上月 澪は悩んでいた。自分の所属する部活の部長の親友であり、浩平の知り合いでもある川名先輩にどうやって自分の存在をアピールしようかと。

 目のみえない川名先輩にスケッチブックに文字を書いて読ませることは出来ない。しかし、自分には声を出すことができない。

 一晩、丸々悩んだが答えは出なかった。と、いうわけで浩平の所に助言を求めに行くことにした。

「え、みさき先輩と話がしたい?いつも通り、深山先輩に通訳頼めばいいじゃないか」
『それじゃ、嫌なの、直接はなしたいの』
「うーん、じゃ、なにか特別な方法を考えないとなぁ…」
 と、いって浩平はいろいろな案を考え始めた。

「モールス信号」
『知らないの』

「体話」
『やりたくないの』

「ヘレンケラーが使った手話」
『教えて欲しいの』
「スマン、知らない…」

「点字を使った筆談」
『うーんなの』

 といった感じでなかなか言い案が浮かばなかった。
「うーん、難しいね…」
『でも、話したいの』
「うーん、やっぱり、ヘレンケラーが使った手話かな?」
『ヘレンケラーって誰なの?』
「ヘレンケラーってのはな、小さい頃に病気で視覚、聴覚を失ってしまったアメリカの女性だ」
『大変なの』
「でも、彼女はそれでもめげずに勉強をしてものすごく有名になったんだぞ」
『スゴイの』
「だから澪も頑張れよ」
『頑張るの、だからその手話を教えて欲しいの』
「その手話は片手を使ってやる手話で手を触って文字を読み取るんだ」
『教えて欲しいの…』
「うーん、俺は知らないからなぁ…、そうだ、長森なら知っているかもしれない。後で聞いてみるよ」
『お願いなの』

「というわけで、澪。これがヘレンケラーが使った手話だ.」
『ローマ字なの』
「お前はこれを覚えろよ、俺はみさき先輩に叩き込むから」
『頑張るの』

「だから、これが゛A゛で…」
「うん、うん、で、Xはどんなのだっけ?」
「Xは使わないんじゃないかな…?」
「え、でも外人さんと話すときに必要になるかもしれないよ」
「うーん、さすがだな―、先輩」

 そして、1週間の特訓の成果を試す時が来た。
「じゃ、先輩を握って」
 浩平がみさきの両手を澪の手があるところまで誘導する。
 みさきの両手が澪の手を包み込む。
「こんにちわ、上月さん」
 澪は頷いてからゆっくりと手の形をかえていく。
「K・O・N・N・I・T・I・W・A・N・A・N・O」
 みさきが一つ一つ、丹念に言葉を受け取っていく。
「こ・ん・に・ち・わ・な・の」
 澪は嬉しさのあまり、みさきに抱きついた。みさきもそれを嬉しそうに受け止めた。


 澪が手話を使って、みさき先輩にメッセージを伝え、みさき先輩が言葉でそれを返していた。初めはぎこちなかったが、慣れてくるとなかなかのスピードで会話をできるようになった。
「え〜、浩平君、そんな事したの〜」
 みさき先輩の言葉を受けて、澪が手の形を変えながらメッセージを紡ぎ出す。みさき先輩は、澪の手を包んで、一つ一つ言葉を受け取っていく。
「え〜、信じられないよ〜」

「なぁ〜、二人とも、何を話しているんだ〜?」

『ヒミツなの』
「ヒミツだよね!澪ちゃん!」