯もいれてる、私もそれに合わせて三杯。

甘いけど苦い、真雪はいつも凄い量を飲んでいるけどその気持ちが理解できない。

ガラスの瓶に入るだけ入れてそれを全部砂糖もミルクも使わないのだ。

きっと真雪の味覚が違うんだろう、愛だって砂糖を入れるんだから。







はやてはシャマルの仕事を見ると言ってジーッとシャマルを見守っていた。

それでもなのはの母さんがくれたケーキを口にする時だけはそれに集中。

私も初めて食べた時はほっぺが落ちるかと思うくらい感動したものだ。

何しろリニスが作ってくれた料理はこう……いま思うと薄味だったと思う。

別にそれはそれで美味しいんだと思うけど、アルフが当時のご飯を食べたら文句を言うんじゃないかな?








「……」

「じー」

「はやて、あんまり見てるとシャマルもやりにくいよ」

「やってー」

シャマルは見るからにガチガチになってしまって、一歩一挙動にはやての視線が気になってしょうがないようだ。

見るからにガチガチ、思わず大丈夫かと思ってしまうくらい。

だけど、かといってお皿を割っていたりする訳でもない。

それは。






「大丈夫ですか?」

「あ、はい」





「うりゃあ!!」

「ご、ごめんね雪児くん」






「うおお、おれもおおお」

「竹下もう終ってる」






雪児たちが妙なタイミングでフォローを入れていたのだ。

しかし、杉並って人は偶然としかいえないタイミングだというのに一番フォローのタイミングが多い。

だけど……






「シャマルさん、大丈夫です?」

「ええ、ありがとうね雪児くん」

これで7回目……明らかに雪児はシャマルの近くで備えているとしか思えない。、

何か私達とシャマルへの気の使い方が違うと思うのだけど。

「フェイトちゃん……その積んだお金はなに?」

「え? なんでもないよなのは」

あ、また一枚、一枚、一枚……









むー、何か面白くないんだけど。

「おやー? 雪児くんが面白いことになってない? これ」

唐突に声をかけてきたのは忍ってなのはのお兄さんの恋人、それですずかのお姉さん。

「ああ、でもちょっと納得」

「どうしてですか?」

シャマルのことをチラっと見てから何かを悟ったようにうんうんと頷く忍になのはが聞いてくれた。

というか知り合いだったんだ、雪児と。









ちょっと聞かれないように、ってお店の裏の方に案内してもらう。

忍はすずかが大きくなって元気になったらこんな感じだろうってくらいよく似てる。

私もアリシアが生きていたらこんな風に見られたのだろうか。

っていけない、アリシアに関してはちょっと口に出せないんだった。

あれで雪児は気にしてる、私だって何かしたかったんだけど、直接落としてしまったのは雪児だから。

変わってるし、変なところもあるけど繊細な部分もあるっていうのが私の雪児の評価だ。









まあ普段はすっごくだらしないけど。








はやての車椅子は目立つから忍に運んでもらう。

「ここならいっか」

厨房の裏にある休憩室、そこにあるパイプ椅子を展開して。

「あの、すみません、お手数おかけしまして」

「? ああいいのいいの気にしないで」

「いえ、うちのシャマルがご迷惑を」

はやてはなんというか、すっごく遠慮する人だ、雪児あたりに言わせると私も同じだっていうけど、そんなの自分では分からない。

見た目大人なシャマルのことを親みたいに言うはやて。

でもアルフの心配をする私も同じなのだろうか?

「ああ、まあ最初はあんなもんだよ、それより雪児くんの話じゃなかった?」

「うん、そうです」

「いや、うんわたしも前に見ただけなんだけどね」






雪児が昔昔に忍の家に遊びに来た時。

その時は今とは違う寮のメンバーで来てたらしい、その中には那美のお姉さんの薫もいたそうだ。

その中のメンバーの中で、明らかに雪児が特別懐いている人がいたらしい。





「何て言ったかなあ、ちょっと幼い感じの大人しそうで優しそうな人だったよ」

雪児はその人によく話しかけて、もう見た目から好き好きオーラを出してた。

とは忍の話。







「雪児さん的にはシャマルはドンピシャってことです?」

「そーそーきっと優しそうな年上のおねーさんが雪児くんの好みなのよ、かわいそすずか」

「なんでそこですずかちゃんの名前が……」

つまり、そのお姉さんに近い感じだからシャマルに懐いているってことなのだろうか?

雪児……結構子供なんだな。

そういえば、意外と私は昔の雪児を知らない。

私自身が昔のことを話さないっていうのもあるし、今日起きたことだけで話す話題が充分ってこともあるけど。

あんな寮だから、きっと昔から騒がしかったのだろう。

写真でしか知らないけど、いつか薫みたいに会うこともあるのかな。










あんまり長居をするもの不味いということで三人で店を出る。

雪児はタダ食いにしてもらった分を働いてから帰るそうだ。

「うーん、ひょっとしたらうちでご飯食べてくかも」

そうなの? となのはに聞くと、誰かが来るとご馳走する事も多いとか。

まあそうなったら多分雪児はきちんと連絡してくると思うから私から耕介達に話さなくても大丈夫だと思う。

まずははやての家に送るってことになって三人で駅前から住宅街を進んでいく。

私がはやての車椅子を押し、その隣をなのはが歩く。

車も住宅街に入ってからは姿が無いから安心できる。

「なーなのはちゃん、ごめんな色々と」

「なに?どうしたの?」

「いやほら、シグナムもシャマルもなのはちゃんちにお世話になるわけやん」

「そんな、気にしないでいいのに」

そういうはやての顔は少しだけ寂しそうだ。

こういうのはどう聞いたらいいのだろうか、ちょっと迷ってしまう。

素直になんで寂しそうなの? って聞いてもいいものなのかな?










「? ああいやな、みんな外行けるようになってもーて、そうなっては欲しかったんやけど」

「はやて、学校は?」

「ほら、この足やん」

「……ごめん」

夕日で周りが赤くなる中、何となく気まずい雰囲気になってしまった。

はやてはええんよって言ってくれたけど。

こんな時は自分のちょっと口下手なところが嫌になる。

話題、話題ってどうやって振ればいいんだろう。

どうしてもパっと新しい話題を見つけることができない。

「そういえばはやてちゃんのおうちのご飯ってどうしてるの?」

「ん? わたしがつくっとるよ?」

「すごい」

凄い、素直にそう思う。

私も一応リニスに包丁の使い方くらいは教えてもらったし、自炊っていうのも出来るつもりだ。

だけど、実際に毎日作るなんて私には無理だと思う。

今は耕介に習ってはいるけど中々同じ味にならない。

この分じゃ母さんにご飯を作るなんて何時になるのか……







「いやいやいや、そんなことないよ?」

「謙遜することないよ、凄いよ」

「うん、凄い」

ややなあってほっぺたを掻く仕種、さっきの気まずい雰囲気はもう、ない。

「じゃあ、ありがとな」

「うん、またメールするね」

気がついたらもうはやての家の前に着いていた。

はやての家は車椅子でも大丈夫なように作ってあるから、私たちはここまでだ。

だけど。






はやての話を聞いて、ちょっと思ったことが。

多分大丈夫だと思うけど、でも、いいのかな? 私がそんな。

はやての現状、私の環境。

自分なんかが口を出してもいいのか、どうなのか。

きっといい考えだと思うんだ、だから。




……




……




……




……




よし。

「はやて」

ちょっとだけ、ちょっとだけ、頑張ってみよう。










△△△










なのはちゃんの家でご馳走になって数日。

何時ものように杉並達と遊んだり、かーちゃんところでお菓子食べたり、たまになのはちゃんの訓練を見学したり。

そんな中、少しだけ寮の風景に変化が訪れた。







海からのオレンジ色の夕日に染まる寮、その門に伸びた影が一人分。

山の中にある寮、この辺を歩く人の用件といえばうちの寮に決まっている。

「こんにちは、シャマルさん」

「ああ、雪児くん、こんにちは、ってもうすぐこんばんわ。ね」

ゆったりとした落ち着いた感じのシャマルさん、翠屋のときの慌てぶりは欠片も見えない。

シャマルさんを追い抜いて、寮の玄関を開けてただいまを。

リビングの奥にあるキッチンには何時もの通りのとーちゃん、それと。











「あー雪児さんにシャマルか、もうそんな時間?」

「はやて、お鍋お鍋」

おっとっと、と呟くと車椅子のはやてちゃんは急いでコンロの火を切る。







「はやてちゃん、今日は何を作ったの?」

「今日か? 今日はビーフシチューや、明日うちで早速実践するで!!」

「で、フェイトちゃんは追いつけそう?」

「うう、まだだめ……」








はやてちゃん、彼女は今は学校に通っていない時間を使ってとーちゃんの料理を勉強中。

リビングの中はシチュー独特の匂いがプーンと鼻に届き、それだけで俺のお腹がぐーと鳴り響く。

腹減った〜。








「もう、しょうがないな雪児は」

呆れたフェイトちゃんが小さい皿に少しシチューを。

ありがたい、本当にありがたい。

茶色いトロトロしたスープに赤いニンジンや透明なたまねぎ、白いジャガイモ、トロットロになったお肉が浮かんでいる。

それが熱々の湯気を立てて鼻に匂いが届く。

思わず唾が垂れそうになり、あっという間にお茶碗の中身は胃に収まって。

「どうだ、雪児」

「うまい、うまいよとーちゃん」

「そうか、今日のそれはフェイトちゃんとはやてちゃんが切ったんだぞ」







そっかー上手いなあって素直に思える。

「あ、あんまり上手じゃないよ? はやての方が綺麗で」

「いや、でもフェイトちゃんも十分綺麗に切れとるって」

「あ、わたしも食べていいです?」

そういうシャマルさんにとーちゃんがお椀によそったシチューを。

一口飲んで、見ただけで幸せそうな表情を浮かべるシャマルさんを見ればどんだけ美味しいかよく分かる。

ああ、早くご飯にならないだろうか。







「ただいまー」

「くーん」

「今戻りました」

玄関先から聞こえてくる三人、いや三匹の声。

赤と青の大型犬、そしてその上に乗った子狐。

きちんと玄関のマットで足を拭いた三匹がリビングに入ってきた。

「もう、ザフィーラ、はやてちゃんの警護はどうしたの」

「いや、その、この山では私は後輩であって、先輩のお誘いを断る訳にも」

山の動物社会はどうやら縦社会のようです。











はやてちゃんの車椅子を押しシャマルさんとザフィーラは帰っていった。

後は美緒ねーちゃん達が帰ってくればご飯になる。

隣で二人と一匹に手を振るフェイトちゃん。

しかし意外だ、フェイトちゃんがはやてちゃんを誘ってきたのは。

こう言ったらなんだけど結構フェイトちゃんは自分から主張することは少ない。

それなのに、うちで料理を勉強してみるのはどうかなんて言ってとーちゃんにはやてちゃんを頼むなんて。









変わったなあ。

でもそれはいい変化だと思う。

今までずーっと家族とだけしか話してなかったフェイトちゃんが友達をこれから増やしていくのは。

「雪児ー早く入りなよー」

「まだ閉めないでくれよー」

うん、うちの寮に誘ってよかった。




後書き

ヴォルケンの海鳴生活編になります。

更新が遅くなって、感想をいただいている方々申し訳ありません。

ヴィータも書きたかったのですが、彼女は一人他の人間とリズムが違っているため、今回は彼女のパートがありませんでした。

いつかは書けるといいなあ。

それでは失礼します。




拍手返信


>※鬼丸さんへ  
>雪児の友人たちもかなり異常ですねw 
>フェイトちゃんの常識ブレイクは始まったばかりなのがよくわかりました。

雪児の友人達はコメディ担当としているので半分以上ギャグです。
フェイトちゃんの常識ブレイクというか、変な常識で身を包むだけですよwww


>※鬼丸さんへ 
>HOMEの14話、面白かったです。今年も面白い話を期待しております。

ありがとうございます、自分で面白そうってネタを思いついて書きなぐっている状況ですが。
楽しんでいただけるよう頑張るつもりです。



>※鬼丸さんへ
>こちらのフェイトはさざなみ寮の影響受けまくって別の意味でポンコツになってますねwww
>ヴォルケンズのやる気が空回りしているのはきっとこのせいだwww
>後、雪児君の友達二人はれっきとした人類ですか?特に竹下君はwww

フェイトはどんどん馴染んでもらいましょー
ええ断言します、れっきとした人類です。


>※鬼丸さんへ
>フェイト、さざなみ寮はSランク魔導師の集まりより異常だぞ?
>というより地球を人外魔境だと思ってるでしょ あと愛さんの料理はだめー!
>とらハ史上最悪は美由希だけどそれでもだめだ!
>P.S ゆうひさんがフェイトを歌手に育てようと誘拐しますよーに

肝心なことを忘れてはいけません、アリシアの記憶を除くとフェイトの知っているのは
家族しかいなかった時の庭園と
海鳴だけだと!!

ゆうひは今イギリスですぜ?


>※>>鬼丸さんへ 
>正月の姫初めがあるかもしれないと、
>裏置き場にとんだ俺をどうぞ罵ってくださいって書こうと思ったら
>なのはさんとギンガがチョメチョメしている文章を発見した!
>これでも思い残すことはないぜ、これが俺のひm……(ぷつん

ええいそれでいいのかwww
ええ、完全な不意打ちのつもりでしたww


>※鬼丸様宛弔文:
>この度(HOME_REHOME14話)は、フェイト・テスタロッサ嬢のご逝去、真にお悔やみ申し上げます。


>――いい意味でw  
>君の知っているフェイトは死んだ。
>ここにいるのは、生来の天然とさざなみ寮の理不尽に育まれた、
>皆に幸福をもたらしてしまう【運命の娘さん(予定)】ですwww

もうフェイトちゃんはまともになるか怪しいものです。
何処まで行くのやら……








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