The past binds me in the nightmare

第二話「望み続けた日常」

・・・眠い。
背後からの警戒心を含んだ視線に耐えつつ、夢の中に旅立とうとしていたのが2分前。
そして段々瞼が重くなり、夢の中へいざ往かん!と思った直後にHRが始まりましたとさ。
アレか、これは新手のイジメか何かか?
とか何とか言っている内にHR終了。
授業が始まるまでは・・・15分と言ったところか。
よし、寝よう。
思い立ったが吉日と言わんばかりに、俺は快適な睡眠の用意をする。
ノートを広げ、右手にはシャーペン(芯は出してない)を装備。
左肘を机に立てて、掌底を顎にそえれば準備完了。
これぞ居眠りの高等技術、『ノートを取っているふりをして寝る』だ!
ふふふ、この2年間、幾多の教師達を欺き続けてきたこの技に死角は無い!!
それじゃあ、お休みなさい・・・・・・ぐぅ。

 

「・・・きろ」
何だ?さっきから身体を揺すられている気がする。
「・・おい、起きろ」
むぅ、この俺の眠りを妨げるとは、中々にいい度胸じゃないか。
だが俺は今非常に機嫌がいい。なので、怒らないであげるから、邪魔をしないようにね?
「・・・(怒)」
やっと静かになった。さて、それじゃあもう一眠り・・・。
「てい!」
ズガンッ!!
「ぬはぁっ!?」
痛い、額が非常に痛いぞ!?
きっと赤くなってる額を押えつつ顔を上げると、そこには呆れたような顔の高町がいた。
ふむ、こいつの立ち位置から考えるに、こいつが俺の左肘を払い、支えを失った俺の額がそのまま机に墜落したってところか。
・・・こいつ、顔に似合わずする事が過激だな。
「高町。起こすならもう少し優しくしてくれ」
「中々起きなかったお前が悪い」
俺のささやかな抗議も一蹴されてしまった。
ならばと、涙目で無言の圧力を掛けてみる。
「・・・男にされてもキモいだけだぞ」
今度は冷たい視線と共に返されてしまった(半泣)。
くそ、こいつ案外いじめっ子なタイプだぞ。
「まあいいよ。それで、何のようだ?」
悔しさを耐えつつ尋ねると、高町は呆れた表情で盛大に溜息を吐きやがった。
「・・・あのな、もう昼休みだぞ?」
な、なんだってーーー!?
驚きの余り内心でM○Rみたいに叫びつつ時計を見れば、4限目が終わってから既に10分近く経っている。
なんてこった・・・。
この2年間、電波時計に勝るとも劣らない精度を保ち続けてきた俺の体内時計が、こうもあっさり狂うとは・・・。
恐らく、退魔衝動を押さえ込んだ事で、思いの外体力を消耗したんだろう。
あの時開いていた浄眼は、■■■に■■■■■■■■だった。
その為、予想以上に体力の消耗が激しかったのだろう。
「・・・おい、大丈夫か?」
暫く考え込んでいたが、心配そうな高町の声で我に返る。
「ん、ああ。大丈夫だ・・・」
考えていてもしょうがない。とりあえず飯にしよう。
あの浄眼は無駄に体力を食うからな・・・。今の俺はかなりハングリーな状態だ。
「さて、それじゃ飯食いに行くか・・・。高町、お前はどうするんだ?」
見た所高町は弁当を持っていない。
だがこれだけ整った容姿をしているんだ。彼女の1人や2人いても不思議じゃない。
だから、そういった人と一緒に食べるんじゃないかと思ったんだが・・・。
「ああ、俺も学食だ」
その期待はあっさりと裏切られた。
「どうした、呆けた顔をして・・・」
「いや、お前の事だから恋人あたりと一緒に食うんじゃないかと思ってな」
「何を馬鹿な・・・。俺のような奴を好きになる人など、いる筈も無かろう」
うわ、真顔で言い切ったよこの人。
冗談かとも思ったが、その声や表情は真剣そのもの。
・・・凄いな、これはある意味、天然記念物級の朴念仁っぷりだ。

〜恭也視点〜
「何を馬鹿な・・・。俺のような奴を好きになる人など、いる筈も無かろう」
よく母さんに返す言葉を言うと、赤夜は信じられないような顔になり、続いて珍しい物を見るような顔になった。
むぅ、失礼な奴だ。
「大体、お前の方こそどうなんだ?恋人がいるんじゃないか?」
歩きながら固まるという芸当をやってのけている赤夜に、質問を投げかける。
容姿は整っているし、背も高くひ弱な感じはしない。
俺の様に感情が乏しい訳でもないのだから、恋人がいても不思議じゃないと思ったんだが・・・。
「馬鹿言うな。俺に好意を寄せる人なんぞ、いる訳ないだろう」
・・・真顔で言い切られてしまった。
冗談を言っている雰囲気ではないし・・・本気か。
・・・凄いな、天然記念物級の鈍さだ。
〜恭也視点、終了〜

 

高町の珍獣を見るかのような視線を気にしつつ、学食に到着。
とりあえずは席を確保せねばなるまい。
「高町、俺が買ってきてやるから、席の確保を頼む」
「わかった。それじゃあ、俺は天丼大盛りで」
そう言って代金を渡してきた高町と別れ、俺は食券を買うべくカウンター横の販売機に向かう。
まずは高町の天丼大盛りを買い、次に俺のキツネうどん+おにぎりを選ぶ。
おばちゃんに食券を差し出し、しばらくして注文の品を受け取る。
お礼を言いながら盆を受け取り、俺は高町にいる席に向かった。
「ほれ、持って来たぞ」
「ああ、すまない。それと相席になるが、構わないか?」
「まあこれだけ混んでるからな。構わないさ」
そう言いながら天丼の乗った盆を高町に渡し、その横に座る。
向かい側には、女の子が3人。
海鳴中央の生徒が2人と、風芽丘の生徒が1人。
「・・・同時に3人も引っ掛けるとはな・・・。この節操なしめ・・・」
「違う、勘違いするな。眼鏡を掛けたのが妹で、後の2人は妹のようなものだ」
「なるほど・・・。はじめまして、高町のクラスメートで、赤夜浅人です」
なんとなく丁寧な言葉遣いで挨拶する。
「あ、こちらこそはじめまして。城島晶です」
「うちは鳳蓮飛(フォウ・レンフェイ)です。言いにくいんで、レンって呼んでください〜」
ふむ、青い髪の子が晶ちゃんで、緑色の髪の子がレンちゃんか。
しかしレンちゃんは名前からすると中国系なんだが・・・何故に関西風な口調なんだ?
それで残った1人・・・よく見れば今朝高町と一緒に走ってた子じゃないか。
眼鏡をしてるから気付かなかった・・・しかし、何で固まってるんだ?
「・・・恭ちゃんに友達が・・・これは夢?」
中々に失礼な事を言ってるな。
俺の横では高町が静かに怒ってるし・・・ほんの僅かだが殺気立ってる。
当の彼女は、隣にいるレンちゃんに肩を叩かれて正気に戻り、慌てて挨拶してきた。
「あわわ、す、すいません。1年の高町美由希です」
ふむ、美由希ちゃんか。
兄妹とは思えないほど、表情の豊かな子だなと思っていたが・・・。
「・・・美由希、今日の鍛錬は覚悟しておけ・・・」
「あう〜」
高町の殺気混じりの言葉で、眼に見えるように落ち込んでしまった。
そんな美由希ちゃんの姿に苦笑いを浮べつつ、俺達は食事を開始した。

「・・・ふむ。高町、レンちゃんや晶ちゃんも何か武道を習ってるのか?」
食事を始めてから暫くして、俺はふと気になった事を尋ねてみた。
さっきから見ていたが、2人とも高町や美由希ちゃん程では無いにしろ、体運びに無駄が無い。
「・・・分かるのか?」
「ああ、何となくだがな」
少しだけ驚いたような高町に言葉を返すと、向かい側の3人も驚いたような表情になっている。
「凄いですな〜。そんなんお師匠位しか分からんと思ってました〜」
「俺もです・・・。師匠みたいな人が外にもいたんだ・・・」
感心しているレンちゃんと晶ちゃん。
しかし師匠とお師匠・・・?2人の視線の先にいるのは高町、という事は高町が2人の師匠なんだろうけど・・・。
「うちは一応拳法を修めてます〜」
「俺は、明心館って所で空手を習ってます」
2人が修めているのは、中国拳法と空手。
対して高町や美由希ちゃんの体運びは、朝に見た限りでは恐らく古流剣術の物だ。
となると、高町は何の師匠なんだ?・・・落語か?
「なるほど・・・。しかし明心館って事は、あの化物爺の所か」
俺がふと漏らした呟きに、隣にいた高町が反応した。
「赤夜、お前あそこの館長を知ってるのか?」
「ああ。爺さんが知り合いでね、何度か会った事がある。・・・その度に投げ飛ばされたり関節極められたりしたけどな」
苦笑いを浮べながら答え、初めてあった時の事を思い出す。
爺さんの知り合いが来たと言うので挨拶に行ったら・・・いきなり殴り掛かられた。
熊のような体格とは裏腹に、その攻撃は鋭く、しかも正確に急所を狙っていやがった。
なんとか捌いていたのだが、一撃一撃が馬鹿みたいに重く、終いには避けるという動作に切り替えざるを得なくなった。
結局、その時はフェイントに引っかかり、容赦なんて一欠片も無い正拳突きを叩き込まれた。
・・・思い出したら段々腹立ってきたぞ・・・。
その事を話すと、向かい側の3人は引きつった笑みを浮かべ、高町は何やら頷きながら肩に手を置いてきた。
聞けば、高町も親父さんがあの爺と知り合いだったらしく、俺と同じような挨拶を受けたらしい。
「・・・高町、苦労してるんだな・・・」
「・・・赤夜、お前もな・・・」
互いに共感する何かを感じながら、俺達は固い握手を交わした。
・・・ああ、こいつとは何か仲良くなれそうだ。

「でも館長と知り合いって事は、赤夜さんのお爺さんって武道でもしてたんですか?」
食事を終えて、人が少なくなった食堂で談笑していると、晶ちゃんがそんな質問を投げかけてきた。
「ああ、元々赤夜の家は柔術を伝える家系だったからね。・・・と言っても、爺さんが死んで正統な血筋は絶えちまったけど」
「・・・?お前がいるんだから、絶えたとは言えないだろう?」
「いや、俺は養子でね、爺さんとは血が繋がっていないんだ。それに俺も中伝止まりだから、実質伝承者はもういないんだよ」
「あ、その・・・。すいませんでした、こんな事聞いちゃって・・・」
「何、気にしてないよ」
笑いながら話したのだが、高町達はバツの悪そうな顔をしてしまった。
だが事実なだけに、俺としてもどうしようもない。
元々、赤夜の宗家は第二次大戦中に空襲で無くなり、生き残ったのは爺さんを含めてほんの数名だけだったらしい。
その後爺さんはその人達に技を教わったのだが、年だった事もあり、爺さんが皆伝してから数年後に亡くなったそうだ。
「さて、と・・・。もうすぐ昼休みも終わるから、早く教室に戻った方がいいよ」
壁に掛かっている時計を見れば、5限目開始まであと10分といった所だ。
学食は風芽丘と海鳴中央の中間にあるから、別段遠いわけではないが、それでも早めに行動しておくに越した事は無い。
「あ、そうですな〜。ほなうちらはこれで〜、ほれ、さっさと行くで!」
「うわっ、分かったから耳引っ張るなよ!・・・それじゃあ、失礼します」
ふむ、晶ちゃんとレンちゃんは仲が良いやら悪いやら・・・。
「それじゃあ私も失礼しますね。・・・恭ちゃん、寝たら駄目だよ?」
保護者のような忠告をしながら、美由希ちゃんも教室に向かった。
「くっくっく・・・。高町、良く出来た妹さんだな」
「・・・HRが終わってからずっと寝ていた奴には言われたくない」
うぐっ、痛いところを・・・。
まあ午前中にしっかり寝たし、昼からは真面目に受けようかね・・・。

 

教室に戻り、自分の席に向かう。
席について授業の用意をしていると、やはり背後から警戒心を感じる。
警戒心自体はだいぶ小さくなっているが、それでも居心地はあまり良くない。
「(どうしたものかね・・・)」
気付かれないように嘆息しながら、自分でもやる気が削がれていくのが分かる。
「(もういいや・・・。昼からも寝よう・・・)」
さすがにこんな状況で授業を受ける気にはなれず、俺は再び眠りへと落ちていった・・・。

5、6限とも授業が終わる少し前に起きて、号令には一応参加する。
そうして周囲に気付かれる事無く、午後の授業中ひたすら眠り続けた。
「くぁあ・・・よく寝た・・・」
眠りすぎたのか、少し頭が痛い・・・。
「さて、と・・・。帰りに買い物しないとな」
とりあえず商店街に行って、途中眠気覚ましに紅茶でも飲んでいくか。
そう考えた俺は、夕食の献立を考えながら下駄箱に向かった。
正門を出ると、何故かそこには高町が。
「あれ?高町、お前こんな所で何やってんだ?」
「・・・赤夜か。いや、美由希を待っていたんだが・・・っと、来たか」
高町の視線の先に目を向けると、美由希ちゃんが走ってきた。
「恭ちゃんお待たせ・・・って、赤夜さん?」
軽く手を上げて挨拶しながら、美由希ちゃんを見てみる。
正門まで走ってきた割には、その息はほとんど乱れていない。
それにこうして立っている時も、隙は見られず、いつでも動けるように重心を落としている。
「あ、あの・・・。私に何か付いてます・・・?」
「ん?・・・いや、そういうわけじゃないよ」
少し顔を赤らめている美由希ちゃんに謝りながら、見ていた理由を説明する。
「だいぶ鍛えられているなと思ってね・・・。走り方や重心の位置から察すると、やっぱり古流剣術か・・・」
さっきの走り方を見ても、すぐに抜刀できるような走り方だった。
こういった癖が隠しきれていない所を見ると、美由希ちゃんはまだ経験が足りていないようだ。
「・・・よく分かるな」
「爺さんに散々叩き込まれたからな。相手の動きから何を修めているか判断するのは、家の流派では基本らしくてね」
感心したような高町に、苦笑いしながら返す。
「さて・・・。俺はこれから商店街に行くけど、高町達はどうするんだ?」
「俺と美由希も商店街に用事があってな。途中まで一緒に行くか」
その提案に頷いて、俺達はたわいない話をしながら商店街に向かった。

 

暫く歩いて、商店街に到着。
「・・・そういえば、赤夜は何の用があるんだ?」
「夕食に使う食材の調達と、あとは眠気覚ましに翠屋で紅茶でも飲もうと思ってな・・・」
起きてからだいぶ時間がたっているが、まだ少し眠い。
やっぱ寝すぎるというのも問題だな・・・。
・・・ん?
ふと気になって横を向くと、高町の顔が少し引きつっている。
「・・・翠屋に行くのか?」
「何だ、随分と嫌そうだな。別にお前まで来る必要は無いだろうに」
つーかいつまで一緒にいるつもりなんだ?
「いや、その・・・な?」
「な?って言われても分からんぞ」
えらく歯切れの悪い高町の様子を不思議に思いながら、翠屋に到着。
店の前では、店員さんがシュークリームの路上販売をしている。
ブルネットの髪に、整った品のある顔立ち。
明らかに外人さんなのだが、その日本語の発音はとても流暢で違和感が無い。
すると、向こうが俺たちに気付いたみたいだ。
「いらっしゃいませ。・・・あ、恭也、美由希、おかえり〜」
うん、綺麗な声だな・・・って、今なんて言いました?
恭也と・・・美由希?
隣にいる高町兄妹を見ると、2人とも苦笑いを浮べている。
「あ〜、なんだ。2人とも、この店員さんと知り合いなのか?」
「ああ、姉のような人だ・・・」
「・・・高町、何もそんな疲れた表情で言うなよ」
「放っておいてくれ・・・」
そんな高町の様子に苦笑いしながら視線を元に戻すと、店員さんが何やら驚いている。
何だ、何かあったのか?
そのささやかな疑問は、次の瞬間あっさりと解明した。
「も、桃子ー!恭也が勇吾以外の友達を連れてきたーー!!」
店員さんはそう叫びながら、店の中に入っていった。
・・・外にシュークリームを出したままなんだが・・・いいのか?
って言うか友達を連れてきただけでこの騒ぎとは・・・。
「高町。お前友達いないんだな・・・」
俺も人の事は言えないがな。
「・・・うるさい」
「ふっ、そう拗ねるなよ」
「・・・(怒)」
「ま、まあまあ恭ちゃん、落ち着いて・・・ね?」
「そうだぞ恭ちゃん。どうもお前は怒りやすいなぁ・・・カルシウム不足か?」
「だから赤夜さんも煽らないでー!?」
殺気立つ高町を必死で押さえる美由希ちゃんの姿に、俺は自然と笑みを浮かべていた。
こうして何気ない日常を楽しむなんて、俺は今まで殆ど経験した事が無かった。
いや、ひょっとしたら今が初めてなのかもしれない。

俺だけがこの日常の中にいるのは、あいつらに対する裏切りなのかもしれない。
それでも―――。

「・・・赤夜、いい度胸だな?」
「ん?どうした、やるのか恭ちゃん?」
「あああ、2人ともこんな所で喧嘩しちゃ駄目ー!!」

それでも今だけは、この日常に身をゆだねよう。
この心地良い、俺達が渇望し続けた、当たり前の日常に―――。

 

あとがき

どうも、トシです。
第二話をお送りいたしました。

話が進んでないですね〜。
つーかまだ本編のプロローグ段階ですよ。

まだまだ先は長いですが、どうぞごゆっくりお付き合い下さい。
それでは。


















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