「怪しい、怪しいと思わないか」

「……俺達の方が怪しいと思うぞ」 

電柱の影や路地裏をゴキブリのようにカサカサと動く銀色の長い髪と黒い短髪。

「ぐっ……!そんなことよりディエチだ!なに考えてるか分からない妹三羽烏のディエチが鼻歌を歌いながら調理場で火薬の調合をしてたんだぞ。
出来たモノをバスケットにしまって……訳が分からないよ」

「色々とツッコミ所があるが……とりあえず残りの二人は誰なんだ?」

「オットーとセッテだ」

力強く断言をするチンク。

「ああ……なるほど……」

「と・に・か・く!姉として見過ごすことは出来ん!忍者、尾行を続けるぞ」

「へ〜い」

気の抜けた束音の声が青空に溶けていった。


裏・竜魔武芸帳その13


「なんだその気の無い返事は!やる気を出せやる気を!」

「いや、そうは言ってもな……」

束音個人の意見を言えば、ほっとけば良いじゃないか、誰にだってプライベートがあるんだから、だ。
だがチンクは、面倒見が良い上に責任感が姉妹で一二を争う程強い。
ディエチの奇行が心配で仕方がないのだろう。

「しかし動かないな。誰かと待ち合わせか?」

「待ち合わせ?しかし、姉妹達で一緒に遊ぶ約束をしているのはいないはず……」

うーんと首を捻るチンク。

「いや、姉妹達じゃくて、お……」

束音が言い終わる前に事態は動きだす。

「おっ、ディエチちゃん、もしかして待った?」


「全然、今来たところですよ。ヴァイスさん♪」


花の咲くような笑顔でヴァイスと呼ばれた男性に小走りに向かう。

ややもすれば、表情の変化が乏しく寡黙なところがある彼女からは想像も出来ない変わりようだ。

「男……だと……」

目を皿のように開き、口をポカンと開けているチンク。

「ほぉ……見た目はなかなかの好青年じゃないか」

綺麗な服を着て、薄い化粧を施し、そわそわと時計を見ているディエチを見て、もしやと思ってはいたが……うん、ディエチにも春が来たんだな〜

……

「……なんで尾行を続けているんだ?」

「ディエチが家族に内緒で男と2人っきりで遊んでいるんだぞ!
しかも相手の男を見ろ!
へらへら笑いながら、ディエチを待たせおって!
きっと悪い男に違いない!
ディエチは騙されているんだ!」

「へらへらというか、普通の笑顔だぞ。
しかも、あのヴァイスという男が来たのは10時55分。
ディエチが来たのが、10時35分。
待ち合わせの場合は、普通は区切りの良い時間帯を選ぶから、待ち合わせ時間は11時だと予想できるな」

五分前行動とはしっかりしとるな、としたり顔で頷く。

「忍者はあの男の肩を持つと言うのか」

「いや、持つというか、事実を述べただけで……と、店に入ったぞ」

「なに!いかがわしい店に入っただと!」

「言ってない言ってない……」

もちろん束音の反論などチンクの耳に入るはずもなかった。

……

「あっこのスコープ良いですね」

「そうだろ、このメーカーは俺のイチオシでな……」

スコープについて熱く語り合う二人。

「全く分からんが、話が盛り上がってなによりではないか」

共通の趣味があることは良いことだ。

「ディエチがスコープについて熱くなるのは分かるが、なぜあの男が盛り上がるのだ!スコープなど普通の生活では使わんぞ!きっと覗きに使っているに違いない!」

鼻息を荒くしながらまくしたてるチンク。

「いや、ほら、バードウォッチングとか……」

もちろん、束音の意見など彼女の耳に入るはずなどなかった。

……

「見失ってしまった……」

「まぁ休日のクラナガンだ。仕方がない」

次元世界に誇る大都市なだけに、溢れかえる人、人、人の山。

とは言っても、束音の実力をもってすれば見逃す事などないのだが、その肝心の束音にやる気がない。

姉としてチンクが心配する気持ちも理解は出来るが、いささか行き過ぎだ。
誰にだってプライベートな時間はある。

しかもせっかくデートだ。
野暮な真似はしたくはない。

火薬についてはなんとも言えないが、ディエチの笑顔は作られた笑みではないし、殺気も感じられない。

だから、問題はないだろうと踏んで、適当な人混みにディエチが入る瞬間に、束音はチンクに声をかけて注意を逸らした。

人混みの中に消えていくディエチの背中に彼女のデートの成功を祈りながら。 

そんな束音の心の内などチンクが知るよしもなく、鼻息を荒くしながら詰め寄ってくる。

「忍者のせいで見失ってしまったではないか!」

「まぁまぁ、ディエチにだってプライベートはあるさ。チンクだって追い掛けまわされたら嫌だろ」

激昂するチンクに噛んで含めるように静かに伝える。

落ち着いた束音の態度に勢いを折られ、その後も反論をするも、優しく、されど的確に諭す束音に言い負かされてしまう。

「だが……」

ぐぬぬ……と口をへの字に曲げて黙るチンク。

珍しく、本当に珍しくチンクを論破出来た束音。
というよりも、スカリエッティ一味においての束音の口喧嘩での勝率なぞ、1%を切っている。

今回勝てたのも種を明かせば、妹の為と暴走し話を聞かないチンクの意識をこちらに向けて、冷静さを取り戻さただけの事。
冷静になれば、姉妹の中でも良識派のチンクだ、自身に非があることを認めてしまう。

「それに見失ったんだから仕方がない。 せっかくの良い天気なんだ。久しぶりに二人で街をぶらぶらしないか」

「えっ、それは……」

「二人で街をぶらつくなんてコートを買いに来たとき以来だろ。ついでに俺が見つけた美味いラーメン屋にも連れてってやるよ」

頬を染めて戸惑う彼女の小さな手を引っ張り、雑踏の中に入って行った。

……

「楽しかったな」

「ああ、たまにはこうして出歩くのも良いな。なによりラーメンが素晴らしかったぞ」

「だろ!あの店は俺の一押しでな」

「ああ、あのラーメンは素晴らしい」

夢中でラーメンについて語るチンク。
お世辞ではなく、本当に気に入ったのだろう。

なにせ、一口食べるや、顔色を変えて、束音より早く食べてしまったのだ。呆気にとられる束音達をしり目に、大盛ラーメンのおかわりを注文したのだから束音はもとより、店員から周りの客までギョとしたものだ。

「素晴らしい昼食だった。また来よう」

そう笑顔で頷くチンク。店を紹介した側としても、嬉しいことであり、束音も自然と笑顔が浮かんでくる。 

こんな休日も悪くないと、膨れたお腹をさすりながら思う束音であった。

……

side〜ヴァイス

狙撃銃という共通の話題のおかげでディエチとのデートは予想以上に盛り上がった。
昼食はお洒落なお店で、と考えていたヴァイスであったが、

「お昼なんですが……そのお弁当を作って来たので、そのお弁当を作るのは初めてで、自信はないのですが……その、良ければ……」

頬を赤らめて恥入るようにランチボックスを差し出すディエチの姿に、脊髄反射で頷いてしまうヴァイス。

さようなら1人者の俺。こんにちは、リア充の俺。などなどまさに我が世の春が来たと心中で小躍りをしながら喜んでいた。

ランチボックスの中を開くまでは……

ランチボックスを開くと、よく嗅ぎなれた臭いが鼻腔をくすぐった。

「かやくごはんがお好きだと言われたから……その作ってみました」

「えっ!?あっああ、そうだな、かやくご飯は……好物だな」

ごま塩ごはんのように、艶々の白いご飯に、火薬……ガンパウダーが混じっている。

たしかに、かやくごはんは好物ではあるが……これは、なんの冗談だと目を見開いてディエチを見るヴァイス。
そこには、恥ずかしそうに頬を赤らめながら上目遣いにヴァイスを見つめているディエチ。
そのキラキラと光る瞳は、冗談を言っているようには見えない。

『マジか……どうする、いや、あの笑顔は裏切れねぇ。男を見せる時だ、腹を括るときだ。
それにほら、少しくらいの火薬ならば、ご飯とおかずで中和出来る(※出来ません)
この唐揚げなんか良い感じだよな。ほのかに香るガンオイルの臭いがたまらなく胃を刺激して……もういい、もういいんだヴァイス、深くは考えるな。
舌に乗せずに直接胃の中にダンクをすればいいだけじゃないか!』

覚悟を決めてからのヴァイスの行動は圧巻の一言についた。

鯨飲馬食という言葉の生きた見本のような食べ方は男らしさを通り越して、『雄』丸出しである。
普通の感性ならば、控えめにいってもドン引きの一言に尽きるが、そこはスカリエッティさんちの数の子姉妹。

雄度MAXで弁当を貪るヴァイスの勇姿にディエチは胸を高鳴らせていた。

目標物を射抜くようなスナイパー特有の瞳でヴァイスを見つめるディエチ。

一生懸命に作ったかやくご飯を、ヴァイスが頬張るたびに瞳に力が入り、から揚げを飲み込むように食べるほど、胸が高鳴り頬が上気してゆく。 

幸せな時間が過ぎてゆくのは早い。

弁当を綺麗さっぱりと食べ終えて、

「ゴチソウサマデシタ、トテモオイシカッタデス」

と、イントネーションがおかしな御礼を言いながら崩れるように倒れ伏すヴァイス。

ディエチがテンパリ、ヴァイスを担いで病院まで爆走したのは言うまでもなかった。 

……

狭く暗い室内の中、強面(こわもて)の男が紫煙くゆらせながら口を開いた。

「ふ〜ん、忍者、ねぇ……君、私を馬鹿にしてるのかね」

「いや、あの、馬鹿にしているわけではなくてですね……」

「そうか……あくまでも強情を張ろうというのだね。まぁいい、本題に入ろう」

「いや、あの、ですから……」

「○学生の手を引っ張り、ラブホテルに入ろうとした事実をいい加減認めたらどうだね」

「だから!彼女は小○生ではないし、俺が引っ張ったのではなく、彼女に引っ張られたんだ」

街をぶらついている二人の前を、ヴァイスをお姫様抱っこで担ぎ上げたディエチが凄まじい速度で横切っていった。

その光景に瞬時に頭が沸騰したチンクは、束音の腕を掴み、機人パワー全開で追っかけて行く。

ディエチの方はお姫様抱っこというバランスがとれて動きやすいスタイル。
片やチンクの方は、
片手でお人形を掴みながら走り回る子供のようなスタイルで後を追ったので、二人の距離はどんどんと離れてしまった。

ディエチを見失ってしまってからも、がむしゃらに走り続けた結果、ラブホテル街のど真ん中に迷い込んでしまったチンク達。

束音を引きずり回して体力を使い切ってハアハアと息を荒げて、上気しているチンクと、引きずり回されて目を回して息も絶え絶えな束音。

警察に「ちょっと署まで来い」と半強制的なご同行を受けてしまったのも仕方がないことではある。

「見苦しい言い訳はやめるんだ。貴様のような大の大男をあんな小学○が引っ張れる訳がないだろうが!
いいだろう、貴様が青少年保護育成条例を振り切ろうとするならば、まずそのふざけた幻想をぶち壊す」

「だから、誤解だー!」 

束音の悲鳴が取り調べ室に木霊したのもむべなるかな。

……

「あのドクター……」

おずおずと、珍しく歯切れの悪いウーノの呼びかけに、驚きながらも応じるジェイル。

「どうしたのだね」

「クラナガン警察署から電話で、その……忍者とチンクの身元を引受てくれと……」

「……なにをしてるんだねあの二人は……」

頭を抱えるジェイル・スカリエッティ。 その姿は、次元犯罪史にその名を刻む極悪人には程遠いものがあった。











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