「ブラックパピヨン?」

「はい、以前から学園を騒がしている窃盗犯です」

毎回思うのだが、この人(学園長)はコミュニケーション不足だと思う。主に、俺に。

俺の現在所はフローリア学園・学園長室。
目の前にはわが学園一のクール・ビューティー、ミュリエル・シアフィールド。
その冷静であり冷徹でもある瞳に見つめられれば、大抵の奴は萎縮する。
…別に怒られているわけじゃないぞ。

教師は日々がお仕事。
特に救世主クラスなんてモノを扱う当学園は、年中無休で学習意欲にあふれる学園生を指導しています。
…だから、エロスなんてかけらも無いって

…たぶんな。

「しかし、窃盗犯てーと…具体的な被害は?」
「…テストの0点の答案、大切にしていた花の鉢。など、一見すると価値の無いものが盗まれています」
「それはまた…。無価値とは申しませんが…確かに公儀的な価値はーなものですね」

自分の恥部や情のこもった品物を盗む…心を盗む――ね。カリ○ストロの城かよ。

「はい。それに、盗まれた物が物ですので、学園側に届けていない生徒もかなりいると思われます」
「そいつぁ、まいったなぁ…」

確かに、届けない奴が多いだろう。プライド・諦め・羞恥心、理由はいろいろあるが。
とにかく、こういう場合届け出がないことが一番やっかいだ。
警察機関も動けないし、俺たち教師も“表向き”の被害が軽微な以上。学園あげての大捕物とはいかない。

「まさか、生徒一人一人に聞いて回るわけにもいかないし」

ぶっちゃけ、取り返すための努力を惜しむのならその程度のものだろう…って感じである。
早い話が、あんまりかかわりたくない。

「それに、ブラックパピヨンはかなりの身体能力を有していると聞きます」
「並の学生、いや、教師でも捕らえられない…と」
「はい」

あ〜、こんな話が始まってから嫌な予感はひしひしとしていたけれど。
予感で済んでおけと。

「教諭。学園として、貴方に正式にブラックパピヨンによる犯罪の防止を命じます」




「それで、引き受けたんですか?」
「めっちゃだるいけど…ネ」

昼の学生食堂にて。
テーブルに突っ伏して、溜息となんか白っぽいものを吐き出している教師と、
それを、呆れた眼で見つめる少女の姿があった。

無論、前述は俺。もう一人は…

「それじゃぁ、私への指導は一時中断ですか?」

リリィ・シアフィールドである。

俺は、最近この娘と行動することが多い。別段、怪しまれるような関係ではない。
清く正しい、学習指導だ。

本当だぞぉ!。

「お前への指導は続行!
 とっつぁんだって怪盗ばっかり追っているわけではないのだ!」

ホームズや明智小五郎もな。

「それでこそ、です」

…なんか、最近のリリィは丸い。
造詣ではなく性格が。

俺の馬鹿話にも乗ってくれるし、対応も柔らかくなった。
いまやリリィは立派な「優等生」

…でも無く。俺への態度が変わったぐらいで、ほかは大して変化は無い。
もうちょっと磨けば、名実ともに救世主に一番近くなろうに。

俺のような「『救世主様』を育成する気の無い教師」に目を付けられたのが運のつきか。
俺との出会いは、彼女にはだいぶデカルチャーだったようである。


「驚いたといえば…あれだ」
「あれ…ですか」

食う・食う・喰う・貪う・食ふ

最初からテーブルに置けないので、コックの一人が次々と運んでくるものを、すべて食っていく。

…リコ・リスが。

テーブルの両脇に積まれた大皿は、すべて完食済み。ちなみに現在40皿を突破していた。
料理の総体積は、明らかにリコリスの体積を上回っている…。
いやいや、そんなはずはない。どんだけ物理法則を無視すれば気が済むんだ・アヴァター。

「誰だって驚きますよ。正直、私は今でも慣れません」
「俺も慣れん。しかし、教師として一つ注意しなくてはなるまい」
「なにを?」

「トング使って食うなと」

よし、行こう…あの食い気に近づくのは危険な気もするが。

「リコ・リス、トング食いはやめ…」
「ワシとリコ・リスちゃんとの勝負を邪魔するんじゃねぇ!若造が!!」
「ひぃぃぃぃぃっ?!」

メッチャがんを飛ばされた。あの眼…まさに極道だったぞ。

「や、やるな…料理長」

「先生、大丈夫ですか?」
「あの男…いや、あの漢はできるね」
「すごい剣幕でしたね…」
「食い気よりも、料理長の目の色のほうが怖かった」

普段学生たちに、リーズナブルな食事と満点の真心をお届けするおっちゃんは。その瞬間ギラギラと輝いていた。
あの漢、もはやリコ・リスとの勝負に命をかけているな。

「よく見ておけ、リリィ。あれが命をかける漢の眼だ」
「えらく血走って、正直、直視できないんですけど」

きっと、仕込みに時間がかかるんだろうなぁ。鉄人スペシャル。




「ヴォルテカ…ッ!」
まだ遅い!

リリィの高威力魔法を、空中に展開させた二つの銃身方陣<バレル・スペル>からの射撃で牽制する。

「敵が魔法の展開を終えている以上、一撃で決めようとするな!」
「はい!」

銃身方陣は展開後、魔方陣が術者から一定の距離を保って浮遊する。
魔法陣から放たれる射撃魔法は威力こそ高くないが牽制にはもってこいだ。

「このタイプの術式は展開持続・術式との接続・攻撃と、三つの工程を同時にやらなければいけない。
ここから導き出される解答は?!」
「一対一に持ち込んで魔力切れを狙います!」
「正解…だっ!」

「だっ!」のところで走る速度を上げて、リリィの前に回り込む。

銃身方陣は展開し続けてこそ意味のある、牽制用魔法。

ゆえに逃げ続けても展開持続と術式との接続の二工程を行わなければいけない。

ちなみにこの『訓練』。遮蔽物があるという理由で、学園の隅にある森の中で行われている。

足場は悪いわ全力疾走しながら魔法の展開と講義と質疑応答をやっているため、俺もリリィもかなり体力が削られる。

これが、俺の“指導”。

諸般の事情でエロスとかに走れない悲しい主人公(俺)の選択肢である。

諸般の事情って?(教師としての)倫理と倫理(協会)だよ!

「その場合、敵はお前を瞬殺しようとしてくる!
その一撃を避けるためには、常に走り回る体力と戦いの機を見極める眼が必要となる!」

しゃべりながら、両の掌に魔力を集める。

―――術目<サイズ>は砲(20o)
術属<弾丸>は連射五発
術種<追加式>は追尾と炸裂!

術式名・追尾炸裂連射砲<HBオートカノン>



「フル・シュート!!」

右掌より放たれる五つの光球は併走するリリィに向かい

…木々に邪魔され、派手に樹木を吹き飛ばした。

「…もらった!」
リリィが木々の間から姿を現し、左手のライテウスを構えた。

「ブレイズノン!」
小型の爆炎がその手から放たれる。

だが…

「ユルユルだっ!!」

現れてから唱えられた魔法よりも。「あらかじめ準備しておいた」俺の魔法のほうが早くて強い!

「ブースター・チャージ!!っ」

左手から吹き出た魔力による前方への大跳躍。

噴射は一瞬だが強烈。ブレイズノンを爆破位置よりも前に出ることで回避し。
そのまま慣性の法則に従って突き進む。

「おらぁっ!」

で、そのまま右腕を盾にして突撃した。

いや、相変わらず女の子にやることじゃないとはわかっている。ホントダヨ?

「まだ…ッ!ヴォルテクス!」
「だから、無理だって!」

倒れながらも雷を放とうとしたリリィを蹴り上げる。だってさっきの攻撃で腕がしびれているんだもん。
加減はしてるって、と思いながら放物線を描いて飛ぶリリィを見送る俺であった。


「ケン先生、やりすぎという言葉を知っていますか?」
「すみません、ダウニー先生」
あとで先輩教師に怒られました。




「ぐだー、ダウニーの野郎めぇ」←教師です
ついでに、主人公です。

リリィを蹴り上げた後、(一応)同僚のダウニー先生に、救世主候補がいかに大事な存在で尊重すべきかを、
嫌味をこめて4時間ほど、くどくど説教された。

リリィの訓練に、講義と柔軟と実践含めて三時間強は掛けたから、もう7時半近く。

「風呂の明かりが眼にしみるぜ」

今頃女子どもは一日の疲れを落とすために風呂なんだろうな。
俺も髪が埃だらけだ。


余談であるが、俺の髪は男にしてはべらぼうに長い。
なんといっても、末端は腰まである。

昔は無理やり伸ばされていたのだが。今は義妹に「切るのはもったいない」と言われて伸ばしているのである。

なんでも、俺の髪は癖も無く。艶もある紅なので、日の光の下だと炎のように光って見えるのだとか。
まったく、義妹とえいちゃんの「もったいない」にはかなわないぜい。


「ん…?」
と、風呂の明かりを遠めに眺めていたら、何か視界をよぎった気がした。

「………」

気のせい――ではない。
俺の眼は特別製なので夜の暗闇だろうと昼間の逆光だろうと何かを間違って『視る』なんてことは、まず無い。

よく眼を凝らせば、何か風呂から漏れる明かりの下でごそごそしている…


「よし、幻影石も準備完了。では、セルビウム・ボルト突貫しまーす(小声)」
「……うりゃ」

なんか、風呂を覗き込もうとしていたらしい男子学生の背中にヤクザキックをお見舞いしてやった。

前にかがみこんでいたそいつは、そのまま前転するように転がって、壁に激突した。

「なんてコメディチックな」
「いてて…はっ!?」
起きた野郎は、なんかものすごい真剣な顔をしてこっちに走ってくると、土下座をして

「俺とお付き合いを前提に友達になってください!」

とりあえず踏みつけておいた。




「なんだ、男か…」
「……」
本気で絞め殺してやろうと思った。

俺の素性を聞いた少年は、ひどく落胆した様子だった。
どうやら俺を女性と間違えたらしい。

…始めて見た人間にいきなり、あんなことを言えるのは、ある意味才能か?

「まぁ、まぁ。若さゆえの過ちってやつですよ」
「じゃあ、過ちついでに補導してやろう。教師として」

少しすごみをきかせてみた。少年はちょっとびびった感じで

「は、ははは。ご冗談を、先生だって同じ穴の何とやら、でしょ?」

と、下品な手の動きを交えて喋りやがった。
どうやら覗き仲間と思われたらしい。

「はははは」
「はは…」

「それは、辞世の句か?残念だが、後世に残るものじゃないぞ」
フルボッコである。

俺はこの手の冗談が大嫌いなのだ。




「いいか、エロス。ケン先生を怒らせると、こうだ」
「サー・イエス・サー!」
ボコボコに腫れ上がった顔で、敬礼させる。
体罰教師?それ何語?
「ところで、エロスはここで何をしていたんだ?」
「エロスって呼ぶのやめてください…」

「何をしていたんだ?」
「何って、ナニ…すみません勘弁してくださいぃ!」
俺は、そんなに怖い顔をしているのか…?
少年の顔が、奇妙に引きつっていた。

「な・に・を・し・て・い・た・の・か・なぁ?」

「風呂を覗こうとしていましたぁ!み、未遂っすよ?!」
「そうか。最近、夜な夜な現れてる盗賊を…」

「あのー、俺の話、聞いてます?」
「しかし、盗賊といっても、このフローリア学園に乗り込んでくるほどの手練だ。キミは危ないから帰って寝なさい」

そんな勇敢な学生がいるとは。ここも捨てたモンじゃあないね、うんうん。

ひょっとして…不問にしてくれるんですか?
「やぶさかではない、ということさ」

まぁ。生物的に、このぐらいの歳では、仕方が無いことだろうからな。

「俺が見たのは、盗賊を捕まえようとする警備意欲熱心な生徒一人…オッケー?」

「ありがとうございます!いやぁ、ケン先生って話せますね〜」
「これに懲りたら、風呂覗きなんてやめることだな、セルビウム」

「ハイ…って。俺、自己紹介しました?」
「ブラックリストに載ってた」

ダウニーの私物である。

「俺、見つけてくれたのがケン先生でよかったです…」

心底安堵した様子である。やはり嫌か、ダウニー。

「では、行くとするか」
「オス!お供します!」




「お供するとは言いましたけど…なんでこんなことに?」
セルビウム(餌)の腰にロープを巻き付け、10mほど余らせる。その先を俺(釣り人)がもつ。

「ブラックパピヨンのことを聞いて回った結果。だいぶコメディよりの人物と当たりを付けた。
だから、夜中一人でふらふら歩いている囮には、必ず食いつくはずだ!」
名付けて『お笑いフィッシャーマシーン』!!

「俺、捕まえられるヒト、間違ったかなぁ…」
セルビウムの顔が沈んでいたけど、気にしない〜♪

「さぁ、行け!我が支配にあるセルビウムよ!」
「は〜い…」




「闇に舞う虹色の蝶、ブラックパピヨン、参上!」
「かかったぁ!」
「え、マジ?!
 グフッ」
最後の「グフッ」はセルがパピヨンの持つ鞭で一蹴された音である。

「あぁ、セルがやられた?!でも、なんか顔が満足そうだぞ。何、その『良いもん見ました』的なサムズアップ!」
「あれ、間違えた?
ま、いいか。どうも後ろにいるのがターゲットみたいだしね」

開始十分にしていきなり本命が餌に食いついてくるとは、恐るべし『お笑いフィッシャーマシーン』。
…に、しても

「…寒くない、そのカッコ?」

布地の面積が体表の20%ぐらいしかないぞ…すごいコスチュームだな。
もはや露出狂の域だ。

そう思いながらも、ホッ○イロ差し出す俺、超紳士的。

「あ、こりゃどうもご親切に…ってちがーう!」

ベシッっとヒトの親切を地面にたたきつける露出狂。

「その傍若無人な振る舞い。さては貴様、ただの露出狂ではないな!」
「誰が露出狂だぁっ……………文句あるっていうのかい?!」

どうやら自分の中で何か葛藤があったらしい。
自覚があるからといって減刑はないが。

「はっ!その、蝶サイコ―なパピヨンマスク…まさか、噂のブラックパピヨン!?」
「はじめからそう名乗ってるだろ?
 なんか調子狂う男だねぇ!」

「ちなみに、わざとである」
「わかってるよ!」


「何でも。貴様を捕まえたら、学園長が俺の給料を上げてくれるらしい。
俺の壮大な計画のために、おとなしく捕まれ。パピヨン!」
「やなこった。
 大体なんだい、その壮大な計画とやらは?」

「俺の部屋にも風呂がほしい。
 いい加減、森で水浴びとかやってらんねー」

冬とか厳しそうだし。

「学園の風呂に入れーッ!」
「だまれ!意地と諸々の事情があんだよ、漢の子にはーッ!
セット、クラウチングスタートフォーーォムッ!」
そう、叫びながら片膝をつき、両手を地面につけ、腰を上げる。
…ただのクラウチングスタート姿勢である。

「な、なにを…」

「受けろよ。あの漢に及ばずとも、十分に速い、俺の速さをぉ!
伝説の・ファイナルブリットォォォッ!」




「いやぁぁぁぁ?!!」
「逃がすか。名付けて・浜辺で彼女と追いかけっこ
 『まてよ、ハニー。ダーッシュ』!!」

「は、貼りついた笑顔で追いかけてこないでぇ?!なんかぶきみぃぃ?!」

「フハハハハハハッハ、ゲホッゴホ。この、別名『笑うエイトマンダッシュ』から逃げられるものかぁ」

そういいながら、俺は疾走しながらも、懐から「あるもの」を取り出した。

「号泣しながら全速力で逃げるブラックパピヨンを激写ぁっ!
題して『女の子を追いかけたら俺の心がちょっぴり痛んだ、そんな夏』ゥッ!」

あれ、攻撃されてないのに胸が苦しい。

「なぜなら、全速力で走りながら大声で叫んでいるからダッ!」

涙も出てきた…

「なぜなら、ずっとまぶた上げたままで風が眼に沁みるから!
…断じて悪を討つことにためらっているからではない!」
女性に泣きながら逃げられているからでもない!

「よって。自己診断・花粉症!」

「アンタのそれは良心の呵責だぁ〜!!」




「フッ。完全激写24枚」

俺は決めポーズとともにパピヨンの醜態を激写した幻影石を懐にしまう。

ちなみにこの二十四枚の幻影石。先ほど星になった男からの没収品である。

「しかし、やるなパピヨン。まさか、俺の追撃をかわすとは」
周りを見渡しても人っ子一人いない、クマの子も隠れていないようだし…

て、言うか。ここはどこだ?

えらくじめじめしていて、薄暗い。おおよそ、教育機関には似合わない場所だが…
「そしてこの、目の前にある『絶対に開けちゃいけない扉』的なものは…」

目の前の扉には閂とか南京錠とか鎖とかがジャラジャラついている。

しかも隙間からは、なんかドス黒いオーラが。これは…

「まるで、開けろといっているかのようだ…!」

開けました。

「一命様、誤あんな〜い。ですの〜♪」
「誤認逮捕だ!て、いうか。連れて行かれる?!ギャー!」

俺はその日、夜の墓場で運動会だった。






あとがき―――今回はスイッチ入れすぎました。
ものを作る人間には、体のどこかに「スイッチ」と、いうものがありまして。
すいません、やり過ぎました。
あらかじめいっておきますと。
私…スクライドも武装練金もストレイト・クーガーも君島邦彦も武藤カズキもパピヨンも…
大好きです!
もちろん、デュエルセイヴァーも大好きです。リリカルなのはも。
やっぱり、時間かけ過ぎるのはだめですね…毎日スイッチはいっちゃって。
感情と同じで文章もなまものなんですねー
あ、オーガストも大好きです。






作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。