裏・竜魔武芸帳その3〜幕間〜
鋼と鋼が絡み合い鈍い音色を紡ぎ出す。
「そこだぁ!」
肩で息をしている少女は形勢の不利を悟り、一撃での逆転を狙う。
刀を捻りながら中段に構える奇妙な形。
そこから全身のバネを使い、一個の弾丸のように体ごと浴びせ突きにいく。
捻られた刀は解き放つように回転させて突き出す。
奇妙な風切り音を立てながら突き出されるそれは、竜魔の剣技が一つ「螺旋」。
当たれば臓腑をえぐり相手を必死に追い込む。たとえ腕や足だとしても、神経をズタズタにえぐり削り、使用不能に追い込み相手の戦力を大幅に削りとる。
そう当たれば……
「そうそうあたるものではない」
繰り出された螺旋を見切り、即座に反撃。
大技を放った直後の無防備な少女の首筋に突き付けられる刀。
「ちぇっ!また負けたー」
「負けたーじゃない!あの回転突きは当たればデカいけど外すと隙だらけなんだよ。ディープダイバーと組み合わせて使えって何度言ったら分かるんだ!」
地中からの奇襲という想定外の奇襲。
当てれば最低でも行動不能に陥るそれは、凶悪過ぎる組み合わせ。
「ぶー!もちろん実戦じゃ、その組み合わせでやるつもりだよ。でも忍者には正面から勝たないと意味がないんだもん」
「ないんだもんって……お前なぁ」
「こうやって正面から戦えば戦うほど、忍者は思い出してるでしょ」
痛い所を突いてくる。
その一言に束音は黙ってしまう。
先ほどの回転突き―螺旋―も、セインとの稽古の日々でとっさに出た技の一つである。
相も変わらず記憶は戻らない。
しかし、長年の鍛錬の末、五体に刻まれた竜魔の技……とは言っても純粋な体術や剣術に限られるが、その場に適した技を体が勝手に放ってくれる。
一度放てば、その技を忘れることはない。
こんな環境に身を置いているのだ。技の引き出しは多い方が良い。
たしかにセインの言うとおり、正面から戦った方が技を思いだしやすい。
だが、セインの実戦的訓練を考えれば、マイナス面が大きい。
彼女の持ち味は、ディープダイバーによる奇襲に尽きる。
こんな正面切っての戦闘訓練は突き詰めて考えれば愚の骨頂である。
殺し合いにおいては数多の技より、突き抜けた一つの技のほうが尊ばれる。
一撃必殺、一撃離脱。
自身の持つ最強の技を放ち、その結果に関わらず、地中に離脱。
大地と言う堅牢な守りに覆われて、次なる一撃を安心して放てる。
それがどれだけ反則的で、彼女の身を助ける事か……
「なぁ〜に難しい顔してるのよ!ほら、もう一本やろう」
無邪気に刀を振るうセイン。
その光景を見て、ふと自分が酷く血生臭い事を考えていたことに気付く。
セインの手を血で汚させたいのか?
ニコニコと無邪気に笑う彼女。
毒気が抜ける。
いかんなぁ。稽古をしてると物騒な考えしか頭に浮かばない。
「仕方ねぇな。オラっ!掛かってきやがれ」
――ナンバーズの生まれを考えると、見た目の年齢と実際の年齢――活動歴との誤差がありすぎる
「次こそ一本取ってやるから覚悟して」
。
特に中後期組はその特徴が顕著だ。
「なにが覚悟だ、百年早いわ!」
見た目は大人、中身は子供。
「食らえ!いきなり回転突き!」
セインもその例に当てはまる。
先ほどの問答……セインの手を血で汚させたいのか。
「言ったそばからそれか!このどアホ!」
否。
「さっきみたいにカウンター取れなかった癖に」
手を血で汚すのは大人の男の仕事だ。
「口だけは一人前だな」
殺し合い?正面きっての戦い方は愚の骨頂?
「うるさーい!これならどう」
笑わせるな!今のセインに必要なのは、人との触れ合いや社会経験。
「ぬっ小癪な」
今、セインが一番興味を持っているのが、この戦闘訓練だ。
「それそれそれっー♪」
戦闘訓練、言い換えれば武道による人格形成。
これも一つの教育ではないだろうか。
彼女に助けられたこの命。
恩には恩を。
尻拭いは全部俺がすれば良い。
優しく暖かい気持ちが胸を満たし、決意をあらたに束音の日々は進む。
side〜セイン
最初は利用出来ないかと考えた。
圧倒的な戦闘能力を持つ次元漂流者。
知らずとは言え、管理局員をノしてしまい、その立場の悪さを指摘して――足下を見て引き入れた。
万が一があってもディープダイバーがあるからなんとかなると思って。
でも、そんな心配は杞憂に過ぎなかった。
それどころか、不用心過ぎると逆に怒られてしまった。
驚きもしたし、呆れもした。
でも
彼との出会いこそ異質ではあったけれど
彼――忍者との日々は凄く楽しくて充実していた。
知識はあれど経験はなし。
先にも述べたが、ナンバーズの中後期組の活動時間はまだ短い。
社会経験の不足。
ある意味、中後期組の弱点である。
対処として、データによる即席学習と、先発組による教育を行っている。
それでも限界はあり、ジェイルも頭を痛めているところである。
こればかりは、活動時間……時が解決するしかない。
では、なぜジェイルがナンバーズシリーズを早期に開発しなかったのかと言うと、それはセインにあった。
何度も述べたが、ナンバーズの中後期組の社会経験は短い。
中後期組……厳密言えば……セイン以降のナンバーズである
なぜ、セインが境なのか?
その答えはセインのIS『ディープダイバー』による。
大地や壁といった無機物をなんの制限もなく、すり抜けられる能力。
この能力は、全ナンバーズの中で群を抜いての破格であり、これが量産化できれば、戦略、戦術の幅が増えるどころか、既存の戦略、戦術の抜本的な見直しがされてしまう。
ディープダイバーの存在を知った評議会は、なんとか量産化出来ないかとジェイルに指示を出す。
これにより、中後期組ナンバーズの開発が遅れてしまった。
また結果だけを言えば、ディープダイバーは開発事故により付与したものであり、量産化どころか、どうやって出来たのかすらジェイルの頭脳を持ってしても理解出来なかった。
結果を聞いた評議会は、それならばと、セイン単独による潜入任務を山のように押し付けた。
単独任務で言えば、ドゥーエも活動しているが、彼女の場合は、十分な教育期間を設けたうえに、人と接する任務である。
社会経験は否が応でも積めてしまう。
しかし、セインの場合は満足に教育を施せないまま、一応、ジェイルを筆頭にナンバーズ一同がギリギリまで詰め込んで教育をしたが、そのまま任務へ。
また任務の内容も単独潜入のみであるため、人との接点がない。
定時連絡の為に持たせた、無駄に映像が鮮明な――ジェイルがせめてもと――通信機で、ジェイルや姉妹達に連絡を入れるのが唯一の接点であった。
いくら戦闘機人とはいえ。
いくら知識があるとはいえ。
生まれて間もないセインに課せられた任務は重く。
彼女の心は悲鳴を上げていた。
『姉妹達の為、ドクターの為』
祈るように唱えては自分の心を誤魔化していた。
そんな孤独な闇夜のような日々に束音は現れた。
鋼と鋼が絡み合い鈍い音色を紡ぎ出す
刀を振りかぶる忍者を見て思う。
あの闇夜を斬り裂いて
ディスプレイに映る光だけが世界だった私に新しい光をくれた。
暗い世界が鮮やかに色付き、
笑顔でいられる時間がどんどん増えて、
そう、
「ねぇ忍者」
いつの間にか
「ん?なんだ」
あなたは
「この勝負が終わったらご飯食べに行こうよ」
私の世界のすべて
了
あとがき
犬吉さんが裏・竜魔武芸帳を書いて下さったので、私もシリアス風に書いてみました。
どうも、名無しASです。今作品に限りポエマーASにジョブチェンジしました。
ポエムを本業で書かれている方の精神は鋼鉄で出来ているんじゃないかとしみじみと思いました。
作者さんへの感想、指摘等ありましたら投稿小説感想板、