◎第１部第１話・出会い
フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官。
本局次元航行部隊のエリート魔導師。
多様な魔法と高い戦闘力で、単身でも動ける執務官として名が通っている彼女は、単身でロストロギア関連の調査に向かう事も多い。
そんな彼女と、キース・エヴァンスとの出会いのきっかけは、とある異世界での戦いがきっかけだった。
―――第１話・出会い―――
近年発見された遺跡では、最大級の大きさを誇るバルフェリア遺跡。
広大な地下迷宮を要するこの遺跡の最奥で、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官は、傷だらけの姿で１人の魔導師と対峙していた。
対する魔導師は、所々傷は負っているものの、フェイトよりは遥かに軽症で、その佇まいは未だ力強い。
特徴の無い、薄汚れたローブと杖。
地球人が魔法使いと聞いて、真っ先に想像するような標準的な姿。
しかしその力は、標準の次元を遥かに超えていた。
迷宮内での遭遇戦。
そして追撃戦。
フェイト最大の武器であるスピードが生かせない、狭い空間というハンデがあるものの、彼女の攻撃を受けながらも迷宮最奥まで辿り着いた実力は、疑う余地が無かった。
だが、それもある意味当然だろう。
彼の名はギルラス。
第一級指名手配犯、魔導師ランクＡＡＡ＋、生死問わずの超大物。
「クッ・・・」
フェイトは苦々しく顔をしかめた。
以前本局のデータベースで、ギルラスのデータを見たことがあった。
純粋な戦闘機動の実力は、正直それほど高くない。それだけで見れば、せいぜいＡＡ程度だろう。
しかしその欠点は、強力な攻撃魔法でカバーされていた。
他のＡＡランク魔導師の主砲に匹敵する威力の、精密にコントロールされた誘導魔法。
そして誘導魔法に追い立てられたところを、収束砲で狙い撃ち。
砲撃魔導師の弱点であるクロスレンジは、散弾魔法で面制圧。
そして何より、ギルラスが最も得意とするバトルフィールドが、今まさにフェイトがいる場所。
つまり、障害物が乱立する空間だった。
「―――流石、若手の中では最優秀と目されるフェイト執務官だ。このバトルフィールドでなお、私に傷を負わせるか」
「褒め言葉をありがとう。―――でも、あなたを倒すことに変わりはありません」
そう言ってフェイトは、＜閃光の戦斧＞バルディッシュを構えなおした。
劣勢に違いなかったが、見逃すわけにはいかなかった。
この男、ギルラスの罪状はそのほとんどが、ロストロギアに関するものだ。
ロストロギアの不法所持、違法研究、違法探索、密輸、人体実験、およそ考えられる殆どの事に手を出していた。
そんな男が、ただの気まぐれで遺跡探索を行うはずがない。
「まだやる気のようだが、やめておいた方がいい。この場で戦う限り、君に勝ち目はない。―――それに、あまり暴れられて、大事な生贄をうっかり殺してしまっては、元も子もないのでな」
「生贄？ まさか・・・・・」
「そのまさかだ。―――考えてもみたまえ、この広大な地下迷宮で、私と君が偶然出会う確立はどの位だ？ スピードは君が上とはいえ、迷宮を活用すれば簡単に振り切れた。が、君は最後までついてこられた。なぜだと思う？」
「―――私を狙っていた」
「その通りだ。ここに眠っているロストロギアの起動には、膨大な量の魔力が必要でね。他のランクの低い魔導師達から搾り取っても良かったんだが、丁度良く膨大な魔力を持った人間が迷宮に来てくれたので、ありがたく使わせてもらおうと言う訳だ」
「そんな事をしないと使えないようなロストロギアなら、尚更あなたに渡す訳にはいきません！！」
バルディッシュが主の意思を汲み取り、自身をハーケンフォームに移行。
ヘッドが本体と直角になり、そこから黄金の刃が生み出され、死神が持つような鎌となった。
「だが現実は残酷だ。ここで君は私に倒され、ロストロギア起動の為の生贄となるのだよ。―――その魔力の、最後の一滴までな！！」
ギルラスが言い終えると同時に、フェイトはその場から全力で飛びのいた。
直後、ギルラスがいつの間にか発動させていた、無数の黒い誘導弾がフェイトの立っていた場所を直撃。
あのままその場にいれば、これで決着がついていただろう。
だがフェイトも、幾多の戦いを勝ち抜いた優秀な魔導師。
発射直後の隙を狙い、爆炎を突っ切って瞬時にクロスレンジに持ち込む。
ここから先は、刹那の判断が生死を分ける、攻撃の読み合いだ。
開けた空間なら、ミドルレンジやロングレンジでも勝てただろう。
しかし、障害物が乱立するこの空間においては、幾多の強力な誘導魔法を使えるギルラスに軍配が上がる。
勝つ為には、どれほど危険であろうと、クロスレンジに持ち込むしか方法が無かった。
私が接近戦に持ち込もうとするのは、当然相手も予想していただろう。
即座に放たれる散弾魔法。
だがこれは予測の内、＜ソニックムーブ＞で更に加速して、相手の背後に回る。
「バルディッシュ！！」
「Yes sir.」
ガチャンと音がして、カートリッジがロードされる。
瞬間的に、私の魔力にカートリッジの魔力が上乗せされ、黄金の刃が強く輝く。
だがここで素直に刃を振るうようでは、執務官としては失格だ。
この程度で背後を取れるような相手なら、ギルラスは当の昔に逮捕されているだろう。
もう一度＜ソニックムーブ＞を使い、正面から切りかかる。
彼の背後には、闇色の剣が地面から突き出ていた。
もしあのままバルディッシュを振っていれば、私は屍を晒していただろう。
そのまま正面から斬りかかると、闇色の＜シールド＞が、黄金の刃を頑なに阻む。
阻まれた直後、更に＜ソニックムーブ＞で相手の頭上に移動。
コンマ一秒前までいた空間を、散弾魔法がなぎ払っていた。
バルディッシュを最上段に振りかぶり・・・・・、全身が総毛だった。
ギルラスの頭上には、既に収束砲の魔方陣が、展開を終えていたのだ。
予想よりも遥かに早い！！
だが、まだギリギリ誤差の範囲内！！
「バルディッシュ！！」
「Yes sir.」
バルディッシュが自動詠唱で＜ソニックムーブ＞を発動。
ほぼ同時に放たれる、収束砲。
闇色の禍々しい巨大な柱が、地下迷宮の全階層を撃ち抜いて、地表にまで到達する。
これこそがフェイトの狙い。
ギルラスに大火力魔法を使わせ、その刹那の隙を狙う。
どんなに魔法発動が早くても、大火力魔法を撃った直後なら！！
―――勝った！！
踏み込んで、刃を振るう瞬間まで、フェイトは確かにそう思っていた。
しかし・・・・・。
「惜しかったな」
ギルラスは瞬時に魔法をキャンセル。
発射されるはずだった余剰魔力を全て使い、黄金の刃を頑なに阻む、闇色の＜シールド＞を起動していた。
「そんな！？」
ありえない！！
大威力砲撃が身体に負担をかけるのは、魔導師達の常識だ。
そして大威力砲撃を途中で中断すると、もっと負担がかかるのは更に知られたことだ。
なのにこの男は！？
バルディッシュに力を込める。
だが、全てが遅かった。
「＜リングバインド＞」
闇色のリングがフェイトの四肢を拘束し、その場に固定する。
フェイトが解呪する前に、ギルラスがゆっくりと右手を前にかざした。
「中々楽しめた。が、もういい。ロストロギア起動の為の贄となりたまえ」
ギルラスの手に、闇色の光が集まり、魔方陣が展開された。
強烈な脱力感がフェイトを襲い、徐々に視界が闇に閉ざされていく。
そして意識も・・・・・。
本当なら、ここでフェイト・テスタロッサ・ハラオウンの人生は終わるはずだった。
しかし、２つの幸運が彼女を生かした。
１つは、バルフェリア遺跡の最奥には、ロストロギアが安置されていたこと。
１つは、ギルラスがフェイトの意識を完全に落とす前に、魔力を抜き出し始めたこと。
ギルラスが今行っているのは、フェイトから抜き出した魔力を、ロストロギアに注ぐことだ。
つまり、今この瞬間、フェイトとロストロギアは繋がっているのだ。
―――私はここで死ぬの？
―――ここで終わるの？
―――イヤだ。
―――私には、帰る場所がある。
―――私には、悲しませたくない人達がいる。
―――私には、一緒に夢を叶えていきたい親友達がいる！！
視界は既に、闇に閉ざされた。
意識も、後数秒で無くなるだろう。
死に直面して願った願い。
それゆえに、何よりも強い願い。
ロストロギアは、それに反応した。
直接繋がっている、フェイトの願いに。
突如として鳴動を始めるバルフェリア遺跡。
フェイトの脳裏に、響く声があった。
男性とも女性ともとれる、中性的な声だ。
（―――生きたいか？）
（生きたい。一緒に夢を叶えていきたい親友達がいる。かけがえの無い大切な親友達が！！）
心の底。
魂の底。
自身を構成する根源からの切なる願い。
（―――叶えよう、その願い。―――我が名は＜喚ぶ者＞。その願いを叶える力、今ここに）
遺跡の壁面、床、天井、全てに刻まれた文字や魔方陣が、淡い光を放ち、ほどなくして強烈な光を放ちだした。
鳴動がさらに強まり、立っていられない程の揺れが遺跡を包む。
（―――願った者よ、心せよ。この力は、使い方を誤れば、汝の親友達をも滅ぼすぞ）
（ロストロギアに、いえ、何かしらの力を使う者にとって、それは常に付きまとうこと。もし、「ロストロギアで生み出される悲劇をなくして行きたい」という、私の願いが間違っているなら、遠からず私は排除されていくでしょう）
（―――よく言った。―――ならば受け取るがいい）
乱立していた柱が、床に、壁に、天井に収納されていく。
フェイトを中心に発生した力場が、ギルラスを吹き飛ばし、頭上に青白い光で魔方陣が展開され始めた。
（―――召喚プログラムスタート）
魔方陣が十重二十重と幾層にも渡り展開されていき、人間が行使しうる限界を遥かに超えた、巨大な魔方陣が構成されていく。
（―――次元門開放）
巨大な魔方陣の最外円部から、無数の雷の柱が立ち上がった。
その１つ１つが、Ｓランク魔導師の主砲に匹敵する魔力を帯びており、それが頭上で収束していく。
（―――次元回廊確保）
圧倒的な魔力のうねりが、次元世界を貫き、この世界と、どこかの世界が繋がった。
この時、時空管理局では今までに感知した事の無い、巨大な次元震が観測されていた。
どこかの世界にかすりでもすれば、その世界ごと消し飛ばしてしまう程の、強大な次元震。
しかし、何の偶然か、それとも奇跡か。
その次元震は、どこの世界に影響を与える事も無く収まっていく。
（―――召喚対象固定完了。対象との記憶リンク開始）
今度は魔方陣の最外円部から内側、中層あたりの魔方陣が、青白い光を放ち始めた。
その光はどこまでも冷たく、触れれば凍りついてしまいそうな程だ。
フェイトの脳裏に、ある青年の記憶が再生されていく。
穏やかで平和な日々。
だがそれは、突如として終わりを迎える。
その身に秘められた巨大な力に目を付けた軍が、青年を捕らえたのだ。
研究所で、実験体としての生活を余儀なくされる日々。
人間として扱われず、実験体として使い捨てられていく、同じ力を持った仲間達。
冷えていく心。
募る狂気と憎悪。
３年という年月は、優しかった青年を１人の魔人へと変えた。
ついに青年は決意する。
こんな世界なら――――――！！
心の底、魂の底からの慟哭。
幾多の犠牲の末、研究所からの脱出に成功した青年は、手足となる組織ノアを作り上げ、世界を相手に戦い始めた。
だがよりによって、唯一親友と呼んだ者は、青年を止めるために敵となり、お互いの力をぶつけ合うことでしか、分かり合えなくなってしまっていた。
（―――対象との記憶リンク終了。全工程クリア）
最奥の間の気温が、下がり始めていた。
吐く息が白くなり、冷気が最奥の間に満ちていく。
（―――来たれ、＜氷界の帝王＞）
フェイトがいる場所、魔方陣の中心部が一際強く輝き、青白い光の柱が立ち昇る。
光は徐々に輝きを増していき、最奥の間全てを満たしていく。
そして唐突に魔方陣が消え去ると、フェイトの正面には１人の青年が立っていた。
極寒の白き世界を連想させる銀髪。
永久凍土の如き青い瞳。
整った顔立ちに均整のとれた四肢。
そして青を基調とした服にマントという姿は、見た者に例外無く、帝王という言葉を連想させた。
それも全てを凍てつかせる＜氷界の帝王＞。
こうして、キース・エヴァンスはこの世界に召喚された。
今まで住んでいた世界の全てから切り離され、彼はどんな人生を歩んでいくのだろうか？
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