幕は切って落とされた。

走るように空を舞い、檀下の警備兵をなぎ倒し、壇上へと疾風の如く駆け上がる。

異変を察知した司会者が懐から拳銃を取り出し、撃つより先に束音の拳がめり込んだ。

音も無く倒れ込む司会者には目もくれずに、レリックを奪い取る。

この間わずかに５秒の出来事。

観衆達は事態の把握が出来ず、しばらくした後にパニックを起こした。

時同じくして、待機組がホテルを攻撃。

爆音と振動が響き渡り、会場はもとよりホテルにいる人全てが恐慌をきたす。

束音の手際に改めて惚れ惚れとしつつも計画通りと心中、安堵をするセイン。

あとはこの混乱に乗じて逃げ出せば……

しかしその安堵は脆くも崩れ去る。

壇上から降りようとする束音の前に立ちふさがる影が一つ。

「随分と好き勝手に暴れてくれたな。覚悟は出来ているだろーな！」

その声と姿形を認識して顔色が真っ青になるほど血の気が引くセイン。
束音との約束を無視して、壇上に駆け上がろうとして、束音が手を向け制止する。

「……その鉄槌……たしか……ヴィータとか言ったかな」

「ふぅん……あたしの名前を知っているのか。面白れぇ、他にも何を知っているのか全部吐かせてやる」

「……チェンジだチェンジ。たしかザフィーラとか言う犬耳マッチョな需要が良く分からんふざけた奴がいるだろ。あいつにチェンジしてくれ」

「テメェ……女だと思って舐めてんか」

「舐める以前にそんなナリした相手にやる気が出る方がおかしいだろ。第一女じゃなくて幼女だろ、幼女！だからチェンジだチェンジ。あの狙い所が分からん犬耳マッチョを出しな」

男なら気兼ねなく殴れるとしたり顔とのたまう束音。

「それが舐めてるって言うんだよ！」

激昂するヴィータ。 
グラーフアイゼンを大上段に振りかぶり、束音に襲い掛かる。

「幼女と戦うのは趣味じゃないんだがな」

やれやれと首を振るいながら、腰を落として迎撃体勢に移る束音。

裏・竜魔武芸帳改めて魔法使いを回避せよ〜その８

異様な風切り音を立てて振り下ろされる大鎚。

「そんなデカブツ早々と振り回せるものではない」

それを紙一重でかわす。

鉄槌を振り抜き無防備な姿勢のヴィータに拳を打ち込む。 

「甘ぇ」

「なっ！？」

拳が届く前に返す刃の鉄槌が直撃をする。
その凄まじい衝撃に毬のように吹き飛ばされる束音。 

「なんだ雑魚か。口ほどにもねぇな」

「忍者！？よくもっ！！」

「オメェは……以前のレリック強盗。飛んで火にいるなんとやらだ。まとめて捕まえてやるぜ」

束音がやられる姿を見て、瞬時に頭に血が昇り、武装がないのにも関わらず、ヴィータに襲い掛かろうとするセイン。

「セイン！動くな！」

「忍者！？」

「なんだ、まだ元気に動けるのか、よっと」

パシっと飛んできたナイフを指先で掴み取るヴィータ。  

「いやいや、恐れいった。そんな獲物を、よくもまぁあんな速度で振り回せるもんだな」

「テメェこそ、随分と打たれ強いじゃねーか」

束音はヴィータをヴィータは束音を認め合う。

「忍者大丈夫なの！？」

「問題ない。それに奴の速度は把握した。二度は食らわん。」

言うや、つむじ風を捲くようにヴィータに斬り掛かる。

その両手に握られている二振り剣はオークションの出品物である、古代ベルカの業物。

二振りの名剣は時を経て、本来の目的を取り戻し、その刀身を鈍く光らせながら疾駆する

「甘ぇ！！」

「なっ！？」

鉄槌一閃。

束音の繰り出した二刀を容易く弾き返す。

弾かれ体勢が崩れた所に一撃が叩き込まれる。

「ぐっ」

今度は客席に、吹き飛ばされる。

今度は空中で体をひねり、叩き付けられることはなく着地をする。

「やるじゃないの」

ニヒル笑う束音。

だが先と今の二撃は深いダメージを与えているのか。ニヒルに笑いながらも、足がガクガクと爆笑している。

「……オメーが口先だけの打たれ強い雑魚なのは、よ〜く分かった。ほら自首するチャンスをやるからとっとと剣を捨てろ」

呆れ顔で告げるヴィータ。

束音も笑みを浮かべながら、剣を鞘にしまう。

「よし、バインドすっから「居合って知ってるか？」動く……なに？」

「他にも『鞘の内』『抜刀術』『抜剣』呼び名は色々あるが……要は刀剣を鞘に収めたを状態から始まる攻撃だ」

「……なにが言いたいんだ」

「速いんだよ。どんな攻撃よりもな。受けきれるか、最速の斬撃を」

戯れ言を、と口にしようとして、ヴィータは思い止まる。

先ほどとは別人かと見紛うばかりの威圧感。

こいつ……三味線引いてやがったのか……？

首筋にチリチリと感じる濃密な殺気。

しかも、一太刀で首を刎ねるつもりらしーな。

「面白れぇ……イアイだがなんだが分からねぇが、タイマンでベルカの騎士に負けはねぇ！」

腰を落とし、鍔と鞘に手を掛ける束音。
対するヴィータも鉄槌を構える。

間合いは遠く、摺り足でジリジリと詰め合わせる。

あと一歩と半で互いの間合いだな。

互いの獲物の長さはほぼ同じ。

いや、手足や上背の差を考えれば、向こうが有利か……

あと、一歩。 

……いや、それで良い。あのイアイとかいう技……あの構えからして一撃に重きを置いた技に違いねぇ。
回避、もしくは耐えきればあたしの勝ちだ。

残り一歩を残した状態で、ヴィータの心の内を占めていたのは、居合についての考察と対策。

かの高町なのはに一番近いと言わしめた己がバリアジャケットの堅さに絶対の自信を持っている。

先手はくれてやる。
でも、勝利はあたしのものだ。

鉄槌の騎士の脳裏よぎる明確な勝利のヴィジョン。

そのヴィジョンは幾多の戦場を乗り越えた経験に裏打ちされた未来視に近いもの。
事実、束音も斬り合えば負けると、確信にも近いものを感じていた。

あと半歩。

先に動いたのは束音。
対するヴィータは、予想外の事に驚くも、その遠間からの有効打はないと断言。 刹那に思考は見(けん)に徹する。

スカッと空振る束音の剣。

「…………オメェ、やっぱり舐めてるだろう」

ここまで侮辱されたのは久しくない。
怒りに駆られて鉄槌を振り上げ、

「……秘剣、風切り……その抜刀速度により生じた真空の刃は遠間の相手をも斬り殺す。ただ、あまりの速さに、斬られたものは己が斬られた事も自覚出来ないまま死を遂げる」

剣を納め、くるりと背を向けスタスタと歩き出す。

「はっ、なにを言ってやがる」

「お前の命はあと５秒だと言っている」

「ふざけるな！」

「ならば数えて見るか、ひとぉーつ」

束音の歩みは止まらない。

「ふたーつ」

その無防備な背中になぜか鉄槌を落とせない。

「みぃーつ」

幾多の戦場を巡ってきたがヴィータだが、こんな敵とは相対したことはなかった。
振り上げた鉄槌をどうして良いのか分からなくなってしまった。

「よぉーつ」

遠くなる背中。
斬られた感触は無かった。
しかし、あれほど無防備な背中を見せられると万が一と考えてしまう。

大好きな主の姿が脳裏を駆け巡る。

これが走馬灯なのかと思い。

「いつーつ」

死の宣告が告げられた。

……
…

「そんな……嘘やろ……」

はやての悲鳴がロングアーチ響き渡る。

「嘘ではありません。ヴィータ副隊長は……」

「そんな……そんな……」

「そんなアホな手段で抜かれるなんて……」

……
… 

一秒が一時間にも感じられる長い時の中、ヴィータは確かに死を感じていた。

「すまねぇ……」

その言葉は誰に呟いたものか。

そして……六秒、七秒、とヴィータの時は刻み続ける。

「？……ん？あれ？あれれ？」

いつまでたっても体に変化が起こらない。

まさかと思い、入口に目を向けると、先ほどまでの余裕はどこへやら、物凄い勢いで逃げている二人組の姿。

あまりの光景に絶句していると、魔力で水増しされている聴力が彼らの会話を拾ってしまう。

『いや、幼女強いな幼女つおい』

『にっ忍者大丈夫なの』

『大丈夫。それよか、剣まで手に入って予想外の収穫だ』

『どさくさ紛れに盗みを働く恥知らずな忍者がいたよ』

『うるさい。そんなことより幼女が気付いたみたいだぞ。ほらとっとと逃げるぞ』

『やる気がわかないのは分かるけど、あまり騙しちゃ可哀相だよ。相手は幼女だよ。発育に悪いよ』

『なに、社会勉強の一環よ。今回の事を糧として、幼女は逞しくなるものさ』

「ふっふざけるなぁ！！」

激怒するヴィータ。
ここまでコケにされたのは初めてである。

急ぎ追いかけるも、二人の逃げ足は早く、見失ってしまった。 

「ぜってぇー赦さねぇーからなぁー！」

怒りで全身を震わせ、ヴィータの怒号がホールに響き渡った。

了